第46話 若獅子
苔のせいで埃も立たない遺跡の中を、何人もドタバタと慌ただしく、革鎧や鉄張りの鎧をガチャガチャ言わせて走り回っている。
フリッグス騎士団だ。フェスを中心に、予定通り後詰めとキマイラの死体回収を終えて、ここに到着していた。
ゾロッカ遺跡群の祭事場では、盗み出された文献もすべて回収できた。やはり何者かがここで、邪教めいた儀式を行ったのは確実なようだ。
「せーの!」
それぞれが魔法や武器で、フジツボを破壊して中身を確認していく。中には半端に蛹になったような、悍ましい姿を晒しているリザードマンモドキも居た。
例外なく、生きて動けるリザードマンモドキは居なかった。
「どうみる、フェス?」
「には。大きさや制御形式はゴーレム契約に近いですが、製造形式は、ホムンクルスに近いかと」
専門家であるフェスの知見では、やはりこのフジツボ達は、人造生命のなり損ないに、近いモノらしい。
「フラスコの代わりってこと?」
「そうです、ララン。恐ろしく効率的で無駄の無い製造、制御形式です。……生命倫理、法的には即、死刑処罰確定モノですが……」
「どう見ても違法技術だもんな…、どう対処すべきだ?」
「引き上げて葬儀を行い、荼毘に伏して差し上げましょう。せめて、人としての死を……です」
「待って、この子たち、……人なの?」
「にははぁ……。口に出すのも憚られますが、おそらく材料は死体の再利用に、近いのでは無いかと……」
酷えなそりゃ。いつもプライベートではヘラヘラ笑っているフェスですら、青ざめてドン引いてやがる。
思いついてもここまでやるのは、完全にアタマのネジが、数本飛んでやがる野郎の所業だな。
フリッグスの近くでなんて真似しやがる。やりやがった奴ら全員、簀巻きにして豚箱に投げ込んでやりてえ。豚は怖いからな。本当に。
「魔術師ギルドに応援要請が必要ね、手配しましょう」
「だな。なあフェス。潰れたり開き切って、中身のないのはどうなんだ?」
「……まともに、完成してしまった物かと」
この遺跡群にはざっと数えただけで、軽く数千は超える中身のないフジツボが、既に確認できていた。つまり……。
「おいおい、勘弁してくれよ……」
「各都市に、すぐに早馬と伝書鳩を飛ばしましょう。それだけの規模なら……、ねえ待って、フェス。……食料は?」
「…………要りますね」
大量の食料が必要……。まさか……。
全員、シャーフ里の方角へと、苦悶の表情を浮かべて顔を向けてしまった。
吾輩はフェアリーである。名はビギナ。
魔術、薬原料、馬術などで高名な、かのロナマール家に生まれ、数代待望のフェアリーとして生を受けた。
それはもう猫可愛がりに、嫌になるほど蝶よ花よ、妖精よと、愛されて幼少期は育てられたものだ。
小さな頃は冒険者に憧れていたが、人を知り、己を知り、家の誇りを知り、学院で魔術、博物、怪物学を学び、良き人々の盾となるため、義勇軍に入隊した。
当初は家から反発の意見もあったが、家督は弟が継ぎ、父も元義勇軍兵士と言うことで、入隊は滞りなく許可された。
それから8年。奥沼地から船でやってくる使者達とも友誼を結び、どうにか将として上手くやっている。
「………久々に、やったか」
真っ暗闇の中、見知った部屋の天井と、ここで眠るとよくみる過去の夢から目を覚ます。
訓練生時代を思い出す。理論だけの魔術で先走り、暴発してこの病室に運び込まれるなど、しょっちゅうだったものだ。
「……っ……!、ははっ、これも、だな」
脇腹の傷は熱を持って腫れていた。鈍痛も酷い。騙し騙し戦闘に参加していたが、やはり限度があったか。無理を重ね過ぎたな。
ベットから身を起こし、慣れ親しんだ部屋から出る。廊下は窓から差し込む月灯りに照らされ、勝手知った吾輩なら、苦も無く今夜は歩けるな。
ふと、視界に何かよぎった。
「マナギ殿……?」
彼が、たった一人で杖を突きながら、歩いていく。つい、自然と何も考えず。後を追ってしまった。
やはり、こんな時間では誰もいないか。
夜中に病室で目を覚まして、軽く保存食を食い漁って、誰もいない時間なら好都合と、ここに来た。
古傷が熱を持って、疲労も相まって気絶してしまったらしい。目を覚ますと施療院のベッドの上で、姫さんは置き手紙をして、夜の散歩に出かけたようだ。
教会の聖堂。懺悔室の前だ。
抱えきれない罪を吐き出す。赦しの秘跡場。
施療院からは直通で、杖を突きながらでも迷うこともなく、近くて苦でも無い。もう、草木も虫も眠っている時間だ。教会の職員様方も眠っている。
俺を見下ろすのは、幽き神々の神像様方だけだった。
持ってきた角棘竜のガントレットを神像の前に置き、感謝を込めて祈った。
彼ら龍、或いは竜は、1頭の例外もなく、天の使いだ。
本来なら、竜の亡骸から作られた、このガントレットに腕を通すのは恐れ多い事だが、本当に竜の怒りに触れているのなら、俺の命はとうに無い。
きっと、人に恨みを持つような、死に方をした竜では無いのだろう。
慌ただしく、こうして後回しになったが、やっとこのガントレットに、感謝を告げる事が出来た。
一通り礼拝をガントレットと共に済ませ、お布施を捧げ、懺悔室に腰掛ける。
訪れた村や街で1度はこうして、礼拝している。本当はもっと、頻繁に教会に顔を出すべきなんだろうが、不心得者だなと自嘲する。
深く、深く、息を吐き出す。
何から話すべきだろうか。どうせ神の声を賜われるほど、信心深く居られないので何を悔いて、話しても良い気がする。
「私は弱い。最近では悔いる事ばかりです。教導員の身でありながら、怒りに駆られ、若者を守れず、導けず……、人を、殺してばかりです。罪深く、赦されない事です……」
当たり前の事だが、殺人は正当性があったとしても、してはいけない事だ。
あの女山賊の一件のように、躊躇うつもりは毛頭ないが、やはり殺人の罪悪感と、忌避感はとても拭えない。
人を……、いや、生き物を殺す度に、奈落に落ちている自覚がある。
2度と這い上がれない。奈落に。
「こんな私が……、人らしい幸せを求めても、本当に良いのでしょうか…、神よ…」
今も、酷い葛藤に
あの心身共に、世界一恐ろしいほど美しい宝石のような女性と、本当に、婚約などして良いのだろうかと。
おそらく神は、こう告げるだろう。
分かっている。俺は彼女に不幸を遺す。
分かっている。俺は彼女に傷を遺す。
分かっている。俺は彼女と居られなくなる。
いつか、訪れる結末。
なぜならば、……なぜならば、彼女の時間は、この星で最も残酷な事に、永遠だからだ。
これだけは断じる。神の行いを、全身全霊を持って断固、否定する。
なぜ、そんな残酷な行いをしたのかと。
人の世に過ぎたる物を、与えてしまったのかと。
……それほどに、永遠は、寂しかったのか、と。
口には出さない。神を憐れるなど、あってはならない。
それでも、それでもなのだ。どれほど罪深くとも。彼女の今の幸福は、俺とタロッキと、共に居ることなんだ。
俺自身の確信というよりは、彼女がそう主張する限り、俺は彼女と離れる事は無いだろう。
逆を言えば、彼女が共に居ることで不幸を主張するなら、速やかに身を引くべきだ。
自身の主体性の無さに情けなくなるが、そう思う。
例えば、だ。
彼女が他の男と愛し合い、子供ができてもおかしくない状況には、なるかならないかで考えれば、なると思う。
というより、ゆくゆくはそうして欲しい。
なにせ彼女は永遠に若く。あの美貌だ。そうならないほうがおかしい。というより、良くない。良い訳がない。上手くもない。
どうあがいても俺の方が先に死ぬのなら、むしろ恋愛経験は積極的にさせるべきだ。
夫の後を追うフェアリー。唯一人の異性と添い遂げて、後を追う。よく聞く美談だ。
だが俺は彼女に、美談なんぞになって欲しくはない。絆というのは、傷だ。
深く深く傷つき合い結びつけば、離れられないないほどの、致命傷だ。
1度目が耐えられたから、2度3度と耐えられる保証などない。
姫さんには、生き続けて欲しい。無明の死なんぞ、見向きもしない程に。
分かっている。彼女の生命は他の誰の物でもないく、彼女の物だ。上から目線と言われればそれまでだが、それでも……。
思う所が無いではないが、この程度の覚悟無しで、彼女を愛することは、きっと許されない。
神よ。
私は他に、1人娘の幸福しか、残りの生涯、願わないと誓う。
自身の幸せなど、姫さん、タロッキ、家族、妹家族。多くの素晴らしい友人達、愛すべき隣人たちのつぎで構わない。
永遠の貴方に、
どうか、どうか、祝福を。彼女の
いかんな。死者達の、殺害した者へと祈る場なのに、つい姫さんの事を考えてしまう。
「本当に、罪深い事だ……」
心を入れ替え、倍以上の時間を死者の冥福へと祈り捧げた。
キィ……と、近くで木材が傾ぐ音が響いた。
席を立ち外に出ると、懺悔室の反対側のドアが空いていた。立て付けが悪いのだろうか。それとも……。
「見えない小妖精でも、居たのかな…?」
教会から道を下って、夜の村を歩く。
シャーフの村は大きくて、大通りは夜でも明るい。民家や商店は多くないけど、必要な物や、市場などもあるので小さな街みたい。
お家の作りも、どこかノルンワーズに似ていて、もう近くまで来たんだなと、深く実感します。
酒場はまだ、笑っている声が絶えてない。
きっと、そのまま朝まで飲む気の人達だ。
軽く手を振ると、呂律の回らない声と、覚束ない手つきで、ジョッキを掲げて、彼らは挨拶を返してくれた。
「おう、酒の妖精様が見えらぁ、呑み過ぎたらぁ」
「いや、闇の妖精様だろぉ。どう見てろぅ、女の1人歩きは良くね、ここで飲むらい〜?」
「いえ、すぐ帰りますので」
「あいあいあ~、気をつけてな〜」
村の人達と、傭兵の非番の人たちが飲んでたみたい。良い人たちなのだろう。
なんとなく目が向いて、大通りを歩く。空はまだ、白み始めてない。
ふと、一人ぼっちの月を見上げる。もう随分と、夜の精霊達に追い出されかけの、追い立てられた、お月様。
飽きずに毎夜毎夜。太陽と追いかけっこしてる。
なんとなく、彼と旅立った夜を思う。
あの時はお酒に酔っていて、でも冗談じゃなく言おうとして、……遮られて、連れてって貰って、でも今は……。
深く、深く、息を吐き出す。
もう一度、言えるでしょうか、彼に。
月が綺麗ですって。ずっと月を見ていましょうって。死んじゃっても良いって、言えるでしょうか、今の、私に………。
(結婚を視野に入れて、俺と、交際してくれないか?)
あぁああああぁあああうぅううぅうううぅ……。
はぁぁあぅぅぅ…………。
帰ろう。もう空も、僅かに白み始めてる。
2人とも待ってる。起きた時居ないと、心配させちゃう。
足音。ピタリと、足を止める。足音が、駆けてついてくる。……迂闊っ。
しゃりぃんと、足輪を鳴らす。速く、速く!
「あん? おい! 待てよナガミミ女ぁ!」
「……っ……!」
こいつ! ……誰も聞いてないからって、許されざる言葉を吐きやがった! 殺してやろうか!!
落ちつけ、冷静に。村兵詰め所は近い。……見えた!
「待ってっつっただろうが! ……へっ、この商売女!」
「ん? どうしました?」
「絡まれました。売り買いも一切してません、助けて下さい」
息が切れる。急だったから、指輪を振るのを忘れてた。村兵さんは、暗闇から遅れてやってきた男たちに、舌打ちして槍を突きつけた。
「ああ!? へへへっ、そいつが俺達の金、持ち逃げしたんだよ! 返せよゴラァ!」
「と、言ってるが?」
「していません。そもそも私は、そういう商売の経験すらありません」
「嘘つけェ! なら、その頭巾はなんなんだよ!?」
「これですか?」
頭巾を取ると、全員が息を飲んだ。村兵さんはともかく、誰彼構わず色めき立つんじゃありませんよ。視線が気持ち悪い……。
村兵さんは気まずそうに咳払いすると、全員を見渡して告げた。
「夜中だぞ、静かにしろ。取り敢えず、全員詰め所に……」
「うるせえな! 俺達が買ったっつったら、買ったんだよ! いいから来いよ!」
男の1人が、強引に手を伸ばしてくる。もう切ろう。正当防衛は……。へ?
「おい」
月夜に照らされて、金色の風が、横合いから駆け抜ける。鞘に収められた剣で、嗜めるように、私に迫る男の腕を打ち据えた。
獅子だ。若い、金色の獅子。何故だろうか、私は彼を、そう感じてしまった。
これが彼と私の、最初の出会いだった。
☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★
ここまで読んで頂き誠にありがとうございます!
少しでも面白いと思って下さった方は、☆評価やフォローをお願いしたいです!
皆様のお力でこの作品シリーズを楽しく育て、盛り上げるお手伝いをして頂けると、とっても嬉しいです(*´ω`*)
モチベーションもアガるので、続きはもっと、も〜とっ! 面白くなるかも知れません╰(*´︶`*)╯
よろしくお願いしますm(_ _)m
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます