第28話 キマイラの毒牙

現場は足で調べろ、とは誰の言葉だったか。

いつの間にかなくなっていた重要文献の調査は、ララン主導の元開始される事になった。

マナギたちの生存確認が果たされてから、憂うことなく彼女は調査を開始してくれた。


今回の探索は物が物だけに、大規模に行う事になり、嗅覚の鋭い獣人、亜人などの冒険者。

情報屋、噂に詳しいキャラバン人員など、彼女の幅広い人脈を駆使して調べ上げた。


様々な調査の結果。文献を盗み出したと思しき1派は、フリッグスの外に出て行った事が判明した。

すぐに数班が編成され、連中の痕跡を辿って、追跡を開始する事になった。


「地下に潜られなかっただけ、マシね」

「そうだな、…どっちの意味でだ?」

「両方よ。私たちの担当は、方角だけで言えば、ゾロッカ遺跡群ね…」


後部座席でゴソゴソと地図を広げながら、ラランが道を確認している。

今回、荒れ地を長距離移動となるので、軍用草食竜アミトスに騎乗して、追跡探査を行っている。

ゾロッカ遺跡群は、大きな岩山に神殿が彫り込まれるように築かれている。


荒れ地方面街道を通り過ぎるなら、必ず目にする場所だ。

歴史学者連中いわく、旧人類、古代時代の遺物らしいが、詳しい事は誰1人分かっていない。


しかし、危険な環境や、怪物が多く徘徊する場所なので、近づく者はまず居ない。

古い人骨も容赦なく転がっている場所で、むしろ自殺の名所と言えるかもしれない。


「身を隠すならうってつけね。いい趣味してるわ」

「ちげえねえ。いかにも過ぎて泣けてくらぁ…」


地平線の向こうに、まだ遺跡は見えない。砂塵混じりの風を受けながら、俺たちは進んでいた。




絶対に目をそらさない、そう覚悟した。


私たちは20人ほどの傭兵団で、奴隷商隊の護衛についていた。商品となる人たちは様々だけど、今回は汚い人はいなかった。


考えても見よう、貴方は、きれいなよく切れる剣と、みすぼらしい刃こぼれした剣、どちらに高値をつける?

当然、売れるのはきれいな剣だ。誰だってみすぼらしい剣なんて使いたくない。


もちろん商売で、大きな国ではわざとそういう商売をする人もいるというけど。

キョウヨウって言うんだろうか、はっきり言って、剣1本しか知らない、文盲な私よりも、ずっと頭が良かった。

妖精詩も間違えず暗唱できて、身綺麗で、お金持ちの持ち物であることが幸せそうだった。


いいなぁ妖精詩、私も竜の英雄譚を歌いたい。


「あなたも理解すればいいじゃない」


彼女はそんなことを言って、みんなにくだらないイタズラを仕掛けた。

ただ、大きな音のなるドラを勝手に叩いただけだ。みんな大慌てでびっくりしていたけど、私は横で見ていたから驚かなかった。


「ね?、知ってれば驚かない、知識なんてそんなことの、積み重ねだよ」


ファティーとは、言い合いになって、喧嘩になって、友達になった。面白い子だと思った。

そして、わたしのためだけに、妖精詩の一節を切り出して、竜を歌ってくれた。


「内緒だよ?」


私も唯一知っている。この世界誰もが知っている詩で返礼した。


たったひとつのあおいほし

あかるいあかるいつきのむこう

くらいくらいよるのはて

きれいなきれいなおほしさま

たゆたうたゆたうほしのうみ

たったひとつのほしいもの

たったひとつのえらぶもの


もっていくのは、なにがいい?

つれていくのは、だれがいい?

もっていけない、ものはなに?


あるきつづけて、どこまでいくの?

あおいおそらのはてはどこ?


たゆたいうた。


「ぷふふっ、下手くそ…」


また喧嘩になって、笑った。


そんな順調な旅のある日、奴らが現れた。


連中は朝日と共に現れて、団長と4人を連れ去った。いきなり襲いかかってきて、その3つの頭と6つの目で、嘲笑いながら連れ去られた。


あんなに威張り散らして、強く、優しかった団長が手も足も出ないで、…私をかばって…。


それから味を占めたのか、何度も襲いかかってきて来やがった。その度に人数が減っていった。


奴らは私達のことを、皿に乗ったナッツ程度にしか考えていない。あの嫌らしい笑い顔は間違いない。

面倒でも割れば美味しい中身が齧れて、皿に残った割れかけなら指で拾って、食べればいいとしか考えていない。


冗談じゃない、私達の命が、冗談であってたまるか!


「逃げてぇ!!」


彼女の悲鳴が響き渡る。死が、眼の前に迫る。


ぞろりと揃った、ナイフのような爪と、奇怪な音が響く、剣のような牙が迫る。

まさしく人知及ばぬ怪物だ。だから。


絶対に目を、そらさない、そう覚悟した。


「…戦士の相ね」

「え?」


天から羽ばたく影と共に、風に揺れる鈴の音のような声が聞こえて。

私の胴体よりも、遥かに太い腕が宙を舞った。


竜が、天の使いを連れてきた。




5人ほど馬車に縋り付くように、恐慌状態で、馬車を盾に、馬を生かすために必死にしのいでいたようだ。


周囲には食い散らかされた死体が散乱していた。

むせ返るような血なまぐさい死の空気の中、怪物は屍肉を漁っている。


獅子の顔と胴体に、反対に白骨のような、痩せた悪魔のような山羊の顔。

尾は蛇であり。バランスを取るためでなく、長く伸び、正面を噛みつけるほどこちらを向けている。


怪物、キマイラ。


それも2体。


ラランの剣閃は間違いなく、コイツの腕を斬り飛ばした。はずだった。


「…性質が悪いわね」

「ああ」


斬り飛ばした端から泡ぶくように波立つと、何事もなかったのように、またたく間に腕が生えやがった。

キマイラの生態に、そんなものはない、誰か余計なことでもしやがったか?


「ギャハハハハハハハハ!!」

「………。 」

「………!」


金属音のような責め立てる笑い声で、威嚇してくるキマイラを尻目に、一瞬で俺達はどう動くか、目配せで合図を行った。


「全員聞け!、馬車で退く!、私に続いて!」


ラランが檄を飛ばし、まだ生きている者に活を入れ動き出す。

原因は不明だが、まともな手段では傷つけられないキマイラなんざ、相手にできないのは同感だな。


少しの間、1人で持たせなければならない。2体1、顔だけなら6体1。


上等。


キマイラの剛腕が、重い足音を響かせながら襲いかかってくる。

俺は尻尾を思いっきり構え、全力の横薙ぎを繰り出した。

迎撃は成功して、1体は肩を、2体目を巻き込んでそのまま腰を粉砕した。だが…!


「この程度では、だめか!」


吹っ飛ばして距離こそ稼いだが、また一瞬で元通りになった。身震いすると、すぐに襲いかかってきやがる。

一匹が覆いかぶさるように、派手に飛びかかって。


「(ワザとだな)」


もう一匹はその場から動かず、山羊の頭をカタカタ言わせ始めた。


俺は飛びかかってくるキマイラの腕を、最小限の動きで篭手と腕の鱗で受け。

そのまま懐に飛び込んで、肩で当て身を食らわせた。

さらに数歩。踏み込んで、押し付けるように盾にする。


「「ギャハ!?」」


山羊の顔から火球が飛び出してきたが、一匹のキマイラに直撃して、炎上した。


「しばらくは、動けなそうだが!」


炎上したキマイラは、焼け落ちた身体全てを泡立たせ始めた。動けはしないだろうが、アレからでも回復できるのか。


「(不死身かこいつら)っとぉ!?」


油断はしなかったが、炎上したキマイラの尻尾蛇が襲いかかってきて、左腕に噛みついた。

鋭い針のような反り返った牙は、不気味な黄色の液体を滴らせてやがる。


「チッ」


強引に身体を回転させて、牙を折って蛇に蹴りを入れる。やられた。腕にしびれが入っている。


肩に万力を入れて、可能な限り毒がそれ以上、回らないように血を止める。

片手は拳を軽く握るのがせいぜいだった。毒か。


一瞬怪訝そうな顔をキマイラは浮かべたが。

勝ち誇ったかのように、ニタニタ笑いながら、もう1匹が迫ってくる。


「クック!」

「…………………」


眼差しを切り裂くように、引き締める。


集中 ──────。


迫りくるキマイラの腕を、右手のみで、水鳥のくちばしのように、5本の指先で上から弾いた。


重力を感じさせないほどに、キマイラをふわりと巻き込み飛ばし、泡立っているキマイラの方にぶつける。追撃、獅子の顎を蹴り上げる。


「ギャ!!、ばばばっ」


顎を蹴りぬかれたキマイラは強く脳を揺らされ、上手く動けないようだ。よし、狙い通り。


「引くぞ、全員乗ったな!?」

「承知、それっ!」


ラランに手綱を弾かれて、幸い生き残っていた馬は、全力で走り出した。俺も随行して、草食竜アミトスに乗り込み駆けた。

みるみるキマイラ共は小さくなって、無事逃げることができた。


「…日光、だな」

「ええ、治りが遅かったわ」


片腕のみで馬車に捕まって、ラランと確認する。

おそらく日光に当たる場所のみ、再生が可能なのだろう。よく思い返すと、覆いかぶさった場所の再生が遅かった。


「クック、はい」

「ああ。自分で治癒する、警戒を頼む」


ラランが素早くポーチから小瓶を取り出して、毒消しの液薬を投げてくれた。


無事逃がすことができた。街道も見えてきたので、このまま逃げることができれば、生き残れるだろう。

解毒の薬液を飲み、揺れる馬車の天井に静かに降り立って、牙を引き抜いた。


わざと大量に瀉血させ、毒を血ごと取り除いたあと、ラランが投げてくれた縄でしっかりと止血する。

痛みは無いが、ぶくりと不気味に膨れてやがる。最悪、切り落とす事も考慮したほうが良いか。


「あ、ありがとうございました、お2人とも」


長く髪を3本編み込み、ビロードの美しい服に身を包んだ12歳くらいの少女が、気絶している傭兵であろう少女を、抱きしめながら礼を言ってくれた。


「ええ、…ごめんなさいね、助けるのが遅くて」


彼女は火がついたように、血がつくのも構わず、傭兵の少女を抱きながら泣き始めた。

危険だが、俺は死者への嘆きを止めさせることは、できなかった。





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