第32話 剣
戦闘に入る前に、自身の武器の目釘を素早く確かめ、岩陰から向こう側を盗み見る。
岩肌の奥で何匹も居るそいつ等が、上下に平たく、丸い頭をもたげた。
大きさは犬ほどだろうか、節持つ身体と甲殻。いくつもの脚。顎下に付いた凶悪な顎を、ガチガチ言わせている。
食性が異様に強く、凶暴性もとびっきりの、人食い虫の中でも最悪の害虫だ。
大きさから、まだ幼体のようだが、直立した犬のような亜人。
もう一度、戦闘に入る前に、武器の目釘を素早く確かめる。全員がそれを行ったことを、気配で確認した。
意識が高揚し、喉が渇く、……心臓の拍動が、高鳴る。
何度も連中に対して、手を振った。戦闘開始だ。
最速で仕掛けたのは、前方のタロッキとグリン。
タロッキはほぼ無音。ふわりと浮かびあがった。
グリンは対照的にドカドカと足音を響かせて、わざと駆け抜けた。
空間そのものを薙ぐ、尾の一撃。
情け容赦ない苛烈な薙ぎ払いは、それだけで壁のシミを3つ増やし、更にグリンが容赦なく踏みつけてトドメを刺した。
次いで、反対側の姫さんの剣戟。
グリンの足音に驚いて首を
気付いた時には、頭部が床を転がっていた。
ようやく異変を察知したセンチピートたちは、ギシギシ呻く多くの足で逃げ出そうとした。
「カミキレ!」
「問題ない」
「ギィギ…!」
既に逃げ道には回り込んでる。先頭の一匹が低く襲いかかってくるが、飛び上がり、逆手に両腕で構えた剣ごと、伸し掛かって串刺す。
「ギィギィッイイイイイ!!?」
手の内に甲殻を、厚い肉を、骨を、岩ごと串刺し、確実に縫い止めた感触。
残心を怠らず、すぐに剣を手放して転げる。
すぐさまぐっと丸まると、長い節持つ身体で、ジタバタし始めた。
巻き込まれたら、腕の1本は持っていかれたかも知れない。
見せしめる為の残酷な一撃に、逃げ出した他の数匹も、僅かに身を引いた。
その隙を、タロッキは見逃さなかった。
腰だめに抜き放たれる太刀、抜刀と共に迫る。
一閃。宙を疾走る、
ぬたっ。
間抜けたような音を響かせて、ズルリと3匹のセンチピートは、頭部を失って丸まった。
姫さんは惚れ惚れする太刀筋に、ほうっ…、と息を吐いた。
当の本人は、やはりものすごく納得のいかないようなツラをして、血振りをくれた。
最近のタロッキは気づけば本を読んでいるか、飛び散る汗も拭わず、刃先に汗が滴るのも構わず、一心不乱に剣を振っている。
寂しさを誤魔化すようなその仕草に、少し打ち込み過ぎで良くないと思いつつも、俺はあえて今日まで声をかけなかった。
「上手く、出来てるんじゃないか?」
「上手くだけはね、上手くだけ、は…」
「ドラゴンの髭は切れる自信がない。ってところか?」
「………うん。五分五分五分以下っ、てとこ」
僅かでも可能性があるなら凄いが、ドラゴンの髭切りは、鉄砕きでも限られた者にしか挑戦できない。
決して、寸分の妥協が赦される絶技ではない。
目を瞑って、耳を塞いで、触感を無くして、針の穴に糸を通すようなものだろうか?
単純にドラゴンの髭が硬く柔軟過ぎ、ドラゴン自身の感知把握能力も、並ではない、らしい。
あの巨体で空を飛ぶのだから、目や耳だけで周囲を把握している訳では無いのだろう。
センチピートのように、触角に近い構造なのかも知れない。
警戒しながら、コボルトたちを見回す。彼ら独特の荒い犬のような短い息遣いは聞こえない。生き残りは残念ながら、ここには居ないようだ。
「鋭さも、気安さも、コッヘイおじいちゃんと同じにできてると思う。でも厚みが無いんだ。振れば振るほど、…それが、自分でわかっちゃう」
ふぁぁ…、何も言わないでも、もうそこまで来てんのか、すっげえな。
一瞬、何も言わないでこのまま成長を見守りたくなったが、それは俺の欲望でしか無い。
放任主義は、過ぎれば毒にしかならない。
コボルトたちを軽く検分しながら、黙祷を軽く捧げ、彼らの衣服で剣を清める。
やはり、先達の言葉を借りることにした。
「剣に学ぶ者は、理解して、わからなくなって、またわかり始めて学ぶんだと。一生かけてそこまで行けんのが、ひとつまみもいねえがな」
「積み重ね。心技体、ですね。…懐かしい。私も小さい頃は、ラランさんによく殺意をぶつけちゃってましたねぇ…」
流石に少しズッコケた。グリンも心なしか呆れた目で、姫さんを
彼のあんな表情は初めて見た。
いや、どんな幼児体験だよ。姫さん?
2人と一頭に呆れられて、コボルトたちの足跡を調べながら、姫さんは恥ずかしそうに、頭巾の上から頬を掻いた。
「あ、あははははは。面白かったんですよ、いえ、家の父様とにかく手加減が下手でして。たまに来てくれる。何をしても全然刃が立たないラランさんとの稽古が、とっても面白くって。やめられなくて、ですね…」
「黒歴史かぁ?」
「わ、若気の至りですぅ…!、いえ、クックさんにも、その歳でその殺気はドン引きだわって、散々からかわれましたけど…!」
「心………。技、体。心技体。…心」
タロッキは何度か心、積み重ねと口に出して、ブロード・ソードに映る自身の姿を見つめている。
「今のお前の剣には、不満が乗っている。不満とは迷いだ。迷いは物事を前に進める兆しだが、止まっている状態でもある。
お前はその剣に、何を宿し、背負うべきだ?」
「……………まだ、わかんない」
「俺は1つだけわかるぞ。恨みを背負うべきだ」
「恨み?」
「剣術は殺害術。武器は生き物殺しの道具だ。人だろうが、獣だろうが、竜だろうが、それこそ神だろうが、殺せば恨みを背負う事になる。戦士の理だな」
「…恨み、………心」
自身が殺した六匹のセンチピートたち。
まだ少し動いている彼らを眺めて、タロッキは呟いた。
心から、思う。心底思う。
彼女に、俺や姫さんのような剣は、欠片でも嗣いで欲しくない。
例えそうできないと、嫌と言うほど思い知っていてもだ。そう思う。
これが、親心か。実に身勝手な心だ。子の心、親知らず。…だな。
「まだ、決めれない…、かも…」
「なら、選んで行けば良いんですよ。これからね」「そうだな。………姫さん、あれは…?」
俺が指さした先の地面には、刈り取られた植物の跡があった。
姫さんが調べた結果。
俺たちが探し求めていたミルス草が、何者かに刈り取られた跡があった。
周囲を探索すると、小さな犬のような足跡が、更に奥へと走って去った事が判明した。
おそらく子供のコボルトたちだ。大人たちは全員でセンチピートたちに挑んで、子供たちが生き延びるため、戦い息絶えたようだ。
急いで後を追うと、すぐに彼らは見つかった。
岩穴の陰に、怯えながら隠れている。
2人は犬歯をむき出しにして、不釣り合いな剣を無理矢理構えて、こちらに向けてしまっていた。
直立した犬のような種族だ。
迷宮内の硬い頭部と、一見耳のような角持つ
共通しているのは、頭部の形状が酷似していて、嗅覚が異常に鋭く、匂いの夢まで見る種族と謳われるところだろう。
怪物種のように野生に帰っても、威嚇こそするが、正気を失ったように口に泡を出し、目も濁ることはない。
様々な犬種のように、様々な犬亜人種もがいる。
性格は比較的温厚で、群れを他種族と形成している事も多い。
殺害依頼が組まれる事は、滅多に無い。
あるとすれば、野盗崩れだろうか。
ただし、街に住まない獣の相を持つ亜人種、妖精種は大概そうなのだが。彼らは、あまり言語を重要視しない。
動物的、原始的とも言える、互いの体臭や仕草で、意思疎通がほぼできるからだ。
カタコトで共通語を喋れれば良い方で、まったく喋れない者も中にはいる。
相手は子供だ。おそらくカタコトでの会話も不可能だろう。
俺は一歩前に出ると、ゆっくりと見せつけるように近づいた。
腰の竜細工の短剣を鞘ごと手に持って、
「ウゥゥ、ウゥゥ!」
「怯えなくて良い。言葉は、わかるか。分からないでも、こうして、剣を捨ててくれ」
ブロード・ソードは切っ先を下げた。短剣は鞘ごと1度向けて、横に雑にゆっくりと投げ飛ばした。
言葉は残念ながら、通じていないようだ。
短剣を目で追ってはくれたが、地面に落ちた音で、背中に隠れている1人が、更に怯えてしまった。
短剣を床に滑らせて、手放せば良かったか。しまったな…。敵意が無いことは伝わったようだが。
極端に怯えてしまって、こちらの行動が目に入っても、半ば心に伝わっていない気がする。
これでは警戒を解けない。参ったな…。
「マナギさん。…剣をしまって」
「駄目だ」
「紙切れさん」
「駄目だ。刃先を下げるのはいいが、…手放せん」
「カミキレ…?」
「わかりました」
「姫さん、まだ…!」
「間合いには入りません。…警戒を」
姫さんは地面に膝をつくと、膝立ちでゆっくりと手を広げた。
子供を優しく迎え入れる体制だ。となりあっているので、彼女の表情は見えない。
「おいで、全然怖くないよ…」
「うぅぅぅ!」
限界だったのだろう。1人が耐えきれなくなって、剣を放り投げて、姫さんに泣きながら抱きついてきた。
「よ〜しよしよし、怖かったね〜、ほら、おいでぇ〜」
「うぅぅぅ。ウァァ…」
気づけば、俺は大きく息を吐き出していた。
流石に、俺も彼女のお陰で剣を納刀できた。
残り1人も剣を下げて、隠れていた1人と手を繋いで、こちらにゆっくりと歩いてきた。
かなり怖い目にあったのだろう。嗚咽をこぼしながら姫さんに抱きついている。
「うふっふ、ザラザラモフモフです♡」
「すまん、助かった…」
「いえ…」
「カミキレ。どうして…?」
「荒んだ心と、幼い心に、武器は1番危険なんだ。姫さんが1番実感できるだろ」
「蒸し返しますかそれぇ! いえ、まあ、言い分はすごく納得、できますけどぉぉ…!」
姫さんは、コボルトの子供達に強く抱きついた。
少しキツそうだから、おやめなさい。
先程の話のラランさんへの殺意が、まさにそうだろう。
幼い残虐性は、幼いが故に、時に限りがない。
例えるなら、カエルで遊ぶ子供だろうか。
或いは、追い詰められたネズミか。
いずれにせよ、武器は使い方も分からない。或いはまともに使う気もない者が、持って使用してしまうのが1番危険なものだ。
「でも、こんな小さな子達じゃん…」
「そうだ。100回殺し合えば、99回は俺たちが生き延びるだろうな」
「じゃあ!」
「一回、死ぬ。…殺されるんだぞ」
まっすぐ見つめて断言すると、タロッキは一瞬虚を突かれたあと、目をそらした。
「カミキレの事、見損ない、そうだよ…」
「タロッキちゃんそれは…!」
「見損なえよ。…或いは直接でなく、故意でもなく、手傷を負ってかも、だけどな」
「あっ…」
タロッキは、そこまで考えが及ばなかったのだろう。小さな手傷1つで、腕そのものが腐れ落ちるなんて、よく聞く話だ。
油断は常にできない。するべきでは、決して無い。
これは、冒険をする上での不文律だ。
「タロッキ。見損なったって良い。それで、お前たちの生存する可能性が少しでも上がるんなら、俺は本望なんだ」
「カミキレ…、ごめ…」
「いいさ。これが俺の剣だ。こんなのが、俺の剣なんだよ。やっと自己紹介できたな。タロッキ」
「うん……」
「ごめんな…、怯えさせた。怖かっただろ?」
手を少しだけ、コボルトの子供達に差し出した。
子どもたちは姫さんを見つめたあと、彼女に笑顔で返されて、ようやく俺に少しだけ触れてくれた。
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