第0.5話 番外 同情の余地
今日から。なんと私は
いや、別に冒険者稼業をしている人たちが、全員お金の稼げない人たちってわけじゃない。巨万の富をたった1度の冒険で手にした逸話なんて、それこそどこの酒場にも転がってる。
でも、今のあたしにとっては同じ言葉なの。幽き神々の慈悲深き孤児院で暮らして、下働きして15の冬終わり。孤児院が統合されて、工事でもっと大きくなるから。半年間、職の宛が無いのぉ…!
この絶望的な状況に、たった銀貨数枚で放り出されたのよ。うぅ…。楽に就職出来ると思ったのに。そりゃ孤児院は隙間風凄くて、「あっ、粉雪〜!」とか、無邪気に笑ってたけどさぁ…!
お世話になった院長さんは、まさかのどデカいメイス担いで、「久々に腕が鳴るねぇ…、アンタもどう、センスは悪くないと思うんだけど…?」とかビラ進めて来たんですよ。信じられます?
「そうかー…。就職失敗、残念だったな。テテ君」
「ハイ…」
テテニス。
それが、あたしが孤児院で授かった名前。名字は語りたくない。考えたくすらしたくない。1文字じゃないから上等とか抜かす輩は、誰であろうと残らずぶった斬ってやりたいわ。
登録を済ませてオススメされた訓練所には、今みたいに相談してくれる、教官のオジサマが居てくれた。
身長はあたしより少し高いくらいで、あんまり強そうに見えないけど、着ている革鎧は厚そうで、覗く鎖帷子も硬そう。凄く着慣れてそうで、腰に帯びた剣はカッコいい。
珍しく黒髪で日に焼けた肌で、浜出身の人なんでしょうか? 30…、いや20代末くらいの妙に愛嬌のある、人当たりの良さそうな顔立ちの人なの。
…………でも、なんだろ?
見つめ合ってると、首元が落ち着かないというか、手の平が痒くなるというか。まるで…、昔手伝った屠殺場の大量の臓物臭い、血液を見てるような……?
「んで、これが手帳な訳か…」
「あっ、ハイ…?」
お名前、テテニス・オオオオ。種族、人間種。性別、女性体。お所、フリッグス冒険者ギルド支部宿舎。ご年齢、15歳。職歴、保育士(臨時)、冒険者(駆け出し)。髪、金髪。目、緑。体格、普通。
技能。
投擲(初級)
持病とか全く無く健康体。人間種なので最低限の投擲力。…たったそれだけらしい。冒険者としての専門の勉強なんか、全然してない……。
「で、生活費引いた銀貨が数枚が、…全財産と」
「だめ…、でしょうか…?」
「いや、まさか。健康体なのは何よりも良いことだし、清貧な僧侶より、よっぽど良いさ」
「え、そうなんですか…?」
「最近はそうでもないが、昔は托鉢だけで修行してたり、金周りが悪い地域だと、無一文で栄養バランスが悪かったりな……。とりあえず、使えそうなの何がある?」
「ええと、こんなんだけです……」
私は背負い袋から、院長が持ち出して良いと言った縄数本と、油のない空っぽの、古ぼけたランタン。前掛け付き作業着。そして、借用した
何故か院長は手渡す前に、剣先を砥石で良く研いでくれて、どこか懐かしそうに目を細めて手渡してくれた。お陰で良く研がれた剣みたいに、剣先は冴え冴えと輝いてる。
わりと綺麗ね。でもこれ生憎武器じゃなくて、ただのシャベルなのよね…。
「じゃあ、あとは丈夫な鉄板入り長靴さえあれば、下水道の清掃、…ドブさらいと、ネズミ狩り行けるな。家の店なら安く…」「あっ…」
しゃっりーん。
「かーみ、きーれさん♡」
突然、輪飾りの音が響いたかと思うと、頭巾と夜色の
うっは、へえぇぇ…。キィレェー………。
「あ、新人さんですね? はじめまして! ミュレーナ・ハウゼリアと申します! 駆け出しです!」
「あ、あぁ…、ハイ、テテニス…、です」
ふえぇ……、可愛い…。キレー…。誰この娘。何この生き物。こんな可愛いの、こんなとこ来て良いの? え、だってここ訓練所だよ? あっちなんか一心不乱に、剣振ってる人だって居るんだよ? 危なくない? ………駆け出し? あたしと同じ?
「姫さんや、勘弁してくれ…」
「また一緒に行ってくれたら、良いですよぉ?」
「考えとくよ。見返りも頼むぜ」
姫!姫って言った!? お姫様!? 王女様!? やんごとなきお方!? ひ、ひえぇ…、と、とりあえず、五体投地すれば良いのかしら!? 迂闊に話しかけちゃったぁぁ! あたしのバカ! ええい、ままよぉ!
「え、…紙切れさん! 応急処置を!」
「おう!」
急に
聞けば、教官のオジサマ…、紙切れ教官。…弱そうな渾名だなぁ…。は、あるお店で働いている店員でもあるらしい。今日はたまたま非番で、1日訓練や教導をするつもりだったそうなの。
最初の1ヶ月間は、銀貨1枚で初歩的な冒険者の教導を請け負ってくれるらしい。これは訓練所の使用料金も含まれる。
あたしはお金を払って、今日は初歩も初歩。簡単な手信号と地図の簡単な描き方。訓練所の取り決めと、
綺麗な字の書き方や、お金勘定はできるけど…、大きな数は怪しかったので、それも教わった。
私たちが覚束ない手つきで訓練してる横で、刃引きされてる剣で、2人とも凄い剣技で訓練してる…。特に姫様…、レーナさんは綺麗で、綺麗で、めっちゃ綺麗で…、見惚れて拍手しちゃった…。
「じゃあ、長靴を買いに行きましょうか。安くしてくれるんでしょ?」
「おう、じゃあ行くか」
「あっ、ハイ…!」
紙切れさんのお店は、訓練所の近くにあった。オレンジ色の看板が目立つ。そこそこ大きな店舗で、お店のカウンターの前には、片目が白く濁る厳ついオジサマが剣を磨いていた。
「良く来た。ゆっくりしていけ。……輪っかの使い心地はどうだった? 姫」
「大幅に体力は使いますが、やはり良い物ですね。足の方は、実戦で試していませんが……」
「そうか。工房の奴らに会ったら1言くれ。喜ぶ」
レーナさんは曖昧に笑って答えた。両腕両脚の綺麗な輪飾りのことかな。こういうのってなんて言うの? アンクレットって言うのかな。…いいなー。
「新顔だな。何が入り用だ?」
「長靴だ、ドルフ親方。鉄板入りならなお良い」
「お、お願い…、します」
親方さんは黙って、片足を引きずりながら店の奥に進むと、かなりゴツい長靴を持って出てきた。のそのそして熊みたいな仕草。ちょっと可愛いわね。
「長く使える。綺麗に洗え。…お前の見立ては?」
「良いと思う。値段も問題ない。履いて見てくれ」
サイズはピッタリだった。履き心地も良いし、靴底と靴先に鉄板が入って、とても硬いみたい。カンカンって音がする。こんなの初めて履いたわ。
「蹴れそうか?」
「え、はい」
「ならいい。マメに洗え、もし穴が空いたら来い」
ぶっきらぼうに言われて、言われたままに料金を支払った。少し料金をオマケして貰った。とても助かります、ありがとうございます。
「せっかくですし、しません? 紙切れさんの分も、割りますよ?」
レーナさんは口の前で、何かを飲む仕草をした。…なんだろ。何か飲むんだろうか? …あっ、お酒かぁ…。
「こっち持ちで良いよ。金ねえわけじゃねえし。年下に奢られる趣味は……。年下、…だよな?」
「んっふっふ、女の子のぉ、ヒ・ミ・ツ、です♡」
あああああああ可愛い!可愛い!だめこのコ、キャワイイ!抱きしめたい!持ち帰って抱きしめたい!
どうせ避けられるけど! …よし落ち着いた。怖。自分がちょっと怖い。
「来てくれます? テテさん」
「ハイ!ヨロコンデ!」
その日1番の返事で、私はフリッグスの飲み屋街にある大通りを少し外れた酒場。「鳥と走る手札亭」出かける事になった。先輩に昼ご飯に連れてって貰った事はあったけど、夜の酒場って初めてだった。
「ちなみに俺、今年で37な」
「嘘ォ!?」
「……!、……!、……!」
レーナさんは声も出さずに酒瓶を抱えたまま、テーブルをバンバン叩いて忍び笑いしている。どうやら持ちネタらしい。イヤでもその見た目で37、若っ……、あ、でもハーフとかなのかな。髪の色も変わってるし。
「外の混血でな、ヤニも酒もそんな飲まねえし、シワもねえから若く見られるんだ。姫さんには負けるがね」
「ええと、お2人はどういう…?」
「……セ「友人で、雇い主だ」…ぶーぶー!」
レーナさんはわりと酒乱らしい。酔ってると可愛さ増すなぁ…。聞けば2人は2回ほど依頼を共にした中で、知り合って2週間ほどの仲だと言う。それにしては何か、凄く馴染んでいる気がするわね…。
「姫さんは駆け出しだが、かなり旅慣れてる。冒険者の雇い主としても長いんだと」
「父様の御友人の遺産相続の関係で、各自由都市を回ってたんですよ。父様の引退前の話ですねぇ…」
「なるほど、だから冒険者さんたちと、凄く馴染んでるんですね…」
「ああ、そろそろ…」
「おっ疲れぇー!」
若い面々が、どやどやと多く入ってきた。雨も降ってないけど、みんな水を被ったみたいに髪が濡れてる。何してきたのかな…?
「おう、お疲れ」
「あっ、教官! あざっっっす!」
「気が早えぞ。まあ、コイツで3本頼む」
「あいよ〜、1本オマケね」
直立した犬みたいな店員さんが、紙切れ教官から銀貨と銅貨を受け取って、4本の紫色の瓶を持ってきた。ワインかな…?
「ああ、神様竜様紙切れ様!感謝いたします!」
「並べんな並べんな畏れ多い。人で
「喜べみんな! 今日はワイン、水で薄めなくて良いぞ!」
酒場は一気に大盛りあがりになった。私も自己紹介をして、初めてお酒を少し飲んだの。………苦くない?コレ…? なんかえずくし気持ち悪い。ふわっふわする。
「コレが…!酔う!」
「そ~ですよぉ!ささ、もう1杯……」
「飛ばし過ぎだっての。…明日からも頼むぜ。駆け出し諸君」
「任されて!紙切れの旦那ぁ!」
聞きしに勝る。飲めや歌えや踊れやの大騒ぎ。初めての冒険者の夜は、あたしにとって心地良く過ぎて行った。
翌日。他の駆け出しの人たちと一緒に、おっきなゴーレムが入口を守る下水道に、作業着を着て集合した。みんな
「おい」
大きなゴーレムねえ…。清掃用らしいけど、私たちが束になっても勝てないんじゃ無いの…?、なんか今から入るの怖いなぁ…。真っ暗だし。
「おい!無視するんじゃねえよ!新入り!」
「きゃっ!?」
いきなり肩を掴まれて、乱暴に引っ張られた。真っ白い不気味な髪が目に入る。結構歳いってるおじさんだ。それこそ紙切れさんの実年齢のひと周り上くらいだろうか。真っ赤な顔で…、いや、なんですかいきなり!
「お前、なんでコイツに取っ手がついて無いんだよ。仕事舐めてんだろ?」
「えっ、は、初めてで…、というか、あなたのそれだって…」
私の
いきなり煩く怒鳴られて、心臓がバクバク言ってる…!
「あ? 口答えすんじゃねえよ、お前、名前は?」
「テテニスです…」
「名字も言えよ、アホンダラ」
「………オオオオ、です」
「なんだその、変な名字…!がっ…!」
くらえ。両腕で思いっきり振りかぶって、
「…相変わらず。自分と他人の持ち物の違いもわかんねーんだな。恩知らず」
夢中で《シャベル》を振り回して後ずさると、いつの間にか鼻血を吹き出して倒れた彼を、全員が冷たい目で、手に
「ぐぞっだれ!、だいだいな!あの紙切れどが言う野郎が悪いんだ!あんな種な…!」
最後まで彼は言葉を口に出来なかった。一回り大きな体格の若い人が進み出て、思いっきり左頬を殴りつけた。歯が何個か飛んだみたい。確か、彼は地区の代表の人だったはず。
「歯、次は何本が良い?恩知らず。もう左側1本もねえよな?」
「そんなんだから、テメェいつまでも恩知らずって渾名なのよ」
「お前が言う権利ねえだろ…、あの人悪くねえし、怖いし、優しいだろ。…いつまでも舐めてると、また切られるぞ。…聞こえちゃいねえか」
彼は、殴られた一撃で地面に突っ伏して、白目剥いて気絶してる。……弱。
「えっとテテニス君、気にしないで。1発自分でぶっ飛ばせれば、突っかかって来れないクズだから」
「あ、ハイ…」
最初こそ、そんなトラブルがあったけど、ドブ浚いを数日続けた。真っ暗い下水道に溜まったドブをぐるぐるかき混ぜて、たまに出る金属片なんかをまとめて売るの。終わったあと地区の代表の人に、ギルドから預かったお金を貰って解散。
みんなで酒場に集合して、水で割ったワインで乾杯。そんな日常。…わりと、悪くない。
汗水垂らして働いた後の、夕食と晩酌はおいしい。
フリッグスの食料事情は割と豊かだ。4日に1回は香辛料を効かせたカリーだけど、癖になる辛さで旨い。水も水路がちゃんと整備されてて、私たちの努力が報われてるのが分かりやすい。
あの白髪頭みたいに、見窄らしい道具で仕事したくないし、ちゃんと
貯金もできて、文句もない日々。これなら、紙切れさんの所に顔を出して、訓練とかしてみても良いかな。
今日も同じように、ランタンを壁にかけて、ドブをザブザブ、ぐるぐるかき回す。視界に白い髪が映った気がしたけど、向こうから話しかけてこないし、こっちから話しかけるつもりも無いので、背を向けて無心でドブを浚う。
ランタンの油の減り具合から、今日はもう終わりだ。手早く後片付けと、帰り支度をする。…なんか、後ろでカチャカチャって音…?
通路の端からチュって音がした気がして、私は振り返った。
「
うわっ、気持ち悪。見れば、彼の長靴に中型犬くらいの大きなネズミが一匹、深々と噛みついてる。頭が逆に生えてるみたいね。
「う、うわぁああああああああ!!?」
「きゃっ!?」
痛ったぁ…。いきなり引っ張られて尻もち付いた。あの野郎…、あれ、居ない…?、まさか、盾にされた? 今度会ったら…!、ネズミっ!
「こ!、のぉお!」
「ぢぅ!、…チュぅ!、…ぢ!……」
噛みつかれるかと思ったけど、鉄板入りの長靴が足を守ってくれた。足元でうろちょろしてた大鼠を、振り下ろした
「どうしたの!大丈夫!?」
「あ、はい。ネズミ殺したの。…どうしよう、これ…?」
「やったじゃない。尻尾をそっくり取れば、銅貨10枚よ」
「お、そうなの。やったわ」
晩酌のおかず1品増やせるわ。手で引っ張っても取れないので、
「あれ、恩知らずは?」
「えっと…」
起きた事をすべて素直に話すと、大きなため息と共に、彼は呆れて疲れきった目で、彼が居るであろう下水道への入口を見つめた。
「あの野郎またかよ…。しかも…、いや、分かった。君たちは帰って良いよ。お疲れさん。また頼むよ」
「え、でも…?」
「何度も同じことしてやがるし、私も帰りたいんだけどなぁ…。あいつのせいでもう5人も辞めてるし、一応しばらく待たないといけない取り決めだからさ…」
「あ、…ハイ。お疲れさまでした」
ほんの僅かに後ろ髪引かれるような、心配していた気持ちは、今のたった1言で霧散した。だいたい考えてみれば、名前も覚えたくない奴の為に、苦労するなんてどうかしてる。真っ暗い下水道の入口を、1度だけ振り返ってみた。あんな奥に行きたくない。帰ろ。
晩酌をしながら今日あった事を話すと、何人かは青ざめた顔であたしを見始めた。なんでかしら?何かまずい事でもあったの?
「それ、襲われかけたんじゃないですか…?」
「あくまで噂だけど、あいつ。そういうことして捕まったって話あるしな…」
「俺らが挨拶しても、ほとんど返さねえし、マジで何考えてんだか…」
「見下してんのよ。何様のつもりよ…!」
「つーか別人の事だってのに、紙切れさんに突っかかって迷惑掛けて、一切謝ってねーんだろ。毎度酒奢って貰ってる癖に、どんだけだよ…」
「止めようよ新入りちゃんの前で…、あいつの事で口開いても、嫌な事しか出てこないじゃん」
「うえぇ……」
変な声が出た。気持ち悪。気持ち悪いにすぎる。あくまで推測だけど、これじゃ殺したネズミのほうが、まだマシな生き物じゃない。信じらんない。今度会ったら問い詰めて、本当ならまた鼻っ面折ってやる。
あたしと彼が再会することは、2度と無かった。
帰って来なかった彼に業を煮やして、代表の人も取り決め通り、帰ってギルドに報告した。
当たり前のように、彼は行方不明扱いになって。
当たり前のように、探索依頼が一応出されて。
当たり前のように、紙切れさんとレーナさんが、すぐに見つけて。
当たり前のように、遺髪と手帳を回収されて、死体はその場で焼却された、らしい。
どうして死んだかは聞かなかった。興味無いもの。
でも死ぬならみんなが言うように、遺書、書かなきゃなぁ…。死ぬのやだな。怖い。
「要は、善意が欠片も湧かないほど、他人に迷惑かけた甘ったれの話だからな。…本当にくっだらね。忘れようぜ」
あたしも忘れるべきだと思う。なろうと思っても、普通ああはなれないもの。言うなれば殺したいとまで、面倒臭いだけで思えないけど、目の前じゃない場所で死んでくれれば、ホッとするか。ほんの少し世界がまともになる気がする程度かな…。誰かが吐き捨てるように言った言葉が、その日、辛辣に通り過ぎて行った。
☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★★★☆☆☆★
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