通訳になりたくなかった通訳
真奈・りさ
第1話 デトロイトで結婚する?!
通訳になりたくなかった通訳(Translator by Default)
アメリカで実際に起きたことをベースにして書いてあります。
真奈・りさ
「将来あんな仕事をしたい」
「こんな仕事をしたい」
誰しもそのような夢があるかもしれない。
しかし、ときには、思いもよらなかったような状況に陥り、思いもよらなかったような仕事を請け負うしか選択の余地がないこともある。
後になって考えれば、
「なんと大胆な!」
「何と非常識な!」と思うようなことも、過ぎてしまえば、懐かしい思い出や良き経験として蘇ってくるから不思議だ。
それどころか、思いもよらなかった仕事を請け負っただけに、思いもよらなかった新しい道がひらけて来ることもある。
真奈がまだ5歳ぐらいだった頃、5歳年上の兄、圭はアメリカのプロレスに夢中だった。テレビで覚えた技をテストしたかった圭は妹の上にまたがって大きな声で"One, Two, Three!"と英語で叫んだものだった。真奈が兄の腕から逃れるためには、これも英語で”I give up!”と叫ばなければならなかった。そうやって、早くから英語に親しんだ(?)真奈は日本で英語を使う仕事に従事できるようになったのだった。
1976年の夏、真奈はアメリカに渡るための飛行機代を浮かすそうと、3ヶ月だけサンフランシスコの大学に於いて日本からの留学生の通訳をする仕事を担当していた。それも無事終了。
今度は真奈にとって真の目的地であったデトロイト行きの飛行機に乗り込んだ。国境を越えた愛に酔っていた若き真奈は興奮していた。
それにしても、アメリカにおけるデトロイトにまつわるイメージとは一体どんなものだろう?
「工業都市」「犯罪都市」「自動車産業による反日感情の強い街」など、どれを取ってもあまり良いイメージではない。しかし、その頃の真奈はそんなことさえ知らないままデトロイトに向かっていた。
実際、デトロイト入りしたビジネスマンが税関で、
「渡米の目的は?」
と聞かれて、
「ビジネスです」と言えば色々調べられるだろうし、英語で説明するのが面倒臭いと、
「観光です」
とシラを切ったところ、途端に調査室に連行されて驚いたという話もあった。
デトロイトに観光に来る人などいる筈がないから嘘に違いないだろうというのが移民局の判断だったのだ。
その後アメリカで日本車が売れ出した頃には、更にエスカレートして、
「車の街デトロイトでは、アメリカの車が売れなくなったのは日本車のせいだと日本人を恨んでいる人も多いから、デトロイトに来る日本人は皆撃ち殺される危険がある」という噂まで流れて、不安顔で飛行機を降り立つ日本人ビジネスマンも数多く出たほどだった。
それだけに、若い東洋人の女の子が一人でデトロイト行きの飛行機に乗っているのを見た多くのアメリカ人乗客は、
「ヤング・レディーよ、一体全体たった一人でデトロイトまで何の用事で行くのかい?」と質問してきた。
「デトロイトで結婚するのです!」
この答えには、皆更に驚かされた様子だった。
「いやー、十分に気をつけてね」と念を押さんばかりの返事に、
「本当にそんなに怖い所なのだろうか?」
真奈はだんだん不安な気持ちになってきた。
しかし、実際は郊外における限り、それらの悪いイメージは全く当てはまらないものだった。五大湖に囲まれたミシガン州には一万一千の湖が存在しており、
「森と泉にー囲まれてー、静かに眠るー・・・」と、その昔歌の文句に使われた表現がぴったりの美しい自然に満ちているところだった。
デトロイトは国境の街でもある。日が暮れると、川沿いのダウンタウンでは、アメリカとカナダの両サイドのナイトビューの美しさが楽しめる。
そのとき22歳になっていた真奈は、そのデトロイト・ナイトビューを旋回する飛行機の窓から眺めていた。不安をかき消すように若い心は躍っていた。ゲートでは待ちに待った婚約者、マイケルが彼女の到来を同じように心待ちにしていたのだ。
つい昨日まで日本語の世界にいたのが、180度転換して、朝も昼も夜も英語のみの世界へと突入していった真奈。
婚約者マイケルの母親は未亡人だったが、日本では考えられないような大きな家に住んでいた。その家が真っ白な雪に埋もれて立っていて、夢のような現実を更に信じがたいものとして目前に迫っていた。原色のシーツ、白いクローゼット、星条旗の壁紙、分厚いばかりのカーペット、それらすべてのものがとてつもなくアメリカンで、真奈は多少場違いな気がして緊張さえしていた。
To be continued...
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