第13話

「私が全責任を持ちます」と言ってしまった!


 真奈は、生活のために通訳の仕事を毎日のように請け負うようになった。


何年かそう言った状態が続いた後、いくつかの会社と関係したことが縁で、真奈にはあるアメリカの旅行会社の日本部門のマネージャーをしないかという話が舞い込んできた。その会社にはまだ日本からのビジネスは一社から入るのみであった。


 その会社のマネジメントは、日本人を一人でも雇えば日本からのビジネスが増えるかもしれないと考えたらしかった。


 そこで、そういった会社の期待に沿うよう、真奈は毎年アメリカのトラベル・ショーに参加して、日本の旅行会社の人の姿を見る度にデトロイトを紹介しようとしたが、最初のうちは冷たい返事しか返ってこなかった。


「デトロイトねー。うちは普通の観光客が主だから、フロリダとまで言わなくてもせめてシカゴぐらいならまだしも、デトロイトに行きたいと言う人などはいないからねー」

「まぁ、名刺だけはもらっておくけれど、あまり期待しないでね。」


 真奈は、その昔、日本語を学びたいというアメリカ人はあまりいないから期待しないようにと言われたことを思い出していた。


「何がどう変わるかわからないのが世の中。将来のためにやれるだけはやっておこう。デトロイトの目が日本に向けられ始めている時代だけに、もしかしたら、日本の目もデトロイトに向けられ始めるかもしれない」


 真奈は西海岸やニューヨークまで出張して行って、日本の旅行会社を多く廻れるように、一日10軒は訪問するという限界的目標を自分に課してみた。


歩き過ぎで夕暮れには脚が痛くて、ハイヒールを脱いで裸足で歩かなくてはならなくなるほど頑張った。暗くなって一人ホテルの部屋にたどり着いた時には、ベッドに倒れ込んだ後は何も覚えていないほどだった。


 行く先々で、自分がデトロイトにいて日本人の世話の全責任を全て持つと約束してしまっていた。


 3年は頑張っただろうか?


 自動車関係のテクニカル・ツアーを扱っている日系旅行会社の幾つかが、真奈が残していった名刺を頼りに、逆に向こうから真奈を見つけて連絡して来る時代が到来した。


なんと、

「デトロイトで日本人がいたぞ!」

 と、彼らは大いに喜んでいたのだった。


 その頃真奈はまだその背景を十分に把握していなかった。実は、彼らが普通以上に喜んだ理由は、


「日本で育った日本人なら責任感の強さからきっと日本人のために必要以上に頑張ってくれるだろう。いいカモが見つかった」

 と喜んでいたのだった。


 彼らの期待通り、真奈は日本で育ったことで植え付けられていた責任感のお陰で、約束を守り、日本人客の全責任者及び犠牲者となり果てていた。


 いつの間にか、毎週のように「技術視察」という名の下、自動車関係のグループが続々とデトロイトに入り込んでいたのだ。


 一つのグループには少なくとも40人はいたから、大型バスを貸し切って、日本人ガイドや通訳を付けてアメリカのカーメーカーの工場視察をし、午後にはヘンリー・フォード博物館を見学というのがお決まりのコース。


 そういうグループの世話をする場合、飛行機の到着遅れは付き物だった。運転手やガイドたちがまだ空港で待機している時に、もう夜遅いからとマネージャーである彼女だけ知らん顔して帰るわけには行かない。


 午前零時過ぎまでも残業したり、時には自分も空港に出向いて行って、空港のベンチで一眠りなどということも珍しくなかった。日本の旅行会社の目から見れば、そんなことは当たり前のことだった。


 そういったデトロイト訪問を目的とした技術視察のグループの数は益々増して、止まることを知らなかった。


 そのうち、

「ターラ、タラタラ・・・」


 と、日本語のデトロイトでのサービスをリクエストするファックスの音が耳に入る度に、それを全て英語に訳して各担当者に渡さなくてはならなかった真奈は、ついに「あー、また来たぞ」

 と、ため息をつくほどになっていた。


To be continued.

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

通訳になりたくなかった通訳 真奈・りさ @BaachannouserID

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ