第14話 日本人でないと無理?
どのグループも通訳を必要としていたから、日本人通訳が不足していた地にあってその旅行会社もかなり切羽詰まった状態に陥っていた。
超忙しいさ中で、日本語がペラペラで通訳の経験もあるという立派な履歴書を持ってインタビューに来たアメリカ人と英語で短い会話を交わしただけで、日本語能力のテストをせずにすぐその女性をビジネス会議に送ってしまったのは大間違いだった。
まだ通訳をしているはずの時間にその彼女から電話が舞い込んできたのだ。電話に出てみると、なんと彼女は電話口で泣いているではないか!
会議で日本人が何を言っているのかさっぱり分からず、恥ずかしさのあまり途中で会議を抜け出して来たというのだ。彼女はビジネスでの日本語がいかに普通の日本語会話と違うのかを知らなかったのだ。
真奈は添乗員からの怒りの電話に応えて通訳料返済などの手続きをし、それでも気の済まない添乗員の過激な罵倒にじっと耐えた。責められるべきは、そういった間違った判断を下したマネージャーとしての自分だけだったからだ。
それ以来、履歴に「日本語堪能」と書いていたアメリカ人のインタビューは全て日本語ですることにした。
「日本にはどのぐらいおられたのですか?」というこちらからの質問に、
「東京です」と答えたアメリカ人もいた。その人には通訳をすることは諦めて、代わりにツアーガイドになってもらうことにした。
日本人客は、アメリカで日本人の世話役が来ると、まるで救世主が現れたかの如くに喜ぶ。
言葉が通じるというだけではない。他にも理由があった。その理由とは?
外国で日本人に出くわすと、たとえ初めて会う人であっても、同じ日本人という仲間意識のようなものがある。懐かしい旧友を迎えるような感覚に似ている。一人で頑張って客の世話をしていた添乗員も、地元で日本人の助け人が到来するとホッとするようだった。
まず第一声、
「あー、日本の方ですね!」
涙でも出て来そうなほど嬉しそうな顔が見える。
その後に続くのは、いつも、
「ちょっとお願いがあるのですが・・・」という言葉だった。
例えば、アメリカのホテルが日本人に用意した部屋がなんとシャワーしか付いていない部屋だったと言う。シャワーばかりを浴びているアメリカ人にとってはそれほど大した問題ではないが、風呂好きの日本人にとっては大問題だった。真奈がホテル側に日本の習慣を説明して、全てバスタブのある部屋に取り替えてもらってくれと言う。
またある時は、会社の創立記念を祝うためにデトロイトまで奥さん同伴でやって来た日本人グループがあった。ホテルに渡されたゲストのリストには、「ミスターアンドミセス」と書いてあったため、ホテルはアメリカ式に、全てのゲストにキングサイズのベッドが一つだけある部屋をわざわざ選んだのだった。夫婦が一つのベッドに一緒に寝ることはアメリカでは常識だったからだ。
ところが、このアメリカ旅行は、会社が社員の長年の勤労に感謝して贈ったものだった。それだけに、グループの日本人夫婦はもう退社も間近い年配の人がほとんどだった。そのせいか、一つのベッドに寝ることを全員が拒否していると言うのだ。二つ別々のベッドのある部屋に変えて欲しいと一様に添乗員に要求してきたのだった。
そこでまた、真奈が日本では特に年配の夫婦は同じベッドに寝ることはあまりしないという文化的背景を説明して、一つ一つ変えてもらわなければならなかった。
その他にも、飛行機の乗り継ぎに問題があったせいか、客はデトロイトに予定通り到着したが、荷物は別の便で来るので翌日まで着替えがないことになってしまったグループがあった。
添乗員は、地元のタクシーに乗るのは危ないと聞いているとのことで、何人か下着を買いたい男たちを真奈の車でドラッグストアまで連れて行ってくれないかと頼んできた。もう真夜中近い時間だったが、彼女はなんと、夜遅くに男性のパンツを求めて車を走らせることとあいなった。
一番危機的だったのは、ホテルがオーバーブッキングをして、グループの中の何人かにその晩寝る部屋がなくなってしまった時だった。部屋がなくて怒った日本人客達は、まるでヤクザがリンチをするかのごとくに、添乗員の周りをぐるぐると歩きながら彼を罵倒し始めた。
これは完全に地元ホテルの責任だったのだが、真奈の会社がバスの手配をしていたため、彼女はそれらの客を配送する責任を感じた。もう夜中の1時を過ぎていたが、外で待っていたアメリカ人運転手に状況を説明して、客を別のホテルまで連れて行くように指示した。
ところが、なんとその運転手は、
「今何時だと思っているんだい?冗談じゃない」
と、マネージャーだった真奈の指示を無視して家に帰ってしまったから大変!(後にこのドライバーはこのことを理由に首となった)
仕方なく真奈がよく知っているタクシー会社のオーナーに電話をしてタクシーを何台も用意してもらい、全ての客を別のホテルに運び、全員に部屋があてがわれ、タクシー代はこちらが持つという約束までして、やれやれと真奈が帰宅した頃にはもう朝方近くになっていた。
ホテルの予約は日本の旅行会社がするのが常だったから、アメリカ的論理に従うと、ホテルのことは地元の旅行会社の責任ではないと断固として断ることもできた。
しかし、日本人だった真奈としては、日本で言う人情を感じてしまい、とてもそんなことは言えなかった。
このように、仕事の枠を超えた親切は人情の分かる日本人にしか頼めないことを添乗員の人たちもよく心得ていたのだ。いくらアメリカに長年いても、日本人の顔をしている限り、日本人的人情のこもったお世話を期待されるのが常だった。
万が一、それをしないで、アメリカ人のように自分の責任の域ではないと主張するような日本人は軽蔑されることを真奈はよく知っていたのだ。
To be continued...
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