第15話 更に、通訳は客のために命も捧げるべき?

 無事その日の通訳とガイドとしての両任務を終えた真奈は、空港のゲートで客とサヨナラしてすでに機内に入り込んだ日本人たちの飛行機が地上を飛び立つのを待っていた。


 真面目な日本人である真奈は客の世話の一部として、最後まで客の安全確認をすることを成就する責任を感じていたのだった。


 ところが、その時突然航空会社がマイクで、

「この飛行機には爆弾が仕掛けられたという電話が入りました」というショッキングなアナウンスをした!


 それを聞いて驚いたアメリカ人乗客たちが機内の座席を立って問題の飛行機を降り立ち、ドッとゲートに溢れ出た。たちまちゲート付近は混乱状態となった。


 早くも地元のテレビ局のレポーターやカメラマンまで駆けつけて来ていた。


 真奈の眼は見送ったばかりの日本人客たちの姿を必死で追っていた。


 しかし、真奈の客の姿はどこにも見られないではないか!

 「彼らは一体どこに?」


 爆発する直前かもしれない恐ろしい飛行機の中から出て来かったのは真奈の客だけに限っていなかった。日本人の姿は誰一人として見られないのだ?!


 「なんということ?!」


 その時、航空会社の社員が困惑していた真奈にある質問を投げかけてきた!

"Do you speak Japanese?"


 なんとなく嫌な予感のした真奈は、ためらいがちに、

"Yes"と答えた。


 航空会社の話によると、スチュワーデスが直ちに全員飛行機を降りるようにとアナウンスしたのに、英語が分からないのか日本人乗客たちだけが機内で座ったままでいると云う。


 日本語のできる社員を探してくる時間などない。真奈が機内に入って同じことを日本語でアナウンスをしてくれると助かるというのだった。


 真奈のお世話した客たちもその中に含まれていたことは明らかだった。


 爆弾、bombの英語の発音は日本人に分かり難いということを真奈は知っていた。


 以前、何かの会議でもbombが出てきた時、グループのお付きの日本人通訳までが、なぜかbombを「長靴」と和訳してしまい、日本人の人が皆、

「なんでここで長靴が出てくるの?」

 とざわめき始めて、真奈が通訳の人にそっと囁いて説明したことがあったからだ。


 通訳でさえ聞き取れなかったわけだから、日本人客がbombと聞いても平気な顔をして座ったままでいる様子は容易に目に浮かんだ。


「もし、自分が機内に入って行って、その瞬間に爆弾が爆発したら?」 

 という思いがないわけではなかったが、大事なお客様をそのまま危険な機内に置いたままにしておくわけにはいかない。迷っている暇はなかった。


 真奈は、今日が自分の人生で最後の日になるかもしれないことを瞬間的に覚悟して機内に入った!


 案の定、

「皆様、この飛行機に爆弾が仕掛けられているという脅迫電話が入りました。直ちに飛行機から降りてください」と、真奈が日本語でアナウンスした途端、あっという間に全ての日本人乗客たちが立ち上がって走り出した。彼女もその後を追って走った。


 真奈は後ろをチラッと振り返って見た。もう誰もいない。自分が飛行機を降りる最後の一人だ!


 家に戻ると、真奈の夫の叔母のドロシーから電話が入った。

「さっき空港での飛行機爆破脅迫電話のニュースをテレビで見ていたら、カメラにあなたが写っているではないの!あなたがあんなに緊張した顔をしているのを見たことがなかったわよ。何をやっていたの?」

 全くもって、色々な経験をしたものだった。


幸いあの脅迫は、単なるイタズラ電話であったようだった。


To be continued...

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