第2話

日本からやって来た女の子


 ほとんどの者がデトロイト郊外に住んでいるというマイケルの家族のクリスマス・パーティーにはなんと百人近くの親戚が集まり、真奈は大勢のアメリカ人に次々と紹介された。ロイ、メグ、ドン、ダレル、デービッド、それに、ダニエルと、覚えきれない名前が飛び交った。


 日本を発つ前に即席で母から着付けを習ったえんじ色の着物で「大和撫子」風に装った真奈。


 ところが、「大和撫子」とはあくまでも着物だけに限った表現のことであって、実は、あの日の午後、真奈はマイケルの母親の家のバスルームで1時間以上もこの着物と格闘していたのだった。アメリカ人にとっては信じ難いことであった。


 心配したマイケルの母親のミセス・トンプソンがバスルームのドアをノックして、

“Are you OK?(大丈夫?)“

 と聞いてくれた。


あまりOKでもなかったのだが、アメリカ人に着物のことが分かる筈もない。


「ママ、ちょっと助けてよ」

 真奈は心の中で日本の母を呼んでいた。


 一応着終わったと思った瞬間、床を見渡すと、なんとまだいくつか付けるべきであった紐が残っているではないか!日本の母がその場にいたら、絶対にやり直しを命じていたであろう。


「どうせ、着物のことなど全然分からないアメリカ人には気付かれまい。」


 元来悪戯っ子だった真奈は、何本もの紐なしの着物姿のままで家を出た。


 案の定、生まれて初めて着物を目前にしたマイケルのいとこで賑やかなキャシーは、真奈の帯を見て、


「へーイ、クッションを後ろにくっつけて歩いているの?そのままソファーにもたれられるじゃないの。便利だね!」

 と奇声をあげた。


 マイケルのフィアンセとして日本から一人でやって来た女の子を一目見てやろうではないかと言わんばかりに山のように重なり合ってのいとこたちは、皆好奇心に満ちた目をこちらに投げかけてきた。


 そんな米人の群がる中で、背の一番低かった真奈は英会話を聞き取ろうと必死で背伸びして上ばかり見ていたため、首は痛くなるし、ジャパニース・スマイルの振りまき過ぎで頬の筋肉は震え出すし、緊張で頭もガンガンと鳴り始めていた。


 そんな真奈を庇うように、やはり興奮気味のマイケルは、真奈の手を取っていとこたちの群れを押しのけ、パーティーを抜け出した。


「僕のいとこたちは皆、猿でも見るように群がり、おまけに、まるで醜い女の子でも想像していたかのように、(ヘェー、意外と可愛いじゃないか)なんて驚いて見せやがる」

 と吐き捨てるように言った。


 マイケルのその激しい怒りの表情を見た途端、緊張しながらもあの興奮の渦に単純に酔っていた真奈の顔からはすーっと熱が引いて行った。


「いいのよ。日本人だって外人を珍しそうに眺めるんだから、同じだよ」


 と言いたかった彼女の思いは、マイケルの怒りに満ちた様子に押されて、言葉にはならずに消えていった。


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