第10話

日本語は簡単?


 その言語学校にはそれぞれ違った言語を教えている国籍の違った人々がいた。


 そういった中での共通語は英語だったわけだが、そこで教えている先生は全員、「ハロー」だけはどこの国の言葉でも言えるようにしておいてくれと言い渡されていた。


だから、いつも学校の入り口のドアを開けて真奈が現れると、フランス人もドイツ人もスペイン人も、皆して一斉に、


「コンニーチハー!」 

 と明るく声高に合唱してくれた。


 だが、それがあまりにもリズミカルだったため、真奈一人だけが日本式に静かに低い声で、


「こんにちは。」

 と言うと、まるでお葬式のように暗く聞こえてしまう。


 そこで、日本人である真奈まで皆に合わせて上下に弾んだ声で、


「コンニーチハー!」


 と、ものすごい強弱を付けて言ったものだった。


そこに他の日本人がいたら、きっと彼女のことを、アメリカで生まれ育った日系アメリカ人と思うであろうと、真奈は一人で想像して吹き出してしまった。


 そういった先生達の中でも、フランス語を教えていたポールはユーモアたっぷりで、皆のピエロ的存在だった。


 嬉しそうな顔をして真奈に向かってやって来ては、


「ねぇ、ねぇ、マナ!日本語ってすっごく簡単だよ」

 と、こちらがびっくりするようなことを言う。


「え?簡単?」

  と驚いて見せた真奈。


「日本語の数え方だけどねー。Oneはitchy(英語で痒いという意味)、TwoはKnee(膝)、ThreeはSun(太陽)で、FourはShe(彼女)、FiveはGo(行け)じゃないか?すぐ覚えられるよ。」


「アハハハハ、なるほど・・・。それは面白いアイディアだ。気が付かなかったよ。有難う、ポール」


「日本語を習いたい時はいつでもどうぞ」

 と、得意そうに茶くるポール。


 いかにもアメリカ人らしいジョークで締めくくったポールのユーモアのセンスになんだかとても愉快な気持ちになり、もともと茶目な性格だった真奈は、負けずに切り返した。


「へーイ、ポール!じゃあ、SixのロクとSevenのシチはどう言えばいいの?」


「今日のレッスンはもう終わりだよ」


 憎いほどうまく逃げ切ったポールの赤ら顔を見て、そういった楽しい同僚に囲まれた真奈はすっかりご機嫌になっていた。


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