第31話 日本人の人情に触れた長旅
真奈は一体幾つのグループのガイドをしたのだろうか?
あまりにも多くて数えきれなくなったほどだった。デトロイトで殺されてしまうのではないかと心配していたビジネスマンたちは、真奈が笑顔でバスに乗って来る度に、
「おいおい、ガイドさんは嬉しそうな顔をしてるよ。殺されると恐れている様子はないよ」と、少し安心するのだった。
一方、真奈にとっては、日本から来る様々な人々に会って色々な話が聞ける。真奈にとってこれほど楽しい仕事はなかった。
お世話をした人の多くが名刺を渡しながら、
「日本でうちの近くにいらした時には是非お声をかけてください」と言ってくれて、まるで日本中に友達ができたような幸せな気持ちになったものだった。
時にはデトロイトだけではなく、バスで5時間近くかかるナイヤガラの滝まで日本からのグループのお世話をしなければならないこともあった。確か豆腐関係のグループがカナダで納豆用の大豆の栽培を視察するという目的だったと思う。一見怖そうな顔をしたオジさんたちがただ黙ってこっちを見ていたため、真奈は少し緊張した。
しかし、
「豆腐屋の女将はなぜガニ股が多いのか?床が豆腐の水で濡れていていつも足を踏ん張って立ってばかりいるからだ」なんていう愉快なジョークが耳に入った時から、彼女も少し安心してグループの人に気を許し始めた。
行くまでのバスの中では、ベテラン添乗員の教えに従って面白可笑しくデトロイトの話、そして、これから訪れるナイヤガラの滝の話をした。皆、しっかりと目を見開いたまま聞いてくれた。
しかし、一応の説明が終わった後は、真奈も何を話して良いのか考え込んでしまった。この静かな観客を前に5時間も一人で喋りまくるのは長過ぎる。長いバス旅行中お客様が退屈しないようにするには何かしなければならない。
「そうだ!お客様にも喋らさせるようにしよう!」
真奈はグループがデトロイトにいた時、レストランなどでアメリカ人のウェイトレスたちと意思疎通をするのに英語の発音がうまくできなくて客たちが苦労しているのを目撃していた。
そこで、提案。
「皆さん、バスの中で英語の発音のレッスンをしてみませんか?」
提案した後になって、
「ちょっと失礼だったかな?」と心配になった彼女。ところが、次の瞬間、嬉しいことに、
「おお、いいアイディアだね」と誰かが率先して言ってくれて、他の人も次々と賛成してくれた。
そこで、真奈はまず英語のしりとりを始めてみた。
「最初の言葉はアルファベットのAから始まって、りんごのapple!appleはEで終わるから、どなたか次にEで始まる英単語を言ってみてください」
「英語のEnglish!」
「あー、いいですね。次はH ですね」
「聞くのhear」
「おお、凄い。Rは?」といった具合に、皆英語でのしりとりにのって来てくれた。
「米のライス」
「え?今のは米のriceじゃなかったですよ。シラミのliceになっていましたよ」
「もう一度riceをちゃんと発音してみてください。レストランでシラミを頼んでは困りますよ」
皆大笑い!
ところが、その人は何度やってもRの発音ができなかった。
そこで、真奈は、
「うーと言ってみてください。その時の舌の位置のままriceを発音してみてください。」
と英語の教師をしていた時に習ったトリックを使ってみた。すると、皆声を揃えて「うーrice、うーrice」とバスの中で40人以上の人が声を揃えて言い出してしまったから、真奈も可笑しくて吹き出してしまった。
「うーの部分はサイレントですよ」と付け加えなくてはならなかった。
ところが、やっとナイヤガラに着いてレストランで何人もの人がウェイトレスに、
「パンの代わりにご飯をください」と言うのに、真奈の注意も忘れて、「うーrice」と「うー」を付けたまま発音していたのだった。あちらの席でもこちらの席でも「うー」「うー」が鳴り響いていた。
そんなわけで、グループも3日ぐらい付き合うと、まるで昔からの友人のように親近感が湧いて来るものだ。トロントの空港まで送ってサヨナラをする前に、なぜかどうしても空港の近くにあったスーパーにちょっとだけでいいから止まってくれとグループが言い出して譲らなかった。
一緒に行こうとしたら、
「お陰で英語の発音が良くなったから心配しなくても大丈夫」と笑って断られた。
それで、仕方なくバスの運転手と待っていたら、グループが何と大きな花束を抱えてスーパーから出て来たではないか!
その花束と一緒に、「真奈さん、我々の世話をしてくれて有難う!」と、これまた40人以上が声を揃えて叫んでくれたのを聞いて、真奈の目からは思わず涙がポロっと出てしまった。
その他にも「阿波踊り」のグループが来て、アメリカの姉妹都市で踊るツアーにもお付き合いしたことがあった。これまた何日も一緒に過ごした後は、彼らが舞台で踊っている間、真奈はまるで彼らの「ステージ・ママ」にでもなったようにハラハラと舞台裏で見守ったものだった。
こうやって日本からのグループを多く世話して、懐かしき日本の人情まで味わってと、最高の思いを満喫していた真奈だった。
To be continued...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます