第17話 通訳は辛いよ!
アメリカの仕事場において、日本人とアメリカ人の間で両方が文化の違いを主張して衝突し始める場合、アメリカ生活が長い日本人としてはどちらに付いて良いのか困ってしまう。
日本人通訳が不足していた中で、真奈が通訳として自分自身を割り当てて、様々な米自動車関係の会社まで日本からのグループと一緒に出向いて行くことがどんどん増えていった。
とにかく、毎回違った会社まで出向いて行って毎回違った自動車部品の通訳をしなければならないのだから、エンジニアリングの学位でも持っていない限り挑戦の連続だ。
通訳をする最初の10分ほど、真奈の心臓はいつもドキドキしていた。そこでどうしたか?自分で自分を勇気付けたのだった。
「自分はアメリカまで一人で来たんだ。それと比べたら、なんでもないぞ。こんなことでビビっていては情けない。気持ちを強く持て!」
これを頭の中で何度も唱えていると、不思議なことにいつも勇気が湧いて来た。
通訳はそういった必要性に迫られた勇気を絞り出さないと、特に大きな会議などこなせない。
そして、仕事場でも日米の文化の違いによる衝突に出遭い、通訳がその板ばさみになることも珍しくなかった。
例えば、あるオート・コンポーネントの製造業者の日本サイドとアメリカサイドの話し合い。この仕事は最初から緊張したムードが感じられた。
まず日本側が、通訳である真奈に囁いてきた。
「大手のカーメーカーがコンポーネントを日本から買うことになっているのだが、アメリカ側はまだそれを知らないのだ」
真奈は、
「了解しました」
と言うと、今度はアメリカ側に挨拶に行った。
すると、今度は米人が囁いてきた。
「実は、ある大手のカーメーカーがコンポーネントをアメリカで買うことになっているのだが、日本側はまだそれを知らないのだ」
なんということ!双方が言及していた大手カーメーカーとは同じメーカーを指していたのだ!
真奈は一人、
「これは大変な一日になりそうだ」とため息をついた。
案の定、その日はものすごい一日となった。
お互いが相手側を信用しておらず、相手側の言うことをいちいち逆手に取って攻撃する、そんな緊張した雰囲気のやり取りがほぼ一日中続いた。
短いランチの場でも細かいお金の話が出たため、数字を日本語と英語の両方で言わなければならない。真奈は食べるどころではなかった。
通訳は口も人の2倍動かなくてはならないから、そういう時初めて、喋る口と食べる口の2つあれば便利なのにと思ったほどだった。
そして、主催者の米人グループは通訳はマシーンのようなものとでも思っていたのだろうか、自分たちが喋るだけ喋ると、
「さぁ、もう行こう!」とすぐに食事の席を立った。
幸いその中に一人いた米人女性が、
「待ってよ。みんななんて自己中心的なの?あなたたちが喋りっぱなしだったから、通訳の人がまだランチに手もつけていないじゃないの」と指摘してくれて、真奈は大慌てでランチを頬張った。
あまり待たせてはいけないと、飢えた狼のように食べ物を頬張っている通訳を全員が見ている中、恥ずかしさに耐えながらの食事は食べた気さえしなかった。
その日の午後も疑いに満ちた会話は永遠と続き、ついに真奈の脳は限界に達したようだった。
脳の疲れは、まず彼女の眼を襲った。
午後4時頃になるとホワイト・ボードに書かれた文字が突然ボーと白くなり、見えなくなってしまったのだ。
慌てた真奈は初めて休憩をリクエストし、外に駐車してあった自分の車のバックシートで眼を閉じて10分ほど休んでいた。やっと眼が治ってきたと思っていた時、突然車の窓ガラスを叩く音。アメリカ側のメンバーが立って中を覗いてきた。
まだまだ追求し切れていないことがあったため、ディナーも付き合って欲しいというのだ。当然、ディナーの最中も一つしかない口で通訳を続行。
ここ、あそこと話が途切れた瞬間を狙っては素早く食べ物を口に入れた。またしても、飢えた狼のような食べ方だったことだろう。
結局、その日は朝の8時から夜10時までの14時間労働。家に辿り着いた時はまさにバタンキュー!
通訳は辛いよ。
To be continued...
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