第19話 文化の違いの説明も通訳の仕事?
真奈は、ある日本の会社とアメリカの会社の合弁会社設立を始める交渉の通訳をしたこともあった。
その時の会議では慎重この上ない心配性の日本人と、当たって砕けろ式のギャンブル派のアメリカ人の違いがとても明確に出ていた。
「こうなった場合、とても難しい」
「ああなった場合も難しい」と「難しい。難しい」を連発する日本人。
呆れたアメリカ人たちは会議の後で、
「難しい、難しいと悲観的なことばかり言う日本人にはもうウンザリした。これ以上彼らと話し合うことは時間とエネルギーの無駄なのかもしれない」と洩らし始めた。
それを聞いた真奈は、
「これはまずい!」と直感。
まさに合弁成立亀裂の危機の波が押し寄せて来ていたのだ。
そこで、彼女は会議の後、少し残って日本人だけとのミーティングをしてみた。
「アメリカ人はとても楽観的な国民です。米人は、とにかくアクションを取ってみて、問題が実際に起きた時に初めて解決すれば良いと考える国民です。もし、そういう土壌のアメリカでそういう人たちと一緒にビジネスをやって行くことが皆さんにとって有利となるのであれば、ある程度彼らのやり方に従う必要があるでしょう。
そうでないと、もうやり方の違いを感じるだけで彼らはやる気を失くしてしまっています。
ですから、そういうアメリカ人のやり方を理解して合弁会社を作っていくか、あまりにも考え方が違い過ぎて無理と結論を出すか、それは皆さん自身が判断を下されることでしょう」と言ってみた。
その夜、日本人グループは夜を徹して話し合ったようだった。
翌日、もう望みなしと見ていたアメリカ人グループ。突然日本人グループが前日とは正反対の前向きな姿勢を見せて、
「合弁をやりましょう!」とニコニコ顔で言ってきたので、開いた口が塞がらないほど驚いた。
ジョークの好きな真奈のアメリカ人ボスは、
「マナ、君が昨夜日本人のドリンクに入れた物はよく効いたようだよ」と言ってウインクした。
それを見た彼女は、通訳とはとてもやり甲斐のある仕事だと、通訳となって初めて爽やかな気分に浸っていたのだった。
通訳は文化の違いの説明もしなければならない。
日本人と結婚していて日本語のかなり流暢なアメリカ人でさえ、奥さんに「反省」と促される度に皿洗いをしなければならなかったため、何年もの間、「反省」イコール「処罰」だと信じ込んでいたという笑い話のようなことを真奈は聞いたことがあった。
反省が反省社会でしか通じないと同じように、謙遜の美も謙遜を重んじる社会のみで通じるものなのだろうか?
ある時真奈は、ある会社で、米人に慣れていない日本代表がアメリカのカスタマー訪問をするのにお付き合いしたことがあった。カスタマー先に行く前に、念のためと米人メンバーたちとリハーサルをした。
米人の一人がカスタマーである振りをすることでリハーサルは始まった。その日本人が日本人らしい謙遜心から、
「我が社はこの点ではあまり経験豊かとはお世辞にも言えませんので・・・」と言ってしまった。
真奈がそれを通訳すると、
米人メンバーたちは全員ポカーンと口を大きく開いて白けた一瞬の後、
「ノー!ノー!そういう日本的発言をしてはダメです!」と叫んでいた!
「謙遜的な表現はアメリカではなかなか通らないのです。特にカスタマー先では気を付けてください。米人は言葉通り取ってしまいますから」日本代表に説明する真奈。
アメリカ人たちは皆、
「リハーサルをして良かった」と胸を撫で下ろしていた。
ところが、今度はリハーサルではなく本番のアメリカのカスタマー先で、その日本人の重役さんは緊張されたのだろうか、あれほどアメリカでは口にしてはいけないと言われていた「あまり経験豊かとは・・・」云々をまたまた口にしてしまったのだった!
それを耳にした真奈は、その瞬間金槌で頭をガーンと叩かれた思いがした。きっと顔も真っ赤になっていたに違いない。
通訳は耳にしたことをそのまま言わなければならない。しかし、こんな場合はどうするのか?日本語のわからない米人たちの方を見渡すと、皆何も知らずにニコニコしているではないか・・・。
それを見た真奈はもう今頼れるのは自分だけだと判断。かといって、通訳は嘘をつくわけにはいかない。
とっさに、
「この点についてはちょっと後ほど回答するということで宜しいでしょうか?」
と置き換えることでその場の危機を逃れた・・・。
何も知らなかった米人は皆、
「カスタマーとの会議はうまく行った」とばかりに喜んでいた。
その日、頭が割れそうなほどの突然の頭痛に苦しんでいたのは真奈だけだった。
To be continued...
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