第57話 あなたは何ヶ国語を話せますか?
真奈が35年以上も日本語と英語の通訳の仕事をして分かったことは、日本語にしても英語にしてもどちらも大変奥が深く、真に両方の言語に長けてビジネス用語も自由にこなせるようになるのは並大抵のことではないということだった。
知れば知るほど分かっていないことが山ほどあるということが明確になるだけだったからだ。ところが・・・。
会社でフルタイムの通訳・翻訳者として働いていた時、別部門で新しく雇われたヨーロッパ系アメリカ人のマネージャーが挨拶に廻ってきた。
「私は日本語の通訳です。宜しく」と挨拶すると、
「あなたは一体何ヶ国語話せますか?」という質問をしてきた。全く予期していなかった質問だった。
こちらはちょっと照れて、
「日本語と英語の2カ国語だけですが・・・」と答えて、相手の質問の意図を探った。
驚いたことに、その人は、
「2ヶ国語だけ?私は5カ国語話しますよ。英語にスペイン語、そして、フランス語にチェコスロバキア語とドイツ語です。」と答えたのだ。
こちらが、
「わー、凄いですね!」と言ってはみたが・・・、
2カ国語しか分からないから、彼の5カ国語が本当に全て完璧かをテストするわけにも行かないが、どの言語でも大変奥が深いことに圧倒されていた真奈だけに、考えてしまった。
また、何ヶ国語が話せるのかを比較する場合、いくつかのヨーロッパ語のように類似点が多い言語と、日本語のように世界でも大変ユニークで、類似した言語があまりない言語という点も考慮に入れなくてはならないと思う。
いずれにせよ、ありとあらゆる議題に関する日英両国語を十分に理解するのはやはり大変なことだ。
そこで、かろうじて、
「私は文法など根本的な構造が全く違っている2ヶ国語を話すだけで精一杯です」と付け加えさせてもらったのだったが・・・。
その人は満足した顔で次の人のところへの挨拶に向かった。
日本語と英語の2カ国語しか話さないということがまるで大変恥ずかしいことのような錯覚さえ覚えた奇妙な瞬間だった。
またある時、以前仕事をしていた別の会社の上司から突然電話が入った。
中国語、英語、日本語の3ヶ国語を話す中国人を雇ったので、通訳としての仕事ができるようにビジネス用の日本語トレーニングをして欲しいというのだ。
「なんか変なリクエストだなー」と思いながら、真奈はその会社に行ってみて合点がいった。
彼は日本で大学に通ったことで日本語を覚えたと言っているのだが、彼の日本語は大学の寮で若者の間で使われただけの日本語だった。
「ボク、ベンキョウイッパイシタヨ。ニホンゴバッカリネ。ニホンゴオモシロイネ」
そんな感じだった。
その人が、
「業績に関する情報共有会議」などで日本語通訳として活躍して行くには一体何年かかるのだろうか?というより、果たして可能なことなのだろうか?と深く頭を抱えてしまった。
自動車産業でしばらく通訳をしていると、同じ英単語でもカーメーカーによって社内独特の専門用語があることも分かってくる。
例えば、トヨタ用語とホンダ用語では全く違ってくる場合があるのだ。まずはそれらのカーメーカー用語集をそれぞれ丸暗記しなければならなかった。やはり、話すのは2つだけで十分だ!
To be continued...
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