第21話 態度の悪い人をやり込める方法

 通訳をしていると、大抵の米人は2ヶ国語で考えている人の苦労を理解して常識ある態度を取ってくれる。しかし、たまに、仕事にのめり込み過ぎてか、そういった状況を忘れて、ちょっと失礼な態度に出てしまう人もいる。


その1、通訳にお構いなく早口で話す人


 人々が調子に乗って話し方が超特急となって話し出さないよう、真奈は必ず会議が始まる前に「通訳からのお願い」とことわって、

「話す言葉はゆっくりと明確にお願いします」とだけ言っておくようにしたものだった。


 ところが、そう言ったお願いのすぐ後だけはゆっくり話してくれるが、議論が白熱して来ると、どうしても最初の約束を忘れてしまって、鈍行が急行に変わってしまう人がいる。


 そういう時は、いつも、

「プリーズ、スローダウン」と言って再びお願いするしかない。


 ある時、その「プリーズ」を何回言っても効果がないケースがあった。

 

 真奈も人間だ。

「スローダウン!」と、その人の顔を真っ向から睨み付けて、ついプリーズも抜かして声を高めてしまった。


 後で、そこにいた別の米人から、

「君がスローダウン!と叱りつけていた人が誰か知っているのかい?」と聞かれた。


「誰でしたっけ?」と真奈。

「我が社のCEOの孫息子だよ」

「・・・・・・。」


 真奈は思った。CEOの孫息子でも、掃除のオジサンでも、早口でわからない時は通訳もできない。


「『スローダウン』とお願いする以外、なんと言えば良いのだろうか? 」


その2、自慢ばかりする人


 アメリカで、真奈は自慢ばかりする人にもよく出くわした。どの場合もその人自身を自慢していたわけではなく、その人の会社や製品の宣伝が行き過ぎただけだったのだろうが・・・。


 ある時日本人の大きなグループがアメリカの工場見学をした。案内をしていたアメリカ人は、ちょっと自慢話がエスカレートしてきていた。


「我が社は世界最高の部品を使用して、世界に誇れる最高の車を作っています」

 それだけならまた良かったのだが、下手に覚えた日本語の「イチバン」を付け足したのは大間違いだった。


「我が社の車はイチバンです」と、なんと日本のカーメーカーの人たちに向かって言っていたのだった。日本人グループのリーダーは段々ヘドが出そうな気分になってきた。


 その案内人が英語で言っていたことを全部、いちいち真面目に通訳していた真奈にリーダーは囁いた。


「真奈さん、自慢話の部分は通訳する必要はないですよ」


 そこで考えた真奈。

 何も言わないと変なので、その人の自慢話が続いている限りは、ただただ、

「自慢話がまだ続いています。まだ続いています」とそれだけ言い続けていた。

 

10分ほど後に、

「あー、やっと自慢話が終わりました!」と言って、本来の通訳を再開したのだった。


その3、忍耐力に欠けている人


 真奈はアメリカの会社が日本から購入した機械の使い方を説明にきた日本人技術者の通訳をしたことがあった。当然のことながら、日本人技術者が説明している間、アメリカ人は二人の日本人が話していた日本語の会話が終わるまで待っていなければならない。


 この人はどうも自分だけ話したかったようだ。少しでも日本語の説明が長くなると、自分が分からない言語をただ黙って聞いているのが耐えきれなくなってきた。


 真奈が日本人技術者の言ったことを間違いのないようにもう一度日本語で確認し始めた時だった。その人の忍耐力の限界が来たらしい。


なんとその人は、大声で、

「チャンパンコンパン、クニョン、カニャカニャ」とまるで中国語のような音を真似して言った後で、イライラした顔で「スピードアップしろ」と真奈に手でモーションし始めた。


 これにはさすがの真奈も頭に来た。「シャラップ!」と声を張り上げたくなった。


 しかし、ここでクールを失っては通訳として失格である。冷静に行こう。たまたまハンドバックの底にあった日本語クラスのパンフレットのことを思い出した。


「私のしていることに耐えられないのでしたら、別の方法を用いませんか?ここにある日本語講座に通って日本語をご自分で勉強されれば、いちいち通訳を使ったりする必要がなくなりますよ。どうでしょう?」


 これにはさすがのイライラ男も言葉がなかった。


 更に驚いたことは、その場でその無礼なアメリカ人に対して腹を立てていたのは真奈だけではなかったことだった。


 その証拠に、イライラ男が去るやいなや、そこにいた他のアメリカ人たちが全員真奈の方を見ながら拍手をし始めたのだった。


「あなたは丁寧に、しかし、巧妙に馬鹿者を処理されましたね」とはその中の一人の発言。


 真奈は、どんなに頭に来ても職場で声を張り上げたりしなくて良かったと思ったものだった。


To be continued...

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