第22話 話し手の魂が通訳に乗り移る?
通訳がその昔役者の卵だった場合、つい感情が入ってしまう。特に、話し手が怒っている場合は尚更である。真奈もその一人だったから、それが結構楽しい時さえあった。
ある時、真奈は英語を話すことを完全に拒否する日本人社長に付き合って、アメリカのあるカーメーカーを訪問したことがあった。
社長のアメリカ人部下たちも数人、その社長の後に付いて会議室に向かって歩いていた。会議室までの長い通路をアメリカのカーメーカーの社員たちがたくさん歩いていた。
と、突然、真奈が同行していた社長が振り返って自分の部下であるアメリカ人社員たちを日本語で怒鳴り始めたのだった!あまりにも突然だったため、真奈も一瞬動揺した。
「だいたいね。お前たちはなんで今頃こんなことを言い出すんだよ?こういう重大なことはもっとずっと前に俺に言ってくれないと困るじゃないか?しかもね。こういうことは今回に限ったことじゃないんだよ。去年も全く同じことがあったじゃないか・・・。
あれでお前らも良くわかったと言っていたじゃないか。それがまた今回も全く同じことを繰り返している。何もわかっていないじゃないか!!!」と、かなりの剣幕であった。
これらを社長が全て日本語で怒鳴っているため、アメリカ人たちは何事かという顔をして、全員が真奈の方を見た。完全に頭に来ている社長は、
「真奈さん、皆に英語で説明してやってくれ!」と吐き出すかのように言い放った。
社長が言ったそのままを、今度は英語で言う真奈。その瞬間、その社長の魂が彼女に乗り移ってしまったから大変だ!
何しろ、その昔演劇をやっていた真奈だけに、こういう感情のこもった通訳になってくると、どうしてもエキサイトして演技っぽくなってしまう。
”What the hell are you thinking?..." 英語もきつい表現が出てきてしまった。
米人男性5、6人を前にきつい英語で感情を込めて叱りつけ始めた真奈。
単に真奈が社長の発言を繰り返していただけということなど知らない周りを歩いていたカーメーカーの米人社員たち。自然と彼らの足が止まった。皆、何事かと怒鳴る真奈を驚きの目で見ていた。
「すごい日本女性だ!」
「あの人は何物なんだろう?」
「日本女性は優しいという噂だったが、この人は恐ろしい!顔まで怒りで引きつっている」とばかりに真奈を見詰めている野次馬たち。
その時は怒鳴ることに忙しかった真奈だったが、後になってその時の様子を思い起こして可笑しくなってしまった。まるであの映画、「スパングリッシュ、太陽の国から来たママのこと」の中でスペイン語しか話さない母親の通訳をしていた小さな女の子に母親の感情が乗り移った痛快なシーンのようであった。
「あー、久しぶりでいい気分じゃ!」(真奈の独り言)
今の時代なら誰かが絶対携帯で動画にして撮っていたシーンだろう。ソシアルメディア全盛の前だっただけに、真奈はインスタのスターになるチャンスを逃したわけだった。
To be continued...
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