第47話 アメリカ人と日本人が一緒に働く工場で起きたこと

 真奈が通訳をしていた自動車産業において、過去日本人とアメリカ人の間には常に緊張感が存在していたが、近年は共に協力し合って働くという傾向が強くなったことは嬉しい。日米の考え方の違いを敵対視する代わりに、お互いから学ぶという前向きな姿勢が優先され始めた証拠だからだ。


 しかし、日本のカーメーカーがアメリカで工場を開いた時にはどんな摩擦があったのだろうか?通訳は日本語を英語にするとか、英語を日本語にすることだけをやっていれば良いわけではなかった。文化的違いが基になった誤解やいざこざが起きるとすぐに呼び出されたのは日本人通訳者だったからだ。


 そこで1番問題となったのはなんといってもセクハラだったと言う。セクハラに厳しいアメリカ。日本人男性が軽い冗談で言ったつもりのことがアメリカ人女性にはセクハラと受け取られてびっくりなどということがあり、太平洋を超えてアメリカに降り立った日本男性たちは、アメリカ文化は違うということを即座に学んだのだった。


 ある時、工場でクレーンのような機械がアメリカ人女性の工員の近くまで動いて来たのを見た日本人男性の工員が慌てて叫んだ。


「危なーい!」と日本語で叫んだために、アメリカ人女性の工員は自分に投げかけられた言葉であったことにさえ気が付かなかった。


 そこで、その日本人男性の工員は何をしたか?考えている暇などない状態だったので、走り寄って彼女を体ごと動かして安全な場所に移したのだ。


 ところが、後にそのアメリカ人女性が、日本人の男性が彼女の体に触ったと人事に訴えて来たと聞いて、その日本人男性はたまげてしまった。


 通訳の出番だ。


 真奈が日本人男性の工員から詳しい事情を聞いてみると、まず第一に、彼女の方まで動いてきそうに見えたクレーンは途中で止まって彼女のところまで来なかったため、米人女性は何が起きたのか訳が分からなかったらしい。それで、日本人男性がいきなり駆け寄って自分に抱きついて来たと主張したのだった。


 悪いことに、その日本人男性はまだアメリカに来たばかりで英語で説明するのは難しいからと黙ったままでいたのだった。だから、その女性を動かした後、なんとなく白けた気まずい空気がその場を覆った。言葉が足りなかったのだ。


 また、慌てていたために、たまたま触れた部分が彼女の胸の近くだったことにさえ気が付いていなかったらしいが、それが問題のベースとなっていた。


 日本人男性は、英語でなんと言って良いか分からなかったから説明しなかったが、セクハラとは全く関係がなかったことをアメリカ人女性に通訳することでやっと納得してもらった。


 また、同じ工場の別のセクションでは日本人マネジャーがヘルメットをかぶることを強制したとアメリカ人工員が苦情を出した。これは難しかった。


 日本人のマネジャーは、

「危険な場所なので、全員ヘルメットをかぶるようにと強制して何が悪い。日本でも同じことを強制して全く問題などなかった」と言う。


アメリカ人工員は、

「自分たちは子供じゃない。長年工場で働いてきたし、ヘルメットをかぶるべきかどうかは自分たちの判断に任せて欲しい。いつもかぶっていなくてはいけないと強制するのはおかしい」と両方が譲らなかった。


真奈は、

「アメリカは訴訟大国です。万が一、ヘルメットをかぶっていないことで怪我人が出た時のために、『日本人マネジャーはヘルメット着用の義務を主張したが、工員たちは自分たちの判断でヘルメットの着用を決めると主張した。』ということを書面で示し、アメリカ人工員たち全員にサインしてもらってそれを証拠として残して、後は彼らの判断に任せては如何でしょう?」と提案してみた。


 日本人マネジャーは、

「僕は別に誰の責任とかいうことを言っているのではなく、皆の安全を心配しているだけなのですがね」と不満顔だった。彼の気持ちは痛いほどよく分かった。


 その他にも、シングルマザーの多いアメリカでは、日本人がシングルマザーの工員たちにまで残業を強いるのは無理な話であるという苦情が女性工員から持ち出されていた。


 その後何年か経ってからもその工場での日米間の摩擦は解消されず、日本人は全員日本に戻ったというニュースを聞いた真奈は残念でならなかった。


To be continued...

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