第51話 日系アメリカ人の辿った道
真奈は日系アメリカ人の記録を調べてみた。
一世たちは、自分の子供に「親孝行」「我慢」「義理」「恥」「服従」「実直」「勤勉」などを強調して教えたと聞く。更に、目上の人への礼儀を重んじて、年長者への「口答え」を許さなかったらしい。そういうところから、日系二世の非行率や犯罪率は低かったようだ。二世たちはひたすらアメリカへの順応にフォーカスしていたのだ。
ところが、三世になると、ほとんどが日本語を話さないばかりでなく、日本的な価値観が彼らの生活の中から消えて行ったことも事実だったらしい。
日本で日本人として育っている分には、アイデンティティーなどということは考えてみることもなかった。皮肉なことに、「人種のるつぼ」であり、自分が何であるかなどあまり気にしない筈の国であるアメリカでの方が、逆にもっとアイデンティティーという言葉が良く聞かれる。
白石藍子氏の「日系アメリカ人のエスニック・アイデンティティ」によると、日系アメリカ人の例えとして、
「一世は竹、二世はバナナ、三世は蜂(ビー)」という言葉がよく用いられるそうだ。
一世は、竹のようにたくましくしなりながら、差別の中を生き抜いてきた。
二世は、偏見や差別に打ち勝つべく、外見は日系(黄色)のままであったが、内面は白人アメリカ人(白)を目指した。
三世はまさに蜂(ビー)のように羽を震わせて訴えた世代だった。
1988 年、「サイレント・マイノリティ」と呼ばれた日系アメリカ人が、ついに差別に対して声を上げて抵抗することを覚えたのだった。その結果、レーガン大統領による「日系アメリカ人補償法」への署名により以下のようなことが実現した。
「第二次大戦中の不当な処遇の被害者で生存している日系人六万人に対し、一人二万ドルの補償金を支払い、国として謝罪する」となった。
ジュディはバナナになってしまったのだろうか?
To be continued...
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