第68話 最終回:通訳になりたくなかった通訳

「今こそが潮時だ!」


 昔の自分のようにチャレンジ精神に溢れた若い通訳たちにその座を譲る時が到来したのだ。


 ついに真奈は、長年続けた通訳の仕事を引退する決心をした!


 そもそも自分は通訳という仕事をしたいとずっと夢見て始めたわけでも何でもなかった。アメリカで食べて行くために何かしなくてはというかなり切羽詰まった必要性に押されて、気が付いたらすでに始めていたという様な仕事だった。


 無我夢中で未知の世界へでも平気で飛び込んで行ける何年も前の若さが成した故の仕事だった。


 かと言って、真奈は通訳という仕事をしたことを後悔しているわけではない。むしろ、やって良かったと思っている。


 人生とは、一寸先何が起きるか分からないところが面白い。


 演劇や絵の勉強をしていて、通訳になるつもりなど毛頭なかった人間が、通訳という責任の重い仕事を請け負うことになり、しかもその仕事を35年以上も続けることになるなんて・・・。


 特に自分にとって不得意なエンジニアリングやビジネスの世界の通訳が大半を占めていたこともチャレンジだった。


 しかし、そういった難しい仕事のお陰でなんと多くの貴重な経験が得られたことか!

 

 その存在さえ知らなかったような様々なことが学べた・・・。


 今となっては、全てが懐かしい思い出だ。


 もし、あのような選択の余地のない切羽詰まった状況に陥っていなかったら、きっと自信のなさや怖さの方が先立って、常に緊張の連続の中にある自動車産業の通訳という仕事など請け負うことはしなかっただろう。


 正直言って、自分があれだけ多くの状況をこなしてこられたという事実自体が信じ難いものだった。


 ただ一つだけ、真奈が誇りを持って言えることは、限られた自分の能力を最大限に絞り出すことを信念としていたせいか、通訳をしていて一度たりとも苦情を出されたことがなかったことだった。


 人間とは、切羽詰まった状況の中では、自分でも想像できなかったような勇気や力が出てくるものなのだろうか?


 それだけに、平和な日本にいた若い頃、その平和気分にドップリと浸かっていた楽な生活の中では答えが得られなかった数々の疑問、


「日本とはどういう国なのか?」


「どんな文化の中にあるのか?」


「日本人とはなんなのか?」といったことに対する実感のある回答を目の当たりにして、それぞれの真の姿を認識していくこともできた。


 そして、何よりも、生まれ育った国、日本、困難に挑戦することで人生を大いに楽しませてくれた国、アメリカの両国を深く愛することができた。


 日本人の良さ、アメリカ人の良さもそれぞれに楽しんでこられた。両国での親友に想いを寄せる度に、自分の中の世界が2倍に膨れ上がった気がする。


 現在年老いた真奈は彼女の経験した人生のハプニングの数々を恨むのではなく、それらの全てに「有難う」と感謝を込めて深く頭を下げることができるのだった。


                The End!


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通訳になりたくなかった通訳 真奈・りさ @BaachannouserID

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