第5話

日本人にできることは何か?


 アメリカで英語を上達させるには、学校へ通うよりも何でもいいから仕事をして実践の場で英語をどんどん使っていく方が早道であると真奈は思った。


 しかし、日本から来たばかりの女の子にどんな仕事があるというのだろうか?


 漫画が得意だった真奈は、近くのグラフィック・デザイン事務所で、自分が描いた絵の詰まったポトフォリオを見せて、イラストレーターとしての仕事を得たと喜んだのも束の間、雇われてすぐの一日目から、


「特急でラフスケッチを描いてくれ!」

 と言われ、まさかカスタマーに見せるものとも知らず、ラフスケッチの英語のroughを文字通りに理解してしまい、大急ぎで荒描きの絵を描いて渡したことでアートディレクターに驚かれ、せっかく取った絵の仕事も、即、アメリカ人のイラストレーターに渡ってしまった。


"If we need you again, we'll call you.(もし、また何かあれば連絡しますから)"

 と言葉こそ優しかったが、早い話が一日で首にされてしまったわけだった。


 真奈は英語のroughの意味を勘違いして受け取っていたという微妙な説明さえうまくできない自分がもどかしかった。


 同時に、彼女は、アメリカにおいてでも絵を描いて食べて行くことは容易なことではないことを悟ったのだった。


 日本で英文科を出たことも、考えてみればアメリカではあまり意味のないことだった。この国で英語を話すのは当たり前のことで、アメリカでは何の特技とも見なされないからだ。


「待てよ!ということは、日本語を話すことはここでは特技と見なされることになるのだろうか?」


 すぐに言語学校のドアを叩いていた。


 白髪頭のギリシャ系アメリカ人のマネジャーは、ふちのない眼鏡の向こうから真奈を覗き込みながら、


「スペイン語やフランス語のリクエストはよく入るけど、日本語ねぇ、あまり期待しない方がいいよ。日本語を習いたいと言ってきた人は今まで一人もいないからね。まぁ、念のため、登録だけはしておいてもらおうか」

 とため息混じりに言った。


「やっぱり駄目か」


とがっかりした真奈だった。


 通訳という職業もあったが、アメリカに来たばかりの真奈には責任が重過ぎて、まだまだとても引き受けられないであろう仕事であった。


自分が通訳をする場面を思い浮かべただけで膝がガクガクとしてきそうだった。


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