第一章 / 42話 『八百年の挫折』

――――セナルは、罪を犯した。


「―――――」


それは、フェンドラスの外部で火事が起きた時のことだ。

現場に行くと、そこには焼死体が三つあった――いや、その内の一つはまだ生きていた。他の焼死体との体格差を見るに、焼死体二つは両親で、まだ生きてるほうはその子供だろうか。


「…………」


きっと、放っておけば死ぬだろう。

こんなにも幼いのに死んでしまうなんて、とても可哀想だ。そう、可哀想。

―――だから、自分の血をその子に与えた。

そうすることで、『不老不死』の半魔族と、人間の『混血』が完成する。

セナルほどの『不老不死』ではないが、セナルにも届くほどの『不老不死』に、この子はなった。


―――可哀想だったから。


そう思って、慈善のつもりで、血を与えた。

でも、違う。

多分、心の奥底では寂しかったんだ。寂しくて、一人ぼっちで、それが嫌だったから、セナルと同じように血を与えた。――そんな自分勝手な感情で、セナルはその子供を、『地獄』に引き入れてしまった。


みるみるうちに傷が治り、端正な顔立ち少女が、そこに横になっていた。


――それが、ミーシア・テズメールとの初めての出会いであり、セナルが罪を犯した瞬間だった。




△▼△▼△▼△▼△




「――セナル様、紅茶を飲みませんか?」


「あらいいわね。茶葉はあったかしら」


「えぇ。セナル様のために、最近できたお店で買いました」


「あぁ、確か数年前にできたとこだったかしら」


「結構評判がよかったので買ってきたのですが……いかかですか?」


「じゃあ、そうしましょうか」


「そう言われると思って、もうこちらに注ぎたてがあります」


「仕事ができる…というより、なんだか怖いわね……」


ミーシアと初めて出会った日から、九十年近くたった。

あれから年がたち、セナルの身長をこしたミーシアとの関係は主従関係といった感じだ。ただ、少しミーシアはセナルを神聖視してるが……それでも、間違いなく、セナルは楽しかった。

彼女とであうより前の日々と比べれば、あの死ぬことしか考えられなかった日々と比べれば、とても楽しい時間だった。


――でも、そんな楽しい時間は、そう長くは続かなかった。




△▼△▼△▼△▼△




「―――あなた達は……!」


「セナル…様……」


「―――なるほどな、こいつも『不死』ってわけか。メンドクセェ」


ある日のことだ。

セナルの屋敷が、大柄で眼帯をつけた男に襲撃を受けた。


「おっと、結界を張るのはやめとけよ。――こいつを殺せずとも、苦しませることなんざ簡単だからな」


「――――っ」


そして、その男はミーシアを人質にとり、セナルの動きを封じようとする。

歯噛みし、抵抗しようとしたことを見透かされたセナルは、それを断念した。

――ミーシアは、セナルほど痛みに慣れていない。

だから、痛めつけると言われて、セナルは抵抗できなかった。


「何が、目的なの?」


「あ? んなこと言っても意味ねぇだろ。メンドクセェしよ。……でもまぁ、どうなったって、オメェは生き残るだろうしいいじゃねぇか」


皮肉を言い、悪辣な笑みでその男はセナルを見下した。

本当なら結界で押しつぶしてやりたかったが、男の付き添いに、魔力構築を無効化する技術を持った者がおり、それができない。

無論、無効化に時間がかかるくらい複雑な結界を作ることもできるが、そんなことをちんたらしてる内に男に気づかれ、ミーシアは酷い目にあう―――、


「――俺はベルガルト・オルス…『無双の神判』の支部長だ」


どうしようもないことを悟ったセナルを見て、男が名乗る。

『無双の神判』…組織名か何かのそれは、セナルですら聞いたことのないものだった。しかし、その男の名には覚えがあった。


「――あなた、百二十年前の『魔人戦争』に参加した兵士ね?」


「……チッ、んな細かいとこまで覚えてんのかよ。メンドクセェな」


セナルがそう言うと、ベルガルトは目を見開き、そして忌々しげに頭をかいた。

――百二十年前に起きた人間と魔族による大規模な戦争、それが『魔人戦争』だ。

そこで、ベルガルトが隊の指南役をしていたのを、セナルは覚えていた。


「優秀だったけれど、数名の兵士と共に行方不明となり、死んだと見なされた……けれど、それは間違いだったようね」


「……本当なら今すぐぶっ殺してやりたいが、できねぇからしないでやる。ただ――二度と、その話題をだすな。次はねぇ」


――次はない。それはきっと、セナルに対して危害を加えるわけではなく、ミーシアを痛めつけるという意味だろう。

だからセナルはそれ以上、何も言わなかった。


「――チッ」


一つ舌打ちをして、ベルガルトとその付き添いはどこかへ消えていった。


「――――」


――そこには、何も残らない。

セナル以外、何も残らない。




△▼△▼△▼△▼△




「――で、そいつぁどうするんです? ベルガルトサマ」


一仕事終え、帰路についている時、一人の付き添いの男――ガンザナムがそう問いを投げた。


「いっそのこと殺しちまったらどうです? それか他の支部長――『強欲』サマのところに送るとか……」


「どっちも却下だ」


彼の問いはミーシアとかいうこの女をどうするものかというもので、問いに添えられた提案を、ベルガルトは拒否した。


「一応、理由とか聞いてもいいです?」


「――こいつが俺らの、生命線だからだ」


「生命線って……」


ベルガルトの言葉に、ガンザナムは苦笑して頬をかいた。だが、彼の反応はもっともだ。――ただ、知らないだけ。


「――俺は一度、奴が戦ってるのを見たことがある」


それこそ、『魔人戦争』の時の話だ。

奴が少し前にでて戦っただけで、数百にものぼる敵の大軍を退けることに成功した。

異次元の硬度の結界に、それに様々な特殊な力を加える技術。さらには魔法陣を使うことで全ての属性の魔術を操るという芸当も可能という規格外っぷり、当時も己の平凡さにいやになった。

つまり―――、


「これは、先に約束を破った方が痛い目を見るっつー糞メンドクセェ冷戦だ」


セナルがもし『無双の神判』に手を出せばミーシアは苦しみ、ベルガルト――『無双の神判』がミーシアに手を出せば、多大な被害が出る。

本当に面倒くさい。だが、こうするしか『計画』から奴の存在を排除することはできない。


「とにかく、この女に手は出すな。あの実験変態野郎にも引き渡すのもやめろ」


「……まぁ、ベルガルトサマがそう言うんなら、俺はなんも言わんすけど」


「そりゃ助かる。―――何度も言うのは、メンドクセェしな」




△▼△▼△▼△▼△




「師匠、風魔法の発動速度を上げるにはどうしたらいいですか? 魔法の構築に時間がかかって……」


「あぁ、それなら――…」


――数年後、セナルは二人の子供を養子にとった。センファとフェルという子だ。

理由は…多分、寂しかったのだ。ミーシアがいなくなり、開いてしまった心の穴を、埋められるのではないかと思ったのだ。

――でも、無理だった。

二人ではのだ。心に空いた穴は埋められず、新しい思い出が肉付けられていくだけだ。

今までセナルと出会った人たちの代わりになる人だって、いなかった。――誰かの代わりなんて、誰にもなれない。ただ、今回はいつもより少し、空いた穴が大きいだけ。

埋められない。わかっていたことだ。でもやっぱり苦しかった。だから―――、




 ―――受け入れるしか、なかったのだ。





『八百年の挫折』

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