第一章 / 10話 『いつもいつも』


「ん・・・ふぁぁ――」


 まだ世界が薄暗い中、ワタルは目を覚ます。


「おーい、エレクシアー。起きろー」


「ぁ・・・ん・・・・」


 立ち上がったワタルは、次に高寝床の上にいるエレクシアを起こす。


「おはようございますですわ」


「エレクシア、語尾凄いことなってるぞ」


 寝ぼけているのか、語尾が大変なことになっているエレクシアを指摘する。


「・・・主様は朝にお強いのですのね」


「ん? まぁ、一応これが習慣だからな。起きるのは早いぞ」


 といっても、最近はいつものルーティーンやってないけどな。


「それはともかく、さっさと冒険者ギルド行くぞー」


「はい」


 ササっと支度をし、ワタル達はギルドへと赴く。



                △▼△▼△▼△▼△



「・・・朝からご苦労ですね」


「あっはは、お前だってそうじゃんかよエルミスぅ。あとそれ、俺のこと心配してくれて言ってるんだろ? お前のそういうところ好きだぜ」


「なっ・・・ち、違います! ほら! リベルドさん達来ましたよ!」


「・・・チッ」


 朝っぱらからイチャイチャしてる二人に、ワタルは思わず舌打ちする。


「え? 今舌打ちした?」


「いんや、してないよ。ホラ、今日は何すんだ?」


 テガイズからの追及をごまかし、ワタルは質問する。


「お、おぉ・・・えっと今日は・・・これするか」


 そう言ってテガイズが手に取ったのは森の探索だ。

 なんでも、あの森は広大であるため、まだ未開の部分も多いそうだ。


「にしても、また森か・・・・・」


 今のところあの森にはいい思い出が全くと言っていいほどない。

 だが、他に特にいい依頼がないので、しょうがなく受けることとなった。



               △▼△▼△▼△▼△



「――ぬお、ここ危ないな・・・表記っと」


 森をしばらく歩いた先、危険そうな沼をワタルは地図に表記する。

 これがこの依頼のすることだ。ただ、こうも暗い森の中、ワタルは妙な不気味さに不安が胸に残る。


「雑談、雑談しよ。静かすぎて怖い」


「ん? じゃあ俺の話をしてやる。俺がエルミスと出会ったのは五年くらい前のことで、その時から―――」


 ワタルの提案に、テガイズが食い気味に惚気を始めようとしたその時―――


「しっ」


「?」


 テガイズが話と足を止め、警戒態勢をとる。


「どうしたんだ? いきなり」


「・・・『大地よ。礫となりて奴を貫け』」


 ワタルの問いに、テガイズは答えずに虚空へと魔法を放つ。

 だが――、


「ギョルルァッ!?」


 それは虚空に刺さり、何もないところから鮮血が噴き出る。

 すると、先程まで何もなかったところから突然二足歩行のトカゲが現れた。


「ギョルル・・・」


「なんだこいつ・・・いきなり現れやがったぞ」


「こいつは・・・リザードの亜種だな」


「リザード・・・リザードマンとは違うのか?」


「あぁ、簡単に言うとリザードの方が知力が低い。そして、亜種はその中でも特殊で、風景に体の色を変化させて擬態できる。まぁ、その能力のせいで群れには馴染めなくて孤立してるんだけどな」


 そのトカゲについて、テガイズは解説する。


「・・・群れないぶん、一匹で生きていく力があるとも言えますわね」


 その解説に、エレクシアが付け加える。

だがまぁ、景色に溶け込めるのは強くても、ワタルの《変幻自在の影カゲロウ》を使えば簡単に倒せるだろう。

 そう考えていたところ―――


「――おぉらよっと!」


 横から一人の人影が飛び出してリザードを蹴り飛ばした。

 その一撃は、確実にリザードの骨を粉々に砕いた。恐らく、この一撃でリザードは死んだだろう。

 そして今の一撃で、リザードを蹴り飛ばした者が猛者なのは明らかだ。

 その人は大き目なショルダーバックを身に着け、長い髪を後ろにまとめている長身で、軽い装備を付けている。体つきからして、恐らくそれは男だ。


「よぉあんた! 強いんだな! めんどくせぇ亜種を倒してもらってありがとな!」


 そんな男に、テガイズは気軽に話しかけ、手を振りながら男へ近づいていく。

 見ず知らずの人にこんな気軽に話しかけれるとは・・・


「ん?」


 すると、男がテガイズに気づいた。


「あ、マジ? こんなところにも人がいるのか」


 近づいてくるテガイズを見ながら男がそう呟く。

 その言葉にワタルは少し違和感を抱いた。


「俺はテガイズ・レキエルってんだ。あんたは――」


 そんなワタルの怪訝を他所に、テガイズは自己紹介をする。


「あぁ、俺はだな―――」


「―――っ! テガイズっ!!!」


 男も自己紹介を始めた瞬間、ワタルは思いっきり地面を蹴り、テガイズを突き飛ばす。


「―――ぐっ、あぁ・・・っ」


 突き飛ばされて倒れたテガイズが痛みでうめき声を上げる。

 だがその痛みは、突き飛ばされたことが原因ではない。


「クソッ!」


 テガイズの方を見ると、テガイズの右手首が無くなって、血があふれ出てきていた。


「エレクシア! そいつに近づくな!」


「―――っ、はい!」


 必死な面持ちでワタルはエレクシアに叫ぶ。

 そしてその次に男の方を見上げ、睨む。


「―――――」


―――ワタルが飛び出した理由は二つ。


一つ目は先ほどの男の言葉、あれは見られたくない人間が発する言葉だ。


 二つ目は―――


「あ、マジ? さっきのを避けるかー」


「―――――」


 ちらりと見えた、その男の目だ。この男の目は、人を殺すことにまったくの躊躇のない人間の顔だ。

―――まるで、ワタル史上最悪の敵、ベルガルト・オルスのように。


「お前・・・『無双の審判』の奴か?」


「・・・・あ、マジ? おっかしいなぁ・・・その名前知ってるやつ、大体消されてるはずなんだが・・・」


 男の言葉からして、それは「Yes」ととっていいだろう。


「殴って吐かせてやる」


 同じ組織の幹部的存在、その情報を。

 その瞬間、ワタルはカゲロウを男に向かって放つ。


「うおっ、いきなり交戦的だなぁ」


 それを男はバックステップで軽々避ける。

 そんな男に向かって、ワタルはダガーを構えた。


「まぁいいや、どうせ全員殺るつもりだったし」


 腰に手を当て、まったく構える様子のない男。

 そんなのを気にせず、ワタルは地面を蹴る。


「おらぁ!」


「おぉ、こりゃ当たったらヤバそーだなぁっ」


 ワタルが振るうダガーの連撃を、男は眉を上げながら避ける。


「よっこいせっ!」


「がっ」


 避けてる合間に放ったカウンターの蹴りが、ワタルの腹に突き刺さった。


「おぇっ・・・ゲホッ、ゲホッ」


「主様!」


「おぉっとぉ」


 腹を蹴られ、腹の物を戻すワタルを見たエレクシアが痺れを切らしたように切りかかる。


「へぇ、君速いな。・・・・あれ? 君さぁもしかして―――」


 切りかかるエレクシアの腕を握り、まじまじと顔を見つめ――


「――ほんとは魔物だったりする?」


「―――っ」


 正体を言い当てられ、動揺したエレクシアが掴まれてる逆の方の腕で男の顔を電気の爪で切り刻もうとする。


「うぉっと、あぶねーあぶねー」


「くっ・・・!」


 その爪が顔に届く寸前、掴んでる方の手を振るい、エレクシアを投げ飛ばした。


「んー、そうかそうか、君魔物なのか・・・しかも電気系・・・クハ」


 男は顎に手を当てて少し頷いた後、不気味な笑みを浮かべながらエレクシアに近づいていく。だが、エレクシアは背中を強打したせいか、体が痺れて動けない。


『――柔化し、足をとらえよ! ラード・スワンプル!』


「おぉ」


 そんな大きな声での詠唱が響き渡ると、男の足が地面に沈む。

 その声を辿ると、それは出血する手首を縛って止血したテガイズがいた。


「リベルドぉ!! エレクシアぁ!! 走って逃げろぉぉおぉ!」


 テガイズがリベルド達に怒鳴る。

 それを受け、ワタルは一瞬躊躇った。


「――あ、マジ? 君がリベルトかー」


 すると、足が地面に沈みながらも男はワタルに軽い感じで話しかける。


「いやーそっかそっか・・・俺、実は君に見せたいものがあってさー」


 そう言って、男はショルダーバックから何かを取り出し、ワタルの方に投げる。

 それは球体で、コロコロコロコロコロコロ、こちらへと地面を転がりながら向かってくる。

 コロコロコロコロコロコロと、コロコロコロコロコロコロと―――


「―――――」


 ――――それは、昨日の依頼で出会った、少年の首だった。


「こ、れは―――」


「昨日会った子の頭ー。その子がよ、母親を殺した後「リベルドお兄ちゃん・・・」ってうるうるお目目で助けを求めるように言ってたんだよ。ほら、自分に危険が及びそうなときに助けを求める人って強いやつだろ? 最初は殺す気なかったけど、頭見せたらそいつの動揺を誘えるかなーって思ってよ。ホラ――」


「―――がっ」


「動揺した」


 生首を投げ、その成り行きをつらつらと男はまくしたてる。それに呆気としているワタルを、沼から足を抜いた男が急接近して蹴り飛ばした。

 その勢いにワタルは吹っ飛び、地面を転がる。


「―――――」


 だが、ワタルは喋らない。ただただ、黙っていた。


「―――俺が、殺した」


 ボソリと、ワタルがそう呟いた。


「―――俺が、殺した」


 きっとワタル達の会話から、ワタルの名前を聞き取ったのだろう。そしてそれを、あの少年が口に出したせいで、彼は死んだ。

 殺したのは目の前の男であっても、そのきっかけとなったのはワタルだ。

 ワタルの息が、どんどん早くなっていく。


「俺の・・・っ、せいで・・・・っ!」


 これで、何度目だ?

 ワタルは、疫病神だ。

 ワタルがいるせいで、全員が不幸になる。

 だから、もういい。

 全部―――


「アァァァァァァアアァァァァァアァァァァァ―――――――――――ッ!!」


 その瞬間、ワタルから影が溢れた。


「なんだぁ!?」

「リベルド!?」

「主様・・・・?」


 その溢れてきた影は大きくなり、辺りの木々をなぎ倒したあと、小さくなってワタルの体を覆っていく。


「オイオイオイオイ! なんだよそれ! 面白すぎんだろ!」


 ワタルの姿を見て、男は笑顔を浮かべる。


「リベルド! いきなりどうしたんだ! ぐおぁっ」


 ワタルに語り掛けるテガイズを、ワタルは影の手を大きくして薙ぎ払う。


「ア“ァァアアァァアアアアァァァァァア――――!」


「うおっとぉ」


 次にワタルは、男に狙いを定めて攻撃を仕掛ける。

 だが、それを男は軽々避けて見せる。


「ア“ア”ァッ! ア“ア”ァァアァッ!」


「よいっ、ほいっ。そぉれっ!」


 いくらワタルが追いかけても、男にはそんな怒りに任せた単調で分かりやすい攻撃があたることはない。それどころか、ワタルはカウンターを喰らってしまう。


「ア“ア”ァァァァアアァァアァッ!」


 そんなことを意に返さずに、ワタルは木々を大きな影の爪で振り払いながら、バックステップでよけ続ける男を追う。

 それを見て、男は――


「あー、マジか。最初は面白いと思ったけど・・・・なんだろうな・・・・」


「―――――ガッ」


「単調すぎてつまらんわ」


 先ほどまで、男の攻撃など全く意に返さなかったワタルの動きが止まった。


「ガ・・・ッ、アァ・・・・」


 足を止め、影は一気に小さくなり、ワタルの体に収まっていく。そして、その場にワタルは苦しそうに倒れこんだ。


「あ、がぐ…ぅあ……っ!」


 苦しい。

 体の内側がうねるような感覚に襲われる。肉が、骨が、全てがグルグルと体の中で混ざっていくような、そんな気持ち悪い感覚が、全身を包む。

 熱い。

 内側から熱がこみ上げ、脳が焼ける感覚を味わう。血が熱い。臓器が熱い。脳みそが熱い。全身を熱湯に突っ込まれたように、体中が煮えたぎる。

 痛い。

 全身がビリビリと痺れ、骨は軋むように痛い。皮を剥がされ、唐辛子だとかを隙間なく塗り込まれるような、肌を削り、すりおろされるような、大量の針を、体中に突き刺されるような痛みを感じる。


 苦しい、熱い、痛い。苦しい、熱い、痛い。苦しい、熱い、痛い。苦しい、熱い、痛い。苦しい、熱い、痛い。これは――――毒だ。


「あーあ、折角面白いやつが出たと思ったけど、結局こんなもんかぁ・・・・」


 苦しそうに突っ伏すワタルを見て、男は失望の声をだす。そこへ、


「主様!」


 声が聞こえた瞬間、空気が痺れた。


「主様、大丈夫ですか!?」


 それは、急いで駆け付けたエレクシアのものだった


「ぐ……あぅ…ぇ…くし…ぁ」


 体を駆け巡る痛みと熱と不快感の中、ワタルは何とかエレクシアの名前を呼ぼうとする。だが、上手く声を出すことができない。


「コラコラ」


「きゃっ」


「敵から目を離したら駄目でしょうが」


 その駆けつけて来たエレクシアの体を、男は容赦なく蹴り飛ばす。


「は…あ”ぅ…」


「・・・・おいおいまだ生きてんのかよ。毒も結構回ってきてるだろ。せめて、俺が楽にして―――」


「ガルルルルァッ!」


 ワタルを介錯しようとした男に、一匹の黄金の獅子が飛び掛かる。


「うおっ、お前どっからやってきた!? ・・・いや、お前さっきの侍女服の奴か!」


「ガルゥァッ!!」


「づぁっはぁ! マジか! クッソ速ぇなぁ!」


 周りの木を利用しながら、エレクシアは前後左右から攻撃を仕掛ける。

 エレクシアによる電光石火の連続攻撃を男は捌ききれず、少しの傷を受ける。


「でも・・・」


「――――ッ!?」


「後ろを取ろうとし過ぎだ」


 大口を開けるエレクシアを、男は何かを使って叩き落とす。


「ふぅー」


「ガ・・・ゥ・・・」


 息を吐きながら、男がエレクシアに近づいていく。

 その時、木々の間から差した光が男を照らす。その男には、黒く輝く甲冑を付けた尻尾―――サソリの尻尾が生えていた。

 恐らく、それを振るってエレクシアを倒したのだ。そして、ワタルの毒も……


「が……ぎぅ……」


 ワタルが無様に寝転んでいる間にも、男はエレクシアに向かっていく。


「やぇ・・・ろぉ・・・」


 弱弱しく声を絞り出すが、痛みが五月蠅く、ワタルの耳はその自分の声が聞こえない。

 ―――また、見殺しにするのか?

 そんな言葉が頭に響く。でも、それどころじゃない。

 ―――また、死なせてしまうのか?

 そんな言葉が頭に響く。だが、もう何もできない。


 助けたい焦燥感と、助けられない無力感と共に薄れゆく意識の中、ワタルは思う。




―――――ワタルは誰かと一緒にいてはいけないんだ、と。




「ガァ・・・ぅ・・・」


 倒れたエレクシアが、人間の姿に戻っていく。


「もう諦めろよな。ほら、お前のご主人様ももうすぐ死ぬ・・・って、言ってるそばからくたばったな。ったく、なんであんな奴についてるんだ? 俺の初撃を見破ったのはよかったけど、お前の方がよっぽど楽しかったぞ。もしかして、最終的に裏切るつもりだったとか?」


 男が、またもやつらつらとまくし立てる。


「なに・・・をっ・・・!」


 そんな男を、エレクシアは睨みつける。


「おーおー、怖い怖い。ま、大人しく・・・・あ?」


 サソリの尾をしならせ、近づく男の足が止まる。

 多くの命を奪ってきたからか、男には命の有無がわかる。それは、背中越しでもだ。だからさっき、リベルドとやらが死んだのは間違いないはずだ。なのに、なのに今は・・・


「生きてる・・・?」


 その出来事に、男は眉間に皺を寄せる。

 リベルドはさっき死んだ。それは間違いない。なのに今は意識はないものの、しっかり生きている。

 自分の感覚に信頼はおいている。それは今も、これからもだ。つまり、こいつは「生き返った」ということになる。そんなの・・・


「マジかよ――――アホほど面白いじゃねぇか」


 ワタルが生き返られることを知り、男は口角を上げた。


「でも、今からか・・・」


 これから二度目の戦闘にしゃれ込むというのも素晴らしいと思う。だが、やはり戦うなら万全な相手が好ましい。だが、自分のせいでリベルドの心と体はボロボロだ。

 それに、生き返ることができるなんて能力、次に使えるようになるまで一日ほど時間がかかるだろう。


「善人の内なる力で、知り合いの生首見たら強くなるとか思ってたけど、失敗だったなー」


 いくら頭を抱えようとも、過去の失敗を取り戻すことはできない。だから、


「よし、ここは一旦見逃すか。なぁ、魔物。そいつが起きたらこう伝えろ――――」




               △▼△▼△▼△▼△




「さてと」


 ゆっくり、ゆっくりと、男は歩を進める。


「今日は良い奴に会えたなぁ」


 一歩ずつ、一歩ずつ、歩を進める。

 そして―――、


「やっぱり、場所は整えないとだよな」


 男―――スコック・オセ・サシストはレイブウィアにたどり着いた。





『いつもいつも』


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



テガイズ・レキエル

    ↓

テガイズレキエル

    ↓

手がいずれ消える


やっと伏線回収できたね

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