第一章 / 11話 『重ねる問いのその先に』


「―――――」


 真っ暗闇の中、ワタルは佇む。

 そして目の前には、闇がある。真っ暗闇の中、真っ黒な闇がある。


「―――――」


 その闇が、こちらへと手を伸ばす。見えているわけではない。ただ、感じる。

 ゆっくりと、手を伸ばしてくる。そして――、


『――コセ…ヨ、コセ……寄こせ、お前の体、ヲぉ。返……っせ! オレ……のっ、体を、ォ ……!』


 闇が、声を上げる。その言葉には、途轍もない憎悪が、嫌悪が、羞悪が、込められていて―――――



『――もう、いいの』



 その瞬間、意識が浮上する。




              △▼△▼△▼△▼△




「―――――」


 ワタルが、ゆっくりと目を開ける。

 その目に映ったのは、木造の天井だ。


「俺は……」


「―――っ! 主様!」


 目を開けたワタルに、一つの声が呼びかける。そちらを見てみると、絆創膏を張ってボロボロのエレクシアがいた。

 それを確認した後、ワタルは上半身を起こす。ワタルがいる部屋は、窓と扉が一つづつある小さな部屋だ。そして―――、


「―――――」


 窓から外の様子を伺ったワタルは、言葉を失った。

 ワタルの目に映ったのは、レイブウィアの街……その、破壊された姿だ。


「これ…は………」


「それはあの男が、戦闘の後にここに来て……」


「……何でだ?」


「邪魔な奴はいない方がいいと……それと、あの男から言伝が」


「言ってくれ」


 ワタルがそう頼むと、エレクシアは暗い顔で言った。


「『明日、お前が死んだ時間ごろにまたレイブウィアに来る。それまでに何とかして騎兵団の奴らに住民を全員避難させろ。もし誰かいたらもろとも殺す』、と……」


「……そうか」


 その理不尽な要求の伝言に、ワタルは短く返事をする。

 そしてすっとベッドから降り、扉に向かって歩く。


「どこへ行くのですか?」


「―――騎士団」


 一言、ワタルは返事をしてフェルに教えられた騎士団に向かった。



               △▼△▼△▼△▼△



「―――! リベルド!」


 騎士団に入ると、フェルがワタルの偽名を呼んで駆け寄ってくる。


「先ほど、君との決闘を望む者が現れ、街を―――」


「もう聞いた」


 フェルの言葉を遮り、ワタルは要求を手短に話す。


「それより、早く住民を避難させたがいい。多分、あいつは明日も来る」


「…そうか、わかった。皆! 直ちに住民を全員避難させる! 周辺住民へ伝達しろ!」


「「はい!」」


 ワタルの言葉を聞いたフェルが周りに呼びかけると、騎士団員は即座に行動に移した。


「主様……」


「―――――」


 その光景を眺めるワタルに、いつのまにか追いついてきていたエレクシアが声をかける。

ワタルは、扉を開けて外に出た。


「待ってください!」


 その後を追うように、エレクシアも外に出る。


「………」


 ――その様子を、フェルはじっと見ていた




               △▼△▼△▼△▼△




「―――――」


 街路に出て、ワタルは歩く。その後ろを、エレクシアはついていく。


「一体どこに……!」


「………」


 しばらく歩き、人気のない所に来た時、ワタルは足を止めた。

 そして振り返り、エレクシアの方向を見る。そして、


「―――エレクシア、お前との契約を切る」


「―――――え」


 そう言い放った。

 その言葉に、エレクシアは困惑した表情を浮かべる。


「あの……その……え……? 何…ででしょう……か?」


「お前は、俺に対してあいつから伝言を受け取ったんだろ? その時、お前は何してた? ただただ、話を聞いてたのか? お前は、なんもしてねぇ。俺がお前と契約を結んだのは、強いからだ。戦力になるから、お前と一緒にいた。だけど、もうお前はなぁんも出来ない足手まといだ。俺にとって、お前はもう利用価値が―――」


ワタルは、エレクシアに思いを伝える。只々、淡々と、『契約』を切ろうと思うに至った理由を、伝えた。


「―――どうして、ですか?」


 不意に、エレクシアが声を出す。その問いかけは、悲痛に満ちている。そして、


「どうして、いつもいつも私を、遠ざけようとするのですか?」


そんな問いかけが、ワタルに投げられる。


「そんなこと……」


 そんな意図は無いと、エレクシアの言葉を、ワタルは否定しようとする。だが――、


「あります! あなたは、いつも私に何も教えてくれない! 一体、どうしてなんですか!」


 エレクシアの怒号に、ワタルは気圧される。でも、何か言おうと、何か、言葉を発しようと、ひねり出す。


「お前には……わかんねぇよ………」


「――――何でもない、気にするな、言えないんだ。挙句の果てには私にわからない……? ふざけないでください! そんなっ、ふざけた答え……!」


 ワタルの答えになっていない答えを聞いたエレクシアが、痺れを切らして怒鳴った。

 その言葉に、ワタルは負けじと口を開く。


「じゃあ……じゃあ! お前にはわかるってのかよ! 俺の気持ちが! まだ物心ついたばっかの時に親が死んで、『家族』を教えてくれた人が死んで、優しくしてくれた人達が死んでいって、そしてまた…死なせてしまった、俺の気持ちが……!」


 何か言い返さないとと思って発した言葉が、ワタルの心を締め付ける。

 ふと、エレクシアの顔を見る。―――その青い双眸が、ワタルを咎めている様に見えた。


『―――お前がやったんだ』


「―――っ。違う! いや、違わないんだ!」


垣間見えた『もの』に、ワタルは否定の言葉を発したが、直ぐにそれを取り消す。


「そうだ、俺のせいなんだ。全部……全部! 俺が悪いんだ!」


 自分で言った事に納得したように、ワタルは突然糸が切れた様にその場にへたり込 む。

 さっきまで、エレクシアの言葉を否定しようとしていたというのに、もう何を否定しようとしていたかも忘れて、ただ、自分を責めたてる。


「―――役立たずは、俺だ」


 ポツリと、ワタルはそう呟く。

 普通に考えなくとも、当然のことだ。能力に飲み込まれて、我を忘れて、暴走して、そんな奴が、役に立っているはずがない。


「何もしてないのも、戦力にならないのも、足手まといなのも、全部俺だ」


『お前に何ができるってんだ? ん?』


  ―――ワタルは、何も成せない。だから、失い続ける。失うばかりで、何も出来ない。ワタルは、


「―――失うのが怖いんだ。優しい人が、自分のせいで死んじまうことが、嫌で、怖くて、苦しくて、仕方がないんだ。だから、だからもう…ほっといてくれよ……」


 関わらないで、欲しかった。

 別に、関わったり、関わられたりするのが嫌なわけではない。だが、関わったせいで誰かが死ぬくらいなら、関わらないでいた方がいいに決まっている。


「―――私には、あの洞窟からの記憶しかありません」


「え?」


 エレクシアからの突然の告白。その意図が理解できずに、ワタルは間抜けな声を出す。


「気がついたらあの部屋で鎖に繋がれ、何年、何十年も一人で過ごしてました」


「………」


 エレクシアの言葉の意図を汲み取れず、ワタルは眉間を寄せる。


「でもそんなある日、貴方が来ました」


「………」


 確かに、ワタルは嵌められて『奈落』に落とされて、成り行きでエレクシアに会った。それは事実だ。だが、それが今までの話に何の関係があるのかと、ワタルの疑問は深まるばかりだ。


「貴方は、私を連れ出してくれた。そして一緒に戦って、地上に出た」


「………」


「そこで契約を繋いでもらって、この姿になって、『死導者』と戦って、守って貰って……」


 それがなんだと言うのだ。それは、ただその場でできる最善だと思ったことをしていただけで、当然のことだ。失いたくなかったから、必死で守ろうとした。ただ、それだけの事だ。


「貴方からしたら、当然のことなのかもしれない。でも、私は助けられて、沢山の物を得た。貴方のお陰で、知ることが出来た」


「………」


「貴方はきっと、過去の自分の罪ばかり見すぎているんです。勿論、駄目なわけではありません。ただ、貴方は今、その罪に耐えられずに押し潰されそうになってる。だから、嫌な事だけじゃなくて、いい事もちゃんと見てください。それでも…それでも、苦しくなったら―――」


 エレクシアそこで一度言葉を切り、ワタルの目をまっすぐ見て、言った。


「―――その時は、私にもそれを分けてください」


「――――――」


 その言葉に、ワタルは自然と目頭が熱くなる。


 ―――自分一人でやるべきなんだと、心の中で感じてきた。


 だから、エレクシアを遠ざけようとした。『契約』を、切ろうとした。それなのに、エレクシアの言葉にワタルの胸は熱くなる。

 遠ざけようとしているのに、傍にいようとするエレクシアの言葉に、ワタルは、遠ざけようとした張本人であるワタルは、嬉しく思って


「――――なんでだ?」


 ボソリと、ワタルが問いを投げる。

 それはまだ、先の話でも分からなかった事を尋ねる問いだった。


「なんで、お前はそうまでして俺と一緒にいようとする。俺がお前を助けたとはいえ、お前がこれからも一緒にいる義理は無いはずだ」


 ワタルの質問に、エレクシアは答える。


「―――知りたいんです。貴方の事を」


「知りたい…?」


 エレクシアの回答に、ワタルにまた疑問が浮かぶ。それに答えるように、エレクシアは話す。


「私を助けてくれた人が、どんな人なのか、どんな物が好きで、どんな物が嫌いなのか。とにかく、知りたいんです」


「…………」


 真っ直ぐとこちらを向くエレクシアの眼は、切実な思いに満ちていた。

 それ程までに、こんなワタルと一緒に戦いたいと言ってくれている。


「私を連れ出して、助けてくれて、温かさを教えてくれた貴方を、知りたいんです」


「……でも…でもっ! 俺といたら、死んじまうかもしれないんだぞ…? そこまでして、知らなくてもいいじゃないか……。俺だって、もう誰かが目の前で死ぬところなんて、見たくないし……見て欲しく、ない」


 ―――先ほどの戦いで負けてから、自分は誰かと一緒にいるべきではないと、そう思った。そうしたら、少なくともワタルのせいで死ぬ事は無いと思った。

 でも、今ワタルの目の前にはエレクシアがいて、一緒にいたいと、そう思ってくれている。

 ワタルは、どうしたらいいのか分からなかった。

 エレクシアの気持ちに応えるべきなのか、応えていいのか、分からなかった。

 だから、こんなことをウダウダと言っているのだろう。だが、見て欲しくないという気持ちは本当だ。あんな最悪な気持ち、味合わない方がずっといい。


「―――確かに、貴方は今まで、多くのものを守れなかったかもしれません。貴方のせいで、死なせてしまったかもしれません」


「なら……」


「―――でもそれは、貴方が一人だったからの話です。言ったじゃないですか、私にも分けてくださいって。―――私がいます」


「――――」


 膝をつき、顔を歪めるワタルに、エレクシアが手を差し伸べる。

 ワタルへと、エレクシアの手が、差し伸べられる。


「……って、一緒に行く前提というのはおかしかったですよね」


 今までも、エレクシアはいた。でも、それは『いた』だけだった。会話はエレクシアが人型になってから数えるほどしか交わしていない。それは、ワタルが無意識に彼女をワタルの心から遠ざけてしまっていたからなのだろう。

 そんな彼女が、「私がいる」と言ってくれた。それを聞いてワタルは―――


「―――キトウ・ワタルだ」


「―――ぇ?」


「キトウ・ワタル。……それが、俺の本当の名前だ」


 その名前に、エレクシアは少し目を見開く。

 ワタルが突然その名を口にしたのは、信じて欲しかったからだ。この名前を聞いても、エレクシアに信じて欲しかったからだ。だから――、


「―――辛かったんですね」


「――――」


 エレクシアにそう言われたとき、ワタルの目に涙が浮かんだ。

 あの広い玉座の間。そこにいた沢山の人々。その全てが、ワタルの言葉を信じなかった。


「誰も……信じてくれなかったのに……」


 だけど、エレクシアだけは、信じてくれた。ワタルは、やっていないと。『キトウ・ワタル』はなにもやっていないと、信じてくれた。

 その事実に染み出てる涙を、ワタルは抑える。


「その信用は、主様――ワタル様の行動の賜物……というやつですよ」


 ふっ、とエレクシアは微笑みかける。


「エレクシア……お前は、俺についてきてくれるのか?」


「はい、どこまでも」


「こんな……俺に、ついてきてくれるのか? 付き合いだって、ほんの数週間程度だっていうのに……ついてきて、くれるのか?」


「だから、そう言ってるじゃないですか」


「本当に、いいのか……?」


「これは、私が「したい」と決めたことです。ワタル様が心配することはありませんよ。―――一人でいようとしなくて、いいんですよ」


「〰〰〰っ」


 限界だった。ワタルは、抑え込んでいた涙を耐えられずに溢れ出る。

 独りでいるべきだと思っていた。孤独が、ワタルという人間に定められた運命なんだと思っていた。他の人だって、ワタルと一緒にいれば不幸が訪れるとしれば、離れていくと、そう思っていた。なのに、なのに、


「だ、大丈夫ですか……?」


 エレクシアは、一緒にいたいと言ってくれた。こんなワタルに、ついて行きたいと言ってくれた。それが、ワタルは只々、嬉しくて――、


「――――」


 顔を涙でみっともなくぐちゃぐちゃにしながら、ワタルは「ずっと一緒にいたい」と、関係の『不変』を願った。

 「それが出来ない」という現実から目を逸らし、『』を望む『怠惰』な望みを、強く、強く、強く、強く、強く、強く、強く、強く、願った。

 そして―――、


「――――」


 ―――その強く願われた『怠惰』を受けた『世の理』が、それに応えた。






『重ねる問いのその先に』


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


ワタルさんめんどくさ男だな……


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る