第一章 / 12話 『声高らかに』


 ――――朝方のレイブウィア、そこへ足を運ぶ男が一人。そしてその男は目の前のに目を向ける。


「伝言……聞いてなかった訳じゃねぇよな?」


 男は、その二人に向かってそう問いかける。


「あぁ、お前からの伝言、しっかり理解した上でここにいる」


 その問いに、ワタルはそう答えた。


「いいのか? 伝言で言った通り……」


「何をそんな心配してるんですの? もしや。貴方みたいな殺人鬼にも今更心が芽生えたんですか?」


 それでもなお問いかけてくる男に、エレクシアは嫌味を言う。

 そんな二人を見た男は笑みをこぼす。


「クッハハ、たった一日で大分顔つきが変わったな」


「お前に絶望を与えられた後色々あったんでな」


「そうか。でも尚更良かったのか? 俺が今まで見たことのあるお前みたいなやつは、大抵一人で戦おうとする。傷つけたくないってな。それともなにか? 守るものがいた方が強くなるってか? まぁそんな奴らは見たことあるが、生憎大抵は――」


「そんなんじゃねぇよ」


 いつものように長文をまくし立てる男の言葉を、ワタルは遮る。そして――、


「単純な話、一人よりも二人の方が強いだけですわ」


「やっぱり相当変わったなぁ。お前等」


 ワタルに続いてのエレクシアの言葉、それに男は感心したように笑う。


「御託はやめだ。やろうぜ、この街の未来を賭けた戦いを。――『無双の神判』、第五十七番隊隊長、スコック・オセ・サシスト」


 男――スコックが宣言すると同時、名乗る。蠍の尾をうねらせながら放つ言葉、それはきっと、何かの流儀というか戦いの前の儀式のようなものなんだろう。


「――レイブウィア代表の冒険者、リベルド・アンク」


「その従者エレクシア……ですわ」


 そうして、戦いの幕が切って降ろされた。



               △▼△▼△▼△▼△



「はあぁ―――ッ!」


「顔つきは変わったが、実力はそこまでだな!」


 声を上げながら先陣を切ったのは、ダガーを手に持ったワタルだ。

 ワタルはそのダガーをスコック目掛けて振るう。それを、スコックは余裕の表情で後ろに避けて見せた。

 だが、ワタルもワタルの攻撃が当たらないことなんて百も承知だ。だから、この攻撃は扇動。本命は――、


「こっちですわ!」


「マジか。でも――」


 ワタルが注目を引いてる間に後ろに回り込んでいたエレクシアが声を上げると同時に、電撃の爪が向けられる。その裏どりにスコックは少し驚きの声を上げるも、冷静に蠍の尾でエレクシアのその頭を飛ばそうとする。


「させるか!」


 その凶尾がエレクシアに届く寸前、ワタルはスコックの胸倉を掴んで引っ張り、無理矢理エレクシアを攻撃の軌道から外す。それだけじゃない。


「ぐぉらぁ!」


「ぬ…ぉ…」


 引いて近づいたスコックの頭に、思い切り頭をぶつける。自分へのダメージも多少はあるが、それ以上にスコックに効いたようだ。


「こんのッ」


「がっ―」


 その仕返しと言わんばかりに、スコックが尾をワタルの腹に打ち付け、その衝撃でワタルは街の方向へ吹き飛ぶ。


「主様!」


 それを見たエレクシアはワタルを呼びはするものの追いはしない。スコックを街に行かせると、街への被害が増える。だから、ここでスコックを食い止める。

 ワタルも、そうするハズだ。だが、スコックはそんなエレクシアに興味は無いらしく、街へと走る。


「―――させませんわ」


「……ここで待ってた方がいいんじゃねぇか? 死ななくて済むぞ?」


 行く手を阻まんとするエレクシアを見て、スコックはそんなことを言う。その言葉に、エレクシアは笑いながら答える。


「残念ですわね。――わたくし、死ぬ覚悟はとっくにできてますの」


「そうかそうか、本気マジなのかぁ……じゃあ――」


 スコックが言葉を切る。その間に、エレクシアは違和感を覚えた。


「尾は……」


 その時、地面から蠍の尾が生えてエレクシアの体に巻きつく。


「―――っ。これは……!」


「ちょぉっと飛んでらっしゃい」


 その蠍尾がしなり、エレクシアを街と反対方向の森へと投げ飛ばした。


「ぐっ……!」


 何もできなかったことに歯噛みをしながら、エレクシアは地面に体がつくのを待ち望む。

 そして遠くの遠くに見えるスコックが街へと走るところを目視した後、エレクシアは森に落ちた。


「〰〰〰っ」


 枝に肌を割かれながらエレクシアは落ち続け、そのまま地面に落下――するかと思ったが、空中で身をくねらせ見事に着地した。


「猫科でよかったですわ……」


 しっかり着地できたことに安堵しつつも、エレクシアは直ぐ街へ向かおうとする。その時――、


「……誰ですの?」


 暗闇からゆらりと、黒ローブの人間が現れる。


「あらあら、まさか気づかれてたなんてね。びっくりだわ」


 黒ローブが顔を上げると、その紫色の唇が歪んでいるのが見えた。声からして、恐らく男だろうか。話し方のせいでよく分からない。だが、一つだけわかることがある。―――こいつは危険だ。そう、エレクシアの本能が語り掛けてくる。


「私は『無双の神判』第二十八番隊副隊長、マズドメントクス・レオーヌよ。よろしくね」


 副隊長ということは、あのスコックとかいう男の一つ下の立場ということだろう。


「あのさそり男、自分も仲間を連れて来ているんですのね」


「蠍男……隊長のことかしら。それはきっと、ここで本当に一人で来るやつは戦闘する者として相応しくないだとか思ってるんでしょうね。あの人の価値観って、ちょっとゥワンデァな感じだもの」


 ……それがスコックなりの『流儀』というモノなんだろうか。兎にも角にも

、第二十八番隊とやらでスコックの次の実力を持つ者だ、弱くないはずがない。


「―――マズドメントクス副隊長。我々も」


 すると、すぐ隣からも黒ローブが現れる。『我々』と言ってるところから、きっと他にも闇に紛れている奴らがいるのだろう。このマズドムン…マズトメンド…マズ…………レオーヌだけですら勝ち目が薄いというのに、その他にもいるとなると、勝ってワタルの元へ向かうことはできないだろう。どうしようかと悩んでいるとき――


「いいわ、貴方達は見てなさい。ここからは私のステェァジよ。貴方達はオゥディエンセ……オゥディエンセの仕事は、ゥアクタァのパフォゥマェァンスを引き上げることにある…」


「………」


 真面目な顔で意味の分からないことを言っているが、恐らく「自分一人でやる」ということだろう。どの道、そちらの方がエレクシアにとっても好都合だった。


「ですが、マズドメンあびゅびゅ」


 噛んだ。抗議しようとした男が途轍もないほどに噛んだ。だがあんなにも言いにくい名前だ。噛むのも無理はないだろう。

 エレクシアはその男に共感したが、レオーヌはそうでもなかったらしく、


「ふんっ」


「ぐぁっ!」


 思い切り、その男の顔面を蹴った。そしてレオーヌはすぐそばの木に激突した男に近づき、髪を掴んで持ち上げる。


「ちょっと、ンレディの名前を間違えるなんて、失礼しちゃうわね。いぃいかしらん? 私の名前はマ・ズ・ド・メ・ン・ト・ク・ス。アンデェァステェンド?」


 顔を近づけながら、レオーヌは凄まじい圧を掛ける。

 その圧は、傍から見ているエレクシアさえ気圧されるほどのものだ。


「ホラ、もう一度言って御覧なさい」


「ま、まずどめんとくすさま……」


 蹴りで少し歪んでしまった顔の口から、男はレオーヌの名前を絞り出す。


「はーい、よくできました」


 それに満足したのか、レオーヌは手を放す。そしてそのまま男は地面に尻をついた。


「さて、あまりお嬢さんを待たすのもよくないわね。さ、始めましょ」


「……ええ、分かりましたわ」


 既に情報量に殴られたような気分だが、この戦闘は避けられないだろう。


「早く、ワタル様の元へ……」


 そんな焦燥に駆られながら、エレクシアは構えた。




               △▼△▼△▼△▼△




「づっ…ぐ…」


 屋根に不格好に着地したワタルが、痺れた体を起こす。

 飛ばされている途中に手放してしまったのか、ダガーをどこかに落としてしまった。


「早く戻らねぇと……」


 ふらふらの足に《力を生み出す能力ゼロ》を込め、ワタルは急いで戻ろうと跳ぶ。


「……は?」


 ――跳んだはずだった。跳んで、あの場に向かおうとしたはずだった。なのに、なら、どうして――、


「が、ふっ」


 ―――どうして、ワタルは壁にめり込んで血を吐いているのだろうか。


「なんっ……だ、これ……」


 何が起こったかわからない。腹部が異常なまでに痛み、呼吸がしにくい。


「おーおー、痛そうだなぁ」


 そこへ、スコックが華麗に着地してきた。状況から見て、スコックがこの痛みの原因と見て間違いないだろう。


「お前…か……っ!」


「ご名答~。なぁんかマジ顔で飛んできてたから撃ち落としちまったぜ」


 ヘラヘラと、スコックは事の経緯を説明する。だが、ワタルが気になることは他にある。


「……エレクシアは、どうした」


「殺した。最後にお前に謝ってたぜ? 「主様、ごめんなさい」ってな」


 ワタルの問いかけに、スコックは陰惨な笑みで残酷な答えを返す。それを聞いてワタルは、


「……そうか、良かった――」


「?」


「生きてるんだな」


「クハ」


 笑って、構えた。




               △▼△▼△▼△▼△




「おらぁ! こんなもんか!? もっと本気マジになれよぉ!」


「クッッソが!」


 蠍の尾を振り回しながら、スコックが迫ってくる。それをワタルは半ば受けながらもいなしていく。


力を生み出す能力ゼロ!!》


「おぅっと」


 半歩踏み込み、スコック向けて拳を向ける。当然そんな安直な攻撃あたるはずもなく、バックステップで避けられてしまう。だが、これでいい。距離を取れた。ワタルも後ろに高く飛び上がり、屋根の上に乗る。そして、


「どんらぁ!」


 少し離れたスコックに向けて、ワタルは何かを投げる。それと同時、


「――――っ!?」


 スコックの肩に衝撃が走る。


「マジか、投擲か」


 ワタルが投げたのはただの瓦の欠片。だが、強く投げればそれも凶器と化す。これは、ワタルの弱点である遠距離を克服する攻撃だ。


「まだまだ、弾は山ほどあるぜ!」


 叫びながら、ワタルは屋根上の瓦を握り砕き、欠片の軍勢をスコックに投げる。


「づぁっは…マジか…おんもしれぇ!!」


 ワタルの投擲、それを全身に受けたスコック。その顔に、笑みを浮かべている。


「無敵かよ…」


「いいや、ちゃんと痛いよ。ただ――」


 突然、目の前からスコックの姿が消えた。


「―――お前みたいな奴と戦えるのが、途轍もなく嬉しいんだ」


 背後から声が聞こえ、ワタルは振り向く。そこには、恍惚とした表情のスコックがいた。

 それに、ワタルは違和感を覚える。


「なんだその速さ……」


 蠍に特段足が速いという特性は聞いたことがない。だというのに、スコックは生身ではあり得ない速度を出している。何かカラクリがあるのか? それとも……


「なんか、隠してんじゃねぇのか?」


「クハ」


 スコックからこぼれたその笑みが、ワタルの仮説を肯定する。


「舐めやがって…」


「舐めてなんかないさ。ただ隠してるだけ…戦略の一種だ。」


 それにむかっ腹が立ったワタルは、もう一度投擲の姿勢をとった。


「おいおいマジか? それもう三回目だぞ? 流石に見飽きたっての」


 その行動に、スコックはあきれた表情をする。それもそのはずだ。ワタルの投擲は彼が言ったように、既に二回行っている。そう、普通の投擲は。

 ワタルは持っている瓦礫を強く投げる。それと同時に唱える。《力を生み出す能力ゼロ》と。


「―――っ! マジか!」


 詠唱を聞いたスコックがすぐさま避けようとしたが、時すでに遅し。瓦礫が足を貫いた。


「〰〰〰〰っ」


 貫かれた痛みで、スコックの顔からようやく笑みが消え、苦痛の表情になる。


「お前も…隠してんじゃねぇか…!」


「へっ、いつ俺がゼロ使ったつったよ。それに、お前も言ってたろ? 戦略の一種だって」


 してやられた、というスコックの顔。その顔から、恨みのようなものは見えない。だが、ワタルはそんなのお構いなしに悪役のような笑みを浮かべる。

 その表情を見て何か察したのか、スコックはまた笑う。


「その顔、まだなんか隠してやがんな」


「さぁ? どうだろうな」


 スコックの追求、それをワタルは煙に巻く。だが、そんな悪辣そのもののような顔を見て、スコックは更に笑みを浮かべる。

 その笑顔の理由は、彼が戦闘狂バトルジャンキーであるからだろう。


「あー、マジでおんもしろくなってきたなぁ。ぐ…っ…あぁ、続きだ。やろう」


 スコックの笑みが深まる。それは、今までとは比べ物にならないほど不気味な顔だった。そして、スコックの体に変化が起きる。


「オイオイオイ、なんだよそりゃあ……」


「こっからが、本当の闘いってやつだ」


 両翼を目一杯に広げながらのスコックの宣言。それは、再戦の合図となった。




               △▼△▼△▼△▼△




 ――――再戦の瞬間から少し時は遡る。



「いい? 戦いは音楽なの」


「……え?」


 突然、レオーヌにそんなことを言われ、エレクシアは頭に疑問符を浮かべる。

 正直、言ってる意味が分からなかった。呆けてるエレクシアをよそに、レオーヌは続ける。


「人は戦うとき、必ず癖がでるの。足運び、狙う場所、目線。その全てに癖がでる。それはその人のンメロディ、そして二つ以上のンメロディがぶつかり合う時、オリズィナァルの音楽になるの。―――そして私は、それが途轍もなく好きなの」


「………」


 説明を聞いてなお、未だによくわかりはしないが、レオーヌの狂気を孕んだ笑顔。それにエレクシアは息を呑む。


「おっと、長話しちゃったわね。ごめんなさい。それじゃあ――」


「――――!」


 話を切ったかと思いきや、レオーヌが少し手を挙げる。するっとそこに、なにか楽器のようなものが現れた。


「それは……」


「ヴァイオリンヌ、よ」


 レオーヌがそう答えると同時に、演奏を始める。

 なんと美しい音色だろうか。エレクシアは思わず一瞬だけ聞き惚れてしまう。だが瞬時に我を取り戻し、これから何が起こるのか、相手の出方を観察する。

 だというのに、レオーヌは中々演奏を終わらせずに数十秒が経つ。


「何を……!」


痺れを切らしたエレクシアが、攻撃を仕掛ける。


「〰〰♪」


 だが、その迫る電撃の爪を、レオーヌは鼻歌まじりで避けてみせた。


「なっ…!?」


 避けられたことにエレクシアは驚くが、また次の一手を出す。

 しかし、それすらも無念にもよけられてしまう。次も、その次も、そのまた次の攻撃すらも、レオーヌは舞うように華麗に避けた。それでもエレクシアは根気強く攻撃を与えようと―――


「この……っ!」


楪落ちる冬の音色ヴァイオリンヌ・ヴィンタァ


 演奏をやめ、レオーヌがそう唱えた次の瞬間―――、


「…………!?」


 冷気が混じった甲高い音が、エレクシアに響いた。

 さらにその音量はエレクシアの声すらもかき消してしまうほどの大音量だ。


「あ…ぅ……これ、は……」


「何が起こったかわからないって顔ね。お嬢さんにはこのアァトを理解するのは難しかったかしら?」


 茶化しているが、おそらくこれがレオーヌの能力の一端。だが、驚くべき部分はそこではない。


「あの回避力…」


 レオーヌは攻撃を放つまで、エレクシアの攻撃を避け続けていた。スコックですら完全に避けることができなかったエレクシアの攻撃を、完璧に避けきっていた。それも、演奏をしながら。


「どうしてか知りたい? いいや、教えてあげるわ。―――私はね、あなたの『楽譜』を読んでるの」


「わたくしの…楽譜?」


「そう。さっき言ったでしょう? 人の戦いは音楽だって。私はあなたを見て、あなたが自分の中のどんな楽譜に従ってるのかを考えてるの。そして貴女の楽譜は……そうね、『理想的』って所かしら」


「理想的……?」


「そうよ、貴女の動き完璧に近いわ。「どうすればいいのか」をしっかり理解している。でも、だからこそ、貴女の行動は読みやすい。いい? 戦闘においての完璧は、しっかりとした基礎とほんの少しのオリズィナリティよ」


 相変わらず言ってる言葉はよくわからないが、理解はできた。要するに、エレクシアは完璧な動き。それこそ音楽に例えると「完璧な聴きなれた音色」というものなんだろう。まぁ、エレクシアは音楽は聴いたことがないのだが……

 だが、それにしてもこのレオーヌという人間は―――、


わたくしを、随分と舐めていらっしゃるようですわね」


「んふ、だって貴女、才能の原石なんだもの。あぁ……早く聴きたいわ。貴女が奏でる、オリズィナリティ溢れる音楽を……!」




               △▼△▼△▼△▼△



「隙ありですわ!」


「ないわよ」


 相手を刻もうとするエレクシアの攻撃、それをレオーヌはまたもや軽々と避ける。


「んー……まだイマイチね…やっぱり、レッスェンには少し刺激も必要ね」


 そう言うと、レオーヌは手に持った『ばいおりん』の弦を指で弾く。


短くても伝わる気持ちスタッカート・ウェィヴ


 エレクシアはその詠唱が聞こえた瞬間、雷を纏って避ける。だが――、


「――――っ」


 避けたはずの音の衝撃が、エレクシアの体を走る。いや、違う。これは、避ける前に受けたのだ。


「音が…」


「無駄よ、音と人間の反射速度…どっちが早いのか知ってる?」


 レオーヌが苦しむエレクシアに聞く。

 生憎とどっちが速いなんて知識は持ち合わせていないが、レオーヌの物言いから音の方が速いのだと用意に予想できた。

 そしてそれはつまり、エレクシアが攻撃を避けるには攻撃の発動前に避けるしかないということになる。


「…今、避けるには攻撃の発動前から避けるしかないとか思ってるでしょ」


「……」


 エレクシアは胸中を見事に言い当てられ押し黙る。


「でもね、まだあるの。貴女が私のアタァックを回避する方法。―――それは、音楽を理解することよ」


「音楽を…理解……」


 レオーヌの言葉を、エレクシアは口の中で反芻する。

 敵の言葉を信用するのはどうかと思うが、今までレオーヌはエレクシアにアドバイスをしてきていた。だから、信用に値するはずだ。


「音楽を、理解する……!」


 今、エレクシアにできることは、レオーヌを観察して『音楽』を交えた戦い方を理解すること。

 そして、エレクシアは―――、


「―――貴方に勝って、あの人の元へ行く!」


 あの時の様に…『死導者』の時の様に、無様な姿は晒さない。




               △▼△▼△▼△▼△




「これが、あいつの能力か」


 翼を生やしたスコックを見て、ワタルはそう言う。蠍の尾といい翼といい、動物関係の能力なのは明らかだが、詳細は分からない。もしもどんな動物の力でも使えるとしたら相当厄介だ。―――そして本当にそうなら…そんな厄介な能力を隠していたというのなら――、


「なにボソボソ言ってんだぁ?」


「何でもねぇよ。ただ、クソ舐めてたんだななって思っただけだ」


「クッハハ、しょうがないだろ? そうでもしないと、ホラ―――」


 突如、目の前からスコックが消えた。

 そしてそれと同時に、ワタルの肩から血が噴き出た。


「――――っ!?」


「直ぐ殺っちまうだろ?」


 後ろから、スコックの声が聞こえる。そのスコックの足は、鳥の爪のような形になっている。


「どうした? マジで速すぎて見えなかったか?」


「クソが…」


 目を丸くしてるワタルにナチュラル煽りをしてくるスコック、その態度にワタルは歯を嚙む。

 だが、スコックの速さは本物だ。恐らく、エレクシアに少し及ぶか及ばないかぐらいのスピードだ。その上、一撃一撃が致命傷になりかねない。さっきの攻撃だって、その気になればワタルの心臓ごとあの鋭い爪で切り裂くことなど用意なはずだ。


「まだ本気ではないってのかよ…!」


「クッハハ、そんな怒んなって」


 スコックは煽り口調でワタルを宥める。それが余計にムカつく。

 なんにせよ、あの超スピードの攻撃を使わせるのはダメだ。とはいえ、距離を潰して接近戦にしても他の何かで返り討ちにされること間違いなし。


「どの距離でもあいつの間合いかよ…」


 離れても投擲の隙を与えてももらえない。近づいたら近づいたで接近戦でボコボコにされる。近づいても近づかなくても同じ危険地帯。後ろにさがっても進んでもワタルはほぼ詰み……それなら―――、


「――お前の言う通りにやってみるよ」


「?」


「ぶん殴る!」


「クハ」


 近づいても近づかなくても相手の間合いなら、直接攻撃を与えられる近距離がベストだ。そう思ったワタルはスコック目掛けて拳を握りながら接近する。


「でもそれじゃあさっきと同じ、ボコボコにされて終いだぜ!」


「あぁ、そうだなぁ!」


 近づくと同時に放った拳を蠍の尾に止められる。だが、ワタルの勢いは止まらない。それどころか、さらに拳に力を入れる。


「マジ?」


 スコックが驚きの声を上げる。それもそのはず、ワタルの拳が蠍の尾の甲羅に、ほんの少しばかりのヒビを入れたからだ。

 そしてワタルは、右、左、足とどんどん追撃を加える。


「るあぁ―――ッ!」


「う、ぉっ…と、わっ」


 攻撃の一つ一つに《力を生み出す能力ゼロ》を使っているわけではないが、どれも当たれば効くであろう攻撃。

 これを食らうのは接近戦で受けるのは危険だと感じたスコックは、手に甲冑のようなものを纏う。


「そらっ!」


 ワタルの攻撃の間を縫って、スコックの攻撃がワタルの頭に直撃する。これで攻撃が緩――――まない。


「いってぇなぁ!」


「マジか…!」


 ワタルは攻撃の手を止めず、拳を振り続ける。殴られた部分から血が流れていてもお構いなしだ。


 ―――先ほどの戦いで、ワタルは攻撃を搔い潜って攻撃を仕掛けようとしていた。だから、届く範囲なら三百六十度対応可能な尻尾の前では手も足も出なかった。だが、今は違う。

 今はただ、一歩一歩で瓦を踏み割るほど踏み込んで、攻撃を繰り出している。どんなに攻撃を受けようが、踏みとどまって拳を振るう。


「アドバイスありがとうなぁ! ―――フェル!」




               △▼△▼△▼△▼△




「―――住民の避難、ほとんど完了したぞ」


「フェル…か……?」


 ワタルが『不変』を願って少しした頃、物陰からフェルが現れ、ワタルは涙を袖で拭いながら彼女の名前を呼ぶ。


「あぁ、他に誰に見えるんだ?」


「茶化すなよ……お前、どこから聞いてた…?」


 物陰からヌっと現れたフェルだが、何時からそこにいたのかというのが疑問に残った。


「……住民の避難に少しばかり手間取ったからな、聞いていたのは…まぁ、最後の方……だけだ……」


 話し方から、大分盛っているんだろう。なんにせよ、最後の方というのならワタルの名前は聞かれていたということで……


「はぁ……捕まえるなら、せめて戦いの後にしてくれよ……?」


「捕まえるも何も、君名前が偽名なのは元から知っていたからな」


「へ?」


 フェルからの唐突の衝撃の告白に、ワタルは間抜けな声を出す。


「私の《悪を見分ける能力ディステイト・ヴィラード》は噓を見破る能力だ。君のあの時の名乗りが嘘だというのは、私にとって丸わかりだ」


 そんな呆けてるワタルに、フェルは彼女にしては珍しい少し悪戯な笑みを浮かべながらそう言う。

 だが、それならなぜあの時ワタルを捕まえなかったのだろう。そんな疑問が、ワタルに残る。


「何故あの時捕まえなかったのかと思ったろう? …君はあの時、「人に騙された」と言った。その言葉は本当だったんだろう? だから、何か事情があるのだと思って、監視もかねて君を招くことにしたんだ」


「………」


「まぁ、肝心の監視は、君と一緒にいる時間が短かったからできなかったがな。――だが、そんな短い時間でも君が善人だというのはよくわかった」


 フェルが行動の理由を説明した後、そんなことを言った。ワタルはそこまで善人のような行動をとった覚えはないが、きっとフェルの能力でワタルの行動一つ一つを見て分かったんだろう。

 ともかく、フェルの能力とエレクシアおかげでワタルは信用してもらえたわけだ。


「……俺はお前の能力に助けられたんだな」


「あぁ、確かに。でも―――、」


「?」


「――私がたとえ悪を見分ける能力この力を持っていなくても、君のことを好ましく思っていたと思うよ」


「――そうか」


「――――! 駄目ですよ、フェルさん! 私が先でしたからね!」


 フェルの言葉に、思わず笑みが零れる。それを見て、エレクシアが突然フェルに威嚇をする。

 ワタルには何故だがさっぱり分からなかったが、フェルにとってはそうでもなかったらしく、


「ふふ、分かってるよエレクシア。そういう意味じゃないよ。私と君たちは、友人だ」


「レイブウィア騎士団の騎兵隊長サマの友人になれるたぁ、裏切られた甲斐もあったってもんか」


「そうだな、私も君たちみたいな人と友人になれたことを嬉しく思うよ」


 互いに茶化すようなことを言い合う。だが、それは全て本音で、心からそう思えたことだ。


「そうだ、これからヤツを倒し、旅立って行く君に言っておきたいことがある。―――引いても進んでも同じ結末になるのなら、進め」


「――――」


 その言葉には重みがあり、フェルがその言葉を『人生』としているのが分かった。


「この言葉は、私が世界一尊敬する方の言葉でな。私はそれを…座右の銘とやらにしているんだ」


「そうか…ありがたく受け取らせてもらうぜ」


「あぁ、そうしてくれ―――




               △▼△▼△▼△▼△




「どらぁ―――!」


「マジ、か…!」


 いくら防いでも、いくら殴っても、ワタルは迫ってくる。その事実に、スコックは苦笑いをする。

 このままでは負けてしまうかもしれない。とはいえ、今下がるのは悪手だ。態勢が崩れたところを狙われてしまう。

 ならば、賭けだ。


「よぉら!」


「んなもん―――」


 すると、スコックが防御として使っていた蠍の尾を、今度はこちらに振るう。

 だがそれも、拳で殴ればいいだけの話だ。そう思い、ワタルは拳を尻尾に合わせ―――


「ぐ――!?」


 尻尾の軌道が途中で逸れ、ワタルの腹にめり込んだ。

 吹き飛びはしなかったものの、ワタルの攻撃の手が止まる。


「っし」


 その隙を見てスコックはバックステップで距離をとる。


「ふぅ――、さっきの連撃はやばかったぜ…でも、今の攻撃は効いたみたいだな」


 へたり込み、攻撃を受けた個所に手を当てるワタルを見て、スコックはそんなことを言う。

 防御もなく攻め続けているところへの強力な一撃。骨の一本や二本、確実にヒビは入っているはずだ。立ってられないほどの痛みが、あるはずだ―――


「はぁっ、はぁっ……!」


「……マジか。その重症でまだやるってか? それとも、生き返る能力があるから戦闘中に死んでも問題ないってのか? 俺からしたら二度楽しめて美味しいんだが、あまり自分の命を軽く見―――」


「――そんなんじゃ、ねぇよ」


 スコックの言葉を、ワタルは遮る。


「お前は知らないだろ、死ぬときの辛さを、喪失感を、苦痛を…俺は、そんな『死』が大っ嫌いだ。だから、戦いなんてまっぴらごめんなんだよ」


 大切な誰かの『死』が、ワタルは大っ嫌いだ。


「――――っ!」


 足にゼロを込め、ワタルは猛接近する。

 そしてその勢いのままスコックに向かって拳を伸ばす。だが、先ほどのような乱打戦がお気に召されなかったのか、スコックは後ろへ羽を使って飛ぶ。


ここなら、さっきまでみてぇな乱打戦にはならねぇ」


 そして、スコックはワタルを見下ろす。だが、ワタルは《器》から取り出した袋をスコック目掛けて投げる。


「なんだこれ……」


 向かってくる小包を、スコックは尻尾で軽く薙ぎ払う。すると、その中から白い粉が巻き上がり、視界を塞いだ。


「しまっ――」


 軽率な行動を後悔するスコックの顔すぐ隣を瓦の欠片が掠める。

 これはまずいと思ったスコックが、翼で風を起こし視界を塞ぐ白い粉を吹き飛ばす。だが、


「いない……?」


 そこにワタルの姿はない。

 ワタルを見失ったと思ったスコックの顔に、影がかかる。その影の正体を確かめようと、スコックが上を見る。


 ―――そこには、ワタルがいた。それも、先ほど投げたハズの欠片に足をかけて。


「なんだそりゃ……!」


 あれは…空中で固定されているのだろうか? おそらく、あれがワタルの隠し玉だろう。

 だが、スコックにはもっと気になることがあった。


「何で…何でそこまでして戦おうとする!」


 戦いを楽しいと思っているわけでもないというのに、ボロボロになって、苦しんでまで、どうしてそこまでするのだろうか。――楽しくないことをやるなんてことは、途轍もなく辛いはずだというのに。


「なんで…か」


 ワタルの異世界での生活が始まってから、ワタルは何もできないばっかりだった。

 

 ―――寝てる間に、無償で宿を使わせてくれた人が死んだ。ワタルは、何も理解わからなかった。


 ―――戦いの途中に、ワタルを攻撃から庇って人が死んだ。ワタルは、何も出来なかった。


 ―――呑気に飯を食べている最中、ワタルに助けを求めながら人が死んだ。ワタルは、何も知らなかった。



 でも、ワタルはエレクシアを守れた。守ることができた。だからワタルは、生きて誰かを守りたい。誰も守れないのは、自分が死ぬことよりも辛く、苦しいことだ。


「――――!」


 決死の目で石の足場を蹴ってスコックに向けて飛び、拳を握る。そして、今までとは比べ物にならないほどのスピードの攻撃を、スコックにぶつける。


 ワタルは、今まで何もできないと思っていた。だが、それをエレクシアは否定してくれた。ワタルにも守ることが出来たことを、教えてくれた。

 ワタルは、そんな人達を今度こそ守りたい。だから……だからもう、誰かを守れずに―――

 

「―――疫病神は、死にたくない!!」





『声高らかに』


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る