第一章 / 13話 『謙虚に生きたって』


「畜生…あの看守ども…」


 騎士団の牢屋の中、ウォルガンテムの頭であるガルヴァイズ・ホルテムはそう恨みを吐く。


「頭ぁ……外、どうなってんすかねぇ…」


「さぁな」


 昨日あたりから、外から人々の声が聞こえなくなったかと思えば、今日は外から破壊音のようなものが聞こえてくる。そして微かに聞こえる男二人の声…明らかにとんでもないことになってるのは事実だ。


「あいつらが言ってたのはこのことか?」


 思い出すのは、昨日のこと―――、



               △▼△▼△▼△▼△




「避難命令だ。団長がさっさとこの街から人っ子一人いない状態にしろだとさ」


「今日来たあいつの件か……じゃあ、こいつらはどうするんだ?」


 一人の看守が、ウォルガンテム一行を見ながらそう言った。


「さぁな。でも、あのお堅い団長サマだ。こいつらもつれていけって言うだろうなぁ……」


「でも、それだと不味くないか? 万が一逃げられでもしたら、俺ら厳罰食らわせられちまうぞ?」


「あー…じゃあ置いてっていいんじゃないか? こいつらは犯罪者なんだ、戦いに巻き込まれて死んだって、誰も困らないだろ」


「まぁ、それもそうだな」




               △▼△▼△▼△▼△




「ちっ……」


 当然のことだ。真っ当な人間が、馬鹿なことして捕まった人間を下に見るのは、当然のことだ。



「―――疫病神は、死にたくない!!」


 外からどこかで聞いたことのある声が聞こえると同時に、牢の壁を男が突き破って来た。


「わぁ!?」


「んだ!?」


「がぁっ…ふ……っ」


 その男が、苦しそうな声を上げる。まぁ、岩で作られている牢の壁を突き破ったんだ。痛いこと間違いない。

 さらに不思議なことに、その男には蠍のような尻尾や、鳥の羽なんかが生えていた。その姿はまるで…


「魔族みてぇだ…」


 ウォルガンテムの内の一人―――カルヴィーンがそんなことを言う。他の面々も、カルヴィーンの言葉に同感だった。


「あ”ぁっ……くっ…!」


 その時、男が苦しそうにしながらも立ち上がる。


「なる、ほどな。アレがあいつの隠し玉……おんもしれぇ。ありゃなんだ? 石が空中で静止まってた。だが、そんなもん昨日は見せてこなかった。物を固定する能力なら、あんなごちゃごちゃしてる森の中なら更に効果的だったハズだ。それなら、昨日の間に身についた能力ってのか? そうだとしたら―――」


 ブツブツブツブツブツブツと異形の男が独り言を話している。それに狂気のような何かを感じる。

 そして、ウォルガンテムの全員が、頭の中にある警鐘を鳴らせる。―――こいつはヤバい。


「―――ん?」


 十数人いるというのにまさか今まで気づいていなかったのか、男がガルヴァイズ達の方向を見る。

 そして見るや否や尻尾をくねらせ――、


「ぬぅっ!!」


 ウォルガンテムの一人に向けられた蠍の尾。それをガルヴァイズは防ぐ。

重い。たった一発で、骨が軋み悲鳴を上げている。

 今まで食らったことのないほどの衝撃を受けるガルヴァイズ。普通では受け止められない攻撃を放ったはずの男。

 二人が、互いに力量を察する。


「あぁいけないいけない。約束があったんだ。ささっと殺して戻らないと。まぁまずは――」


 男がそう言うと、もう一度尻尾の打撃を、今度は新入りのバルチックに放つ。

 ここからでは間に合わない。かといって、ガルヴァイトでないとあの攻撃は防げない。―――そう思ったとき。


「させるかぁ!」


「!?」


 飛び入ってきた見覚えのある男が、その攻撃を防いだ。


「マジか、もうバキバキだろ。その腕」


「ぅ、るせぇ…それを言ったら、お前だって……ん?」


 その見覚えのある顔が、こちらを見る。相手もガルヴァイトの顔に見覚えがあったようで、互いに記憶を辿っていく。


「「お前…」」


「…俺をとっ捕まえたやつ!」

「…俺がとっ捕まえたやつ!」


 そしてガルヴァイトとワタルは、奇跡的な再会をした。


「なんでお前がここにいる! ……あと、お前名前なんだっけ!」


「あぁ!? ウォルガンテムの頭、ガルヴァイト・ホルテムだ! あと、ここは騎士団の牢屋だ!」


「え!? やば、賠償しないとか?」


「知らねぇよ!」


 再会して早々、二人は騒がしく論争をする。


「まぁなんにせよ、さっさと逃げてくれ。戦いにくい」


「……なんであいつを庇った。俺らは、お前の敵だったはずだ」


 さっさと逃げろと告げるワタルに、ガルヴァイトはそんなことを聞く。


「単純に見えてなかっただけだよ。ま、分かってても庇ってたと思うけど」


 これが、『善人』というやつなんだろうか。

 今は力があるからいいものの、昔…ガルヴァイト達が子供のころは、それこそゴミのような扱いを受けていた。親も、食べるものもなく、廃棄所を漁る毎日。そんな薄汚い子供を、恵まれてるやつらは見下し、酷いときには憂さ晴らしに使われたりした。

 だから、そんな過酷な中で共に生きてきたこの『ウォルガンテム』のみんなは、全員が全員、互いを家族だと思っている。でも、結局は社会のゴミ。地位では最底辺の屑共だ。


 ――そんなガルヴァイト達を、ワタルは庇った。


「おいおい、楽しそうだな。俺も混ぜてくれよ」


「ヤだよ。――なぁ、ガルヴァイト。えーっと、盗賊的にはどう言うんだ…? そうそう――、貸し一だ」


「――――。はっ、そうかよ。……バルチック、立てるか?! 立てるなら走れ! お前ら、逃げるぞ!」


「「「「了解!」」」」


 そして、ウォルガンテム御一行が逃げ去っていく。


「――ほいっ」


「うぉっ、いきなり来るんじゃねぇよ!」


 姿が見えなくなったころ、ワタルが攻撃を振るう。それを、スコックは避ける。

 だが、ワタルはまた踏み込み、あの時のような乱打戦に持ち込もうとする。


「うららぁ―――っ!」


「もうその手には乗らねぇよ」


 攻撃を避け、ワタルの腹にスコックは手を当てる。そして――、


《雷掌》


「――――ッ!」


 その掌から電撃が流れ、ワタルの体を硬直させる。


「はい、隙」


 その隙にスコックは蠍の尾を向ける。

 当然、その攻撃は直撃する。だが、ワタルはうめき声の一切も上げず、手のひらを向ける。

 そこには、石があ―――


力を生み出す能力ゼロ


「なぁっ!?」


 その石が、スコック目掛けて飛んでくる。

 石が腕を少し抉りながらも避ける。だが、その避けるスコックの尾を、ワタルは抱え込む。そして―――、


「おりゃぁあ―――!」


 スコックを振り回し、とんでもないスピードで壁に打ち付けた。


「づっ」


 だが、その痛みに呻きながらもスコックは違和感を覚える。

 ―――壁が、音を出さなかったのだ。

 いくら岩の壁といっても、ぶつかれば鈍い音の一つは出る。だが、それがなかった。


「……なるほどな。理解したぜ、お前の隠し玉。―――物体の固定だな?」


 音は振動。それがなかったというのはということだ。


「まぁな、正確には物体を『不変』にする力だ」


「不変……不変、ね」


 ワタルの言葉を、スコックは含みのある反芻をする。


「『あの人達』と同じ類の能力だろうな」


「あの人達?」


「なんでもねぇよ。まぁなんだ、お前が俺に隠し玉見せたんだ。俺も――」


 笑って誤魔化したスコックが、手を向ける。


「見せようと思ってな」


 そういうと同時、スコックの手が変化し、タコのようになった触手がワタルを飲み込み、建物を破壊する。


「〰〰〰〰〰!」


 そのタコの触手の中、吸盤が体に張り付き、動くことができない。しかも、タコの手足に力がこもっていく。

 まずい、と心の中でワタルは思うが、ゼロを使っても弾力のせいか効果はない。やはり、これ系には斬撃が有効なのだろうが、ワタルのダガーはどこかへ手放してしまっていて―――、


「ぁ?」


 その時、ワタルの手に何かが当たった。とても、握り覚えのあるものだ。ワタルはそれを思い切り引く。


「これは……」


 それは、ワタルがどこかに落としてしまっていたダガーだった。

 何故、こんなところにダガーがあるのか、そんな疑問が頭によぎるが、今はそんなことを考えている場合ではない。


「そら!」


 ワタルはそのダガーを強引に振るい、タコ足を切り裂く。


「うお、マジか」


 何とか脱出をすることができたワタルを見て、スコックは驚きの声を上げる。

 だが、まだワタルは空中にいる状態だ。


「こっちには羽があるんでな」


 そう言うとスコックはタコ足を解き翼を羽ばたかせる。そして、右手を甲冑のようにして殴り掛かる。

 だが、ワタルはその腕を掴み、攻撃を阻止――


「――できたってか?」


「――――っ」


 すると、突然つかんだ腕から電流が流れてきた。

 それにより、ワタルは筋肉が硬直してしまい、スコックから放たれた追撃に肌を割かれる。

 そしてそのまま、地面に落下した。


「クソ…さっきのは…」


 最初の電撃から、違和感は感じていた。

 先ほどからの電撃、恐らく魔法の類ではない。あれは恐らく――、


「エレクシアの……?」


「ほ~、分かるもんなんだな」


 電撃の正体を言い当てたらしいワタルに、スコックが驚きの声を上げる。

 そしてそれは、肯定も含んでいるということになる。つまり、スコックの能力は……


「見た…いや、戦った魔物の力を真似する能力…?」


「あぁ、正解だ。この羽は豪隼パワルファルコスの特別個体の切風の弾丸バレッダファルコス、そんでもってさっきのは軍隊蛸アルメタコスの特別個体、島食いの怪流アライントクラーケン。そしてこの尾は――『星獣』、英雄殺しの星射手シャウラト・スラーガだ」


 スコックが、体に再現している動物の名前を言っていく。先ほどから言っている『特別個体』というのは、恐らくこの世界での『亜種』のようなものなのだろう。だが、最後の『星獣』という言葉、それには心当たりがなかった。

 さらに、スコックはその『星獣』になにか思い入れがあるようだった。


「それに、星獣っつったらシャウラって確か蠍座の星の一つだったような…?」


 星にロマンを感じたあのころの記憶を、ワタルは思い出す。


「あぁ、あいつは俺でも勝てなかった化物だ。だから俺は、こいつを理解するためにずっと具現化してる。でも、まだ一度もあいつの力を引き出すことはできてない」


  悔しそうな顔をしたスコックに、ワタルは少しむかついた。

 まさか、こいつはそんなことのために強者を追い求め、沢山の人を殺したのだろうか。

 そんなワタルの胸中などつゆ知らず、スコックは目を輝かせながら続ける。


「でも、お前なら……お前となら、こいつの力を引き出せるかもしれねぇ!」


「無理だよ」


「あ?」


 ワタルはスコックの言葉を即座に否定する。そして、陰惨で、悪役のように、目一杯口を歪ませて、笑う。


「奥の手で他の魔物の能力を使うやつが、極められるわけねーだろ。それに、どんなに力を引き出そうが、どんなにそいつを理解しようが――結局はただの、偽物だ」


「――――そうかよ」


 笑ってはいるものの、心の奥に怒りを抑えているようなスコックが、予備動作なしに急接近する。

 そして向けられる蠍の尾を、ワタルは慌てて防―――


「――――!?」


 ――げなかった。というより、間に合わなかったのだ。

 防御をすり抜けた攻撃が、ワタルの顔に直撃する。


「あ…が……」


 その衝撃でか、ワタルの歯の数本は折れ、口の中がズタズタの血だらけになる。それに、首をひねってしまったのか、ズキズキと痛い。


「――――」


 今までなら、あのタイミングで手を出せば防御は間に合ったはずだ。それは間違いない。だが、事実間に合わなかった。

 ―――恐らくこれは、ワタルもしたことのある怒りによるパワーアップみたいなものだろう。まぁ、ワタルの場合はパワーアップというよりも暴走に近いが……

 要するに、結局スコックが言った通りになってしまったわけだ。


「なぁにぼーっとしてんだよぉ!」


「ちっ」


 叫ぶと同時、スコックはまたもや接近する。そしてまた、超速の攻撃を繰り出そうとする。

 だが、それがわかっているならば怖くない。


「あ?」


 スコックの尾を、ワタルは受け止める。

 見て防御して間に合わないなら、攻撃開始と同時にギャンブル防御すればいいだけの話だ。だが――


「あめぇな」


 スコックがそう言うと、両手をワタルにピッタリ密着させ――


狩人の記憶ハンタリメンド


 そう唱えた瞬間、電撃が流れる。


「づっ」


 そして動けないワタルに、スコックが追撃を――


「―――――?」


 できなかった。攻撃が…いや、スコックの体制が崩れ、尾は空を切る。


「なん――」


「い、まぁ!」


 絶好のチャンスに、ワタルはスコックの腹に蹴りを入れる。《力を生み出す能力ゼロ》を込めた強力な一撃に、スコックは後退する。

 そして痛みで歪ませた顔で、ワタルを見る。その姿は、口から血を垂れ流し、擦り傷、裂傷が体中に刻まれ、肌の一部が焼け焦げた、まさに「ズタボロ」という言葉が一番似合うものだった。


「……なんで、そこまで戦える」


「さっきも言ったじゃねぇか、死にたくないって」


「違う。そうじゃない。今のお前の体、もうボロボロじゃねぇか。いくらマジで死にたくないと思っていても、それはもう精神論の域をとうに越してる」


 そんなスコックの目は、まるで人間ではないものを見るようだった。


「知らねぇよ。でも、できてんだ。しょうがねぇ」


「違う。違うんだ。物語の主人公は、仲間のためにと言ってそんな風に立ち上がるかもしれない。だが、お前の場合は違う。――お前、人間じゃないんじゃないか?」


 その言葉に、ワタルはゾッとした。今までも、確かにそんな風に思うところはあった。だが、そんなわけないと軽く流していた。でも、そんな風に他人から―――


「いや」


 ―――やめよう。これを考えるのは後だ。絶対、後じゃないと駄目だ。

 今は、スコック討伐に専念するべきだ。


「ふー……」


「……後回しか。まぁ、それが最善だわな」


 ワタルの行動に、スコックはそう呟く。


「でも、どうするか…」


 離れたら接近、近づいても相手のテリトリー。しかも、それだけじゃなく電撃での攻撃&拘束ときたものだ。


「なんかないのかよ……」


 なにか…なんでもいい。スコックの虚を突くことができ、有効打、もしくは有効打への繋ぎになる。そんな都合のいい物―――


「ぁ」


 その時、ワタルは《器》の中の、勝利への鍵の存在を、思い出した。



               △▼△▼△▼△▼△



 同刻、カイズラの森にて、エレクシアの爪がレオーヌを掠めた。


「あたっ…た!」


「あら」


 当たったと言ってもほんの僅かな傷をつけただけだが、それでも今まで当たらなかったのと比べれば確実な成長だ。


「すこーし、音楽を理解してきたようね」


「えぇ」


 見様見真似でおぼつかないが、今までよりは確実に戦えるようになったはずだ。


「それじゃあ、ステェップトゥー…テンプォをゥアップしてきましょうか」


「???」


 何を言っているのかさっぱりだが、レオーヌの目つきが変わる。恐らく、段階を一つ上げるみたいな感じの言葉なんだろう。

 なんとなくレオーヌの言葉を察したエレクシアは、警戒の体制をとる。


壊音通りたるフォルテイト・ディスラクショッツ


 そう唱えた瞬間、エレクシアは右に跳ぶ。すると、さっきまでエレクシアがいた場所に、爆音と共にヒビが入る。

 だが、


「――――っ」


 避けるのが少々遅かったのか、右足が少し痛む。だが、この程度なんら問題はない。


「はあぁ―――ッ!」


「あらら」


 エレクシアが電撃の速さで放った攻撃、それがまたもやレオーヌを捉える。それでもまだ、完全に当てることはできない。

 そんなエレクシアを見て、レオーヌは口を開く。


「お嬢さん、貴女…私の動きを真似てるのね?」


「えぇ…そうですが…」


「あぁんダメダメェ! 言ったでしょう? オリズィナリティが必要だって」


「んー…」


 レオーヌの言葉、エレクシアは良くわからない。だが、話の内容からして『おりずぃなりてぃ』とは独創的…? のような言葉なのだろうか。それなら、今までの話にも納得がいく。

 ……気がする。


「じゃあ今度はオリズィナリティに行ってみましょうか」


「そんなこと言われましても……」


「あら? じゃあ私がアドヴァイスをしてあげるわ」


「……助言をですか?」


 ……。何だか理解できるようになってきている。まぁ困ることはないからいいのだが……ともかく、エレクシアはレオーヌの言葉に耳を傾ける。


「いぃい? 音楽を取り入れた戦いオリズィナリティは……自分を使うことよ。心掛けだとかね」


 つまり、エレクシアの場合は雷獅子やめいどの精神を使うということだろうか。

 それなら、いくらでも想像できる。


「んふふ、なにか見つけたようね」


「えぇ、もう今までとは違いましてよ」




               △▼△▼△▼△▼△




重く圧し掛かる責任グラーク・アクセンタル


 上から降ってくる轟音を、エレクシアはスっと避ける。

 その所作は、穏やかだが速く、完璧に避け切った。


「喰らってくださいまし!」


「あら」


 そして放たれる電撃の爪、それが今度はレオーヌの二の腕の肌を割いた。


「やるじゃない。《無邪気な残酷テノティズ・スケルツァード》」


 レオーヌが放つ音撃を、エレクシアはまたもヒラリと避ける。だが、今度は何か様子が違う。


「なるほどですわね」


 恐らく、避けたはずの音が追尾してきている。見えるわけではない。何故だか、それを感じられる。


「それなら――」


 エレクシアは電撃を圧縮させ、追尾する音に向けて放つ。それにより、音の玉は相殺された。

 一方レオーヌはというと、その出来事に涙を流していた。しかしそれは、防がれたことに対する悲しみではなく――、


「あぁ…素晴らしいわ。パァフェクツよ! たった短時間でここまで音楽を理解できるなんて……私、感激したわ」


「それは…どうもですわ」


「いいのよ、お礼なんか。むしろお礼したいのは私の方。だって――」


 その時、エレクシアは全身に悪寒を感じる。


「―――真の音楽と音楽のぶつかり合い。それを感じられるんだもの」


 そう言って、不気味に笑うレオーヌは、持っていたばいおりんを地面に落とす。そして―――、


「私、今とっても嬉しいのよ」


「――――!?」


 気が付くと、レオーヌはエレクシアの手を掴んでいた。

 一体いつの間に? 瞬間移動? そんな疑問が頭をよぎるも、今は手を離させるほうが先と、エレクシアは電気を―――、


活発な悪戯ラルゴー・コン・ブリオット


「が……っ!」


 エレクシアが電気を流すよりも早く、体に爆音が流れる。それが体の中を右往左往し、内側から体を破壊させた。


「はぁーッ、はぁーッ」


「あらら、一発しか耐えれなかったかしら」


 全身が痛い。骨が軋む。内臓が悲鳴を上げている。耳がキンキンとうるさい。痛い。痛い。痛い。

 死が、迫っているのを感じる。「楽になろう」と、語りかけてくる。


「ここ…まで……」


 ここまで、手加減していたのか。ここまで、差は大きかったのか。…いや、実力差は、わかっていたはずだ。ワタルが戦って、ワタルを打ちのめしてきた組織、『無双の神判』。その組織の一つの隊の副隊長。強くないはずがない。

 それに、音楽を知ったことも、意味はなかったのだ。レオーヌ風に言うのなら、相手のすてぇじに今上がったとて、そこでずっと勝利してきた者に勝てるはずがなかったのだ。

 そう、勝てるはずが、なかったのだ。


「………」


 すべてを諦めたように、エレクシアは腕の力を抜く。


「……お嬢さん? それは、戦意喪失と見ていいかしら」


「―――――」


 レオーヌの問いかけに、エレクシアからの返事はない。きっと、さっきの攻撃で耳に異常をきたしたんだろう。


「残念ね、もっと楽しめると思ったのに」


 そう言うと、レオーヌは左手をエレクシアに向ける。そしてその左手に音を溜める。そして、放――


「―――――」


 その時、エレクシアの手が動くと同時に、レオーヌの左手が飛び、地面を転がる。


「なっ……!」


 それに驚くレオーヌに、エレクシアはさらに追撃の電撃を放つ。


「づ……」


 筋肉が硬直したレオーヌへ、今度は蹴りを与える。


「はぁーッ、はぁーッ」


「お嬢さん…その動き…」


 エレクシアは、荒々しく呼吸をしている。その目は、捕食者のようにレオーヌを睨みつけている。


 音楽を交えた戦闘を学ぶのに、意味なんてなかった。だって、それはレオーヌのすてぇじだからだ。相手のすてぇじで戦うなんて、不利しか被らない。

 だが、そのすてぇじに乗らなくとも、相手はそのすてぇじの上から有利に立ち回る。なら、どうすればいいのか。


「ぶっ壊して、やりますわ。そして、貴方に主導権を握らせない」


 そう。破壊してしまえばよかったんだ。有利を壊し、自分のすてぇじ……いや、エレクシアにすてぇじなんてない。エレクシアにあるのは、駆ける地面のみ。ならば、そこに引きずり下ろす。

 エレクシアは、獣。相手の有利など認めない、血飢えた獣。自分の独壇場でしか、戦わない。そんな、『傲慢』な獣。


「さぁ、はじめましょう。―――今度は、わたくしの番ですの!」




 ――――それが、エレクシアが掴んだ覚醒だった。





『謙虚に生きたって』


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



部下なにしてんだ?




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