第一章 / 14話 『理解し難き』

「主導権…なるほどね。私のステェズィを完全に破壊するつもりでいるのね」


 切り飛ばされた左腕を抑えながら、レオーヌはエレクシアの作戦を言い当てる。


「えぇ、そうですわ」


 それを、エレクシアはあっさり肯定する。―――だって、当てたところで意味はないのだから。

 でも、まだレオーヌのすてぇじは終わっていない。エレクシアにとどめを刺そうとした時、レオーヌは手に音を溜めていたように感じた。その前にエレクシアの体内を破壊したあの攻撃も、レオーヌは手にばいおりんを持っていなかった。

 恐らく、レオーヌの能力は『音』関係であり、『音楽』は関係がない。ただ、音楽に利用しているだけなハズだ。そう考えるなら、レオーヌの能力は『音を貯蔵する能力』か『音を増幅させる能力』のようなものだろう。まぁ、どちらにせよ――


「潰してしまえば問題ないですわね」


 そしてそれを実行するには、まず―――


「喉、ですわね」


「―――――っ」


 予備動作を一切見せず、エレクシアがレオーヌに接近する。だが、レオーヌがエレクシアを追い詰めた時と同じように、後ろへ瞬間移動…いや、レオーヌの能力から察するに、音に乗ってでもいるのだろう。だが、それは恐らく能力の一端ではない音楽を使った攻撃と同じで、魔力か何かを使っての応用に近いだろう。

 そしてレオーヌが移動した先には、先ほど手放したばいおりんがあり、それをレオーヌは拾い上げる。


「これで少しは―――」


「迎撃できる。ですか?」


 そんな声が、レオーヌの懐で聞こえる。そこには、エレクシアがいた。そして―――


「はぁっ!」


 爪を使ってばいおりんを破壊する。


「言ったはずですわ。―――貴方に、主導権は握らせないと」


 そして流れるように蹴りを繰り出し、それがレオーヌの喉に直撃する。しかし、それだけではない。エレクシアが電撃を流し、喉を破壊する。


「が…あ”……」


 焼かれた喉を抑え、レオーヌは血を吐く。これでもう、まともに声はだせないだろう。


「ぐ……う”ぅ……」


 声が、出ない。いや、出ないわけではない。ただ、喉に激痛が走る。エレクシアの動きも、音楽的な戦いをやめたからといって先ほどまでの『理想的』な動きとは打って変わって、速さに身を任せた理想もクソもない特攻。だが、実際にそれをレオーヌは予測できていない。―――なら、ここで潔く負けようというのか?


「い”や…」


 そんなこと、レオーヌが尊敬する彼―――スコックはしないだろう。なら、どうするのか。どうしようというのか。


「これで、とどめですわ!」


 動きを止めているレオーヌに、エレクシアが最後の一撃を与えようとする。―――その時だった。

 突然レオーヌが手を広げ、叫ぶ。


一人だけ”では表現でぎない”ごの気持ぢエキサイツ・テリング・オゥケストラ


 しゃがれた詠唱と共にレオーヌの周りに様々な何かが浮かぶ。その中にばいおりんがあることから、それらが楽器であることは考察できた。だが、いくら楽器があろうが、それを繰り出す前に倒してしまえばいいだけの話。

 そう思ったエレクシアが爪でレオーヌを―――


「なっ……!?」


 その爪が、空気中で弾かれる。それと同時に、エレクシアの手に少しの振動が伝わる。

 このことから、エレクシアの爪を弾いたのは音であることがわかった。そのことに、エレクシアは違和感を覚える。―――何故、エレクシアは音の攻撃を察知できなかったのか。


「――――!」


 その答えに気付いたエレクシアが一歩下がり、耳に触れる。

 ―――耳が、聞えない。


 今まで敵に集中していたからか、いつの間にか鼓膜をやられていたようだ。それを知覚した途端、耳が痛み始める。

 一体いつやられた? レオーヌのしゃがれた詠唱は聞こえていた。ならば恐らく、破られたのはあの楽器が浮かび始めたあたりだろう。なんにせよ、音を使う敵にその音が聞こえないのはなかなかに致命的だ。しかも、敵は予測動作なしに遠距離攻撃を放てるときた。状態としてはかなり厳しい。


「でも、状況はおあいこってところですわ…ね!」


 相手だって、相当な手負いだ。それに、今のエレクシアは途轍もなく冴えてる。実際にそのエレクシアを、先ほどレオーヌは捉えることができていなかった。ならば、勝機はあるはずだ。


「――――」


 エレクシアはそう思い、無言のレオーヌへ突進する。


「戦闘は…音楽」


 その時、レオーヌが何かを口にしながらいつの間にか手に持っていた棒を振る。それを攻撃の予兆だと悟ったエレクシアは、さらに速度を上げる。

 これなら、殺れる。

 エレクシアは勝利を確信する。その勝利の確信は、間違ったことではない。先ほどまでレオーヌを押していたのだ、このまま行けるに決まっている。だが、


「かはっ……!」


「戦場は…ステェァズィ」


  突っ込んで行くエレクシアに、幾重もの音の衝撃が押し寄せる。この攻撃は、まずレオーヌのもので間違いはない。だが、それにしては先ほどよりも重く、芯に響き渡る。

 ――――エレクシアには、一つの誤算があった。


「あなたが私のステェァズィを壊そうというのなら、私はすぐさま作り直してあげる。―――私は、負けないわ」



 ―――――『覚醒』という現象は、誰にでも平等に降りかかるものである。



               △▼△▼△▼△▼△



「これを使えば、あいつに勝てるかもしれねぇ…」


 最初の世界からついていた能力の《器》、それは生物を除くあらゆる物を収納できるというもの。いわゆるアイテムボックスだ。ワタルは道中、使えそうなものなんかがあればちょくちょく収納しているが、その中にスコックを倒せるかもしれない物があったのを見つけたのだ。


「…なにブツクサ言ってんだ?」


「言うわけないだろ」


 その口ぶりからして、恐らく何か糸口でも見つけたのだろうか。ならば、速戦即決が望ましいが……


「さっきのあの現象…」


 リベルドへ追撃を放とうとしたあの時、スコックの尾は確実にリベルドの頭を捉えていたはずだ。だというのに、気づけばスコックの体制が崩れていた。この現象、考えられる原因は二つ。

 一つはリベルドがまだなんらかの能力を隠している。もう一つは―――、見えない第三の敵がスコックを押した。


 一つ目は恐らく違う。相手の体制を崩す能力なんてものを持っているというのなら、当然それを使うハズだ。ただ、もう一つの説にも不可解な点がある。

 何故、スコックは自分の体制が崩れていることを気付くのが遅れたのか、という点だ。


「あの時、俺は視覚で気付いた」


 そう、スコックはあの時自分の体制が崩れていることを、攻撃を外し、視界が傾いたことで気付いた。つまるところ、スコックは押されたことを知覚できなかったのだ。


「押すってんなら、空気かなんかを風魔法で操作したとかか?」


 気付かれない程度の遠距離から精密な風魔法を使う術師……それなら、昨日いたこの街の騎兵隊長の力という説が有力か。それなら幾分か納得がいく。まぁ、そうであろうとなかろうと―――、


「そいつを一刻も早く見つけだす」


 倒そうとして邪魔をされるのなら、先に邪魔をしてくる奴を殺せばいい。

 だが、気付くことができないほどに離れている敵だ。見つけるには移動が必要になる。あまり移動に体力を使いたくはない。だから、マズドメントクスを呼ぶことにするとしよう。それなら、移動するための体力も少しは節約できるし、見えない相手にはマズドメントクスの音が効果的だ。

 そして当然、リベルドはそれを阻止しようとするだろう。できるだけ自然に、気付いていないように立ち振る舞い、場所を移す―――


「―――どこに行こうってんだ?」


「いや? ただ、場所変えようと思ってな。なんだ? まさか俺が尻尾巻いて逃げようとでも思ってんのか? なワケねぇだろ。ついて来いよ」


「……あぁ」


 その時、スコックは翼をはためかせ、空へ―――


「―――逃げるワケはねぇと思うぜ俺も。でも、行かせねぇよ」


「――――ハッ」


 飛ぼうとするスコックの足を掴んだワタルが、睨みつける。

 口振りからもう一人いるのは確実。だが、どうやらどうやっても行かせてはくれなさそうだ。


「まぁ、そうだな―――」


 どの道、どちらも殺すことになるだろうし、まぁ――――


「――先にお前殺したらいっか」


「――――っ」


 スコックが狂気的な笑顔を浮かべ、蠍の尾を向ける。

 それをワタルは持っていたスコックを投げることで躱した。そして、ワタルとスコックの合間に距離ができる。


「………」


 何だかんだ長く戦ったからか、対応はスムーズにできている。だが、いまだ攻め切ることはできてない。


「どうにかして、『これ』を使う機会を作らないとな…」


 『これ』を使うには、まずエレクシアがいるとやりやすくなる。だから早くエレクシアに来てほしいが、来ないということは何か理由があるということだ。

 あの時のスコックの「殺した」という言葉。それが嘘であることは間違いないとして、それでは何故ここに来ないのか、考えられる原因は……


「―――敵?」


 スコックは確か第五十七番隊隊長と言っていた。隊長がいるということは、当然隊員もいるはずだ。恐らく、そいつらに足止めをされているんだろう。エレクシアのことだ、多少苦戦はするものの、勝つことはできるはずだ。


「それなら、ここで俺が耐え忍べば……勝てる」


 そんな悠長なことを考えていると―――


狩人の記憶ハンタリメンド―――》


 スコックが、そう呟いた。それは、彼の能力の詠唱。どうやら、スコックはワタルに耐え忍ばせる気など無いようだ。


「―――《其の七セブンズ豪鋼の壊拳ディスタイトコング》、《其の六シックス切風の弾丸バレッダファルコス》、《其の五フィフス踏震の岩甲キャッスドタートル》、《其の四フォース島食いの怪流アライントクラーケン》、《其の三サーヅ潜撃の追耳ストーカンドウィルフィン》、《其の二セカンズ脱殺の刃脚ブレーディヅラビフット》――――《其の一ファースト英雄殺しの星射手シャウラド・スラーガ》」


 鋼鉄の拳、茶色の羽、背中から生えた六本の蛸足とそれを斑に包んだ硬い甲羅、獣のような耳、鋭利な刃のついた足、そして、黒く光る蠍の尾。それは、スコックが放った魔物の特徴だろう。スコックはそれを再現したのだ。


「てんこ盛りじゃねぇか…!」


 これでは、たとえ策を実行したとしても防がれてしまうかもしれない。

 そうとなれば―――、


「そこを潰す…ってか?」


「―――っ」


 ワタルの胸中を言い当てた瞬間、スコックは翼をはためかせて突進しながら、刃を生やした脚を振るう。


「こん…のぉっ」


「クッハハ、まだまだあるぜ」


 その脚をダガーで受け止めたワタルに、スコックは複数の蛸足を向ける。


「うあっぶ!」


 それをバックステップで避けるが、スコックは距離を縮める。


「クソ!」


 そんなスコックに、ワタルはダガーで斬りかかる。

 だが、その攻撃はいとも簡単に受けられてしまう。


「らぁっ!」


 間髪入れずに蹴りを放つが、それは翼で後ろへ飛ぶ。

 …やはり、あの翼が厄介だ。避けるも攻めるも自由にされてしまう。そして蛸足、あれも単純に手数が多い。


「やっぱ、潰すしかないか…!」


 だが、そう簡単にはさせてくれないだろう。

 それなら、攻略の糸口になりそうなのは、スコックがワタルの頭を捉えかけたにも関わらず、体制を崩して現象だ。

 あの時、ワタルはなにもしていない。スコックの疲労から来たものという可能性も無きにしろあらずだが、恐らくそれも違うだろう。

 それなら、可能性があるとすれば他の人からの援助だろうか。だが、それはそれで「一体誰が?」という疑問が浮かぶ。ワタルを手助けするほどの関係を持った人物といえば、思い浮かぶのはエレクシアかフェルくらいだ。

 エレクシアは確実に違うだろうし、フェルに至っても彼女は手助けするために一人ここに残るということはしないだろう。


「そういや蛸足に掴まれた時に手元に現れたダガー…あれも俺を手助けするために?」


 それも考慮すると、選択肢としてはそれしか思い浮かばない。全く知らない人物が助けてくれたというのは考え難いが、事実としてそれが起こっている。


「結局、賭けか」


「お前ぶつくさ言うの好きだなぁ!」


 人任せ、というのは今までもやってきた。

 いるかもわからない知らない人物に賭けるというのは初めてだが、するしかないのなら仕方がない。


「どなたか! お願いしまぁぁす!」


「―――は?」


 ワタルは大声を上げ、情けのないことを口にする。人任せの懇願、それをワタルは恥ずかしげもなく叫ぶ。それにスコックは呆けた声を出す。だが―――、


「――――――」


 ―――その言葉は、確実に『その人』に届いていた。



               △▼△▼△▼△▼△



「ほーらよっ!」


「づっ」


 拳を腹に直接受け、ワタルは顔を歪める。


力を生み出す能力ゼロッ!》


 《器》から石を取り出し、それを飛ばす。だが、そんなものは蛸足に簡単に防がれてしまう。

 それをスコックは距離を取って避ける。


「………」


 リベルドの奴、確実に翼を狙ってきているな…それにさっきのリベルドの叫び、あれは協力者がいるという仮説を裏付けるものとなった。

 だが、それにはおかしな点もある。―――リベルドとスコックの他に、足音も何も聞こえない。


 スコックが再現した魔物、潜撃の追耳ストーカンドウィルフィン。この魔物はとても執念深く、一度狙った獲物が弱るまで執拗に追いかけ、遠くから見守る。何時間でも、何日でも、何か月でも、見守り続ける。撃退しようとしても逃げ、ひたすらに見守り続ける。まるでその行為を楽しんでいるかのような……そんな魔物だ。そしてそれを可能にしているのは、その耳である。

 潜撃の追耳ストーカンドウィルフィンの耳は二キロメートルまでの音を拾うことができるほどの耳で、獲物を確実に逃さない。スコックの能力となって範囲は一キロメートルまでに縮んでしまっているが、聞き取り性能は変わらず健在だ。

 そしてそんな耳ですら、なにも察知できていない。


「一キロ以上離れた場所からの高度な魔法の操作…そんな人材いたらこんな街にいないわな」


 だとするなら、先ほどのリベルドの叫びはハッタリということだろうか?

 そうこう考えていると――スコックの視界に、青空が映る。


「ぁ」


 リベルドの放った《力を生み出す能力ゼロ》を付与された石が、スコックの翼を貫いた。


「〰〰〰〰っ。またっ…!」


「っらぁ!」


 混乱しているスコックにワタルは飛び掛かり、蛸足を二本ほど斬り飛ばした。


「再生は……なさそうだな」


 再現した魔物の部位だから再生する可能性も考えたが、どうやらそれは無いらしい。まぁ無いに越したことは無い。そして――――


「今!!」


 ワタルはここぞとばかりにスコックの腕を握り《力を生み出す能力ゼロ》を込め、レイブウィアの入り口方面へ投げる。

 そこに、エレクシアがいることを願って―――、



               △▼△▼△▼△▼△



「ぐ…ぅ…」


 耳が、痛い。頭もビキビキの痛む。全身の骨が悲鳴を上げている。

 その痛みに唸るも、エレクシアの耳はそれを聞くことができない。耳鳴りが、世界からの音を遮っている。


「弱音を、言ってる場合ですか…!」


 本来はこんなところで油を売っている場合ではない。一刻も早く、ワタルのもとへ向かわなくてはいけないのだ。


「さ…ぁ”…終わらせましょう”」


 何を言っているのかわからないが、手に持った棒を振り上げたことから、攻撃をしてこうとしていることはわかる。


「ア、ア”アアァア”―――ッ!」


 痛む体を無理やり動かし、雄たけびを上げながら手の鉤爪で斬りかかる。

 だが、その攻撃が届く寸前、レオーヌが棒を振る。


終幕はいつも突然にフィナァレ・コン・マニアド


 周り浮かぶいくつもの楽器から爆音が放たれ、それぞれがエレクシアの体を貫く。


「か……ぁ……」


 全身の骨を砕かれ、内蔵を震わされ、脳震盪を起こし、エレクシアは倒れる。そして―――


  勝利を確信し、確定したレオーヌの耳が、不可解な音を捉える。それは、音撃がエレクシアを貫いた時に聞こえた何かが、それも硝子や陶器のようなものが割れる音だ。


「―――これは…」


 エレクシアが倒れた地面が、液体で濡れている。

 この液体の正体を確かめよりも早く、倒れたはずのエレクシアが、今度は右手を切り飛ばす。


「―――っ」


終幕ふぃなーれは、貴方ですわ」


 エレクシアがそう言うと同時、鉤爪がレオーヌの心臓を貫いた。

 ごぷりと血を吐き、胸を抑えながらレオーヌは膝をつく。


「なん…でっ…」


 あれほどの…倒れるほどの重症だったはずだ。骨は砕け、脳震盪を起こしていたはずだ。なのに何故、平然と立ち上がることができたのだろうか。


「ぁ」


 あの液体…まさか上級回復薬? それが、レオーヌの音撃によって割れ、エレクシアを回復したのだろうか。


 ―――本来、回復薬等の小瓶は破壊しにくいように頑丈に作られており、レオーヌの通常の攻撃程度では破壊することはできない。

 だが、レオーヌの覚醒によって強く、数も増えた音撃がによって、瓶を破壊してしまったのだ。要するに、レオーヌが覚醒してしまったことによって、エレクシアに勝利のきっかけを与えてしまったのだ。

 なんともまぁ、皮肉な話である。だが――、


「ふふ、最後の最…後に”…お譲さんと戦え”て…よか…った…わ」


「……」


 エレクシアを襲った強敵、『無双の神判』第二十八番隊副隊長マズドメントクス・レオーヌは、恐らく数えきれないほどの命を奪ったであろう音楽狂人は、笑いながら死んだ。


 複雑な心境のエレクシアの頭に、一つの声が響く。


『―――クシア! エレクシア!』


『――! ワタル様!』


 てれぱしぃとやらでエレクシアを呼ぶ声、それにすぐさま返す。

 声の様子から、より緊迫した状態なのだろう。そして距離制限によって今まで音信不通だったことを考えると、より近くまで接近している状態なのだろう。場所でいうならば恐らく


『エレクシアぁ! 来ぉい!』


『招致ですわ!』


 ワタルの命令を受諾し、エレクシアは森の外へと電撃を纏って走る――――



                △▼△▼△▼△▼△



 数秒前――――、


「うおおおおおおおおおお!?」


 空で体を回転させながら、スコックは飛んでいく。

 この方面…森側へ投げたか…恐らく合流するのが狙いだろう。だが、あっちはマズドメントクスに任せている。そしてさっき少し聞こえた音楽。きっとそれで敵を葬ってくれただろう。


「このために翼を破壊したのか…!」


「そうだ…よっ!」


 追いついてきたリベルドが、スコックの体を蹴り、打ち落とす。


「がっ、はっ」


 地面を転がるも、なんとかスコックは着地する。それに続き、リベルドもスコックのすぐそばに着地した。と思った次の瞬間―――、


「おらぁっ!」


「なっ!? いきなりかよ!?」


 こちらへ向けられる拳を避け、刃脚で反撃をしようとする。だが、しゃがまれて避けられてしまう。


「うおらぁ!」


 突然リベルドが跳びあがり、頭が鳩尾に直撃する。


「づぁっ」


 鳩尾を抑え、スコックは悶える。そんなスコックに、リベルドは間髪入れず追撃を放つが、後ろへ高く跳び、それを避け―――


「来た」


 ワタルは、これを待っていた。逃げようのない空中に、翼のないスコックが逃げるのを。


「当たれぇぇ―――っ!」


「!?」


 リベルドが振りかぶり、複数の何かを投げる。「この期に及んで投擲?」そんな疑問が頭をよぎるが、その投げられた物体を見て、スコックは察する。


「マジか…っ」


 赤く、半透明な石ころ。その特徴の鉱石は、一つしかない。――――爆魔石だ。



               △▼△▼△▼△▼△



 それは、ワタルが魔鉱石を取りに洞窟に潜った時のことだ。


「ん? これって………」


 魔鉄の鉱脈の中に紛れて、赤く輝く鉱脈がワタルの目に留まる。そして、ワタルにはその鉱石に見覚えがあった。


「――――爆魔石?」


 前世でゴブリンが使ってきた鉱石で、その特徴は、少しの刺激で爆発を起こす危険物質―――


「いや、考えすぎか」


 いくら見た目が似ていたといっても、あの世界とこの世界は違う。同じ鉱石が別の世界に存在しているとは考えにくい―――


「………」



               △▼△▼△▼△▼△





「ん? あーそうだな…ちょっとエレクシア達先に行ってくれないか? 後で追いつく」


「? わかりました」


 エレクシアとフェルを先に行かせ、ワタルはデリバンに向き合う。


「なぁオッサン、見てほしいもんがあるんだが…」


「ん? どうしたぁ!? 見せてみろ!」


 要件を言い、ワタルは《器》から慎重に爆魔石(仮)を取り出す。


「うお!? おまっ、こんなあぶねぇもんをどこで手に入れやがった!?」


「えっと、あの洞窟で…」


 それを見た途端、デリバンは驚きの声を上げる。この驚きようはやはり――


「まさかあの洞窟に爆魔石があるとはな…それで、どうやって取り出したんだよ! 少しの刺激で爆発しちまうんだぞ!」


「それなら少し落ち着け! …これは傷つけないように周りの岩ごと持ってきたんだよ」


 《変幻自在の影カゲロウ》を使ってなんとか取り出したが、一歩間違えたら即爆発なものだから、岩を削っているときはヒヤヒヤした。

 ただ、これでこの鉱脈が爆魔石であることが確定した。それなら―――、


「…なぁ、これを上手いこと石ころサイズにできないか?」


「んー…そりゃ難しい仕事内容だな…」


 ワタルがそう頼むと、デリバンがそんなことを言いながらこちらをチラチラと見ている。

 要はそういうことだろう。


「はぁ……金なら出す」


「よし来た!!」


 その言葉を聞くと、デリバンはニカッと笑顔を浮かべる。どうやら、彼は商売も上手いらしい。


「さ、それじゃあこいつを奥に運んでくれ」


「あぁ、わかったよ」


 デリバンに頼まれたとおりにワタルは鉱脈を《器》に入れ、奥の作業場に移動させる。


「おらよ」


「…お前のそれ、便利だなぁ! どうだ? 俺のところで働かねぇか?」


「遠慮しとくよ」


 デリバンの提案をワタルはやんわりと断る。

 キトウ・ワタルが働いているということがバレたら、デリバンにも迷惑がかかってしまうだろうしな。


「じゃあ頼む」


「おうよ!」


 デリバンの元気な返事を聞き、ワタルはどんな匠の技が見れるのかを楽しみに―――


「そーら…」


「ん?」


 デリバンがしようとしていることに、ワタルは目を丸くする。何故なら、デリバンは金槌を振り上げていたからだ。まさかそれで叩くなんてことはないよな…? そう思ったのも束の間。


「…よいしょっ!」


「うわー!? 何やってんだよ!?!?」


 上げた金槌を振り下ろし、爆魔石にそれが直撃する。

 その瞬間、辺りは灼熱に包まれ……


「あれ?」


 なかった。それどころか、爆魔石は何事もなく砕け散ったのだ。


「爆発すると思ったか? これは俺のジョブでな、《合砕クラッシス》っつって、『砕く』ってことができるもんなら、叩けば砕けるんだ」


「こいつ…」


 難しい仕事内容だのなんだのほざいていたが、実際はどうってことないではないか。


「まぁまぁ落ち着け。……二言は禁止だぜ?」


「ちっ、わかったよ」


 まんまと策略にはまってしまったのは気に入らないが、便利に使える奥の手ができたと考えるなら良しとしよう。まぁ――、


「――使わないのが一番なんだけどな」



               △▼△▼△▼△▼△



 現在―――、


「マジか…っ」


 赤く輝く鉱石――爆魔石を前に、スコックは四本の蛸足を防御に回し、蠍の尾で爆魔石を弾こうとすると同時、ワタルの怒号が響き渡る。


「エレクシアぁ―――ッ! やれぇ―――ッ!」


 それに答えるように、スコックの尾が爆魔石を弾くよりも早く、スコックの蛸足を細切れにしながら電撃が目の前を走った。


「―――っ」


 次の瞬間、目の前が真っ赤な紅蓮の炎に染まり、無防備なスコックを巻き込む。


「ぐ…っ」


 皮膚は焼け爛れ、ボロボロになったスコックが吹き飛ぶ。


「ま…だ……」


 ぼろぼろだが、生きている。あの魔物が来たということは、マズドメントクスはもう死んでしまったのだろう。それなら、一度退いて体制を整えよう。幸い、目の前は先ほどの爆発による煙で煙幕のようになって―――


「逃がすかよ」


 空中で思案するスコックの目前にある煙、それをかき分けてリベルドが飛び込んで来た。


「――――」


「――――」


 目と鼻と先には、スコックがいる。ワタルを苦しめてきた組織、『無双の神判』の部隊の一つの隊長がいる。

 そして、今から放つ一撃が、スコックを完全に倒す一撃となる。


力を生み出す能力ゼロ


 腕を引き、拳を固く握りしめ、渾身の力を込めた上で、ワタルはそう唱える。ただし、その《力を生み出す能力ゼロ》を込めた一撃は、今までのものとは違う。

 今までの《力生み出す能力ゼロ》は、拳が触れると同時に、殴る向きと同じ方向に力を放出していた。だが、今回の《力生み出す能力ゼロ》はそれらとは違い、ロケットの噴射のように肘がから力を放出するイメージで―――、


「――――がっ」


 豪速で放たれた一撃が、スコックの腹部を殴打し、地面へと叩きつける。そして地面を転がり、転がり、転がり、転がり、偶々あった岩に激突し、止まる。


「―――――」


 誰が見ても、それはワタルの勝利なのは間違いなかった。


「勝った…のか…?」


 あのスコックに勝てたことの実感が、まだ沸かない。それも当然だ、『無双の神判』はワタルが敗北し続けていた組織で、散々ワタルを打ちのめしてきたのだ。信じられないのも無理はない。


「ワタル様…!」


「勝ったんだよな、俺…」


「えぇ。ワタル様は、見事に街を守り切りました」


 涙を溢れさせながらエレクシアが告げた事実に、ワタルもつられて涙がこみ上げる。―――だが、それはまた後でだ。


「ワタル様…?」


 ワタルは重く痛む体を動かし、転がっていったスコックのもとへ行く。強く殴りはしたが、恐らく死んではいないハズだ。生きているのなら、『無双の神判』の情報を聞き出せるかもしれない。

 そして岩にもたれかかった形のスコックに、ワタルは声をかける。


「おい、起きてんだろ」


「いや…だ…死にたく…ない…」


「―――は?」


 ワタルの呼びかけに返された命乞いに、ワタルは青筋が浮かんだ。

 こいつは、何を言っているんだ? 今まで人の命を山ほど奪ってきたというのに、今更命乞い? 戦闘が楽しいだのなんだの言っていた癖に、いざ自分が死ぬとなったら「死にたくない」?


「お前は…っ!」


 そんなクソみたいな命乞いに、ワタルは拳を握りしめる。だが、次にスコックが放った言葉に、ワタルの怒りは困惑へと変わる。


「殺して…くれ…」


「え?」


 死にたくない。だから殺してくれ。これほどまでに矛盾した言葉があるのだろうか。スコックの言葉の意図を理解できず、ワタルは困惑する。しかし、その答えはすぐに分かった。


『――――本体ノ血液ノ急激ナ減少ヲ確認。戦闘ニヨリ重症ヲ負ッタト判断。情報流失阻止ノタメ、安全装置ヲ解除。強制的ニ制限開放リミット・ディシュタル・ブレイクシマス』


 突然聞こえたその声は、スコックの首にはめられた首輪からのものだろう。そしてその首輪は、ベルガルトと供にワタルを襲った、あの『793』が着けていたもの一致していた。


「それは……」


「あ…ぁ…嫌だ…嫌だ…嫌だぁア……ァ……ッ!」


 ワタルがそれについて追求しようとすると、突然スコックが拒絶の声を上げると同時に、体が変形していく。

 腕は巨大な鋏に。全身は黒くなりながら肥大化し、黒い殻を纏う。だが、不完全というのか、それとも急激に体の構造を変えた代償か、その殻の隙間からは肉がはみ出て、グロテスクで巨大な蠍の姿となった。

 

 ――――ワタルは、勘違いをしていた。


「なんだよ…これ…」



 ――――『無双の神判』が、情報を手に入れる余地など与えるわけがなかった。





『理解し難き』


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


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