第一章 / 9話 『幸運は簡単には手に入らない』



『―――水よ、切り裂け。スラス・ウォルク』


「どわっぶ! クソ、近づけねぇ」


 迫りくる水の刃を躱し、ワタルは愚痴をこぼす。


「主様! 迂闊に攻めては駄目です! 折角二人いるんですから、強力して動きましょう」


「おう、そうだな、スマン」


「いいってことですのよ」


「二人固まってちゃ危ないわよぉ。『土よ、巨岩となり、彼奴等を捻りつぶせ。ドル・ラード』」


 『死導者』がそう言うと、二人が集まっている所に、巨大な岩落ちて来た。


「ちぃっ!」


 その巨岩を、二人はそれぞれ逆方向に飛んで躱す。


「確か、周りのゾンビの属性の魔法も使えるんだったっけか」


「その『ぞんび』というのが屍人のことを指すなら、そうで間違いありませんわ」


 屍人・・・それはきっとゾンビのことだろう。そうか、屍人・・・・うん、なんかそっちの方がかっこいいから、今度からそう呼ぼう。


「ともかく、周りのこいつらを全員やっちまえば、あいつは水魔法しか使えないんだよな」


 水魔法だけでも十分厄介だが、多属性の魔法を使うよりは幾分がマシだ。

 それなら――――


「何をしても無駄よぉ。例えあなたがこの『子』達の弱点を見つけていようがいまいが、他にも数はいるものぉ」


「・・・・エレクシア、一つ案がある。めっちゃ賭けではあるが、試さな損ってくらいの賭けだ」


「そんなの、やるしかないに決まってますわ」


「フフ、なぁに? 悪巧みぃ? いいわ、面白そうだから待ってあげる」


「舐め腐りやがって・・・」


 だが、今は好都合だ。

 そう思ったワタルは、エレクシアの傍に駆け寄る。


「エレクシア、耳貸せ」


「はい」


「――――で―――してから――――だ。いいか?」


「―――はい、承知しましたわ」


「言わんでもわかるだろうが、お前がカギだ。頼むぜ」


「―――はい!」


「もう終わったぁ? それじゃぁ、そろそろやってもいいかしら」


「走れ!」


 『死導者』が笑みを浮かべながら近づいて来るのを確認すると、ワタルはエレクシアに向かって叫んだ。

 それを分かっていたように、エレクシアは街の方へ走り出す。


「・・・・ふぅん、街に行って応援を呼ぼうってことね。なぁんかガッカリ」


「ご期待に沿えず悪かったな」


 ワタルの策を察し、『死導者』は失望の目を向け、それにワタルは皮肉で返す。


「まぁいいわぁ、応援を呼ばれるのは面倒くさいけどぉ、それまでにあなたを私の『子』にしちゃえばいい話だものぉ」


「時間制限付きの多対一、俺は時間を稼げば勝ち。そっちは俺を屍人にすりゃ勝ち。真剣勝負だ、クソ野郎」


「きゃー、怖ぁい」


 ワタルの罵倒に、『死導者』はふざけた様子で怖がったフリをする。


「まぁとにかくぅ、気を付けた方がいいよぉ? ほーい」


「グァァァァァッ」


「おっと、別に気を付けてるよ。それに、お前忘れてないか? ―――俺、こいつ等のこと倒せるんだぜ?」


「ウ、ゴォゥ・・・」


 後ろから来た屍人の頭を掴み、ワタルがそう言うと、屍人は体を震わせた後、全身から力が抜けた。


「・・・・術式を破壊したのねぇ」


 『死導者』がそう言った通り、ワタルが今したのは、『カゲロウ』で屍人の体内に埋め込まれた術式を破壊したのだ。


「ま、お前が俺に送って来た全自動型の奴とは違う術式だったし、場所も違ったから破壊するの面倒くさかったけど」


 『死導者』の操る屍人には二種類ある。

 一つは今戦ってる屍人のように、『死導者』本人が操るタイプの屍人。

 二つ目は分断された際にワタルに送り込まれた一つの命令を遂行するタイプの屍人。


「へぇー、そこまで分かってるんだぁ・・・やっぱあなた、面白い」


 ワタルが言ったことに、『死導者』は関心した様子で笑う。


「じゃーぁ、たぁくさん居たら対処出来ないでしょぉ? それ、行けー」


 その合図と共に、周りから屍人が飛び掛かってくる。


「ハッ! 『カゲロウ』!」


 ワタルがそう叫び、カゲロウを使って飛び掛かってくる者達をカゲロウで次々に行動不能にしていく。


『――――――――』


 屍人達の呻き声で上手く聞き取れないが、『死導者』がこちらに手を向けて詠唱をしている。

 なので、ワタルはその魔法を警戒する。だが―――


『――――――――』


 警戒した魔法は襲ってこず、『死導者』はまた次の詠唱に入る。

 ただ、その行動に、ワタルはとても嫌な予感を覚える。


「ウゥォォォオォォォ」

「ウァゥウアァァァァ」

「グォォゥォゥゥゥァ」


「ちぃっ!」


 ただ、倒しても倒しても襲ってくる有象無象の対処に追われ、そのことについて考える時間がない。

 そんなワタルの耳に、ある一言が入ってくる。


魔法解放ストックリリース


「――――っ!」


 その瞬間、それぞれ別々の方向から、炎熱と突風がワタルを襲う。

 それはワタルを中心にぶつかり、炎を風でかき回して辺りを巻き込む。


「う・・・く・・・はぁ、はぁ」


 全身に火傷を負い、ワタルは顔を歪ます。


「あららぁ、今ので仕留めきれると思ったんだけどなぁ・・・やっぱりあなた、面白い」


 痛い、全身がヒリヒリする。服は・・・ゲルダルクが頑丈に作ってくれたおかげか、軽く焦げてるくらいだ。


「クソが・・・」


 とはいえ、全身火傷で一部爛れてる所もある。この状態で戦闘は・・・正直少し厳しい。


「アレを使うべきか・・・?」


 出来れば、アレはもっと有事の時に使いたいのだが・・・そんなことを言ってる場合ではないのもそうだ。

 そこえ―――、


「―――――――そうか」


「?」


 大ピンチのはずなのに、何故か笑みを浮かべたワタルに、『死導者』は疑問に思う。


「『カゲロウ』」


「・・・さっきからどうしたのぉ?」


「るせぇ、そして悪いな」


「?」


 ワタルのその言葉に、『死導者』はますます疑問を深める。


「―――俺の勝ちだ」



               △▼△▼△▼△▼△



 ―――『テレパシー』。それは、口で言葉を発さずとも、脳に直接語り掛けることで会話ができるという物、元世では超能力のような物とされている。


 それは、親和性が高いからだとか、あーだこーだどーたらこーたらそーだベーダー言われており、結局は本当に出来るかどうかさえ明らかじゃない。

 ただ、その『テレパシー』が親和性によるものならば、『契約』という形で魂が繋がった状態であるワタル達なら可能かもしれない。


 ―――そしてそれが可能ならば、片方が屍人の待機場所を探し、それをもう一人にしらせ、圧倒的殲滅力で倒すことも可能である。



               △▼△▼△▼△▼△



「何を言って・・・・待って、もしかして」


「察しがいいな。そうだ、お前の可愛い『子』とやらは全員ぶっ倒した」


「・・・・どうやってぇ?」


「・・・・もういいぞ、エレクシア」


「はい」


 ワタルが呼びかけると、暗い森の奥からエレクシアが現れた。それを見て『死導者』は――、


「・・・・・へぇ、そういうことぉ。キミは応援を呼んだフリをして周りを走り回って、私の『子』の居場所を特定、それをなんらかの方法であなたに知らせて、それをさっきの『カゲロウ』ってので倒した・・・違う?」


 見事に本当の作戦を言い当てられ、ワタルは少し瞠目する。


「まさかここまで正確に当てられるとは・・・・」


「そんな見くびらないでよねぇ」


「何がともあれ、お前の取り巻きはもういないんだ。大人しくお縄についとけ」


「いやよぉ、それに私にはまだ水魔法があるものぉ・・・・って言いたいところだけどぉ、やっぱり面倒くさいからやぁめ。あなたを私の『子』にするのはまた今度。それじゃあねぇ」


「今更逃げれると思ってるのか?」


「・・・・魔法っていうのは種類があってね、炎、水、土、風、雷、氷。そして特殊属性に光、闇。これがみんなが知ってる属性。そしてもう一つ、特殊な属性があってねぇ、それは―――」


 今にも襲い掛かろうとするワタルを見ながら、『死導者』は突然魔法の属性について語る。そして『死導者』は少し言葉を切る。

 その間にワタルは違和感を覚え、思考を巡らす。


 魔法の属性、詳しくは知らなかったが、THE・基本属性って感じだ。特殊属性が光と闇というのは解釈一致だが、もう一つの特殊属性・・・? そういえば、勇者って光属性じゃないのか。それじゃあ聖女が光属性専門って感じか? あークソ、あいつ等のことを思い出したらムカムカして来た。あいつ等のせいで『奈落』に転移されて――――


「―――転移か!」


 それなら、今その話を切り出したことにも納得がいく。


「そう、転移。気づいたと思うけど、ここからが本題。―――もしそんな便利な属性もってる人がいたら、私の『子』にしない訳がないでしょぉ?」


「クソッ」


 『死導者』の下から這い上がって来た屍人を見て、ワタルは急いで駆け出す。


「バイバァイ、また今度ねぇ」


「待ちやがれ!」


 あと少しで届く、その寸前で『死導者』と転送屍人は消えた。


「クソ、逃げられちまった・・・」


「主様!」


 間に合わずに拳を握りしめたワタルに、エレクシアは駆け寄って来る。


「あぁ、大丈夫だ。逃げられはしたけど、一応あの鎧鳥は捕れたからな」


 そう言って、ワタルは仕留めた鎧鳥の方を見る。

 多少時間は経っているが、外傷はワタルが与えた傷以外はない。


「これを『器』に入れてと」


「・・・・何度見ても凄いですわね。それ」


「ん? あぁこれか。でも、そこまで便利な物じゃないぞ。これ収納した物の重さは体に負担がかかるからな。まぁ、収納したら両手空くからなんだかんだ言って便利か」


「え」


 それ、この鎧鳥を容易く持ち上げられる筋力がある化物なのでは? と、エレクシアは思ったが、それは胸の奥にしまっておいた。


「んじゃ、さっさと戻ろうぜ」


 そして、ワタル達は件の定食屋に戻った。



               △▼△▼△▼△▼△



「―――お! 戻って来たか! 案外速かったなぁ」


 店の扉を開けたワタル達を、強面のオッサンが迎える。


「って、あぁ? なんだぁ? 鎧鳥はどうしたんだよ」


「ああ、それならここに」


「おゎぁ!?」


 そう言って、ワタルは『器』から鎧鳥の死体を取り出す。それに店主の男は驚く。


「初見だと驚きますわよね・・・」


 その店主の反応に、エレクシアは同調する。


「まぁとにかく、これでここの定食をご馳走してくれ」


「おう! 任せとけ! しかも、この量なら今日も問題なく経営できるってもんだ! 恩に着るぜ!」


 店主は鎧鳥の鱗を剥ぎ取り、切り取った肉を厨房に持っていった。そしてワタル達は食堂の席に座り、しばらくすると、台所から香ばしい匂いが漂い、食欲を誘う。今は元世でいう三時頃なので、アホほど運動したワタルは尚更食欲が沸き立つ。

 そこへ――


「よぉし! 完成だぁ! おら! 食え!」


 湯気が上る皿をいくつか乗せたおぼん二つを手に持った店主が厨房から現れる。そしてそのおぼんをワタルとエレクシアの前に並べる。


「おぉ!」


 その料理を見て、ワタルは歓喜の声を上げる。

 そのおぼんの上に並べられてる料理は、簡単なサラダ、味噌汁、鎧鳥の唐揚げ、そして次こそがワタルが歓喜の声を上げた原因、茶わんによそわれた白米だ。


「この世界・・・米があるのか!」


 てっきり異世界のことだから、定食といっても白米ではなくパンか何かがついてくると思っていたが、まさかしっかり白米が出て来るとは・・・


「これは嬉しい誤算だな」


 そしてワタルはその唐揚げと白米を口に放り込む。

 その瞬間、唐揚げから肉汁が口の中に溢れる。そしてそれを米が包み込む。


「やっぱ米は最高だ・・・」


「はっははぁ! お前、美味そうに食うなぁ! いやぁー、作ったかいがあるってぇもんだぁ!」


 この世界の味を噛みしめてるワタルに、店主が大きな声で話しかける。


「まぁ、実際美味いからな。な、エレクシア」


 するとワタルはさっきからずっと黙っているエレクシアに話しかける。だが、エレクシアは黙りを続け、いきなり顔を上げる。そして――、


「店主さん! 私を弟子にしてください!」


「「・・・・はぁ?」」




               △▼△▼△▼△▼△




「私を弟子にしてください!」


「「・・・・はぁ?」」


 突然のエレクシアの弟子入り願いに、ワタルと店主は呆けた声を出す。


「あー、エレクシアさんや。あなた一体何を言っておりますのん?」


「はい! わたくし、ここのお店の食事の味に感動しましたわ! なので、ここでこの料理を学ばせてください!」


「お、落ち着けエレクシア。なんでそんな急にそんなことを言い出した?」


「・・・わたくしは主様の従者ですわ。なので、料理でも覚えれば、主様にできることも多くなると思ったんですの」


「・・・・」


 いきなり何を言うかと思ったら、エレクシアなりの考えのあってのことのようだ。


「店主のおっさん。悪いけどエレクシアに料理教えてやってくれねぇか?」


「ん――、この店の料理は代々伝えられてきた、いわゆる秘伝の味って奴なんだがよぉ・・・ま、こっちの都合で命張って食材取りに行かせちまったんだ。他言無用でって条件なら、教えてやってもいいぜ?」


「ほんとですか!?」


 店主が笑いながらそう言うと、エレクシアは分かりやすく喜びを顔に出した。


「・・・さてと」


 特訓するなら、ワタルはきっと邪魔になるだろうと思い、一旦そのあたりをブラブラしようと椅子から立ち上がったところ、


「主様、何処へ行かれるので?」


「何処って、食後の散歩がてら外に・・・」


「あー・・・申し訳ございませんが、主様には試食をしてもらいたくてですね・・・」


 ・・・まぁ、俺がこれから飯に困らないようにご飯を作る修行をしてくれるんだ。ワタルの舌に合わないとダメだからな・・・


「まぁ任せろ。しっかり食ってやらぁ」


 言うてそこまで酷い物は出ないだろう。そもそも、店主が横で見ているんだ。

 大丈夫。大丈――――



「完成しましたわ! 鎧鳥の唐揚げですの!」


「・・・・・・」


 Wow! very very dark matter!

 おっといかんいかん、余りの得体の知れなさになんかよく分からん事になってしまった。にしても、これはなんだ? 唐揚げ? これはもう焦げたとかのレベルじゃない。限りになく黒に近い真っ黒だ。


「悪い」


 余りの凄さに絶句するワタルに、店主が一言そんな言葉を投げかけて来た。きっと、彼の力ではどうしようもなかったんだろう。

 いや、案外食ってみたらうまいかもしれない・・・ないか。まぁ食わんわけにもいかない・・・


「いただきます」


 そういって、ワタルは口にそのdark matterを放り込む。


「・・・・・・・・・・・」



               △▼△▼△▼△▼△



「・・・・・美味い! 美味い!」


 あれから試行錯誤を続け、食っては吐きかけ、食っては吐きかけを繰り返し、とうとう30回目の試食。ちゃんとワタルの口に合い、ワタルは目を見開く。


「揚げ物やらなくなった途端、いきなり美味くなったな」


「いやぁ、普通に考えりゃ初心者で揚げ物はおかしかったわ。ガッハッハッハッ!」


 この店主・・・俺がどれだけ死にかけたと思ってやがるんだ・・・


「まぁチキンステーキ美味いからいいや」


「そういえば、この『チキンステーキ』という食べ物、どこで知られたんですか?」


「俺の地元の料理。あんまり唐揚げ作りに失敗するもんだからどうせならチキンステーキとかにしたらいいんじゃないかって思ったんだ」


 一応、調理実習とかでやるところもあるらしいからな。


「にしてももう無理、腹いっぱい」


 いくらなんでも食べすぎた。晩飯入るかな・・・いや、もう食えねぇか。


「じゃ、店主。エレクシアが世話になったな」


「師匠、ありがとうございましたですのわ」


「エレクシア、語尾凄いことなってるぞ」


「ガッハッハッハッ! また来いよ! エレクシア! リベルド!」


 カウンターに腰を掛けた店主がワタル達に声を投げかけ、ワタルは店の扉を開ける。


「・・・・・・・・」

「・・・・・・・・」


「大分・・・というか、もう日が落ちかけてるな」


「ですわね・・・」



 そして、長い・・・長い一日が終わる。





               △▼△▼△▼△▼△






「ほら、暗くなってきたから早く帰るわよー!」


 薄暗くなってきた森の近く、ある少年にその母親らしき者が声をかける。


「もうちょっと待ってよー。あ! あった! 四つ葉!」


 草むらを漁り、少年が一本の四つ葉を千切って顔を上げる。

 すると、歓喜に満ちていた顔に疑問が浮かぶ。さっきまでいなかった、男性と思わしき者が、目の前に現れたからだ。


「――――お、マジ!? マジモンの四つ葉? スゲー! 俺もガキの時探したけどさぁ、全然見つからなかったんだわー。……って、んなことしてる場合じゃなかった」


 長々と自分語りをする男が、思い出したような顔をする。

そして、その場を立ち去ろうと――――


「っとと、あぶねぇあぶねぇ」


 立ち去ろうとした男が、足を止める。


「ねぇねぇ、ぼくぅ――――」





『幸運は簡単には手に入らない』


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