第一章 / 30話 『セナル先生の為になる特訓』

「子供?」


 ワタルが呆けた顔でそう呟くのも無理はない。

 何故なら、フェルやセンファの師匠というセナルは、どこからどう見ても年端もいかない少女だったからだ。


「あら、いきなり子供は失礼ね」


「いや、いやいやいや、どっからどう見ても子供だろうが! ……本当にフェル達のお師匠さんなのか? 俺的にはもっと熟練の老師みたいなのを想像してたんだけど…」


 こんな子供がフェル達に教えを説いたというのは、中々に信じられないものだ。


「まぁ信じられないのも無理はないわ。私は能力で老いない体なのよ」


「つまり、不老ってことか?」


「いいえ、それだけじゃないわ。――不老不死よ」


「――――」


 セナルの口から発せられた彼女の能力名に、ワタルは目を見張る。

 まさかの不老不死……それはつまり、


「ロリババアってことか」


「……意味はわからないけれど、とてつもなく失礼な言葉というのはわかったわ」


 ため息をつくセナルにワタルは苦笑いをする。流石にニュアンス的によくなかったか。


「それと、その怪しい物は羽織らなくていいわ。―――キトウ・ワタルという名の異世界人」


「――――っ!?」


 突然、《カゲロウ》のローブを指摘されながらワタルの本名を呼ばれ、ワタルは警戒を高める。


「そこまで警戒しなくてもいいわ。フェルからの手紙からの、ただの推測だから」


「……推測っつっても、限度くらいあれよ……」


 ウェイルといいセナルといい、勘が良すぎる。まさかそこまで見破られるとは……


「んで、俺をここに呼んだわけを教えてくれねぇか?」


「そうだったわね。実は、フェルから貴方たちの力になって欲しいと頼まれたの。だから――――」


「だから……?」


「私が貴方たちに特訓をしてあげる」


「特訓!?」


 セナルの口から発せられた予想外の言葉にワタルは驚く。


「それって俺に? それとも俺ら?」


「当然、貴方たちよ。……まぁ、聞いていた数より多いけれど、丁度いいわね」


「?」


 なにが丁度いいのかはよくわからないが、フェルと別れた後に出会ったアンディス、シルクは特訓できないなどとならなくてよかった。

 と、ワタルがそう安堵した時だ。

 セナルが先ほどまでいた本棚に手を向けたかと思えば、その本棚がずれて下へ向かう階段が現われた。


「うおぉお……秘密の階段的なやつか……」


「どうやって動いてるんだろう……魔法かな?」


 それを見て、ワタルと障子は感嘆の声を漏らし、隠し階段というロマンに目を輝かせる。


「あなたは先に降りてなさい」


「え? 俺だけ?」


 突然の指名にワタルはきょとんとする。


「そうよ。あなた以外に?」


「いや、まぁそうだけど……」


 どこか含みのあるような彼女の言葉に、ワタルは頬を搔きながら言われた通りに階段を降り、それに障子もついていった。



               △▼△▼△▼△▼△



「おぉ……」


 かなり長い階段を下っていき、辿り着いたのは広く、白い空間だ。


「まさしく、特訓場って感じだな」


 その広さというのは、ワタルのいた高校の校庭よりも広く、さらに高さまで相当なもので、一体地下に何てものを隠しているのかと、ワタルは地盤が心配になる。


「――――どう? 広いでしょう?」


「おわぁっ!?」


 突然背後から声をかけられ、ワタルはビクリと肩を跳ねさせる。

 後ろを見ると、そこにはいつの間にかセナルが移動してきていた。


「お前、いつの間に……」


「説明終えてすぐよ。―――取り敢えず、早速始めるとしましょうか」


「お、いきなりだな」


 一体どんなスパルタ特訓を始めるのかと不安とやる気をみなぎらせていると、


「『魔法』がなにか、知ってる?」


「え?」


 突然の質問に、ワタルは固まった。

 てっきり肉体系のゴリゴリ運動トレーニングなのかと思っていたのだが……

 とりあえず、『魔法』とは何かという質問に答えよう。


「えーっと、属性があって、魔力を放ってどうこうみたいな……あれ?」


 説明をしようとするも、よくよく考えてみれば『魔法』というものを全く知らないということにワタルは気付く。

 頭ではわかったつもりでいても、説明できなければわかっていないと同然というのはよく言った話だ。


「何事も、まずは知識よ。基礎の知識くらいつけておいたほうがいいわ」


「まぁ、確かに……」


 ようやく、彼女の意図がわかったと、ワタルは納得した。

 セナルのいう通り、知識は大切だ。ワタル自身、魔法だのの知識がない。だから、必要最低限はあったほうがいいというのは同感だ。


「まず、『魔力』っていう生命の力があるのは知ってるわよね。これは血と同じように、体の中を巡ってるわ」


「え? じゃあ魔法って血みたいなもんをぶっ放してるってこと!?」


「厳密には違うわ。血と同じようにって表現したけれど、魔力は無くなってもよっぽどのことがないと死なないもの。まぁ、気分は悪くなったりするけれど、それも時間を置けば治るわ」


 生命の力だとか言っているから、使っても生きてれば勝手にたまっていくのだろう。


「そして、その『魔力』の使い方は大きく言うと四つあるの。『魔法』と『魔術』と『魔装』、それと『呪術』ね」


「呪術て…随分物騒な名前だな……」


「まぁ聞きなさい。…その四つからの『魔力』の見方は、それぞれ違うわ」


「ほう?」


 今のところ、『魔法』と『魔術』の区別もついていないわけだが……


「まずは『魔法』ね。『魔法』は体内の魔力を自身の属性に変化させ、それを放出するものよ。ちなみに、人の属性は体内の魔力が変化しやすい属性で決まってるわ」


「なるほど……でもあれ? センファの奴は全属性使えたけど…」


「それは…あの子はちょっと特殊なのよ。そもそもの変化しやすい属性ってのがなくてね。だから、どの属性にも変化させれるよう教えたの。あの子が天才だったのもあって、全部使えるようになったというわけね」


 要するに無属性といったところだろうか。

 どれにも偏ってない分、どれにも変化させられる可能性があったということだろう。


「昔話はまた後でしてあげるから、次の話。『魔術』についてよ。これは今となっては殆ど見なくなってしまったけどね」


「失われた技術的なやつ?」


「そこまでではないわね。今でいう転移魔法がそれに当てはまるわ。あと、センファと一緒に戦ったならわかるでしょうけど、治癒魔法はあの子が作った『魔術』よ」


 確かにセンファ以外が使っているところは見たことないが、作ったというのは流石に驚いた。

 そこまでのことを平然とやっていたのか……


「そういえば、転移する時とか魔法陣が出てたな……あれが『魔術』の特徴?」


「あら、知ってるのね…って言おうとしたけど、そういえばそうだったわ」


「はい、極悪犯罪者です」


「……その点は追々聞いときたいわね。とにかく、あなたの言った通りよ。『魔術』は『魔力』を使って魔方陣をの。『魔術』の強みは、新しい『魔術』を作れたりするところよ。まぁ、カルドラ型構築魔公式を覚えないとだから、そこは難点ね」


「カル……なんて?」


 何を言ってるのかはよくわからないが、ともかく魔力初心者のワタルにはできないものが『魔術』という風に覚えておけばいいだろう。


「次は…『魔装まそう』ね」


「あ、それなら何となくわかるぞ。体ん中の魔力を一点に集めて防御に使ったり、攻撃に使ったりするんだろ?」


「そうね。どうやらそこら辺の感覚は掴めてるようで安心したわ。なら、最後は『呪術』について」


「でた、不穏用語」


 『呪術』といういかにもよろしくなさそうな名前に、ワタルは少し身構える。


「『呪術』は、いわば『魔装』の逆。別の人物、生物に魔力を使い、何らかの影響を及ぼすものよ。昔では『禁術』なんて呼ばれたりもしてたわ」


「やっぱり物騒だ……」


 その『呪術』とやらの内容は、やはり物騒なものだった。

 それにしても、「何らかの影響を及ぼす」とはどういうことだろうか。単純に害を与えるだけではないのだろうか。


「まぁとにかく、お前の言う『見方』ってのは何となくわかった。魔法にとっては素材で、『魔術』にとっては式を書くペン、『魔装』からは身に纏う体の一部。そんでもって、『呪術』にとっては相手に投げる物って感じでいいのか?」


「あなた、まとめるのが上手ね」


「そりゃ恐悦至極。それより、一応基本知識はわかったから、早く魔法を教えてくれ。闇属性の特性とか」


「そう慌てないで。あなた、魔法は使ったことあるの?」


「いや、ない」


 ワタルは端的に答えると、セナルは呆れたように額に手をあて、溜息をついた。


「それじゃあなおさらね…あなたの戦い方からして、『魔装』を練習しながら『魔力』への理解を高めていって、それと並行して教えるわ」


「了解」


 確かに、ワタル的にも『魔装』を習えるのはありがたい。

 『魔装』があれば、近距離でのダメージも軽減できるし、それでいて自分の攻撃のダメージは上げれる。なんとも理想的な授業内容だ。


「じゃあまずは、『魔力』を感じるところから始めましょうか」


「早速だな」


「体中に流れてる『魔力』を想像してみて。実際に感じなくていいわ。思い浮かべるだけでいいの」


「まかせろ、妄想は得意だ…」


 そう言いながら目をつむり、体に魔力が巡ってることをイメージする。

 セナルが言っていた血というのと魔力を照らし合わせ、駆け巡る魔力を……


「……お?」


「……妄想が得意というのは、嘘じゃないみたいね」


 なんとなくだが、わかる。

 体の中に、存在している、今まで気にしてなかった何かを感じた。

 しかも、それは体の中に存在しているだけではなく、薄い膜のように体を覆っている。


「……意外と、わかるもんなんだな」


「魔力量は…少ないのね」


「るせぇな…それに関してはクスクス笑われたから知ってるよ」


「まぁそれは置いといて、次は…それを右手に集められる?」


「えーっと……」


 ワタルは言われた通りにそうなるように想像する。

 照らし合わせるものは…『凝』だ。

 体を包む薄い膜を右手に集めていって、体内の魔力も右手に滲み出させる。


「どうだ? できてね? これ」


 それを自慢気にセナルに見せると、彼女は少々瞠目していた。


「できてるけど…早いわね。最低でも数時間はかかると思っていたのだけど…才能があるってわけでもなさそうだし……」


「お、おい? こっからどうしたらいいんだ? 維持すんの疲れるけど……」


「あぁ、ごめんなさい。じゃあその右手で、『これ』を殴ってみて」


 彼女がそう言うと、ワタルの目の前にいつの間にかサンドバック用の棒のようなものが出てきた。


「思いっきり、今出せるもの全部使って殴るのよ」


「お、おう……」


 言われた通りにするため、ワタルは拳を引いて足を踏ん張る。

 『魔装』のテストだから《ゼロ》は使わず、その腕を伸ばした。


「そらぁっ!」


 その打撃により、生えてきたサンドバックは大破する。

 『魔装』を使ったことによるその威力もすごいが、ワタルが驚いたのは手だ。

 一応まぁまぁ硬い物体だったのだが、その拳に痛みが少ない。


「なるほどな、プロテクター的な役割もできんのか」


 攻防を同時にできる…まさにワタルの欲しいものだ。


「……思っていたより強いわね。魔力量は少なくとも、身体能力で十分補えるのね……じゃああとは、この『魔装』の維持よ」


「うげ……」


「一時間くらいは維持をしておきなさい。その間に闇属性について教えるわ」


「それは嬉しい! ……けど、普通に殴る前に纏うんじゃ駄目なのか?」


 一時間もずっと魔力を纏ってる必要性をあまり感じず、ワタルはセナルにそう質問する。


「わたし…もしくはわたしよりちょっと下あたりだと、『魔力』を感じることもできるの。接近してる状況で拳に『魔装』をしたら、攻撃をするってわかるでしょう? ただでさえ実力で負けてるのに、攻撃の瞬間までバレたら勝ち目なんてないじゃないの」


「確かに……」


 セナルにしっかり論破され、ワタルは右手…と思ったら今度は両手に『魔装』した状態で維持することになった。


「……それじゃあ、まずは初級魔法ね。そもそも、闇属性の特徴だけれど、相手への状態異常付与が得意な属性よ」


「あれ? それって『呪術』の特徴じゃ……ってあ! 解けた!」


「……集中できるよう、せめて黙っておいときなさい」


 腕の『魔装』が解け、慌てるワタルを見て、セナルは呆れたように溜息をつき、もう一度纏うと彼女は再び口を開く。


「それで、あなたの質問に答えるわけだけれど……確かに、闇属性は限りなく『呪術』に近いわ。闇属性は普段光属性と対極してる存在のように見られるけれど、どちらかと言うと聖女だけが使える属性の聖属性と対極的な存在よ」


 つまり、闇属性はデバフ付与で、その対極的な存在ということは聖属性はバフ付与やそれこそ回復魔法を使えるのだろうか。

 あのクソ聖女の対極というのは、何というか、運命的なものを感じる。


「闇属性の立場を教えたところで、まずは初級魔法を教えるわね。闇属性の初級魔法は他の属性の初級魔法よりもずっと簡単で、『シャウト』というわ。これは黒い魔力を半球状に広げて視界を奪う魔法よ。難点は敵味方関係なく効果があるってところね」


「ん? それなら多分俺もやったことあるぞ?」


 ウェイルとの闘いの際、追い詰められていたワタルが黒いものでその場を包んだことを思い出す。

 あの時は結局センファがその黒いものごと割って入ってきたが、あれがセナルの言う『シャウット』というものなのか?


「それは多分、極限状態での魔力の暴発ね。『シャウト』は端的に言えばただ魔力をまき散らすだけの魔法だから、その可能性が高いわ」


「なるほど…とと」


 セナルの話に相槌を打ちながら、ワタルは崩れかけた『魔装』を頑張って維持する。

 それから一時間ほどセナルの話を聞かされるわけだが、興味深い話が多く、『魔装』に疲れても集中し続けられていた。


「……ぷはぁ! どうだ? 一時間耐えきって見せたぞ!」


「…多少拙いところはあったけど、初めてでこれは上々出来ね」


 ようやく終わり、ワタルが力を出し切ったと尻もちをつく。

 セナルも感心しているようで、初日にしてはよい方ではないかと、ワタルは安堵した。


「じゃあ次は……」


「まだあるの!?」


               △▼△▼△▼△▼△



 一方、エレクシアは―――、



「あ…ぐ……」


 地面に突っ伏し、エレクシアは痛みに呻く。


「―――どうやら、己の勝利でよさそうだ」


 そんな彼女を見下ろし、一人の男がそうつぶやいた。

 その慟哭は猫のように細く、しかも、その慟哭と白目が真逆で、より一層禍々しい。

 体つきはがっしりとしていて、筋肉が隆起しているのがわかる。


「己の正体を見破ったものだから、どれほどの強さかと期待したが…なんてことはない者の集まりだったか。―――だが、バレたからには、殺す他あるまい」



 そして、エレクシアを見下ろす『魔族』は、右手から鋭く長い爪を生やし、それを振るった――――。



『セナル先生の授業:一時間目』


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