第零章 / 6話 『異世界転生者』
落ちていく、落ちていく、暗い、暗い、闇の中を、溺れるように落ちていく。痛みと苦しみで叫びながら、落ちていく。悲痛にまみれた声で叫びながら、落ちていく。胃の中身を闇の中にぶちまけながら、落ちていく。
こんなに痛くて苦しいのに、こんなに辛くて悲しいのに、どんどん意識は薄れてく。
辛いのも痛いのも苦しいのも悲しいのも、全部薄れて、そのまま意識を手放して、この世の不幸から解放されようと・・・
『――――生きて』
また、声がする。女の人の声だ。優しくて、温かくて、懐かしい声がした。してた、していた、してる、して、してて―――声が、した。
そして、意識が浮上する。
△▼△▼△▼△▼△
「――――ッ!」
声にならない声で絶叫しながら、ワタルはベッドから飛び起きる。そう、ベッドから。
「あれ? 俺、なにして?」
ベッドの上から、周りを見渡す。知らない部屋だ。そしてさっきまで自分のしていたことを振り返ってみる。
「スキルが器で、その実験して、夜遅くに寝て、それで・・・。ッ!」
そこでようやく記憶が今に追いつく。その瞬間、吐き気が込み上げて来て、ワタルは口を抑える。
「俺は、また・・・ッ!」
浮かれていた。完全に、浮かれてしまっていた。異世界に来たことで、自分も新しくなったつもりでいた。そのせいで、マリアに、セリカに、マキに、アーネブの人たちに、迷惑をかけてしまった。
――――どこに行っても、キトウ・ワタルは鬼頭 渡なのだ。
「おう! 兄ちゃん、起きたみてぇだな。って、おいおい大丈夫かよ。吐きそうなのか?」
その部屋に、男が勢いよく入ってくる。身長190㎝近い男だ。男は頭にタオルを巻いていて、顔の額には、おおきな白い傷跡があった。
「はい。でも、大、丈夫です」
「そうか? まぁ無理はすんなよ」
ワタルがたどたどしくながらも断ると、男はワタルのことを心配しながら言う。
「ところで、あの・・・あなたは誰なんですか?」
「あぁ、俺はエドル・ワイドだ。エドルでいいぜ。よろしくな!兄ちゃんは?」
「え、えぇっと、俺はキトウ・ワタルっていいます。ワタルが名前です」
ワタルとエドルはお互いの名前を言い合う。このエドルという男、アレだ陽の人だ。
「ワタルか、ワタル・・・うん。やっぱ兄ちゃん。格好も名前もなんだか不思議だな。」
まぁ、ワタルの恰好が不思議なのはわかる。異世界の世界観は中世ヨーロッパぐらい、ワタルの恰好はおかしく思われても仕方ない。だがそれよりも、ワタルには聞きたいことがある。
「あの、ここはどこなんですか?」
アーネブの街はベルガルトの襲撃によって滅んだはずだ。この街はアーネブではない、そう断言できる。だからワタルは問う。
――――ここはどこなのかと。
「ん? 兄ちゃん、ここがどこなのか分かんねぇのか?」
「は、はい。色々とありまして・・・」
「そうか、まぁ深くは聞かねぇけどよ。ちなみに、ここは『ミレギニア』って街だ」
やはり、ここはアーネブではないようだ。だが、ここでアーネブに助けが来るようになんとか頼めないだろうか・・・
「あ、あの! 実は俺、アーネブから来たんですけど、今、街が大変なことになってて・・・」
ワタルは起きたことを話そうとする。
だが、それは直後に発せられたエドルの信じられない言葉に遮られた。
「? 兄ちゃん、アーネブって―――どこだ?」
「・・・・・は?」
意味が分からなかった。理解ができなかった。
「何言って・・・え? だ、だってアーネブは、ヨハネイルでも有名な街って・・・・」
マリアからそう聞かされた。だから間違えないはずだ。
「おいおい、落ち着けって兄ちゃん。アーネブって街も、ヨハネイルってとこも、俺ぁ聞いたことねぇぞ?」
「は・・・」
ありえない、そんなことはあるはずがない。同じ世界の中で、街の名前はともかく、国の名前まで知らないとなればなにかがおかしいと思わざるえない。
――――そう、同じ世界なら
「―――ぁ」
その時、ワタルの頭の中に、『異世界転生』という言葉がよぎる。
「あ、あの、エドルさん! その・・・世界地図みたいなものないんですか?」
「ん? あるぞ、ちょっと待ってな」
そう言って、エドルは部屋を出て、地図を持ってくる。
そして、そこにあった机に地図を広げる。
「ほら、これが地図だ」
「―――やっぱり」
その地図は、ワタルがマリアに見せられた世界地図の形とかけ離れていた。
ワタルの思った通り、ここはさっきまでの世界とは別世界、異世界だ。ワタルは、また異世界転生したのだ。今思うと、最初の森からアーネブへと異世界転生してたのかもしれない。だが、こんなに何回も異世界転生するなんてこと
やはり、この異世界転生はなにかおかしい。
「まぁなんだ、兄ちゃん。お前、訳ありなら、俺ん家に止まらねぇか?俺の仕事先で手伝ってくれんなら、タダでいいぞ」
「え!? いいんですか!? ぁ、いや、大丈夫です。」
エドルからの好条件、それをワタルは断る。
ワタルは『疫病神』だ。さっき、それを改めて実感した。ワタルはもう、自分に優しくしてくれる人に、苦しんで欲しくない。
「それより、これって売れますか?」
ワタルは硬貨袋を取り出し、エドルに見せる。この街――――いや、この世界にはない硬貨だ。だから、エドルにとっては金と銀の塊の装飾品だ。だが、それでもいい。
「ん? なんだ、これ。金塊と銀塊か? へぇ、こりゃよくできてるな。そうだな・・・装飾がいいから、結構高値で売れるんじゃねぇか?」
「そう、ですか・・・本当、ありがとうございました。」
頭を下げ、ワタルは礼をする。
「いや、いいってことよ!たまに顔ぐらいは出してくれよ!」
本当、いい人だ。
「はい! それじゃあ、お世話になりました。」
こうしてワタルは、新しい世界に一歩踏み出した。
△▼△▼△▼△▼△
「とまぁ、勢いよく外に出たはいいものの・・・・どうしよ、右も左も分かんねぇ」
行く当てもなく、溜息をはきながら広い街道をワタルは歩く。
「ひとまずギルドだな。金貨、そこで買い取るらしいし」
エドルに聞いた話だと、ギルドに頼むとオークションなんかにも出してくれるらしい。まぁ、こんな金貨がオークションに出されるほどの
「お! 丁度地図あんじゃねぇか! どれどれ・・・・なるほど、ここを真っ直ぐ行って、それから・・・・」
ワタルがギルドまでの道筋を確認して、ギルドに向かう。
「・・・なんで、こんな知らない俺なんかに優しくしてくれるんだよ」
その道中、ワタルが思ったのは、自分に優しくしてくれた、エドルの顔だ。それだけじゃない。マリアもセリカもワタルのせいで・・・
「うっ」
2人の顔を思い出すと、さっきも我慢してたぶん、また吐き気が込み上げて来た。
今度は我慢していた分、耐えられずに路地裏で吐いてしまった。
「うぶぇえぇぇぇ。う、はぁ、はぁ、クソが」
ワタルがその吐き気に悪態をつき、口元を拭いていると・・・
「いや! 離してください!」
路地裏の奥から、女性の声がした。そちらを見やると、1人の女性が、男3人組に絡まれていた。
「んな固ぇこと言わずによ。ほら、行こうぜぇ」
その中でも大柄な男が、フードの付いたローブを深く被った女性の腕を引っ張り、連れて行こうとしている。いわゆるナンパというやつだ。
「はぁぁぁぁ・・・。ったく、憂鬱だぜ。」
深くため息をつき、頭を乱暴に搔きながら、ワタルはナンパらしきところに向かい、男の間に入り、
「あのぉ、ほら、嫌がってんじゃないすか。そこら辺にしときましょうよ。ね?」
ワタルは極力角が立つことのないような顔と声で止めに入る。
「あ? なんだ? お前。・・・目付きの悪ぃガキだな。今お取込み中なんだ、邪魔すんじゃねぇよ。ぶっ殺すぞ」
正直怖い。考えなしで突っ込んできてしまったからこれからどうしようか。
「そだ! あの、この町って衛兵みたいなのはいるんすか?」
ワタルは隣にいる女性に、小声でこんなことを聞く。
「え? は、はい、いると思いますが・・・それがどうかしたんですか?」
「そすか、ありがとうございます」
一言お礼を言った後、次は男たちに話しかける。
今度は先ほどの言い方とは違い、高圧的な態度で、
「なぁオッサンたち、これ以上絡んで来るなら衛兵さん呼ぶぞ」
実はワタルはコミュ障な割に、声がでかい。こんな路地裏の奥でも、街道に響き渡るほどの声量はある。
「ぐ・・・」
どうやら、脅しは効いている・・・っぽい?
「あ、兄貴、これやばいんじゃ・・・」
「は、ハッ、何ビビってんだよ。こいつが呼んでも、衛兵が来る前にぶっとばしゃいいんだよ」
「そ、そうっすよね」
「ハァ、なんでんな事には自信があんだよ・・・」
ワタルが小声で、男たちの謎の自信に愚痴をこぼす。
「はぁ、しゃーね。すぅ・・・」
それからワタル大きく息を吸って、叫ぶ。が、
「すいませ―――ん! えーへーさ、もごぉあっ⁉」
叫んで衛兵を呼ぶ途中、隣の女性がいきなり口を塞いできた。
「ンーンー! ぷはぁっ、なにすんすか!」
「ご、ごめん、呼ぶのはやめて! お願いだから!」
「わ、わかりました。だから離れてください! ちょ、顔が、ち、近・・・」
女性がとても必死になって願ってくるので、ワタルは根負けしてしまった。
まぁ、この女性も何か事情のある、ワケアリなのだろう。だからと言って助けない理由にはならない、
「な、なんだよ。ビビらせやがって・・・オイ! やっちまうぞ!」
男が大きな声で言うと、他の男たちと一緒に襲い掛かってきた。それに対して、ワタルは髪を搔きむしる。
「はぁ・・・まぁ、一応空手習ってたし、運動もしてたから、少しは何とかなるだろ・・・」
そう言い放った後、ファイティングポーズをとる。それから、
「まぁ、あんた等に負けるわけないか」
ワタルが挑発すると、男は額に青筋を浮かべ、怒り狂った声で叫びながら殴りかかってくる。
「てめぇこのガキがぁ! なめ腐ってんじゃねぇぞぉ!」
「よっ」
右の大振りをよけ、ワタルは大柄の男の腹に、強烈な右ストレートを放つ。
「お、ぶぇ」
すると男は呻き声をあげながら、後ろに吹っ飛んだ。
「あ、あれ?」
吹っ飛んだ。そう、吹っ飛んだのだ。ワタルよりもずっと大きい男が、軽々と。
「どういうことだ? 俺、こんな力なかったよな?」
力があっても、物理的にはあり得ないことだ。なぜなら、男が吹っ飛んだ距離は、軽く4mはあったのだから。
「・・・気のせい? じゃないよな」
気のせいではない。前世でも少し気になったが、特には気にかけなかったことだ。
ワタルは腕を触り、もう一度身に覚えのない腕のゴツさを再確認する。それから少し考えるが、
「んー・・・どういうことなんだろ」
「て、てめぇ、なにしやがった!」
目の前の状況に驚いているのは、ワタルだけではない。他の取り巻き男たちも、ワタルと同じように驚いていた。
「まぁ、強くなってるならなってるで、悪いことはないからな・・・。てことで、さっさとかかってきてくれ」
「なっ! てんめぇ!」
ワタルは取り巻き男たちを挑発し、まんまとその挑発に乗った男たちは突っ込んでくる。
「ほっ!」
1人は顔面を狙ってきたので、左に顔をずらし、避けた後にその男の脇腹に肘を打ち付ける。
「がっ」
もう1人の方は、胸に真っ直ぐと伸ばされた右ストレートを避けつつ腕を掴み、背負い投げをして地面に叩きつける。そしてその無防備な腹を踏みつける。
「ぐぁっ」
「ふぃー。うーん・・・やっぱなんか筋肉ついてるよなぁ・・・」
そう言いながらゴツい腕を再確認。それから女性の方を見て、心配の声をかける。
「大丈夫ですか?」
「え! あ、は、はい!」
すると、女性は我に返ったように、ワタルを見て頭を下げる。
「ありがとうございます。えっと、何かお礼を・・・」
「あぁ、いいっすよ。俺、急いでるんで。また会った時にでもお願いするよ。それじゃ!」
女性の礼を断り、ワタルはさっさと走ってギルドに向かった
「……ふふ、こんなところに来てたんだ。私の勇者様❤」
―――――その時、女性が妖しく笑いながら呟く言葉は、ワタルの耳には届かなかった。
『異世界転生者』
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
こういう路地裏ヤンキーを俺の力で懲らしめるイベントは当然あるよね。
ちなみにこのオンナ、最初は仲良くなって死ぬ枠にしようと思ったけど面白くならなさそうだからなんかありそうなやつにしました。
後々の後々の後々の方に出る予定です
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