第零章 / 7話 『世間は広いようで狭い』


「や――っと、着いた! けど・・・」


 道中ナンパから女性を助けたりしたせいでギルドに行くだけでだいぶ疲れたが、何とかたどり着くことができた。だが、そのギルドには前世のギルド比べて不思議な点がある。


「ボロくね?」


 あまり言ってはいけないことだが、それは大分古かった。そしてなんだか険悪な雰囲気をかもしだしているギルドの扉を、緊張しながらも開く。




               △▼△▼△▼△▼△




「・・・」


 静まり返ったギルドの中、ガタイのいい男たちは扉を開けた目付きの悪い少年を睨む。その少年は常に周りに威圧感を振りまいており、ただ者じゃないのは明らかだ。


 そんな若くも殺人を多々殺っていそうな少年に冒険者たちはいつもの和気あいあいとした雰囲気を消し、威圧感を出さざる負えない。


―――――が、実際は・・・


 「・・・ぅぅ」


 超絶緊張していただけだった。

 周りは妙に強い威圧感をワタルに向けて来るし、怖くて怖くてたまらない。それでも、怖気づかないよう意識を強く保ち、堂々とカウンターへ向かい、腕と足を組み、ロングのブロンド髪の気だるげな態度でカウンターに座ってる女性、元世でのギャルのような見た目の女性に話しかける。


「すいません」


「はい。なんですか?」


 不愛想に、塩対応で返される。怖い。こういうタイプは、ワタルにとって一番話しにくい相手だ。

 ワタルはコミュ障なため、話しかけるだけでも勇気がいるというのに、こうも冷たく言われると気圧されてしまう。だが、それでも負けないようにポケットから取り出すふりをしつつ、『器』から硬貨袋を取り出し、カウンターに投げるよう置く。


「なぁオイ。これ、ここで買い取れねぇか? 換金しに来たんだが」


 女性と、周りからの威圧感に負けないように、絡まれないように、口が悪くなってしまったが、この怖いギルドだと当たり前なのだろう。女性の顔は、冷たい気だるげな顔から変わらない。まぁ、それも怖いからやめてほしいのだが・・・・


「・・・はい。そーですか、まぁ結果は後日出るのでまた来てくーださーい」


「まて、ここで冒険者登録できま・・・できるのか?」


「はい、そーですよー。でも、それには試験官と戦って合格もらわないとですけどー。大丈夫ですかー?」


 気だるげに返されるが、冒険者登録を出来ることに少しワクワクしながらもポーカーフェイスをワタルは保ちつつ、その試験を受ける答えをする。


「心配ねぇ、試験受けてやるよ」


――――嘘だ。心配大アリである。お金を稼ぐために、しょうがなく冒険者にならざる負えないだけである。


「はーい、わかりましたー。ドルガルさーん、試験する人来ましたー」


 女性は奥に向かって、誰かの名前を呼ぶと、奥から高身長のガタイのいい、首元に白い大きな傷のついた、背中に大剣を背負った男が現れた。


「よぉ、俺の名前はドルガル・ワイドだ。へぇ、お前さんが受験者か?ふむ、なるほど・・・一応聞いておくが、お前さん、殺人なんかはやってねぇよな」


 大きな男―――ドルガルは、目付きの悪いワタルを睨み、殺人をしたことがないか問う。心外だ。こんな目付きでも殺人なんてしたことはない。


「心外だなぁ。んなことやったことなんざねぇよ。ちなみに俺はキトウ・ワタルだ。ワタルが名前な。それよか、さっさと試験を・・・ん?ワイド?」


 ワタルは、その『ワイド』という姓に聞き覚えがあった。


「ん? そうだぞ? ドルガル・ワイドだ」


「あの、エドルって人知ってますか?」


 そう、エドルだ、エドルと同じ姓なのだ。この世界で初めて会った優しい男性、その姓と同じなのだ。そしてその問いにドルガルは、


「エドル? お前さん、俺の弟と知り合いか?」


 なんと、ドルガルはエドルの兄だったのだ。そう言われると、なんだか少し面影があるようにも思える。


「はい、エドルさんには、恩があるんで・・・」


 そのワタルの物言いに、ドルガルも、受付の女性も、周りの怖い人たちも驚いて、瞠目している。

 その周りの反応にワタルは不思議に思うが、すぐに自分が素に戻っていることに気づく。


「あ! いや、何でもねぇよ。ほら、さっさと試験やろうぜ」


 このままではラノベみたいに、ガラの悪い冒険者に絡まれてしまう。そう思った直後、ギルドからの緊張感と威圧感が解け、突如として笑いがあふれた。


「は? え? な、なんだよ」


 ワタルは困惑しながら、下手な芝居をしつつ周りを見る、さっきまでワタルを睨んでいた男達も、皆が笑っている。


「オイ! ワタル! お前ってそれ演技だったのか?」


「は!? い、いや、そんなことは・・・あぁ! もぅ! 笑わないでくださいよぉ・・・」


 周りの笑い声に、ワタルの虚勢はすっかりぬけ、素に戻っていた。


「い、いやぁ、悪ぃ悪ぃ、だってよ、そんな目付きでそんな悪態、素との差で面白くてよ・・・」


「うんうん、私もー! あんまり怖いもんだから、そういう人への対応しちゃってさー。ごめんごめん」


 2人は軽い調子でワタルに謝る。ぶっちゃけツボがわからない。その態度で、ワタルは緊張で目付きがさらに悪くなっていたことに気付く。それと同時に、2人が、周りの冒険者たちが優しかったことにワタルは安堵する。


「あぁ、そういえば自己紹介してなかったねー。私はカリナ・リルネイムだよー。よろしくー」


 どうやら、カリナも怖いヤンキーギャルなんかではなく、いわゆる犯罪者的な相手への対応をしていただけで、そこまで怖いわけではないようだ。


 まぁ、普通のギャルでもワタルは苦手なのだが・・・・


「まぁ、それならいいんだ。ほら、さっさと行くぞ」


「はい!」


「小僧! 頑張れよー!」


「はい!」


 周りの冒険者たちもワタルを激励してくれた、嬉しい。

 そしてその激励に返事をし、ワタルはドルガルについてい行く。




               △▼△▼△▼△▼△




「ここが試験場?」


 ワタルがドルガルに連れられて着いた広い空間、どうやらここが試験場らしい。


「ああそうだ。よし、早速だが、お前が使う武器をあそこから選べ」


 そういってドルガルが指さした方向を見やると、そこには武器がたくさんあった。


「えーっと、実は俺、使う武器なくて・・・」


「ん? そうなのか? っつーこたぁ、素手での殴りか?」


 そういうことになる。まぁ、武器を使ったことがないだけなのだが。


「まぁ、それならさっさと始めちまおうぜ」


 そういって、ドルガルとワタルは試験場の真ん中に、少し距離を置いて向き合う形になる。


 そしてドルガルは背中から大剣を取り出し、構え、ワタルはファイティングポーズをとる。


「安心しろ。刃はつぶしてある。そんじゃはじめっぞ」


 そしてワタルとドルガルは同時に走り始める。

 そして、ワタルの間合いに入る前に、ドルガルの大剣が振られる。それがワタルの横腹にあたる寸前、


「ぐっ」


 それをギリギリで手で防ぐ。だが、その衝撃に耐えられずにワタルは吹っ飛んだ。


「くそ、強すぎ、だろ」


 痛みに耐えながらもワタルは立ち上がる。

 普通、こういうのは手加減するものなのではないのか? そんなことを思いながら、ワタルは再び構える。


「悪りぃな、俺のスキルは《剣奴》つってな、剣での攻撃力が倍になるっつう常時発動型のスキルなんだよ。だから手加減が難しくてよ」


 どうやら、この世界にもスキルがあるらしい。それにしても強い、強すぎる。


「でも、お前、結構頑丈だな。手加減したとはいえ、まあまあ強めにいったぞ」


「そりゃどうもっ!」


 そしてもう一度ワタルは、肩に大剣を担いでいるドルガルに突っ込む。今度はさっきよりも数段速い、チンピラの時と同じ感覚だ。


「速ぇが、動きがあめぇ」


「ぶっ」


 そういうと、ドルガルは懐に入って来たワタルの顎を膝で蹴り上げる。そしてワタルはその衝撃で宙を舞い、地面に受け身もとれずに落下する。


「う、ぐっ、やっべぇ」


 強すぎる。あまりにも力の差がありすぎて、一発も打ち込めない。


「ハハッ。マジかよ、まだ意識があんのか。ったく頑丈すぎんだろ」


「―――ハッ! 嬉しくねぇ称賛あんがとさん! それに、こちとらめっちゃ痛ぇんだよぉ!」


 ふらふらと立ち上がるワタルの口調と顔は、ギルドに入ってきた時のワタルと同じものだった。それにドルガルは疑問に思うが、それを考える暇もなくワタルは馬鹿正直に突っ走ってきた。


「ヤケになっと死ぬぜ。それじゃダメだ」


 ドルガルは担いでる大剣を振り下ろす。

 そしてその切っ先はワタルに迫っていき、直撃する寸前にワタルは横に避ける。その動きは、あまりにも不自然だった。そんなワタルの動きは勢いがいきなり止まり、横に避けるという不思議な動きだった。


「なっ!?」


「よっと」


 すると、切る相手を失った振り下ろされた大剣は地面に突き刺さった。そしてそれをワタルは蹴り砕く。


「うっそだろ!?」


「ところがどっこいホントです!」


 次の瞬間、ドルガルの視界からワタルが消えた。


「消え」


「てねぇよ!」


 上からワタルの声が聞こえる。その声の方向を見やると、ワタルが凶笑を浮かべ、足を振り上げていた。


「喰らいやがれぇぇぇぇぇっ!」


「ぬおぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」


 ワタルは勢いよく足を振り下ろす。それをドルガルは腕で受け止める。そして、


「ぬあぁっ」


 ドルガルに打ち負け、ワタルは地面に落下。


「くそ、とどか、ねぇか」


 そして力を使い果たしたのか、ワタルは意識を手放す。




               △▼△▼△▼△▼△




「――い、――おい! おい! 起きろ、ワタル!」


「っは!」


 ドルガルに起こされ、ワタルは起き上がる。どうやら、まだ試験場の中のようだ。


「俺、まさか気絶して?」


「ああそうだ。・・・ところで、お前ホントにそれが素か?」


「? そうっすけど」


 質問の意図が読めない。そんなキョトンとした様子で首をかしげる。


「いや、それならそれでいいが・・・」


 なんだか歯切れが悪いが、今はそれより、


「そうだ! それよりも試験の結果は・・・」


 きっとダメだったのだろう。ワタルがそう思うのも当然だ、ワタルはドルガルに一発もあてれることもなかった挙句、気絶してしまったのだ。もちろん結果も・・・


「合格だぞ」


「そう、ですよね。やっぱダメ・・・え?」


 淡々と放たれたドルガルの合格通知に、ワタルは呆気にとられる。


「まじっすか!?」


「あぁそうだよ。あのなぁ、俺冒険者ランクE~S級の中で、A級だぞ?そんなA級冒険者随一の攻撃力を持つ俺の攻撃を2回も当たって耐える奴なんざ初めてだぞ」


 聞くと、E~B級は無所属冒険者、A級は専属冒険者(選択可)、S級はギルド長、いわゆるギルドマスターだそうだ。


「まぁとにかく、よろしくな! ワタル!」


「はい! よろし―――」


「あぁ? そいつが新人のガキか?」


 その時ワタルの挨拶を遮り、声が聞こえた。それはどこか気だるげな、聞いたことのある声だった。


 その声がする方を見やると、そこには男がいた。紺色髪の、眼帯をつけた腰に鞭を掛けている男だ。その姿にワタルは絶句する。それもそのはずだ。なぜなら――――


「オイ、なにか言えよ。あぁいや、まずは名乗らねぇとだな。チッ、メンドクセェ。俺ぁ、このギルドを担当してるギルドマスターのベルガルト――――ベルガルト・オルスだ。」



――――その男、ギルドマスターが、前世でワタルに『死』をもたらした『怠惰な襲撃者』と、顔も、声も、名前さえも、同じだったのだから。




『世間は広いようで狭い』


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