第零章 / 8話 『突如の災悪』


「べる、がると・・・? え? なん、で・・・?」


 突然現れた前世での怠惰な襲撃者―――ベルガルトに、ワタルは驚愕で声が出ない。そんなワタルを、ベルガルトは睨んで来る。その視線に、ワタルは冷や汗をかく。


「おい、オメエ、目上の人には『さん』付けをしろって習わなかったのか? それと、相手が名乗ってんだ。オメエも名乗れよ。メンドクセェ」


 睨みながら、ベルガルトはワタルを咎めるように言う。


「えと、俺は、その・・・・」


 必死で自分の名前を言おうとするが、相変わらず声がでない。マズイ。ワタルは心の中でそう思った。このままでは、奴の機嫌をそこねてしまう。このままでは、ドルガルごとワタルは殺されてしまう。だが、

――――解決策が、恐怖で思いつかない。


 すると、


「おう、ベルガルトさん。こいつはキトウ・ワタルってんだ。それとベルガルトさん、顔が怖いですよ? ほら、ワタルがビビってんじゃないすか」


 そこえドルガルが軽い口調で、割って入ってきた。


 ダメだ。これでベルガルトはワタルの名を知ってしまった。このままでは、ワタル達は殺されてしまう。


「あ? なんで俺がこいつの顔色を窺わなきゃなんねぇんだよ。メンドクセェ」


 どうする? 一か八か、ベルガルトと戦うか?いや、それではダメだ。どうする、どうする。

 いくら考えても、打開策が思い浮かばない。そして、


「まぁ、野垂れ死なないようにな。後処理がメンドクセエからな」


「・・・・え?」


 奥へ引き返していった。そのベルガルトの行動に、ワタルは間抜けな声を出す。

 街中だったからだろうか、ドルガルがいたからだろうか。なんにせよ、危機は乗り越えた。


「ふぅ、悪ぃな。ベルガルトさんってあんなだけど、結構強ぇんだぜ?あの人は『魔物使い』っつってな、魔獣だの魔物だのを従えて使役できるんだぜ?街中に魔獣が潜んでて、この街自体があの人のテリトリーなんだよ。だからランクもS級、ギルドマスターにも選ばれるのも必然って奴だ」


 ワタルは前世を思い出す。思い出したくないトラウマだが、確かにベルガルトは燃える狼の魔物を操っていた。あれはスキルによるものなのだろう。


「まぁそんなことよりもだ。ほら、はやく登録しにいこうぜ」


「は、はい・・・」




               △▼△▼△▼△▼△




「はーい、これが冒険者証ねー。これ使ったら通行金払わなくてもよくなるからねー」


「へー」


 カリナ曰く、町に入るためには通行金なるものを払わなければならないらしい。だが、この冒険者証を見せればそれをスルー出来るらしい。あと、これがあれば危険区域に入ることも出来るとか。


「んな便利なものなのか・・・」


「そーなんだよー。だからこの冒険者証のために試験受ける人も多くてねー。まぁ、だいたいは不合格になるけどー」


 試験管全員がドルガルのような奴らならば、それも当然だ。


「それとー、これにはスキルも見れる機能があるんだー。ほら、ここのスキルって書かれてるところを押してみてー」


「これか?」


 カリナに言われるがままに、ワタルはカードに書かれているスキルの部分を押す。

 もちろん、その内容は変わって・・・いた。

 スキルの欄に、前世では絶対無かった《力を生み出す能力ゼロ》という文字が書かれていた。


「んだ? これ」


 疑問に思い、その文字をタップしてみる。すると、その《力を生み出す能力ゼロ》の説明書きが出てきた。

 内容は、ゼロから力を生み出す的な能力だそうだ。これであの時、あのチンピラを吹き飛ばすほどの力の説明がついた。だが、問題は何故そんなスキルが突然出現したかだ。


「んー・・・わからん」


「・・・なぁ、ワタル。お前、武器も防具もないんだよな」


「え? あ! そういえば!」


 忘れていた。しばらくしたらこの街を出ようと思っていたが、武器も防具もないのなら、外に出ても、すぐ異世界送りだ。どうしたものか・・・


「それなら、俺の知り合いがやってる鍛冶屋に行きゃあいい。ちっと気難しい爺さんがやってるところだが・・・まぁワタルなら大丈夫だろ」


 鍛冶屋に行くだけなのに「大丈夫」とは?

 ワタルはドルガルの言葉に疑問に思うが、とりあえずすみに置いておく。ただ、それより問題なのは、お金が無いことだ。


「金銭問題、どうすっかなぁ・・・」


「あ! そうだワタル君。はい、これ」


 カリナからずっしりと重たい袋を渡される。その中には、金貨が三枚も入っていた。


 「それは新人冒険者へのギルドからの支援金。これからがんばれー! ってことだよー」


 まさかそんなサービスがあるとは・・・なんにせよ、これで恐らく買える。


「それじゃあ、行ってきます!」





               △▼△▼△▼△▼△




「おじゃましまーす・・・・」


 ゆっくりと、ドルガルに教えてもらった鍛冶屋の扉を開ける。


「おぉ。ここが鍛冶屋」


 ワタルが周りを見渡すと、様々な防具や武器が目に入る。


「す、すげぇ!」


 なんとも男のロマンが詰まった場所だろうか。ここにいるだけで、1日は時間をつぶせるだろう。周りには剣だの、鎧だの、ワタルの中二心をくすぐる物ばかりだ。

 そしてワタルは、すぐそばにある剣に触れようとする。すると、


「うわぁっ!」


 手のすぐそばに、ナイフが飛んできた。

 あまりに突然な出来事に、ワタルは後ろに飛びのく。


「小僧! お前、何やって・・・」


「申し訳ございませんでしたぁ!」


 怒号をかけられ、ワタルは思わずその場に土下座する。


「お、おぉ」


 ワタルの迅速すぎる土下座による対応に、その声の主は驚いているようだ。そしてワタルはゆっくりと顔を上げ、その声の主を見る。

 背は小さいが、それに似合わず体はどっしりとしている白髭を生やした白髪の老人だ。この体系から察するに、ドワーフだ。


「んで、お前さんは何をしとった」


「防具と武器を買いに来て、そこにあった剣に触ろうとしました!」


「ふむ・・・・嘘はついてねぇようだな。疑って悪かった」


「え?」


 あまりに早い納得に、ワタルは呆けた声を出す。こんな悪人面をしている人間を、そう簡単に信じてもいいのだろうか。

 ワタルのそのドワーフへの第一人称は、『詐欺に騙されそうな人』だ。我ながら酷いと思う。

 そんなワタルをドワーフは見ている。そして、


「――――流石の俺も、異世界人の客は初めてだぜ」


 などと、ワタルの素性を簡単に言い当てた。


「な!?」


 老人に素性を言い当てられ、ワタルは身構える。


「ん? あぁ、そんな身構えなくていいじゃぜ?俺の場合は『鑑定眼』があるしな」


「カンテイガン?」


 カンテイガン。その言葉を聞いてワタルは首を傾げる。


「《鑑定眼》だ。見たもんの情報が丸わかりになるんだぜ? 便利だろ」 


 どうやら、《鑑定眼》とはスキルらしい。


「つーか、出身までわかるとか、プライバシーの侵害すぎるだろ・・・」


「んで、どんなもんを買いに来たんだ?」


「っと、その前に質問」


「ん?」


「さっき、なんで俺が嘘ついてないって分かったんです? 俺、結構悪人面ですよね」


 自分で言ってて悲しくなってきた・・・。だが、気になるのも事実だ。


「あぁ、それは俺の《情報を見る能力鑑定眼》が、ちと特殊なだけだ」


 なんでも、老人の《情報を見る能力鑑定眼》は人の心がぼんやりとだが分かるらしい。

 ・・・・・・さっきの詐欺に引っ掛かりそうってのは意味が分からないと思うのでセーフだろう。多分。


「―――それで、いい加減何買うか決めろってんだ。こっちも暇じゃないんでな」


「は、はい。・・・あれ? でも店には誰も・・・・」


「・・・・・」


「ナンデモナイデス」


 すごい形相で見られたので、この話をするのはやめておこう。うん。


「ええっと、武器と防具なんですけど、オーダーメイドって出来ますか?」


「『おうだあめいど』? 異世界の言葉か?」


「なんというか、客の希望にそって商品を作る・・・的な?」


「それなら、その希望次第だな。ドワーフってのはこだわりが強い生き物なんだ。納得できなきゃやんないってのがドワーフだぜ?」


 つまりは頑固ジジイというやつか?っと、これも老人には聞こえるのだった。完全に失念していた・・・


「あのー、それじゃあ、これを防具みたいにするってのは出来ますか?」


 そういってワタルが見せたのは、ワタルが今着ているパーカーだ。


「できなくは無いが・・・・一応、理由でもきこうじゃねぇか」


「いや、普段着で戦うのってなんだかかっこよくないですか? クールな感じで」


「・・・ハァ、分かった、そういうことにしてやるんじゃぜ」


 恐らく、老人にはワタルの胸中なんてお見通しなんだろうが、スルーしてくれたのは素直に嬉しかった。


「それじゃ、それ脱げ」


「え?あ、俺これしか着るもんなくて・・・」


 流石に悪人面が半裸のような状態で歩くのは地獄絵図すぎる・・・


「チッ、それじゃあこれでも着ろ」


 ワタルは老人にもらった服に着替える。よかった。半裸で歩くことにならなくて。本当によかった。


「んで、武器はどうすんだ?」


「んー・・・悩みどころだな・・・・」


 無難に剣というのも悪くない。だが、スタイリッシュさを追求するなら――――


「やっぱ、ダガーかな」


「分かった。値段だが、金貨10枚ってとこだな」


「げ」


 老人から値段を告げられ、ワタルは顔をしかめる。金貨が全く足りない。


「やっべぇ、どうにかしねぇと・・・・」


「ん? 金が足りねぇのか? ・・・ったくしゃあねぇ、初回限定ってことで、勘弁してやるんじゃぜ」


「え!? いいんですか!?」


「いいって言っとるじゃろ」


 本当、異世界に来てからワタルは恵まれすぎてる。自分がこんなに恵まれてていいのかと思うほどに。


「っていうか、ドルガルさん気をつけろって言ってたけど、結局なにが気をつけろだったんだろ」


「ぬ。お前さん、ドルガルの小僧と知り合いか?」


「え? は、はい、色々とお世話になりまして・・・」


 あの人、小僧って年齢なのか?

 ワタルは心の中でそんな失礼なことを考えた。


「ハッ、俺にとっちゃ、人間のほとんどが小僧じゃよ」


「そ、そうなんすね」


 ドワーフというのはそんなに長寿な生き物なのだろうか・・・

 それはそうと、エドルはどうしているのだろう。たしか、何処かの鍛冶屋で働いてると言ってたと思うが・・・この老人の所ではないようだ。

 この老人もドルガルと知り合いらしいし、エドルの勤め先を知ってるのではないか?


「ん? どうした?」


「いや、なんでも」


 ワタルはそんな疑問を隅によけ、老人と再び話し始める。


「? そうか?それで、武器と防具だが、明日の朝にでも取りに来い」


「はい! えーと・・・」


「ゲルダルクだ」


「ゲルダルクさん。ありがとうございました」


「・・・・・あぁ」


 その日はただただ街を走り回って、適当な宿屋で寝た。




               △▼△▼△▼△▼△




―――次の日



「おはよーございまーす・・・・」


 翌日、ワタルは鍛冶屋のドアを開け、中に入る。

 当然、まだ中は暗い。


「ん? あぁ、ワタルか、早いな」


 奥からゲルダルクが出てくる。酷いクマだ。


「はい、楽しみで・・・あの、そのクマ・・・」


「あぁ、これは徹夜しとったからな。なに、鍛冶士にはよくあることだ」


「そ、そうですか・・・・それで、武器は出来たんですか?」


 そうワタルがいうと、ゲルダルクが何かを取り出した。ダガーだ。


「おお! かっけぇ!」


「切れ味抜群だからな。気を付けるんじゃぜ。それとほれ、防具」


「おお! 素材の味を崩さない素晴らしい腕!」


「何言ってんだ?」


 正直自分でも何言ってるのかわからない。でも、それくらいすごい出来だった。


「当然じゃぜ。今日、ギルドにでも行ってクエストを受けるといい。それと、これの性能なんじゃが―――」


 その瞬間、地面が大きく揺れた。


「な、なんだ!?」


 揺れが収まると、すぐさまワタルとゲルダルクは外に出て、辺りを見回す。


 「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」


「なっ・・・!?」


 思ったよりもその元凶と思われるものはすぐ見つかった。魔物だ。5メートルほどの巨体、緑の体。


 ―――街の中に怪物が現れ、街を破壊していた。




『突如の災悪』


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