第零章 / 9話 『複数一体の悪意』


「な、なんだよ、あれ・・・!?」


「グルオアアアアアアアアアッ!」


 街を破壊している怪物を前に、ワタルは声を漏らす。

 その横で、ゲルダルクはその怪物を睨んでいる。


「・・・ありゃトロルじゃな」


「トロル・・・」


 聞いたことがある。というか、異世界系だとかゲームなんかでよく敵キャラとして出てくる魔物だ。ゲームだと雑魚よりちょっと強い敵キャラ的なポジのはずだが・・・


「完ッ全に、ボスキャラの風格じゃねぇか・・・」


「その『ぼすきゃら』ってヤツが何だか知らんが、あのトロルは相当強いぞ」


「とにかく助けに行かねぇと!」


 こんなとこで話してる場合じゃないと、ワタルは貰った服を着てその怪物のもとへとゲルダルクと共に向かった。




               △▼△▼△▼△▼△




「―――ドルガルさん!」


「!? ワタル!」


 トロルの元へと向かっている途中、ドルガルと合流した。どうやらギルドにもこのことは伝わっているようだ。


「おう、ドルガル」


「おっちゃんも一緒だったか。ちょうどいい。ワタル! お前も手伝え!」


「ぬぇ!?」


 いや、別に嫌というわけではないのだが、新人にそんな重大任務頼んでもいいものなのか?


「安心しろ!お前の実力は俺とおっちゃんの目が保証する!」


「は、はい!」


「指示は俺がだす。お前ら、ついてこい」


「おう!」

「はい!」


「グウウウ・・・・」


 ワタルとドルガルは構え、トロルに向き合う。


「ドルガル! 右から回れ! 小僧! お前は上から行け!」


「了解! っと!!」


 ワタルは足に力を入れ『ゼロ』勢いよくジャンプする。そして出来立てほやほやのダガーを抜き、落下に合わせてトロルの顔を突き刺す。


「グアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 その痛みにトロルは絶叫をあげている。

 それと同時に、ワタルの手に生き物を刺した気持ちが悪い感触が腕を襲う。それでも、ワタルは刃を奥へとねじ込む。


「うおああああああああありゃああああああああああああ!」


 ワタルもトロルに負けない程の大声を出し、トロルの顔面をそのまま切り裂いた。


「うぉっとと・・・・・え?」


「ギャオアアアアアアアアアアアアアアア」


 顔を突き刺され、トロルは絶叫をあげている。見た目の割にはなんだかあまりにも弱すぎる気がする。

 なんかもっとこう、「くっ、硬すぎる・・・!」みたいな展開はないのだろうか・・・・・


「小僧! 油断するんじゃねぇ!」


「グオオアアアアアアアアア!!」


「うわぁっ!?」


 ワタルが呆然としていると、顔をから血を流したトロルが腕を伸ばしてワタルを掴もうとしてきた。

 しかもそのスピードは図体に似つかな程に速く、ワタルももう少し遅ければ、鷲掴みにされ、骨ごと握りつぶされていただろう。


「でも、相当深く刺したはずだぞ?」


 先ほど、ワタルは顔を抉るように切りつけたハズだ。それなのに、トロルはワタルを正確に捉え、握りつぶそうとしてきた。

 そのことに疑問を覚え、ワタルはトロルの顔をもう一度見た。


「・・・・うっそだろ、オイ」


 ワタルが見たのは、切りつけた傷がくっつき、癒えていくトロルだった。


「トロルは再生力が通常の生物の何倍もある。だからといって、顔まで再生するやつぁ、俺も初めて見たがな」


「なるほどな、防御力がない代わりに、再生力がハンパないってことか」


「――――俺のこと、忘れてねぇかぁ!?」


「ドルガルさん!」


 ゲルダルクからの解説を受けてる合間に右から回り込んでたドルガルが声を上げ、大剣を肩に担いで、そのまま振り下ろし、トロルの左足を切り飛ばした。


「グオオオオオオオッ!」


「どうだ!」


「あれがA級・・・」


 1mはある大剣を軽々と振り回すとてつもないパワー。そのドルガルの強さに、ワタルは改めて驚く。が、その攻撃も意味はなかった。


「グウウオオオオオオオオアアアアアアアアアア!」


「オイオイオイオイ!マジかよ・・・!」


トロルが叫ぶと、切り飛ばした左足の断面がうねりながら伸び、元の位置に癒着した。


「そんなんアリかよ・・・・」


「・・・・あのトロル、なんだか変じゃぜ」


「変?」


 変といったら、切りとんだ足がくっつくこと自体変なのだが・・・


「具体的にどこが変なんですか?」


「いやな、なんだかあのトロル、中身をいじられてるような感じがするんじゃぜ」


「中身を、いじられてる?」


 マッドサイエンティストによって生み出された悲しきモンスターのようなイメージだろうか。


「! 小僧! 避けろ!」


「え?」


 ゲルダルクに怒鳴られ、ワタルは振り返る。

 その視界に映ったのは赤い物がこちらに勢いよく飛んできていて―――


「なっ!?」


 それが、ワタルの目の前で爆ぜた。


「どわぁ!」


 ゲルダルクが知らせてくれたおかげでギリギリ避けることができた。

 それでも相当な爆風でワタルは吹っ飛んだ。


「なんだ!?」


 ワタルはその赤い物が飛んできた方向を見やる。そこには、


「ギャッ、ギャギャッ」


「ゴブリン!?」


 そこには、パチンコのような物を持った、20匹近いゴブリンがいた。


「―――っ! こんな時に・・・!」


「ワタル! 大丈夫か!?」


「はい、今のは・・・」


「ありゃ爆魔石だ。ちょっとした衝撃を受けるだけで、爆発しちまうっつーヤツだ・・・」


 なるほど、名前の通り爆弾のような物なんだろう。

 そして、それをあのゴブリンたちはパチンコらしき物で飛ばしてきたということか。

 納得はした。だが、まだ疑問が残る。


「ゴブリンにそんな知能があるのか?」


「いいや、ねぇ。しかもアイツら、明らかにワタルの死覚を狙っていやがった。・・・なんだか妙だな」


 ドルガルはゴブリンの不審点をいくつか述べ、なにか考える。それにはワタルも同感だ。


「・・・・・まさか」


 そこで、ワタルは何かに気づく。この事件の主犯格、犯人の正体だ。


「クソがっ!」


 奥歯を噛みしめながら、ワタルは余りのクソ現実に悪態をつき、舌打ちをする。


「? ワタル、お前なんかわかったのか?」


 そんなワタルの様子に、ドルガルはなにかを察したのか、そう問いかけて来る。

 だが、それにはワタルは答えない。―――いずれ、わかるハズだから。


「それより、ドルガルさん、ゲルダルクさん。俺に考えがあります」


「ほう、嘘・・・・じゃなさそうだな。分かった、のってやるんじゃぜ」


「俺もワタルを信じるぜ」


 本当、ワタルは恵まれてる。こんな自分を信じてくれる2人にワタルは頭が上がらない。が、今はそんな感慨に浸ってる暇はない。ワタルは気を確かに持って、2人に指示をだす。


「ドルガルさんは、俺と一緒にアイツの足止めを。ゲルダルクさんは・・・・」


「安心しろ。俺も一応は戦える」


「そうなんですね、それなら・・・・っておうわぁ!?」


 ゲルダルクの話を聞いて、ワタルはドルガルの方を向く。そこでワタルはその光景に驚いた。

 それもそのはず、ワタルが見たゲルダルクは、さっきまでは持ってなかった、ワタルの身長ほどある巨大な斧を担いでいたからだ。


「ん? どうしたんじゃぜ?」


「いや、どうしたもこうしたも・・・・それ、どっから出したんですか?」


「あぁ、まぁ・・・な」


 何それ怖い。

 ワタルが微苦笑で問うと、ゲルダルクはそれを濁した。すっごく気になりはするが、今は置いておくことにする。


「ま、まぁともかく、ゲルダルクさんはゴブリンを頼みます。それと、ゴニョゴニョ」


「ふむ、わかった。それじゃあやるか」


「はい!」




               △▼△▼△▼△▼△




「ぬんっ、むんっ!」


 ゲルダルクは巨大な斧を振り回し、ゴブリンたちを切り倒す。あまりの勢いのため、20匹ほどいたゴブリンたちは、なすすべなく全滅してしまった。

 そしてゲルダルクはいくつか地面から何かを拾い、それをワタルに投げつけた。


「小僧! 受け取れ!」


「おわっ! あっぶな・・・!」


 それをワタルは受け取ると同時に『器』に収納し、2人に呼びかける。


「ドルガル! ゲルダルク! 離れてろ!」


「!? お、おぉ!」


 ? なにかおかしなことを言っただろうか。2人は少し驚きながらも、ワタルの命令に従う。


「さてさて・・・・」


 ワタルは改めてトロルに向き合い、下からトロルを睨みつけ、何処か冷や汗をかき。


「準備は整った。―――――さぁ、ラストスパートだ」


 そう、宣言したと同時に、ワタルは一気に加速した。


「グオオオオオオオ!」


 そんなワタルに向かって拳を伸ばすが、ワタルはさらに加速してその拳を避ける。そしてトロルの目の前で真上にジャンプする。


「グアアアアアアア!」


 すると今度はトロルが大きく口をあけ、ワタルに嚙みつこうとしてきた。

 だが、ワタルはそれを手と足を使い、口を閉じないようにつっかえ棒のようになる。


「あっぶ。・・・って、口クサッ! でも、これでOKだ」


 そしてワタルは冷や汗をかきながらも、不敵な笑みを浮かべる。そのワタルの口には、赤くきらめく物がある。――――それは、先程ゴブリンが持っていた爆魔石だ。

 さらには、周りにも赤くきらめく爆魔石があり―――――


「くたばれ。バーカ」


 その言葉と同時に、何かが砕ける音が聞こえ――――辺りを爆炎を包み込んだ。




               △▼△▼△▼△▼△




 何も聞こえない、何も感じない。


さっきの作戦は上手くいったのだろうか。しっかり、勝てたのだろうか。ドルガルやゲルダルクは、無事だろうか。


 何も聞こえない。何も感じない。


「――タル。―――ワタル!」


 何も感じぬ中、声が聞こえた。

 そのことに安堵し、ワタルは目を開ける。


「ん、ぁ」


「おお! 起きたか! って、お前の体どうなってんだ!? さっきまで黒焦げだったっつうのに、みるみるうちに治っちまったぞ?」


「なるほどな、それがお前のスキルか。能力内容は知ってたが、実際見てみると、なんだか気持ち悪いな」


「ところでワタル。どうしてアイツのことを倒せたんだ?」


 ドルガルがそう問いかけてきたが、答えは簡単だ。


「それは、ドルガルさんがアイツの足を切り飛ばしたとき、新しい足が生えてきたわけじゃなくて、足が癒着したじゃないですか?だから、再生部分がすでにダメになってたら、再生もしないんじゃないかなーって思っただけなんですよ」


「だけって・・・・まぁ、ともかく、ワタル。服」


「え? ・・・・・・・・あ!」


 そこでワタルは自分の服が焼けこげ、下着一枚だけになってることに気づく。


「どどどどどどどうしよう!」


「落ち着け落ち着け、ほら予備だ」


「あ、ありがとうございます」


 どこまで準備がいいのか、ゲルダルクが先程までワタルが着ていたものと同じものと、シャツを渡してきた。ワタルはすぐさまそれに着替え、周りを見回す。


「み、見られてないよな?」


 もしも見られていたら大ごとだ。だが、幸いにも周りに人はいな――――


「・・・・?」


 そこでワタルは違和感を感じる。おかしい。いくら一般人が避難したからとはいえ、あの惨状だ。何人か逃げ遅れてても不思議はない。

 ただ、周りは余りにも静かすぎる。


「――――あぁ、ひっさびさにこぉんなに食べたよ。オイシカッタなぁ」


 すると、静寂が破られ、少年の声が聞こえた。ただ、その声は少年の声にしては、あまりにも悪意に満ち溢れていた。


「!?」


 その声に怖気を感じ、ワタルたちは声のする方に視線を送る。

 その声の正体は、声の通り6歳ほどの矮躯な少年で、ぱっと見普通の少年だ。だが、その頭には白と黒の不思議な模様の仮面を付けていて、その手には長剣を握り、引きずっていた。

 その悪意の声に、ワタル達は無意識に構えていた。


「・・・・・おいそこのガキ、ここは危ねぇから離れたがいいぞ」


 ワタルは威圧感をかけつつ、忠告をする。

 だが、少年はそれに全く動じず、むしろ笑みを深める。


「あぁ! 心配してくれるのかい!? このオレを!? 嬉しい、嬉しいなぁ!」

「うるさいぞ、オレ。いくら何でも今日は食べすぎだよ。はぁ、ボクは食べるのにはもう飽き飽きってのにサ」

「そうよそうよ、オレ。オレは食べるものに品がなさすぎ。ワタクシは美食を求めてるっていうのに・・・」


 少年は自分の体を抱きしめ、身をくねらせながら恍惚な表情で歓喜してるかと思いきや、突然表情を変え、独りごとを呟き、また表情が変わると、今度は呆れた顔で、またもや独り言を呟く。―――まるで、自分に言い聞かせるように。


「? お前、誰と話してんだ?」


 そんな摩訶不思議な少年の状態に、ワタルは疑問を覚える。

 その質問に少年は目を開き、凶笑を浮かべてその質問に答える。


「誰と!? そんなの決まってるじゃないか!」


「ボクはオレと」

「オレはワタクシと」

「ワタクシはオレと」


「「「喋ってるに決まっているじゃないか!」」」


 相当の中二病というワケじゃないかぎりは、これは『多重人格』というヤツだろう。


「わかった。それは分かった。だがな、ガキ、お前なんでこんなとこにいる?」


「それはね、オレたちのボスの命令さ! アイツらと協力してこの町をぶっ潰せって命令を受けたって訳さ!」


 悪の組織。団体様。その言葉だけで、その少年がどんな組織に入ってるかを連想するには、十分すぎる情報だった。


「・・・ドルガルさん、ゲルダルクさん気をつけてください。アイツ、俺が知ってる一番恐いヤツと、恐らく同類です」


「ってーと?」


「アイツは恐らく―――『無双の神判』の奴です」


「「無双の神判?」」


 ワタルの言葉に、2人は怪訝な顔をする。それもそのはずだ、恐らく奴等が来た街はほとんどが滅ぼされてしまっているのだろう。

 だから2人が無双の神判のことを知らなくてもなんら不思議はない。

 だが、たとえ奴等が来た街が滅ぼされていようと、この街をそうはさせない。今、ワタルは前世とは違う。今のワタルには『力』がある。だからこの街は滅ぼさせない。この街は、ワタルが守る。


「アッハハ! お兄さん! もしかして僕たちのこと知ってるの?」

「オレうるさい。ねぇねぇお兄さん、その『恐いヤツ』って誰のこと?」

「知識変態の引きこもり? 怠慢人形繰りのダメ人間? 変幻自在の淫乱女? 面倒くさいメンヘラ女? 命令ばっかの上から野郎? そ・れ・と・も、もうすでにくたばった沸点低すぎダル男? ちなみに、あいつらはワタクシの『センス』に合わないから、食欲全くわかないんだー」


 少年はつらつらと誰かのことをまくしたてる。恐らく、別の支部長たちのことだろう。考えたくもないが・・・・・

 それにしても、あんまり支部長同士の仲は良くないのだろうか?


「お前・・・・いや、お前らって呼んだがいいのか? ――――他には、誰が来てる」


「アッハァ」


 ワタルの問いに少年は不敵な笑みを浮かべ、ワタルを見る。いや、正確にはワタルの後ろだ。


「―――おい餓鬼、あのクソ女は来ねえらしいぜ。チッ、なんで俺がんな事をしなきゃなんねぇんだよ。メンドクセェ」


「――――っ!?」


 背後から聞こえた声に、ワタルは思わず身を固くする。そしてゆっくりとその声の方向を向く。ベルガルトだ。


「やっぱり来やがったか」


「あ? なんだ? オメエ、俺が来ることを知ってたような口ぶりだな」


 ワタルの言葉に、ベルガルトは怪訝な顔をする。どうやら、やはりワタルのことは覚えてないらしい。

 前世でワタルはベルガルトに殺された。だが、ベルガルトにとってはただの仕事中にあったモブに等しいのだろう。覚えてないのも当然だ。


「それよりもだ。おいガキ、お前は誰だ」


 ワタルは先程から正体の不明な少年にそう問いただす。まぁ、会話の内容で察することはできるが・・・・


「『誰』? あぁそうだったね、お兄さんにはまだ名乗ってなかったよね」


 少年は何かに納得したようにワタルに向き合い、礼儀正しく一礼しながら―――、



「オレたち」 「ボクたち」 「ワタクシたちは」



「『無双の神判』第七支部支部長の『暴食』——その食欲のベズゼ・イート」


「同じく『暴食』、ゼブス・イート」


「そして『暴食』のスブニ・イート」




 ――――――そう、悪意に詰まった顔で、声で、表情で、名乗った。





『複数一体の悪意』


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