第零章 / 10話 『黒い心に従って』
「―――暴、食・・・・」
堂々と名乗りをあげたベズたち、その肩書きにワタルは少し思案する。その肩書きは、ベルガルトの『怠惰』に続き『暴食』。それは、ワタルの元世での中二病御用達ワード。『七つの大罪』の内容と同じだ。
え? なぜそんなことを知っているかって? 現在進行形だからだ。何がとは言わないが。
「まぁ、敵に大罪の名を冠する奴が出てくるのはテンプレだからな」
「・・・なぁ、ワタル。俺、状況が全然掴めねぇんだが」
「あ、あぁそうでしたね。簡単に言うと、あいつ等はクズ共で、この事件の主犯格ってことです」
まだ状況のわかっていないドルガルに、ワタルは真実を簡単に話す。本当は、奴等の話から察するに、もう一人支部長がいるのだろうが・・・・まぁ、それは置いておくことにしておく。
「嘘・・・・じゃねぇな。ドルガル、小僧が言ってることは本当じゃぜ。小僧は嘘をついてない。俺の目が保証する」
ゲルダルクは、『鑑定眼』の能力でワタルの証言を補足してくれた。
そのゲルダルクの弁護と、ベルガルトの態度でようやく理解したのか、ドルガルは納得したような顔をする。
「あ、あぁ、わかった。飲み込む」
「それより、ドルガルさんはあの『暴食』の相手をお願いします。俺とゲルダルクさんはベルガルトの相手をします」
ドルガルに『暴食』の相手を任せたのは、長年専属でやってきたギルドのギルドマスター相手だ、色々と戦いにくいだろうと思った結果だ。
だが、『暴食』は今のところ、全く情報のない相手だ。だが、そこはA級冒険者の腕の見せ所ということだ。以上が、ワタルがドルガルに『暴食』の相手を頼んだ理由だ。
「ありあり? もしかして、オレらの相手は兄貴? アハッ! いいねいいねぇ! 兄弟揃って、オレの胃の中にご案内してあげるよ!」
聞き耳を立てていたのか。ベズが話に割り込んできた。しかも、何か気になる内容を言っていた。
そのベズの話から、ワタルの頭には嫌な可能性が湧いた。
「まさか・・・・」
奴等が冠する肩書きは『暴食』。ベズの胃の中という発言。それだけで、その嫌な可能性は容易に想像できた。
だが、ワタルがその嫌な可能性について追及するよりも速く、ドルガルの口が開かれた。
「おい、何言ってんだ? 俺に兄弟なんざいねぇぞ」
「・・・・・・・・・は?」
それは、とんでもない爆弾発言だ。ドルガルにはエドルという双子の弟がいるというのに、ドルガルは「いない」と言ったのだ。なぜ・・・
「あぁそれもそうだよねぇ! うんうん、そう思うとなんだか切ないよねぇ!」
「はぁ、それをしてるのはオレだろう? まぁ、ボクもしたことあるんだけどサ」
「全く、オレたち五月蠅い。ま、あのオジサンたちはワタクシの舌に合わなそうだからイイケド」
「ごちゃごちゃうるせぇぜ!」
「アハッ」
ペラペラと別人格同士で話し、そこにドルガルは大剣を構えて走り、そしてベズに向かって大剣を振り下ろす。それにベズは嬉しそうな笑みを見せ、長剣でそれをうける。
「ぐっ」
相手が子供だからといって、手加減はしない。ハズなのだが、ドルガルがいくら剣を押し込んでも、ベズたちの細い腕はびくともしない。
「力は結構あるんだぁ・・・でも、それじゃあボクたちには届かない」
「うおっ!?」
今度はゼブスが喋り、その受けていた剣を弾き、それにドルガルはのけぞる。
「うーん、ここではワタクシたちの戦いの邪魔が多い・・・・ヨシ、場所を変えよっか」
「は?」
今度は人格がブニアに変わり、ドルガルを掴んだかと思うと、
《
そう何かを唱え、ドルガルと共に何処かへ消えた。
△▼△▼△▼△▼△
「なぁオイ、オメエ、確か会った時から変だったよなぁ。んなこと聞くのもメンドクセェが、オメエ、一体何時から俺のことを知ってやがった?」
「・・・・言う必要、あるか?」
ベルガルトが何時あったかをワタルに問いてきたが、最初から答えるつもりはない。
そんなワタルの態度を見てか、ベルガルトは舌打ちをする。
「ハナから答える気はねえってか。チッ、メンドクセェ。まぁいい―――」
ベルガルトは一度そこで言葉を切り、ワタル達の後ろに視線を向け、
「―――やれ」
そうつぶやく。すると―――
「! ワタル! 危ねぇ!」
「うおっ!?」
ゲルダルクに勢いよく押され、ワタルは横に突き飛ばされながら、ゲルダルクの方を見た。
何故か、その時は世界がゆっくりで、そのゆっくりな世界の中で、ゲルダルクの方をゆっくりと見る。その時、ワタルの視界に飛び込んで来たのは、巨大な塊―――いや、拳だ。巨大な拳がゲルダルクに激突したのだ。
「か」
ゲルダルクは短く苦痛の声を漏らし、その圧倒的な質量に軽々と吹き飛ぶ。そして大きな音と共に、ゲルダルクは壁に打ち付けられた。
「ゲルダルクさん!」
ワタルはゲルダルクの名を呼んでそばへと駆け寄り、壁に持たれかかっているゲルダルクに安否を問う。
「大丈夫ですか!?」
「小、僧・・・」
ワタルの問いかけに、ゲルダルクは弱々しい声で続ける。
「多分だがなぁ、こりゃあもう、だめじゃ」
「―――っ」
ゲルダルクにあっさりと命の限界を言われ、ワタルは声を詰まらせる。
ダメだ。今ここで諦めてしまったら。ダメだ。今ここで死んでしまったら。
「ダメ、だ」
「なぁに、俺ぁもう百九十何年生きた身だ。もうどうなったってかまわねぇ」
ゲルダルクはすでに諦めモードで、そうワタルに喋りかける。
「だがなぁ、小僧。おめぇは違ぇ」
どうすればいい?どうすればゲルダルクを助けられる?――――どうすれば、ベルガルトに勝てる?
「どうすれば」で頭がいっぱいなワタルに、ゲルダルクの言葉は届かない。だが、次の言葉はワタルの脳に深く突き刺さった。
「―――ワタル、逃げ、ろ」
「――――え」
そしてその言葉と同時にゲルダルクから目の光が消え、カクンと首の力が抜けた。死んだのだ。
「あ、あぁ」
死んだ。死んでしまった。―――いや、死なせてしまった。
「俺が、殺した」
ゲルダルクはワタルを庇って死んだ。それは、もうワタルが殺したも同然だ。
そんなことを考えながらもフラフラと立ち上がり、初めてその巨大な拳の持ち主を見据える。
それは単眼で筋肉質な体つきの怪物だった。この怪物も、ワタルは元世でのゲームで見たことがある。サイクロプスだ。
さらには、一体今までどこにいたのかと思うほどの大量の魔物が、至るとこから現れた。その形は、蛇に狼に虫に、さらにはライオンなどと種類が多彩にいた。
「あ? なんかアッサリ死んだな。老いて鈍ったのか? まぁいい、んな事考えるのはメンドクセエからな」
「俺のせいで、俺が、俺が・・・・」
何かが込み上げて来る。どす黒い感情が、湧き上がってくる。自己嫌悪が、とどめなくあふれかえってくる。
「クソが・・・・!」
ワタルはそう言って唇を強く噛む。――――まるで、自分を罰するかのように。
――――次の瞬間、ワタルの体は自然に動いていた。
手を地につけ、どす黒いこの気持ちに従ってこう言った。
「死ね」
その瞬間、朝日に照らされて出来た沢山の魔物たちの影が少し盛り上がる。刹那、その影が爆発したように伸び、サイクロプスとベルガルト以外の魔物たちを串刺しにして、殲滅した。
「―――――」
その出来事に軽く目を見張ったベルガルトを、ワタルは鬼のような形相で睨む。
そして足を強く踏み込み、ベルガルトに向かって加速。
「グウウウアアアアアアア!」
『「邪魔ダ」』
ワタルは影を腕に纏い、立ちはだかるサイクロプスを薙ぎ払い、上半身が消し飛んだ。
当然、これによってサイクロプスは絶命した。
そんなことは気にせずに、ワタルはダガーを器から取り出す。そして今度はベルガルトに狙いを定め、首をダガーで切りつけ――――
△▼△▼△▼△▼△
「はぁっ! どらぁっ!」
「アッハハ! ホラホラ、こっちだよ!」
大剣を振り回すドルガルを、ベズは挑発しながら右へ左へと避けていく。
「ダメだよ。そんなんじゃボクらを倒すことなんてできないよ?」
「ねぇねぇオレ。ホントにこのオジサン食べるのぉ?ワタクシ、こんな汗クサソーなオジサン嫌なんだケド」
「いい? ワタクシ。オレは未知を求めてるんだ! たとえそれがどんな味だったとしても! オレは残さずたいらげる! たいらげて見せる! それが『暴食』であり『悪食』であるオレの本質だ!」
「オレうるさい。それに、ボクには美食だとか味だとか関係ないってのにサ」
『暴食』たちは互いに言い争いをしながらドルガルの攻撃を避け、今度は少し距離を取り、ドルガルを見て嗤った。
「つまりさ、ゼブスもブニアもオジサンのことは食べないってことでしょ? じゃあさじゃあさ、オレがオジサンのことを喰らい尽くしちゃってもいいってことだよねぇ!」
「どーせボクらが反対しても食べるつもりだったんでしょ?」
「そうそう。ま、ワタクシは別にイイケド」
「おいおい、勝手に俺が食われる前提で話を進めてんじゃねぇよ」
ベズの言葉に、他の暴食の人格たちが賛同してるのを見て、ドルガルはそう言った。だが、『暴食』たちはそんな言葉に耳を貸さずに、方針が決まったのか、腕をだらんと力を抜いた状態にし、そして――――
《
そう、先程ドルガルと移動した際の能力を呟く。
すると、目の前から『暴食』の姿が消える。
「それじゃ、イッタダッキマース!」
突然、背後から少年の声が聞こえてドルガルは振り向く。そこには、
「な」
そこには、矮躯な体から飛び出した黒いワームのような口が、ドルガルの眼前まで来ていて―――
――――ドルガルを、飲み込んだ。
『黒い心に従って』
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