第零章 / 幕終 『本番はここから』


「はぁぁぁぁっ!」


 ―――ワタルがベルガルトの首を斬りつける寸前のことだった。


「――――っ!?」


 鉄がぶつかる甲高い音が響き渡り、ワタルの手から離れたダガーとナイフが宙をクルクルと舞っていた。

 それをワタルは驚いた顔で、ベルガルトは澄ました顔で眺めている。

 そしてベルガルトは呆けたワタルの腹に蹴りを喰らわせ、ワタルは吹き飛んだ。


「がはっ」


「やぁっと来やがったかよ。『793』」


 苦しむワタルに見向きもせず、ベルガルトはナイフが飛んできた方向を見る。『793』。これは前世で一度、ワタルを殺したメイド姿の人間だ。


「申し訳ございません。第三支部長様」


 声が聞こえた方向を見てみれば、そこには灰髪ショートのメイド姿で、首輪がはめられた感情のない顔の女性。それは、前世の姿と一致していた。

 一方その793はワタルのことを覚えているらしく、その感情のない顔を崩し少し瞠目するも、直ぐに表情を消し、無表情を取り戻した。


「丁度いい、オイ793、こいつを殺せ。俺ぁもうメンドクサくなっちまった」


「・・・・・はい」


 七九三は少しの沈黙の後返事をし、ワタルの方向を向く。それからどこかからかナイフを3本ほど取り出したかと思えば、それを上に投げた。そしてそのナイフが793の顔の横に来たところで空中に止まった。

 するとそのナイフの切っ先がワタルの方向を向いた。その変化にワタルは恐怖を覚え、とっさに右へ飛びのき、地面に刺さったダガーを引き抜く。


物を射出する能力ミニス・キャノン


 そしてやはりその勘は正しく、ワタルがいた地面に浮いていたナイフが勢いよく飛んできて突き刺さった。


「これは・・・・スキルか?」


「いいや、793の場合は・・・・確かジョブだったか?」


「ジョブ? なんだよ・・・それ」


「あ? んで俺がオメエなんかのためにわざわざ教えなけりゃなんねぇんだよ」


 ワタルは聞いたことのない言葉に怪訝な顔をするも、ベルガルトはそれに答えない。まぁ、分かってはいたことだが・・・

 ともかく、あの793の能力はナイフを飛ばす能力なのだろう。


「オイ、793。さっさと終わらせろ」


「はい・・・」


 七九三がそう返事をすると、先程までは3本だったが、次はナイフを10本取り出し、先程と同じようにナイフを投げ、空中に固定。そしてまたナイフを射出した。


「はぁぁぁ!」


 そのナイフの4本をダガーで弾き、残りの6本を避けた。――と、思った時だった。


「・・・・」


 七九三が指をクイと動かした。その動きにワタルは違和感を覚えた。だが、その違和感について深く考える間もなく、変化はすぐに訪れた。


「!?」


 頬を冷たい感覚が撫でた。ナイフだ。ワタルが避けたハズのナイフが後ろから飛んできたのだ。それに気づいたワタルはすぐさま背後に『影』を出し、それを防いだ


「っぶねぇ・・・って、おいおい」


 ワタルがそう驚いたのも無理はない。なぜなら、そのナイフが七九三の手元に戻ったのだ。確かにこれならナイフをいくら投げても戦い続けることができる。


 でも、それを今使ったということは今793はナイフを一本ほどしか持っていないということになる。

 つまり、


「今が攻め時・・・!」


 ワタルはそう確信し、足を踏み込・・・もうとした。


「あ?」


 地面を強く踏み込んだ足がカクンと折れ、ワタルはその場に倒れこんでしまった。


「なに、が?」


 冷たい地面の温度を感じつつ、ワタルは何がおこったのかを考える。

 だが、その答えはすぐに分かった。


「793はなぁ、ナイフに即死の毒を塗ってるんだとよ。ま、掠りでもしたら死んじまうってことだ」


 ワタルがナイフの攻撃を喰らったのは先程の不意打ちの際だ。だが、その傷は本当にかすった程度だ。恐らく、それだけでも死んでしまうほどの強さの毒なのだろう。


「クソ・・・が」


 またこんな所で死んでしまうのか? 何もできず、何も為せないまま死んでしまうのか? ベルガルトに傷一つつけられないまま・・・


「ざっけんな・・・・!」


 まだ、ゲルダルクの仇をとっていない。まだ、アーネブでの分を奴に返してない。

 ――――こんなところで、終わってたまるものか。


 例え今、奴を倒せなかったとしても。来世でも、いくら転生しても、いくら死んでも、ワタルは奴を倒す。


「俺が、お前を・・・・ぶっ潰す!」


――――それが、ワタルに出来るたった一つの・・・贖罪だ。


「そうかよ、まぁ精々頑張りな」


 ワタルの決意に、ベルガルトは適当に返す。


 そしてベルガルトは懐から何かを取り出すと、ベルガルトの背後に光の穴が現れた。


「あっはぁ! こっちも終わったみたいだねぇ!」


 するとそこへ『暴食』がやってきた。奴がここにいるということは、きっとドルガルはもう・・・・


「じゃぁね、オニイサン」


 ベズがそう残すと、3人は光の穴へと消えていった。それと同時に、ワタルの意識は深淵へと沈んでいった・・・・


 ――――――そしてこれが、キトウ・ワタルという悲しき男が、贖罪として『無双の神判』を殲滅する物語のプロローグだ。





『本番はここから』


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