第一章 『闇に抗う影の光』

第一章 / プロローグ 『巻き込まれた先で真っ暗でした』


 落ちていく、落ちていく、暗い、暗い、闇の中を、溺れるように落ちていく。固い決意を持ちながら、落ちていく。


 突然、暗闇に光が生まれた。するとその光に吸い込まれるように、ワタルの体は引き寄せられていった。どんどんどんどん、どんどんどんどん近づいて行く。


 その時は、なぜか意識がハッキリしていて、



 ――――その光に触れた時、ワタルの視界を光が塗りつぶした。




               △▼△▼△▼△▼△




「――者達よ。勇者達よ!」


「ん、ぁ」


 低く、しゃがれた声がこだまし、ワタルは瞑っていた目を開く。

 その場所はとても広く、ワタルの尻の下にはお高そうな赤いカーペット、そして目の前にはこれまたお高そうな黄金の装飾が施されたイスに座る白髭を生やした老人。

 これは・・・・あれだ、異世界召喚というやつだ。今度は『転生』ではなく『召喚』・・・ん?


 そこでワタルは違和感に気づく。


「あの、すいません。ここはどこなのですか?」


 そう声を上げた人物は、ワタルではない。目の前、白髭白髪の老人ではない人間が2人いる。

 それと同時に、老人がワタルに気づいた。


「うぬ? お主、何者だ。この勇者召喚の儀になぜ貴様がおる」


「はえ?」


 老人がそうこぼすと、周りにいた鎧兵たちがワタルを取り囲み、長い槍をむけてきた。


  ふむ、これは・・・・・あれだな。うん。このパターンは・・・・


「巻き込まれ召喚かよぉぉぉぉ!」




               △▼△▼△▼△▼△




「巻き込まれ召喚かよぉぉぉぉ!」


 ワタルがそう叫ぶと、周りの兵士たちがさらに警戒して、いつでも準備オッケ―状態になってしまった。

 どうしようか、このまま殺されてしまうのは勘弁願いたい。どうにかして説得したいが、勇者召喚の儀とやらにいきなり現れた目付きの悪い不審者の言葉を信じる者などいるはずもないだろうし・・・・

 と、そんなことを考えていると、先程まで老人の前にいた男が声をあげた。


「すいません。ちょっとよろしいでしょうか」


 黒髪マッシュルームヘアーのイケメン、それにワタルと同じくらいの高身長。ワタルの場合は顔の怖さを際立てるが、その青年の場合はイケメン度が増している。


 ・・・世の中は理不尽だなと思った。


「うむ?」


 そんな青年の言葉に老人は怪訝な顔をするが、そんな老人の顔に気を留めず少年は続ける。


「もしかすると、その人は僕たちと同じ『日本』から来た人かもしれません」


「根拠は?」


 青年のズバリな的確すぎる推理に、それを知らない老人は根拠を問う。


「まず、その人の恰好が僕たちの世界にあるものと酷似してます。それに、先程彼が言った言葉、僕たちの元いた世界の『日本』の小説でよくみかけます」


 マジか、この人異世界モノ見てるのか・・・・この人とは気が合いそうだ。


「なるほどの・・・・よし、おぬしら、下がれ」


「は? で、ですが・・・」


「いいから下がれと言うとるじゃろう」


「も、申し訳ございません!」


 老人から凄まじい怒気が静かに顔に見え、ワタルを囲んでいた兵士たちは下がっていった。

 その兵の中にワタルを睨む兵も数人いたが、八つ当たりはやめて欲しい。


「儂の名はダリス・ゼルブ・アンデイブじゃ。して、主ら。名は何という」


「僕はエチゼン・ソウタといいます」


「私はシノミヤ・ミキです・・・」


「えぇっと、キトウ・ワタルです」


 そう名乗ったもう一人の勇者と思われる美少女――ミキは、黒髪ロングヘアーのおっとり系美少女だ。なんだろう、本当に世の中は理不尽だと思う。


「そうか。ではワタル、ソウタ、ミキ。まず、主らには魔力とジョブを測ってもらう」


「それよりも・・・あの、私たちは何故こんなところに呼ばれたんですか?」


 おぉ、よくぞ聞きたかったことを聞いてくれた。・・・というか、なんか二人共冷静すぎやしやせんか? ワタルの場合はこれが初めてではないので驚かないが、とてもさっきまで元世で普通に過ごしてきた人間には思えない。


「実はの、この国―――アンデイブは、今、魔族に攻められておるのじゃ」


「これまたテンプレな・・・・」


 魔族というのは異世界モノにもよくある敵だ。この世界もそのテンプレの状況とよく似ている。が、これはそんなファンタジーなんかではない。現実だ。失敗したら痛いときだってあるし、死ぬときだってある。

 それは、ワタルが実際に受けた現実による非情だ。


「我らの兵力だけでは、いずれ負けてしまう。だからお主らを召喚したのだ。自分勝手だということはわかっておる。じゃが、どうか、儂らに力を貸してくれぬか・・・」


 そんな縋るような声で言われれば、断れるわけがないではないか。

 そしてそのワタルの考えは、他の勇者たちも同じらしく、


「勿論です。微力ながらも精一杯やらせてください」


「私も、同じです」


「俺も問題ありません」


「ありがとう。心から、感謝を」


「それよりも、さっきの魔力の測定をどーたらって・・・」


「あぁそうじゃったな。これが測定器じゃ」


 ダリスがそう言うと、よこから白い清純な服を着た銀髪の女性がでてきた。


「初めまして。私は国王ダリスの娘、エリム・ゼルブ・アンデイブと申します」


 そしてそのエリムが持っている水晶のようなものが測定器らしい。どの世界も、何らかの測定器は水晶なのだろうか?


「ではまず、ミキ様。こちらに手を」


 エリムのそう言われ、ミキは言われるがままに水晶の上に手をおく。

 すると玉座の上に巨大なホログラムに、ミキのステータスが表示された。


 内容は、『水の勇者』シノミヤ・ミキ (17歳) 水属性 魔力量:500 と、だいぶ簡素なものだった。だが。周りの貴族たちの驚きようから見て、恐らく相当高いステータスなのだろう。


「次は僕ですね」


 そう言って、次はソウタが水晶に手を置いた。


『炎の勇者』エチゼン・ソウタ (17歳) 炎属性 魔力量:570


 この数値は相当高かったのだろう。周りの人たちがさらにざわめきの声をあげた。


「流石は勇者殿じゃ。まさか二人共魔力量が500越えだとは・・・」


 二人の魔力量にダリスも称賛する。


「次は、ワタル様」


 え、嫌なんですけど。

 勇者の後に魔力量を測るなんて・・・そんなの、笑われる未来しかない。

 そんなことを思いながらワタルは測定器に手をのせる。結果は―――


『契約者』キトウ・ワタル (17歳) 闇属性 魔力量:156


 その瞬間、空気が凍り付くのを感じた。きっとこの世界でもかなり低い方なんだろう。どこからかクスクスと笑い声も聞こえてくる。


「だから嫌だったんだよ・・・」


 魔力量が500→570からの一気に156だなんていう見事なほどの上げて落とすを再現していて、あまりの恥ずかしさにワタルは顔を手で覆った。


「・・・でもホラ! 闇属性ってなんかかっこよくないかい? 魔力量は・・・まぁ・・・少ないけど・・・・」


「慰めはいらないよ・・・」


 ソウタが慰めてきてくれるが、なんだかとっても惨めな気持ちになった。


「って、それよりも、『契約者』ってどんなジョブなんですか?」


 勇者とかの分かりやすいジョブはともかく、ワタルの『契約者』というジョブに、ワタルはまたもや心あたりがなかった。


「えぇっと、確か、契約した相手は、使用者の命令を聞かなければいけなくなるという能力だったはずです」


 なるほど・・・・つまり、奴隷契約をすることができる能力。ということなのだろう。うん、なにその犯罪の匂いしかしない能力は・・・・


「はぁ、憂鬱だ・・・」


 この日は、城の部屋を一つ借りて、豪華な夕食の後にそこで寝ることになった。




               △▼△▼△▼△▼△




「ん、ん~っとぉ。やっべぇ、このベッドふかふかすぎてメチャクチャ寝れたわ」


 ベッドから飛び降り、いつものようにラジオ体操をしていると、部屋の扉が叩かれた。


「はい」


 そう返事をし、扉を開けると、そこにはメイドがいた。


「国王陛下がお呼びです。ついて来てください」


 そしてそのメイドは冷たい瞳でワタルにそう言い、早歩きで歩き出した。それにワタルは少し驚き、すぐついていった。


 そしてとても大きな王室の扉を、ワタルは思いっきり押した。

 その扉の先、玉座に座っているダリスが、すごい形相で睨みつけてきたが、まるで心当たりがない。

 そして重い空気の中、ダリスが口を開けると、


「ワタル。貴様を死刑に処す」


「・・・・・・・・は?」




               △▼△▼△▼△▼△




「ワタル。お前を死刑に処す」


「・・・・・・・・は?」


 その突然の死刑宣告に、ワタルは理解ができないという顔でダリスを見た。


「あのー、俺なんもしてないはずなんですが・・・・・なんかしましたっけ?」


「貴様! しらを切るつもりなのか!」


「はぁ!?」


 ワタルが出来るだけ爆発寸前のダリスを刺激しないよう言ったつもりが、よけいに怒らせてしまったようだ。


「ちょちょちょ、待ってくださいって。マジで俺心当たりがないんすけど・・・」


「黙れぃ! お主は・・・お前は自分が何をしたのかをも分からぬというのか! 儂の、儂の愛娘に・・・・!」


「だーかーらー! 知らねぇつってんですよ!」


「ワタル! いい加減白を切るのはやめろ!」


 そこへ、ソウタが割って入って来る。こちらもまた、すごく怒った様子で。


「お前は昨晩、エリムを襲おうとしたんだろう!? 昨晩、彼女が召喚された人達と交流を深めようとしていた時、君の部屋で襲われそうになったと、僕に話しに来たんだぞ!?」


「は?」


 意味が分からない。なぜワタルが昨日会ったばかりのエリムに対して危害を加えなければならないのだ。そもそも、エリムはワタルの部屋になんて来ていない。きっかけすらないのにどうやって襲うというのだろうか。


「待て待て、話がかみ合ってねぇぞ。そもそも、俺の部屋に王女様なんて来てねぇっての!」


「何を言っておるのじゃ! 他ならぬエリムがそう言ったのじゃぞ。貴様の言い訳などに貸す耳などない!」


 すると激怒していたダリスは、今度は落ち込んだような顔になってエリムに話しかける。


「すまぬ、エリム。これは、儂のせいじゃ。儂がこんな屑を招いたばかりに・・・」


「違います! お父様は何も悪くありません! 悪いのは全てあの者のせいです!」


 ワタルの話など信じず、勝手に話が進んでいく。


「本当、お前は優しい子じゃな・・・魔法兵。やれ」


「だから俺じゃな―――!」


 ダリスがそうこぼすと、ワタルが立っていた地面に、光る模様―――恐らく魔法陣と思われるものが現れ、そこから伸びた光の縄がワタルを拘束した。


 自分の力ではほどけないと悟ったワタルは、周りを見る。みんながみんな、ワタルのことを軽蔑するような目で見ている。


―――――ワタルは、何もやっていないというのに


「実は優しい人なのかなって思ったけど、勘違いだったみたい・・・」


―――違う。


「やはり、勇者以外の『異世界人』は信用できないようじゃな・・・」


―――違う!


「わたくしは最初から怪しいと思ってましたの」


―――俺じゃない!


「俺じゃ、ないんだ・・・・」


 信じてくれよ・・・


 ふと、ワタルはソウタとエリムの方を見た。―――二人は、嗤っていた。


「――ぁ」


 ここでワタルはようやく気付いた。


――――自分は、嵌められたのだと。


 片や自分への哀れみからの得のために。片やこれによって得る必要がある周りからの信頼のために。ワタルを利用したのだ。


「静まれ!」


 ワタルがその事実に気付いたと同時に、ダリスが場を静めさせる。


「ワタルよ。エリムに何か、謝罪の言葉はないのか」


 ダリスが何か言っているが、ワタルの耳には届かない。そんなワタルの頭には、ただ一つの感情だ。そして、ワタルが嵌められたという事実に対して生まれた感情は、呆れでも、怒りでもなかった。

 いや、厳密にはそうではない。


「なにか言ったらどうだ!」


 これは、感情じゃない。呆れだとかそういうものじゃない。


『俺とお前…みんなは、どっちを選ぶと思う?』


 頭に、声が響き渡る。

 それに対して、今の状況に対して、思いつくのはたった一つの言葉だけ――『またか』、だ。


「フ、ハハ」


「ぬ?」


 最初に、ワタルの口から出たのは、自分への嘲笑だった。

 それの対象は、どんどん広がっていって―――、


「あっははははは!」


「な!?」


 ワタルに湧き出てきたのは、笑いだった。


「何が可笑しい!」


「何が? 全部だよ! 全部!」


「は?」


「娘への愛が強すぎるあまり、証拠もクソもなく有罪判定するバカ国王! 他人を貶めることを楽しむカス王女! 周りからの信用を手に入れるため人を貶めるゴミ勇者! 他の人が言ってるからから自分も便乗するグズ勇者! 見栄を張ることしか能にないボケ貴族共! この国の未来がお先真っ暗すぎて笑えるね!」


 可笑しくて可笑しくて仕方ない。―――こんな国が、いつか滅ぶなんて、考えただけで笑いが止まらなくなる。

 ワタルは嗤いながら、拳を握りしめる。笑い声で、心の奥の何かを塗りつぶしていく。


「はぁ・・・」


「―――っ! もうよい! そいつを奈落へ転移させろ!」


 ダリスがそう叫ぶと、ワタルの足元の魔法陣がさらに光る。


「転移・・・そうか、俺転移させられちまうのか・・・」


「?」


「なぁゴミカス。俺は死なねぇ、奈落の底からでも這い上がって、お前等ゴミカスコンビの化けの皮引っぺがしてやる。だから、それまで待ってろよ」


 そう、ソウタとエリムに中指を立てつつ挑発した次の瞬間、ワタルの姿は消えた。




               △▼△▼△▼△▼△




 目を開けると、そこは薄暗い洞窟の中。恐らくこれがダリスの言っていた『奈落』というところなのだろう。


「さてと」


 それからワタルは軽く背伸びをし、地上を見上げる。そして、


「待ってろよ。ゴミ共。ぜってぇにお前らをぶっ潰してやる。――それに、やられっぱなしってのは、癪に障るからな」


 ―――そして、そんなどす黒い心をぶつけるように、睨んだ。




『巻き込まれた先で真っ暗でした』


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