第一章 / 19話 『怪奇と呼ばれるそれは』
「
アンディスが口にした能力――剣双という名前、それをワタルは呟く。
ワタルがその名前に衝撃を覚えた理由。それは、その能力が前世で出会ったドルガルという人物が持っていた能力の名前と合致していたからである。
「でもなんで……」
あの能力は、ドルガルの物だ。何故アンディスが持っている?
名前の偶然一致? それにしてはあまりにも出来すぎだ。なら、ドルガルの生まれ変わりとか…? いやだが、あのおじさんがこんな風になるものなのだろうか……?
「んー……」
まぁ、考えても仕方がない。
能力が分かっているいるのなら、共闘するのにある程度便利だ。
「んだ? どうかしたのか?」
「いんや、何でもねぇ」
「渡……これ絶対なんかあったヤツだ……」
お茶濁しをした渡を見て、障子はその裏に何か思うところがあったのを察する。
そしてそれは、エレクシアも同様のようだ。その視線に気が付いた渡は、視線で「後で説明するから…」とメッセージを伝えた。
「まぁともかく! 今日は解散にしようぜ」
「お、おう……」
ワタルが強引に解散へと導き、一同はギルドの外へと出た。
すると、外はもう既に日が暮れようとしていた。
「…そういえば、今日はこの街に来て一日しか経ってないんだよな……」
昨日、スコックと死闘を繰り広げ、寝て歩いて新たな街に着いたら死んで、生き返って、街のために明日闘うことになって……
あまりにもわちゃわちゃすぎる……
「今日は、家に帰ってぐったりゆったり寝よう……」
「んじゃ、明日ここ集合な! じゃァな!」
「おう……」
「また明日、ですわ」
そう言って、ギルドの前でワタルたちは解散した。
「……って、そういえば俺今日宿取ってねぇ! やっべぇ早く見つけないと……」
「主様」
「って、そうだったな……」
エレクシアに名前を呼ばれ、ワタルは気難しそうに頬を掻く。
実際、説明するのはかなり大変だ。
「そうだな……俺が驚いた理由ってのは、あいつ――アンディスの能力が、俺が過去にあった恩人と同じだったんだ」
「過去の恩人、それは……」
「あぁ。つまり―――—」
エレクシアの言葉の先、ワタルは続けて「俺が転生してきた世界で、前世にあたる世界で出会った恩人だ」と口にしようとする。しようとした。しようとしたのに―――、
「——————。—————? —————っ!」
出ない。声が、出ない。まるで声帯を失ったかのように、ワタルの喉からは息が漏れるだけで、音がでない。それを、エレクシアや障子は不思議そうに見つめる。
「なん…でだ?」
前世のことを話そうとした瞬間、声が出なくなった。だが、今は声が出る。
つまるところ、ワタルは転生に関することを誰かに話せない……?
いや、それだとおかしい。なら何故、エレクシアはワタルが――、
「ぁ」
そうだ。エレクシアが知っているのは『ワタルの転生』ではなく『ワタルの召喚』だ。つまり、ワタルはエレクシアに転生関係のことは完全には言っていない。
しかしそれはいいとして、何故ワタルはそのことを話せないのだ?
転生のことなら、ゲルダルクも知って…いや、あれもただワタルの情報をスキルで見ただけだから厳密には違うのか……なら、この『話せない』という現象は、ワタルが異世界に来たあの時からも起こりうるモノである可能性が高い。
「主様……?」
思考に
声をかけられたことにワタルはハッとし、すぐに話を戻す。
「悪い。話せないみてぇだ……」
「また……っ!」
「ちょちょ、違うんだ。そういう意味じゃなくてだな……」
ワタルの言葉に怒ったエレクシアを、急いでワタルは
「えっと…なんつったらいいのかな……そう、『言わない』っていうより『言えない』って感じだ。状況的にとかじゃなくて、本当に『言えない』んだ。俺もよくわかんないけど……」
「―――――……はぁ」
必死に弁明するワタルを、半眼の双眸でジッと見るエレクシアが、小さくため息をついた。
それにワタルは少々肩を跳ねさせ、気まずそうな目でエレクシアを見つめる。
「まぁ、いいですわ。言いたいこと……アンディスさんの能力が、主様がここに来る前の人の能力と被っていたということはわかりましたから」
「……本当にいいのか? 自分で言っててなんだけど、俺結構無茶苦茶なこと言ってるだろ………?」
レイブウィアであそこまで言われていながら、またエレクシアを裏切るようなことを言っているという自覚はある。だから、ワタルは不安になる。
そんなワタルの態度に、エレクシアは半眼のまま、
「いいですって言っておりますでしょう? 主様は、いつも通り物思いにふけっていればいいんですわ」
「う……」
呆れに近い感情が含まれたエレクシアの言葉がワタルに向けられ、ワタルは苦しそうに唸る。
その顔見て、エレクシアはもう一つのため息と共に目を伏せる。
「……主様の考え事が長いのは、今に始まったことじゃありませんわ。それに、わたくしはそんな貴方の考えに救われてきましたもの」
「そう、か……でも気を付けますね……」
誰とも喋らなかった学生時代の弊害が出てしまっていたせいで、エレクシアと喋らずに自分で思考することが多かったことを反省する。
一言謝り、ワタルは気を取り直す。
「あ、宿ここでいいか」
「ですわね」
しばらく歩き、ワタル達は丁度よさそうな宿屋を見つけ、そこで一泊することになった。
△▼△▼△▼△▼△
「お前はそっち、俺はこっちな」
そう言って、ワタルは机を挟んだ二つのベッドで、どっちがどっちに寝るかを決める。
……何故一緒の部屋なのかだが、それはエレクシア
別に金銭面に困ってはいないが、持っている物は多いほうがいいので要求を飲んだという次第だ。
そして、宿で夕食をとったワタル達は、今から寝るところだ。
「僕は当然床と……」
しょうがないことではあるが、障子としては偶には自分もベッドで寝てみたいものだ……まぁ、贅沢は言っていられない。
「お前、それ外しとけよ」
「あ、忘れてましたわ」
そう言って、エレクシアは腰につけていた武器付きのベルトを外して机に置いた。
普通外すのを忘れるなどないと思うのだが…まぁそれを言及するのは野暮なのでしないでおく
「んじゃ、明かり消すぞ」
「はい、おやすみなさいまし」
「おう、おやすみ」
そんなやり取りを聞き、ワタル達は眠りについた――――。
△▼△▼△▼△▼△
「ん……」
―――真夜中、ワタルは目が覚める。
理由は何かと聞かれれば、特に何もない。ただ、目が覚めた。それだけだ。
そして―――、
「……お前誰だよ」
――――偶然、窓際にいた人物と視線が交差した。
「…………」
「あ、おい!」
次の瞬間、その人物が身を後ろに投げた。ここは三階、登ってくるのも降りるのも危険だ。
ワタルは人物――侵入者を確認すべく、窓から外を見た。すると、暗い闇の中、屋根から屋根へと飛び移り、人影が遠ざかっていくのが確認でき。
「あぁ、クソ!」
この真っ暗闇で追いかけられるかは不安だが、何かされていないか、もしくは何か盗られていないかが不安なため、悪口を吐いて、ワタルもその窓から飛び出す。
―――なお、《不可知》のせいでおもっきし踏まれた障子の安否は、後にわかることである。
「よっ、っとぁっとぉ!」
危なっかしく屋根を飛び移りながら、ワタルは侵入者を追う。
飛び移るのに慣れてはいないが、そこはジャンプ力でカバーすることで、奴との距離を縮めていく。
それを後目に、その侵入者が今度は屋根から飛び降りた。
「待てよっ、と!」
それに続いてワタルも飛び降りる。その先はちょっとした裏路地で、そこには―――、
「あ?」
誰も、いなかったのだ。
どこに隠れたのか……いや、それとも逃げたのだろうか、「そんなことできない」と一刀できればいいが、生憎ここは異世界で、特殊な力が使える。そのため、ひとまずここは諦めるしかなさそうだ。
「いろいろ問い詰めたかったんだがな―――」
その時、異様な空気感をワタルは感じる。
何だろうか、これは。何か、途轍もなくて、重要な、違和感……いや、どちらかというと―――、
「危機感っ!!」
「――――っ!?」
その背後、壁から生えた人物からの斬撃を間一髪、第六感で躱したワタルの超反応に、その人物――先ほどまでワタルが追っていた侵入者は驚く。
「なるほど、殺す気なのね……」
「――――」
壁から完全に体をだし、ワタル達は初めて向き合う。
その目の前の侵入者は、暗闇でよく見えないものの、何かをラフに着崩したような服装をしており、何より目を引くのはその仮面だ。
「仮面、か……」
笑顔の張り付いた不思議……というより、不気味な仮面。
そして、仮面の怪しい奴というのは、ワタルが最近知ったある人物の特徴と似ている。
「―――お前、『仮面怪奇』だな?」
「――――――ふぅー」
ワタルがその二つ名を呼ぶと、仮面の向こうから微かに吐息の音が聞こえた。そして―――、
「―――――」
「それは、『Yes』でいいんだな」
『仮面怪奇』が、手に持つ二本の異様な形の刃をしたククリナイフを構える。それに応じるようにワタルも《器》からダガーを取り出し、いつでも戦闘を始められる状態になる。
「――しっ」
短く息を吐き、ワタルは暗闇を引き裂くように接近する。
そして右手に握るそのダガーを振るった。
「――――」
「だらぁっ!」
それをククリナイフで受け止められ、ワタルは次に蹴りを振り上げる。
しかし、それも最低限の動きで躱され、ワタルは片足のみが地面についた不安定な姿勢となってしまった。
「まず……っ」
「―――――」
そのワタルの全体重を支えている片足を軽く払われ、ワタルは横転する。
そして、浮遊感の最中にいるワタルの頭を、『仮面怪奇』が上げた膝が揺らした。
「がっ……」
脳が揺れ、視界が揺れ、空中へ一瞬だけ浮かび上がったワタルの腹を、今度は前蹴りが突き刺す。
その足の力によって、ワタルは後ろへと飛ばされた。そして地面を転がり、ようやく勢いが止まると、ワタルは横になりながら、こちらを見下ろす『仮面怪奇』を睨む。
「てめっ……けほっ……」
咳を吐きながら、視界を揺らしながら、フラフラと立ち上がるワタルを、『仮面怪奇』は相も変わらず無言のまま見つめる。
「クソ……」
……正直言って、状況は非常にまずい。
この侵入者、夜の戦いにとてつもなく慣れている。流石は怪盗さんといったところだろうか。
そして、追って正体を言い当てただろうワタルを、『仮面怪奇』は逃がしたくはないだろう。つまり、ここで完全にワタルを殺してしまいたい状態だ。
そして、今ワタルの残機はない。死んだら別世界コースだ。
「悪いけど、まだ死んでらんねぇんだわ」
まだ視界は揺れ、頭がガンガンと頭痛を訴えてきているが、ワタルはその顔に強がりの笑いを浮かべる。
「っしゃらぁ!」
そして接近し、ダガーを振る――、
「っと見せかけて!」
ワタルの渾身の振りを受けようとククリナイフをそのダガーに合わせた『仮面怪奇』の横っ腹に、ワタルの蹴りが入る。
「〰〰〰〰〰〰っ!?」
「その顔見せやがれ!」
その痛みに動きを止めた『仮面怪奇』の仮面に、今度はダガーを《器》にしまって手ぶらとなったワタルの拳が直撃した。
「硬っ……!」
衝撃に、『仮面怪奇』は
仮面は壊れるどころか、逆にワタルの拳がダメージを負う。それにワタルが顔を
「クッソ……!」
ワタルの命を奪う刃が、眼前まで迫ってくる。
そしてそれが顔を削る寸前、ワタルの中で逡巡が巻き起こる。
――――それ
事実、この場面では使うべきだ。むしろ、今使うには絶好の場所と状況だ。相手への不意打ちには持って来いだし、この刃を防ぐことも用意である。
だが、懸念点はやはり、暴走。
使えば使うほど暴走しやすくなるという欠点は、今後のことを考えるととても困るものだ。しかし、その『今後』もこの戦闘で勝利しないと訪れないわけで―――、
『―――お前にはなんもできねぇ。逃げることしかできねぇんだよ』
「―――――」
思い出したくもない記憶が脳に過る。それに暴言を吐こうにも吐く時間はないので、ワタルは心の中で「クソが」と悪態をつく。
そして、頭によぎったその嫌な言葉に抗うように、ワタルは決意を決める。
《―――カゲロウ》
「――――――!?」
そう唱えた途端、 『仮面怪奇』の刃が空中で止まる―――否、ワタルの《カゲロウ》が止めたのだ。
「仮面でガードされんなら……!」
そして動きの止まった『仮面怪奇』の顔――といっても、今回は顎だ。そこに思いっきりアッパーをかまし、『仮面怪奇』の足が地面から離れた。
「そこじゃ避けようないだろ」
浮かんだ『仮面怪奇』の腹に、ワタルは拳を伸ばす。
「―――――っ」
「ちぃっ!」
『仮面怪奇』を倒すがために放ったその拳を腕でガードされ、ワタルは舌打ちする。一方『仮面怪奇』は衝撃で吹き飛び、空を舞って地面に―――、
「なっ!?」
地面に、落ちはした。落ちはしたが、着地はしなかったのだ。
何を言っているのかわからないだろうが、奴は地面に落ちた瞬間に沈んだのだ。まるで水の中に入るときのように、地面に沈んだのだ。
「これがあいつの能力……!」
物に沈む……いや、潜行だとか潜伏に近いのか? ワタルがこの裏路地に来たときに壁から生えてきたのはこの能力の恩恵だろう。
「だとすると、マズいな」
潜伏されると、彼がどこにいるのかわからない。――つまり、彼が今、ワタルの変化を冷静に感知して逃げに転じたのか、はたまたこの暗闇の中で今もなお秘密を知ったワタルを殺すべくタイミングを見計らっているのか、わからないというわけだ。
「―――――」
敵の攻撃にすぐさま反応するべく、全身の感覚を研ぎ澄まし、集中を極限まで高めに高める。
壁、床、いつどこから来てもいいように、ワタルは構える。
「―――――」
長い、長い沈黙が、この場に訪れる。
―――本当に来るのか? なんて疑念が浮かび、浮かんだそばからそれを消し去る。
「―――――」
長く、重い時間が、流れていく。
待って、待って、待ち続けて、警戒し続けて―――、
「―――――」
――――その頭上、二本の刃を振り上げながら落下してくる狂笑の仮面をつけた『怪奇』の存在を、ワタルは捉えきれなかった。
『怪奇と呼ばれるそれは』
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
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