第一章 / 20話 『相手の予想外』
――――『仮面怪奇』のジョブ、『潜行者』
その能力は《潜伏》といい、その名の通りあらゆるものに潜ることができるというもので、潜った物の中を自由に移動することが可能だ。
そして、今回『仮面怪奇』は地面に潜り、すぐそばにある建物壁の中を昇り上って《潜伏》を解除。
そして頭上からワタルを強襲したというわけだ。
△▼△▼△▼△▼△
「―――――」
無言でワタルは壁や床に集中を向けている。だが、警戒するが故に、警戒範囲が大幅に狭まっていた。
―――流石のワタルも、まさか頭上から襲われるとは思ってもいないようだ。
「―――――」
勝利を確信し、『仮面怪奇』は両手に握るククリナイフを落下に合わせて振る――
「――させッかよォ!」
その凶刃がワタルへと届く寸前、横から飛び出す影が割り込み、それを阻止した。
その人物の声に、ワタルもようやく意識を上に向けた。
「――アンディス!?」
「よォ! リベルド、ヤバかッたなァ!」
意識を上に向けて、その防いだ人物を見てワタルはその者の名前を呼ぶ。
アンディス、ワタルと協力関係になったばかりの人物で、ギルドでも相当腕のたつ冒険者なのだが……
「何でここに!?」
ワタルの横に着地したアンディスへ、問いを投げる。
現在は真夜中、こんなところにいることはおかしいのだが……
「いうなりゃ、偶々だ!」
「あぁ、そうかよ」
元気に、単純な答えを返され、追求したいことがありながらも抑える。
「―――――」
その様をジッと、『仮面怪奇』は見つめ―――
「あ、待て!」
後ろへと大きく跳び、その路地を出た『仮面怪奇』を追うべく、ワタル達もその路地を出る。だが、
「チッ、いねェ」
「だけど、もしかしたらまだ
「いや、もうそれはねェだろうな。あァいうヤツは、多対一が嫌いだ」
「そう、か……」
心配はまだある。
だが、今回はアンディスの言葉を信じ、ワタル達は宿へと戻った――。
△▼△▼△▼△▼△
「さっきはあんがとな」
「いいッてこッた。……にしてもリベルド、アンタただ面倒ごとに絡まれやすいだけだろ」
「俺としてはそうじゃないほうがありがてえぇだけどな……」
まだ空が暗い時間の宿の前で、ワタル達は談笑をする。とはいえ、まだまだ全然眠いので、アンディスとはここでお別れだ。
「じゃ、俺はまた寝てくるわ……お前も、一応明日…いや、もう今日か? ともかく、大変な仕事になると思うからお前も早く寝ておけよ」
「あァ、わかッてるよ」
その言葉で、ワタル達は解散した。
そして、自分の部屋のベッドに横たわると、ワタルは気絶するかのように眠りについたのだった。
△▼△▼△▼△▼△
「――っと、そろそろ時間だな」
「ですわね」
街の万屋で準備のために物を買っていたワタルが魔時計を見ると、そろそろアンディスと待ち合わせていた時間だ。
「……そろそろ《起死回生》も使えるころかな」
確か、昨日死んだのもこの時間あたりだろう。
「………」
「主様……大丈夫ですの?」
「大丈夫……つったら嘘になるな」
あの時、ワタルは完膚なきどころか、読んで字のごとく手も足もでなかった。
そんな化け物と、ワタルはこれから戦うかもしれないのだ。行きたくないというのが本音である。
「あぁ、クソ」
震える拳を握りしめ、ワタル達はギルドに向かった。
△▼△▼△▼△▼△
「よォ! 眠れたかァ?」
「まぁな。お陰様でぐっすりだ」
ギルドに既にいたアンディスが声をかけてきたので、ワタルはそれに答える。
その様子を見たエレクシアが、怪訝な顔をする。
「……昨日の今日で、随分と仲がよろしいのですわね」
「あー、まぁ昨日の夜いろいろあったからな」
「色々!?」
ワタルの少しあやふやな答えに、エレクシア驚きの声を上げる。いやでも、別に間違ったことは言ってないはずだが……
「もォいいから早く行こうぜ!」
「それもそうだな」
「……まぁ、後で聞けばいいですものね………」
「なんか、顔が痛い」
そうしてようやく、原初の目的である『
△▼△▼△▼△▼△
「ここに来んのもひッさびさだな」
『草木雲の森』で、アンディスは体を伸ばしながらそんなことを言う。
「そうなのか? 森のスペシャリストって聞いたけど」
「その『すぺしゃりすと』っつーことばに覚えはねェが、森にはよく来てたな」
問いに返されたアンディスの言葉に、ワタルは違和感を覚える。
「「来てた」? 今は立ち寄ってないのか?」
「まァな、その……」
ワタルの問いに答えてる最中のアンディスが、言葉を切る。
それを不思議に思ってアンディスの顔を見ると、その目は前方を見つめていた。そこには―――、
「ヴルルルルル……」
唸り声を上げる、見覚えのある狼が二匹。
それが
「気配は……他にはなさそうですわね」
周りを見渡し、エレクシアがそう零す。
しかしそれだとおかしい。
「もしかしたら、あの時の生き残りか……?」
「……いいえ、それはないと思いますわ。あの時、わたくしが主様を回収して逃げるときも、生物が生きている様子はありませんでしたもの」
余りの少なさに、ワタルは昨日仕留めそこなった可能性を、エレクシアが否定する。
ならば、この狼達の少なさはなんなのか……
「多分、そのフェンリルッつーヤツの仕業だろうな。ちッとヤバそうだぞ」
アンディスが警戒を深め、背中に携えた骨の大剣の柄に手をかけた瞬間のことだ。
「「アォ――――ン!」」
まるで示し合わせたかのように発せられた二匹の狼の遠吠え。重なったそれが、森全体に響き渡り、反響した声が聞こえてくる。
その遠吠えに、ワタル達は身を固くする。しかし、ワタルの目にも、エレクシアの目にも、アンディスの目にも、障子の目にも、目に見える変化は訪れず――。
「―――! 伏せろ!」
否、変化が訪れていないのではない。見えない変化が、起こっているかもしれないのだ。
その可能性が脳をよぎった瞬間、ワタルは大声を上げる。その声に応じ、その場の皆がワタルに従った。
―――奴が攻撃をしてきている。そんな可能性が、よぎっただけだ。根拠はない。ただのワタルの勘――いや、死の恐怖が、そうさせた。
そして、それは正解だった。
「――――――っ」
ワタル達の頭上を、無音の風の刃が通るのを感じた瞬間、後ろの大木が倒れる。
それに息を呑み、ワタルは顔を上げる。
「あっぶなかったぁ……」
ワタルの呼びかけのお陰で死なずに済み、障子はホッと胸を撫で下ろす。
当然、あの斬撃のようなものを食らえば、障子は死ぬ。そして、今の攻撃を見るにフェンリル戦で障子は活躍できるか怪しい。その理由は、先ほどよけた斬撃にある。
障子の強みは『気づかれない』ことだ。気づかれずに、攻撃ができるところ。それが、障子の《不可知》のメリットでありデメリットだ。
しかし、あれほどの斬撃だと、流れ
つまり、死ぬ可能性が馬鹿みたいに高い上に、それに気づかれないというハイリスク・ノーリターンというわけだ。
だが、
「逃げるわけにはいかないよね」
役に立つと決めた。
それを曲げることなど許されない。いや、障子が許さない。できることを探して、その場の最善をつくすことを、障子は心に決める。
「―――リベルド、今のは……」
「十中八九、フェンリルだ。俺と初めて対峙したときも、似たようなことをしてきた」
あの時は攻撃を察知することもできずに死んだのだが、それは言わなくともいいだろう。
ともかく―――、
「来るぞ」
次なる攻撃を警戒し、ワタル達は身構える。
神経を研ぎ澄まし、集中を―――、
「あれ?」
敵の攻撃にすぐさま反応するべく、全身の感覚を研ぎ澄まし、集中を極限まで高めに高める。
そんな状況の既視感に、ワタルは眉を
つい最近……というか、昨夜の出来事。確かその時は――――、
《
既視感に従うように動き、ワタルは上方向へゼロを付与した石を飛ばす。
飛ばして、飛ばした後に、ようやくワタルは上を見る。
「――――――」
前足を突き出し、ワタル達へとびかかろうとしてくる、純白の大狼――フェンリルがいた。
それに向かって飛ばした石が向かっていき、そのフェンリルを避けるように軌道が逸れた。
「クッソ――」
「――がァ!」
ワタルの言葉に続くようなアンディスの叫びとともに、いつの間にか抜いていた骨の大剣を振るう。
それが大きく開けられたフェンリルの口に食い込むかと思われたが。
「なッ……!? がはッ」
刃が空中で止まる――いや、止められたと言った方が正しいのか。その次の瞬間、アンディスが離され、地面に打ち付けられた。
そしてフェンリルは空中で後ろに飛び、ワタルと距離を作る。
「アンディス! 大丈夫か!?」
「あァ……ケホッ……だい、じょうぶだ」
顔を歪めながらアンディスは立ち上がる。大丈夫だとは言っているものの、背中からあの速度で打ち付けられて大丈夫なはずがない。
「……ちょっと休んでろ。エレクシア! いくぞ」
「ですわ!」
一言エレクシアに呼びかけると、エレクシアもすぐそれに応えて雷の爪を顕現させる。
「俺は左から!」
「なら、わたくしは右から!」
必要最低限のコミュニケーションをとり、ワタルとエレクシアが二手に分かれる。
―――恐らく、フェンリルは風でバリアを張っている。
ワタルの最初の攻撃、次いでアンディスの攻撃、それを防いだのはフェンリルが風を周りに纏っているのが原因だろう。
だから、両側から同時に攻撃すれば、そのバリアはどちらかに偏るのでは…という思惑である。
そんな思惑を知らないフェンリルは、無言で突っ立ち攻撃を待っているところだ。
「―――らぁ!」
「―――はぁっ!」
フェンリルから見て右から拳、左から雷の爪が飛んでいく。だが、
「づっ」
その攻撃の末路は、どちらとも弾かれて終わりだった。
「やべ」
空中に無理やり浮かされ、格好の的となるワタルとエレクシア。
その二人に向けて、風の不可視の刃が飛んでき――
「「させるか」ァ!」
エレクシアの方へ飛んだ刃をアンディスが受け止め、ワタルの方は障子がワタルを刃の軌道上から外す。
「あっぶなっ……!」
ワタルからすればたまたま避けることができただけのように見えるが、本当は障子の飛び込みの結果だ。しかし、それを伝える術はない。
でもまぁ、それでいい。
「役に立つ、それだけでいい」
決意の言葉を吐き、それは誰にも届かずに消えていく。
そして、一方のワタルは着地し、「クソ……」と呟く。
偶然当たらなかったからよかったものの、攻撃を当てられなかった挙句、また死ぬことになる所だった。
「アンディスさん、ありがとうございますわ」
「いいッてこッた。気ィ付けろよ」
「あぁ、クソ。どうする……」
考えろ、思考を巡らせろ。
あのバリア、どうやら二方向から攻撃したところで薄くなるなんてことはないようだ。ならばどうするか……
……そういえば、この世界には魔力があるんだよな? 更にその量も限りがあるはずだ。フェンリルのバリアが魔力を使うものなら、いずれ魔力切れもあるはず…つまり、倒すのには持久戦しかない……
「いや、でもそれだと俺らの方がジリ貧だ」
あのフェンリルの魔力量がわからない以上、持久戦は希望が薄い。
バリアをどうにかするには、まずはバリアの性質を知らなくてはいけない。だから今は、とにかく死なないようにヒットアンドアウェイしかないのだろう。
「どんなクソゲーだよ……!」
歯を食いしばり、ワタルは立ち上がる。
そして同じく立ち上がった、フェンリルを挟んでむこう側にいるエレクシアとアンディスとアイコンタクトを取り――、
「おらぁっ!」
「はあぁぁ!」
「ッだらぁ!」
同時にフェンリルに飛び込む。
「―――――」
「お前たちは危害ではない」と言わんばかりに不動を貫くフェンリル、その姿を崩すことはできずに、ワタル達の攻撃はやはり止められ―――、
「―――ん?」
違和感を感じた直後、ワタル達は吹っ飛ばされる。
追撃を食らわぬようにと、今度は直ぐに着地する。そしてフェンリルを見る。
「バリアが薄かった? ……いや、違うな」
出てきた可能性をすぐに否定する。そして、少しの思案の後、先ほど考えた違和感にピッタリの言葉を見つけた。
「バリアの発生が、遅かった」
二人では感じにくかったが、三人だとハッキリわかった。あの時、バリア――風が起こるタイミングが、遅く感じたのだ。このことからわかるのは、『バリアは常時発動ではない』ということだ。――なら、いくらでもやりようはある。
「エレクシア! アンディス!」
「―――?」
大きな声で、二人の名前を呼び、ワタルを見たエレクシア達へワタルはウインクした。
「さっすが、ワタル様ですわ」
「―――ハッ。やッぱ、タダモンじゃねェらしい」
それから何かを感じ取った二人は笑う。
「はっ、とぉ!!」
そしてワタルはサイドステップでフェンリルの尻側に回り、そこから攻撃。当然、これははじかれる。
だが、めげずにラッシュを繰り出す。
「うらあららららぁ!」
弾かれ、殴り、弾かれ、殴りの繰り返し。
これの狙いは、バリアを破ることではない。殴って、殴って、それにフェンリルは魔力を使いまくる。だから――、
「〰〰〰ッ! ヴォ―――ッ!」
魔力を使いすぎるのを恐れたフェンリルが、振り返りながら前足を高く上げ、ワタルを叩き潰さんとばかりにその前足を振り下ろした。
―――フェンリルが動く。それを待っていた。
ワタルはすぐさまバックステップし、その次の瞬間にはその地面と前足が衝突した。そして―――、
「――――ッ!?」
ワタルが先ほどまでいた地面が爆ぜ、爆風がフェンリルを巻き込む。――困ったときの爆魔石である。
「意識外、もしくは予想外の攻撃……お前のバリアの攻略法だ」
任意で発動するバリアなら、攻撃を認識させなければいいだけの話だ。
しかし、煙から出てきたフェンリルはほぼ無傷。やはり、爆発は風魔法でどうこうできるらしい。でもまぁ、これでこいつのバリアの攻略法は確定された。あとは頑張ればいいだけ――と、そう簡単にいけば楽なのだが。
「ヴルルル……ア”ォ―――――ンッ!!」
「ぐ、ぉ」
太く、地面を揺らす遠吠えの後、フェンリルから風が吹き荒れる。そして、それがフェンリルの周りを取り巻いていく。
どうやら、常時バリアを張れば、小細工は聞かないと思ったようだ。だが、それだと破滅への道が短くなるだけ―――
「―――! 危ねェ!」
何かに気が付いたアンディスが、こちらへと向かってくる。
そしてワタルの横を通り過ぎた次の瞬間、鋼がぶつかり合うような音が聞こえた。
急いで振り返ると、そこには、
「チッ、バレたか」
そこには、人がいた。その人が持つ短刀が、アンディスによって止められたのだ。
そしてその人物は
それを見て、アンディスはこう言ったのだ。
「――なんで、テメェがここにいやがる!」と。
憎悪の目で、アンディスはその男――アンディスの父であるその男を、睨みつけてけていた。
『相手の予想外』
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