第一章 / 16話 『商人の目』
『レイブウィア』から歩き続け、ワタル達一行は次の街の門前についた。
「はぁ……はぁ……」
「ここが次の街か……」
「でも、なんだか様子が変ですわね」
数時間山道を歩き、途中途中では魔物を倒したりしながらようやく辿りつた場所だというのに、ワタル等がピンピンしていることに、障子は納得いかない。
「渡たち…体力…ありすぎ……」
そうこぼしながらその門を見ると、エレクシアの言う通り、違和感がある。
「門番はどこにいるんだ…?」
ワタル達の目の前にあるのは、小さな木造の門。『レイブウィア』の立派な門とは比べて小さく質素だというのは『レイブウィア』が王都の次にでかい街だから、ということで片付くが、その門に門番がいないというのは、いくらなんでも無防備すぎる気がする。
「この門は開けてもいいのでしょうか……」
許可なく通ったことを怒られないか、そんな心配をしていた所に、門が少しだけ開き、中から女性が覗き込んできた。
「そこの方ー! 大丈夫ですかー?」
「ん?」
「はやく通ってくださーい」
言われた通り、ワタルたちはその門を潜り中に入る。
「ありがとうございましたわ」
「あぁいえいえ、それより、この街へ何の用でしょう」
ワタル達を街に入れた女性は、長い茶髪を三つ編みで結んでおり、糸目でおっとりとした雰囲気を纏っている。
「あー、実は王都向けて旅しててな、そこでここに立ち寄ったわけだ」
「なるほど…それは運が悪かったですね」
「え?」
何やら不穏なことを言う女性に、ワタルは嫌な予感を覚える。
「現在、王都への交通網が途切れているんですよ」
「マジか……ちなみに、そりゃなんでだ?」
――――聞くところによると、こうだ。
この街マーケストは、本来貿易が盛んで商人なんかが大勢行き来しており、王都からもわざわざ人が来るほどの『商業都市』なんて呼ばれるほどの景気もいい場所だった。だが、その王都との交通ルートで事故による死者が多数増えたため、王都、マーケスト、その他のその道を使う街が総出で調査したところ、帰ってきた調査隊は壊滅状態。その調査隊たちは魔物に食われた、とのことだ。
そんな危険な道だということが判明し、今や誰も通ることのできない『危険指定路』となっているそうだ。
「んー、その魔物ってなんだかわかるか?」
「それがわからないから困ってるんですよ!!」
「わ」
ワタルが聞いたところ、思ったより大きな声で帰って来たので、障子は少しびっくりして声を上げる。
「はぁ……すいません。ちょっと業務でいろいろ忙しくてですね……あ、そういえば、あなた方のお名前は?」
「あぁ、俺はリベルド・アンク」
「わたくしは従者のエレクシアですわ」
ワタル達がそう自己紹介すると、女性が顔色を変えた。
「えぇっ!? あなたがですか!?」
「え? もう届いてるのか?」
まさかこの数時間で既に『リベルド』の名が届いているなんて…
ギルドの情報網に、ワタルは驚く。
「噂はかねがね聞いております。私、ファリス・エイズグと言います。ギルド職員をしてます」
「よろしくお願いいたしますわ。……そういえば、ぎるど職員の方が、何故こんなところにいるんですの?」
確かに、ギルド職員はギルドで働いているイメージが強いが、こんなところで何をしているのだろうか……
「あぁ、私はここで検問をしててですね、誰が出入りしたのかだとかを記録しているんです」
「それと気になったんだが、門番はいねぇのか? あんた一人じゃ犯罪者だとかが来た時対応できないだろ」
ワタルがそう聞くと、ファリスは拳を握り、ニコニコ笑顔を保ちながら答えた。
「それは、私が検問兼門番だからですよ」
「へ?」
「ギルド職員は冒険者のいざこざにも対応しないといけないのでね、ある程度の強さは必要なんです」
「そんなの初耳だぞ……」
となるとつまり、レイブウィアの受付嬢エルミスもそれなりに強かったということか…?
「見た目とのギャップが激しすぎるなぁ…」
障子は余りの見た目との差に声を漏らす。
ファリスの見た目はおっとりとした雰囲気をしているが、それでも一般ゴロツキくらいは倒すことができるのだろう。驚かないはずがない。
「まぁともかくだ、ギルドにまず行きたいんだが……」
話を一旦切り上げ、ワタルはギルドの場所を聞く。
一度ギルドに顔を出して依頼の一つや二つをこなしておいて、ここのギルド職員からも多少の信頼を貰っておこうというわけである。
「それなら、この道をまっすぐ行けばあるはずです」
「わかった。あんがとな」
「お仕事、頑張ってください」
そう言い残し、ワタル達はその場を去った。
△▼△▼△▼△▼△
「ここか」
ファリスの言われた通りに道を進み、ワタル達はギルドについた。
それはレイブウィアのギルドよりは小さくとも、負けず劣らずの大きなギルドだ。そして、ワタルはそのドアを押して中に入る。
その中は景気がよく、酒場まであって昼から飲んだくれてる冒険者もちらほらいる。
「えーっと依頼は……」
依頼の紙が貼られている掲示板を眺めながら、ワタルはどんな依頼が良いかを吟味する。
理想的なのは難易度が程よく高い上に人数が二人ほどですむ依頼……
「こんなのでいいかな」
そう言ってワタルが手に取ったのは討伐系の依頼だ。そしてそれを受け付けへ持って行く。
「この依頼を受けたいんだが…いいか?」
「はい。では、お名前等のご記入をお願いします」
そうして差し出された紙に、ワタルとエレクシアはそれぞれ名前を書いた。
「有難うございます。えぇっと……って、リベルド・アンク!?」
その名前を受付嬢が、ワタルの偽名を大きな声で読み上げる。
そしてそれにより、ギルド内の空気が変わった。
「……あれがリベルド・アンク? レイブウィアを救ったっつー奴か?」
「あぁ、そうらしいぜ。何でも、魔族らしき奴が街を襲った時、一人で片付けちまったとか」
「そんな英雄みたいなやつなのは聞いてたが……あれがか?」
ヒソヒソと冒険者の話し声が聞こえる。その多くには疑いがあった。そしてそれは、大方「あんな悪人面が慈善的なことをするのか?」みたいなところだろう。まったく、そういうことはもうちょっと声のボリュームを下げて言ってほしいものだ。傷つく。まぁ、ワタルの若いからという驚きもあるのだろう。
「じゃ、じゃあリベルドさん、依頼をお願いします」
「はい」
そして、ワタルが踵を返してギルドを出ようとしたところ、大きな影がワタルの顔にかかる。
その影の主は、ガラの悪い二人の大きな男。
「おめぇがリベルドってやつらしいな。どんなすげぇやつかと思ってたら、ただの目つきの悪ぃガキじゃねぇか。ホントにお前がレイブウィアを救ったのかよ」
「へッ、どーせ誇張された噂だ。信用する価値はなかったってことだな。ってことで、虚偽罪だ、金おいてけ。さもねぇとぶっ殺すぞ」
「……何を言っておりますの?」
二人の男に金を置いてけと脅迫されるが、それに対抗するようにエレクシアがその男を睨みつける。
「あ? なんだお前、いい女だな。ほら、そんな奴といないでこっちこいよ」
「あ、ちょっ」
すると一人が強引にエレクシアの腕をつかむ。
だが、まぁエレクシアがそんな少し強引なくらいのナンパで怯えたりなどするはずもない上にそんな風に触るのは危険なので、ワタルが慌てて静止させようとするが、時すでに遅し。
「触らないでくださいまし」
「あぎぎぎがががが!?」
「あちゃ~」
電流を流し、その男に攻撃した。それに堪らず男は手を離してしまう。
「てんめッ! やりやがったな…!」
それを見たもう一人が激昂し、拳をエレクシア目掛けて振るう。
「まぁしょうがないか…正当防衛正当防衛…」
そうブツクサと言いながら、その拳に向けて、ワタルも拳を出そうとする。
だが――――、
「――――あ?」
男の拳が、割り込んできた手に掴まれる。
突然の乱入に、その場の全員が唖然とする。そんな空気など意に介さず、その手の持ち主は口を開く。
「お取込み中、すいません。実は…貴方にお話があるんですよねぇ」
「おいこら! 俺が先客だ! 手を放しやがれ!」
青筋を浮かべ、冒険者の男が、拳を受け止めた者に怒鳴りつける。
「あぁ、すいません」
「うぉ……」
いきなり拳を止める力がなくなり、男がバランスを崩す。
『――ウィード』
詠唱が行われると同時、男に向けて風が吹き、それに吹き飛ばされた男がギルドの扉を突き破って外に放り出された。
「えーっと…ありがとう?」
「いえいえ、私はお話があるから、迷惑客の方を退治したまでですよ」
その者は、鮮やかな青い髪と灰色の瞳を持つ男性で、顔には微笑を浮かべている。身長はワタルより少し大きいくらいで、胸板が凄く厚い。黒いシャツに赤紫のジャケットを羽織ったスーツのような服装をしており、その声色はなんだか余裕のあるような感じがする。
そして第一印象は、胡散臭いだ。
「それで、話しってなんだ?」
「そんなに警戒しないでくださいよぉ! ……まぁ、立ち話もなんですし、座りましょうか…って、ここじゃぁ密談なんてできませんね」
ざわざわと注目がワタル達に向けられている状況を、男はようやく感知したようだ。
「そうですねぇ……近くの飲食店にでも行きましょうか。あぁ、もちろん奢りますよ」
△▼△▼△▼△▼△
「―――それでは、改めまして自己紹介を。私はウェイル・ポースド、商人をさせてもらっています」
適当に立ち寄った飲食店で、微笑を浮かべたまま、男―――ウェイルが名乗る。
「で、その商人さんが何の用だよ」
「そうですねぇ、いきなり本題に入るのもなんですし……リベルドさん、貴方ぁ…キトウ・ワタルという方をご存じですか?」
「――――。あぁ、知ってるぞ。有名だからな」
いきなり自分の名前を呼ばれ、ワタルは少し動揺するも平静を保った。
エレクシアは……ボロがでないように目を伏せ口を紡いでいる。
「それで、そいつがどうかしたのか? そのキトウ・ワタルなら死刑になったんだろ?」
「えぇ、そうなんですよ。ですけど、私はこう思うんです―――彼は、生きているのではないかと」
見事に言い当てられ、ワタルは心臓がドキリとする。
幸い、リベルドがワタルだと思っているわけではなさそうだ。
「なんでそう思ったんだ?」
「新聞によると、キトウ・ワタルは『奈落』へ転移される前、国王や王女、勇者たちを侮辱したそうです」
そこまで新聞で報道してるのか……まぁ、あいつらならやりかねないか。
「争いがない『ニホン』という平和な国で育った少年が、大勢の兵士に槍を向けられながらも、これから死ぬと言われていながらも、ですよ? 変じゃないですか?」
「まぁ、確かに」
「そこで私は疑問に思いました「争いなき平和な世界で、どうやって異常な精神力を鍛えたのか」と」
大げさな身振り手振りが気になるが、その言葉は核心をついている。
だが、その話では核心をついていても、ウェイルの言う話が見えてこない。
「それはわかったけどよ、それが俺との話に何の関係があるんだよ」
その話を一刻も早く切り上げたかったワタルは、痺れを切らしたような口調でウェイルに本題を早く言うよう急かす。
「すいませんすいません。さてさて、本題ですね―――」
そう言うと、ウェイルはその微笑を更に深め―――、
「――――そのご本人様と『お話』がしたいんですよ……ねぇ? キトウ・ワタルさん」
そう、悪辣な笑みで、ワタルの名前を呼んだのだ。
『商人の目』
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