第零章 1話 ~ 第一章 15話 EX 『夢を見るのは強欲か』

「あ、もう1時か…」


 日にちが既に越してしまったことに気づいた、これといった特徴のない顔の少年。この少年の名前は『世田よだ 障子しょうじ』、17歳の高校生である。


「そろそろ寝ないと…」


 好きな小説を読み漁り、ゆっくりしていたらいつの間にか1時。夜というのは本当に過ぎ去るのが速い。


「ふぁあー…」


 口を大きく開けてあくびをし、障子はベッドに入る。


「―――――」


 天井を見つめしばらくすると、障子は眠りに付いていた。



               △▼△▼△▼△▼△



 ――――まぶしい。


「ん…」


 家の中にしては強すぎる日差しが、眉の奥から主張してくる。そして目を開けるとそこは――――


「ぇ」


 青空が広がっていた。それに驚いた障子は体を起こす。すると今度は樹木が生い茂った森が目に映る。


「えっと…まだ、夢?」


 そう思い頬をつねってみるが、痛い。どうやら、夢という線はないらしい。ならば、ここはどこなのか…


「ん、あ…?」


 その時、障子ではない誰かの声が聞こえる。振り返ってみると、そこには驚くべき顔があった。

 目付きが殺人鬼並みに悪いが、案外顔の形が整っている自分と同い年くらいの少年


「―――鬼頭 渡」


 小学生から中学生の三年の途中まで仲の良かった鬼頭 渡が、そこにいた。

 そんな渡も体をゆっくり起こし、目を擦る。そして、


「ここ、どこだよ」


 そう、困惑の言葉を口にした。

 それに答えるように、障子も口を開く。


「さぁ、僕にもわかんないや」


 渡が障子を覚えているかわからないが、とにかく障子は答えた。だが、


「あれ? 俺家に帰って……それから……うん、ダメだ。やっぱり心当たりがない」


「―――え?」


 渡は、そんな言葉聞いていないかのように独り言を続ける。

 無視された? いや、そんなはずはない。渡はそんな奴じゃなかったはずだし、そんなことをしている場合でもないのは渡はわかっているはずだ。


「ちょっと、ねえ!」


 今度は渡の肩をぐいっと押す。だが――、


「これって、あれか? ラノベとかでの異世界転生ってやつか? でも、なんでこんないきなり?」


 渡はほんの少しのけぞりはするものの、何事もなかったかのように独り言を続けた。これから考えられることは―――


「僕は、気配を完全に消せるスキルみたいなものを異世界ボーナスでもらえた…?」


 渡も言っていた通り、ここが異世界なのは間違いないだろう。そして障子が気づかれないこの現象は、異世界転生時に与えられたスキルによるものだと考えた。

 能力内容は…状況的に幽霊のようになっている感じだが、触れられることから、完全な幽霊とは違うのだろう。なんにせよ、


「やめてほしいな……」


 折角現実を見れるようになったというのに、こんな幻想ファンタジーに送り込まれるなんて…


「はやく街かなんか見つけないとだな」


 そうこうしているうちに、渡が立ち上がり、歩き出した。



               △▼△▼△▼△▼△



 ガサガサと草をかき分けながら、渡たちは歩く。


「はぁ…はぁ…運動…しておけばよかった…」


 軽く小一時間は歩いているはずだが、中々外が見当たらない。


「それにしても、なんで渡はこんなに平気なんだ…」


 何故渡について行っているかだが、それは中学時代に、渡に助けられたことがあるからだ。

 特徴のなかった障子は、小学校では孤立していた。だから、中学でも孤立すると思っていた。だが、そんな障子に渡は声をかけてくれた。気さくに話せて、話の合う友人。まぁ、中学三年の途中辺りから何故か距離を置かれ、疎遠になってしまったのだが……


 ともかく、今の障子は透明人間だ。異世界であるならモンスターだのがいるだろうし、それの手助けを……という次第である。


 そんなことを考えていると、少し開けた場所に出た。

 すると草むらがガサガサと揺れ、そこから何かが現れる。


「ギャギャッ、ギャッギャッ」


 意味の分からない言葉を発しながら草むらから出てきた『それ』は、背が低く、緑色の肌をしていて、鋭い牙を生やしていて、手に弓を持っている小人だった。そしてその姿には既視感があり……


「「もしかして…ゴブリン?」」


 二人が同時に『それ』の名前を呼ぶと、ゴブリンが渡たち……渡に気が付く。すると、


「ギャーッ、ギャーッ!」


 そのゴブリンが大きな声で喚く。


「やべっ」


 渡はすぐに逃げようと背を向ける。だが、障子は見ていた。―――ゴブリンが、渡の背に向けて矢を放ったのを


「渡!」


「うっ、ごはっ」


 障子が名前を呼ぶも、その声は届かず、放たれた矢が渡の体を貫いた。それに渡は顔を歪ませ、血を吐く。

 体を貫かれた渡の目が、光を失っていくのを感じる。


「うそ・・・だろ・・・?」


 いいや、違う。そう、これが現実なんだ。世界が幻想的ファンタジーであろうと―――結局、現実なんだ。


「――――っ。渡! 渡!」


 だからって、目の前で死にかけ友人を見捨てることなんてできようか。

 そう思い、障子は渡の体を揺する。だが―――


「――――ぁ」


 死んだ。




 ―――――《起死回生》、発動。




 渡の体から命が消えた次の瞬間、渡の体が少し跳ねる。


「す、はぁっ!」


 勢いよく矢が抜け飛び、渡が息を吹き返した。


「うそ…だろ…」


 それに障子は啞然とする。

 さっき、渡は完全に死んだ。それは間違いない。だが、今は生きている。これは、異世界に来た渡の転生ボーナスみたいなものなのだろうか。

 だが、障子が唖然としたのはそんなことが理由なのではない。それは―――、


「なんだかわっかんねぇけど…今のうちに!」


 なんだかわからないで済ませていい話ではないが、今逃げるべきなのは間違いない。幸い、ゴブリンたちも困惑しているのか動きが止まっている。

 しかし、渡は逃げることはできない。


「――――――」


 振り向いた渡の視界には、もう移っただろう。

 ゴブリンに似た緑の肌に、右手には大きな棍棒を持った3メートル近い巨体の怪物。察するに、上位種のようなものだろうか。


「うわぁあ――――っ!」


 障子は、走り始めていた。

 ゴブリンたちに、障子の姿を捉えられていないのはなんとなくわかる。だが、恐怖が、障子を襲っていた。


「グゴオォォォォッ!」


 後ろで、そんな雄叫びが聞こえる。だけどただ、障子は走り続ける。ただただ――――、



               ×―――――――×



「―――――― 」 


「うわあぁぁぁぁぁぁっ!」


 叫び声をあげながら、渡が飛び起きる。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ・・・あれ? ここ、は?」


 渡が激しく肩で息をしている。

 ちなみに、ここはヨハネイルというところらしい。そしてなぜそんなところにいるのかは不明だ。気付いたら、渡とともに街の路地で倒れていた。

 そこから偶然居合わせた女性が渡を運んでくれたわけだ。だが、障子にとって、それは今はどうでもいい。


「僕は……逃げた……!」


 恩返しに手助けを、なんてぬかしておきながら、障子は逃げた。恐怖を前に、立ち向かおうとしなかった


「それにしてもアンタ、ほんっとに何にも知らないんだねぇ。もしかして、自分のスキルまで知らないのかい?」


「スキル……」


 ふと、女性が口にした言葉を、障子は反芻する。

 スキル、それは異世界系でいう能力のようなものだ。この世界にも、そういうものがあるらしい。


「……そういえば、渡のスキルってなんだろう」


 障子自身の能力内容は、今障子が周りに全く気付かれていないことだが、渡の能力は……あの生き返りだろうか?


「すっげぇ……あの! 自分のスキルってどうやったら確認できますか?」


 マリアがそこにあったほうきを浮かせ、くるくる回転させたのを見て、渡は目を輝かせる。


「それなら、冒険者ギルドに行くといいよ。そこなら、あんたのスキルも鑑定できると思うよ」


「はい! わかりました。ありがとうございます!」


 こうして、渡たちの最初の目的地がきまったのだった。



               △▼△▼△▼△▼△



 鑑定室で、渡はその鑑定結果を見た。


「器?」


 意味の分からないという面持ちで渡は映し出せれた自らのスキルの名を読み上げる。

 実際、その《器》というスキルは、能力が全く予想できない。しかし、渡がセリカからの説明を受けてその文字に触れたことによって、障子は理解した。


「あれ!? 説明書きじゃない!? えっと、何々…《起死回生》? それと……なんだこれ……」


「………」


 そこにあったのは、渡も言っている通り《器》の説明書きではなく、《起死回生》の文字と真っ黒に塗りつぶされた欄のみ。

 これから察せることとしては、渡のスキルは『スキルの複数所持』あたりだろうか。そして《起死回生》は文字からして、渡があの森で発動した生き返る能力だろう。まぁ、失った命を取り戻すほどの能力だ。そういうのは、大抵クールタイムが長い。

 そうこう考えてるうちに、セリカが呼んできたセリカの先輩―――マキとやらがやってきた。


「う~ん、壊れ……てはなさそうですね。誠に申し訳ございませんが、明日また、来てください」


「……そうだ、この際僕のスキルも見ておこう」


 マキはまた来てくれと言っていたが、多分、この鑑定する水晶は壊れていない。だから、ついでに障子自身のスキル詳細もしっかり認識しておくべきだ。


「もう行ったかな……」


 全員がこの部屋から出たことを確認し、障子は水晶に手をかざす。


「お、出た」


 障子は誰かに感知されることがないので水晶にも認識されるか内心ドキドキだったが、どうやら物は反応してくれるようだ。ともあれ、障子は出てきた文字を読む。


「――――《不可知》」


 その言葉をそのまま口に出し、文字に触れる。

 能力内容―――生物のあらゆる認識手段を使用しても知り得ることができない。


「なるほど…」


 これが、障子に与えられた能力……いや、最早『呪い』と言ってもいいような能力だ。


「まぁ、どう使うかは後で考えよう」


 渡と離れすぎるとはぐれてしまうからと、障子は部屋を後にした。



               △▼△▼△▼△▼△



「な、なんで、ど、どこいった? あれ? 俺、さっきまで持ってたのに」


 マリアから貰った硬化袋を慌てて渡は探している。


「さっきマリアさんから盗みの話を聞いたばかりだからな。はぁ・・・」


 どうやら渡は盗まれたと思っているようだが、障子の目はしっかりと捉えていた。


「スキルだけじゃなくて、物まで貯蔵できるのか……?」


 そういうことなら、アイテムボックスのように使えるのはかなり便利だな。障子の能力とは大違いだ。

 まぁ、貯蔵してるスキルも見れていたし、貯蔵した物も確認可能だろう。明日もギルドに行くらしいし。



               △▼△▼△▼△▼△



 二日後 時刻は午前8時半―――、


「いってて…やっぱり地面で寝るとあれだなぁ…」


 寝覚めは最悪だが、しっかり起きれはするから意外と便利だったりするのだ。


「渡は……まだ寝てるか」


 昨日は大分夜までスキルについて実験していたからな……

 ともかく、障子は宿屋の下に降りた。


「さて…と」


 今日の朝食は厨房にあったベーコンのようなものを焼き、それをパンで挟んだものだ。


「いただきます」


 そういって障子は即席で作った朝食を平らげる。


「ふぅ…」


 簡素な食事だが、普通にうまい。さて、渡が起きるまで何をしようか……


「外でも歩こうかな」


「あ! セリカったら、お弁当忘れてるじゃないか! 届けに行かないと」


 そう言って扉を開けて出るマリアに、障子は後を追うように外へ出た。


「ぶへっ」


 だが、その顔がマリアの背中に激突する。


「一体なんなんだ……?」


 扉を閉め、マリアが立ち止まった理由を確認しようとマリアの後ろから顔を出す。


「―――――」


 マリアの店の前に、歪みがあった。比喩でもなんでもなく、マリアの店の前の空間がねじれている。それを不思議そうに、マリアは眺めていたのだ。


「これは―――」


 好奇心に駆られたマリアが、それに近づき、手を伸ば―――



 時刻は、8時55分



「―――ヴォゥッ!」


 その次の刹那、『歪み』から飛び出した一匹の炎に包まれた狼が、マリアの伸ばされた手を嚙み潰した。


「ぎ―――」


 痛みに悲鳴を上げようとするが、もうできない。―――『歪み』から現れたもう一匹の狼が、既に喉を嚙み千切っていたからだ。


「きゃあぁ――――――!」


 その代わりに、知らない誰かの悲鳴が響き渡る。そしてそれに呼応するように、『歪み』からは狼が溢れるように現れる。

 その狼たちは、逃げ惑う住民に噛みつき、嚙み千切って、嚙み砕いて、嚙んで、食んで、食して、飲み込んで――――


「―――――っ」


 気を取り戻した障子が宿に戻り、階段を駆け上がる。


「渡! 渡! 街が…街の人たちが!」


 扉を開け、眠る渡の揺すりながら悲痛の声で呼びかける。――だが、渡に障子の声は届かない。


「起きろ! 起きてくれ! ……僕じゃ、何もできないんだ……!」


 障子では、何もできない。障子の《不可知》は、気づかれないというだけで、死なないわけじゃない。転べば普通に怪我をするし、あの炎に巻かれれば焼け死ぬ。


「だから…だから…!」


 渡に助けてほしいわけじゃない。ただ、逃げてほしい。この異常事態から、逃げてほしいのだ。


「ん、ふぁぁぁ」


 その時、渡が目を開ける。


「寝たー!」


 呑気に背伸びをしている場合ではないんだ。早く外を見ろ。そしてこの街から出る方法をなんとか考えるんだ。幸い、ここはまだ狼が来てない。だから早く……


「って、げ! もう九時じゃん!」


 違う。そうじゃない。外だ、外を見ろ。焦るべきなのは、そこじゃないんだ。


「あークソ、つい夜更かししちまった」


 制服着替える必要なんてない。その雇い主は、もう死んでしまっているだろうから。


「よし、着替え終わりっと」


 着替えを終えた渡が、下へと降りていく。

 もう、駄目だ。渡は死ぬ。あの燃える狼に、食い殺される。


「あぁ………」


 ガクンと、膝から崩れ落ちる。そして、障子はこう思う。




 ――――――何もできなかった。



               ×―――――――×



「はぁっ、はぁっ!」


 走る。走る。ただただ、走る。

 渡の傍にいれば、異世界転生に巻き込まれる。そしてその発動条件は、「《起死回生》後の死」だ。だから、もう渡が死ぬところなんて見たくない。もう、嫌だ。無力感なんて、感じたくない。


 ―――逃げる。逃げる。ただただ、逃げる。


「うるさい」


 自分が口にした言葉から、逃げる。


「うるさい、うるさい」


 責任から、恐怖から、逃げる。


「うるさいうるさいうるさい…!」


 障子を責め立てる言葉を振り払い、走り続ける。


「づっ」


 その場にあった石にこけて、障子は地面に突っ伏す。


「いっつ…」


 膝が擦り剝け、血がでてくる。その傷が、ジンジンと痛みを訴えてくる。

 周りを見渡すと、ちょうどよく葉っぱが重なったものがあった。今日は、ここで寝よう。


「寒い」


 日が完全に落ち、辺りが暗闇に包まれる。


 ――――怖い。


 とても、怖い。小学生の時は…渡と出会う前までは、一人なんて怖くなかった。でも、今は違う。――障子は、知ってしまった。誰かと一緒にいると、心が軽くなることを。誰かと一緒にいると、凄く楽になることを。楽しい、ことを。


「―――――」


 ――――自分は今、何をしている?


 逃げている。逃げているんだ。渡から――否、恐怖から、逃げている。

 あの時と同じだ。恩返しだとか言っておきながら、逃げた。


「何を、してるんだろう……」


 もう、自分が何をしたいのかわからない。

 もう、自分が何をすべきなのかわからない。


「あぁ……」


 ――――無価値。



               ×―――――――×



 深い奈落で、渡、障子、雷獅子は歩く。

 何故こんなところにいるのかというと、渡が嵌められたのだ。それにより、渡は死刑として危険な奈落へ転移されたのだ。そして、障子はそれについて来た。


「―――渡が、なんでこんなに強くいられるのか、それを知りたい」


 身に覚えのないことで悪人にされ、周りから蔑まれ、死刑として転移させられても、渡は強く心を保っていた。なんでそんなに強くいられるのか、それには必ず秘密があるはずだ。渡の秘密……それを、障子は知りたい。

 そうすれば、障子でも何かできるようになるかもしれない。


「…………」


 そして今は、絶賛ボス部屋探し中だ。

 すると、突然雷獅子が歩みを止める。


「うわっぷ」

「どわっぷ」


 それに渡がぶつかり、さらに障子もそれにぶつかった。

 そして唸り声を上げる雷獅子の目線の先、悪寒を放つ扉がある。あれがボス部屋と見て間違いないだろう。


「なぁ、お前は俺について来てくれるのか?」


「ガァ!」


「そか」


 その言葉に、障子は心臓がドキリとする。

 ―――障子は逃げた。一度ならず、二度までも。


「だから、この世界では――――」


 逃げたりしない。渡の『強さ』を、見届ける。―――無価値な自分は、嫌だ。



               △▼△▼△▼△▼△


「ア"ァァァッ」


 毒を受けた渡が、雷獅子に向かって走り出し、手を目いっぱい広げる。

 一体何をするのか、そう思ったのもつかの間、


「シャァァァァッ!!」


 大蛇がそう叫んだかと思うと、渡の体に幾本もの白い牙が突き刺さった。

 渡は、大蛇が渡を囮にして雷獅子を殺そうとしたことを察し、それを防ぐために自分の体を―――命を使った。


「ぎがあぁぁぁぁっ」


 そんな渡は、毒牙によって苦しみの声を上げる。

 その声は、聴いているこちらも苦しくなるような、そんな悲痛の籠った声だった。何故、渡はそんな気持ちを味わうと知っていて、雷獅子を庇えるのか。何故、そんな気持ちを味わっても、正気でいられるのか。


 ――――障子脳内メモ:渡は、とても強靭な精神を持っている。



               △▼△▼△▼△▼△



「私の部下が失礼したな。私はフェル・ヴィザール。この街、『レイブウィア』の騎士団の騎兵隊長をしている。君は?」


「俺は……」


 奈落のボスを倒し、なんとかあの地獄を脱することができた後、渡たちは『レイブウィア』という街についた。


「俺は――――リベルド・アンクです」


 そこで出会ったフェルという女性に、渡は『リベルド』と嘘をついた。まぁ、妥当な判断である。


「まぁなんだ。色々あったんだろう? ここでゆっくりしていくといい」


「――――」


 どうやら、しばらくはこの街で過ごすことになりそうだ。

 そして渡も、なにか悪いことを思いついたようだった。


 

               △▼△▼△▼△▼△



「えーっと、こんなのはどうだ?」


 渡、障子、フェル、雷獅子―――改め、エレクシアが冒険者ギルドで依頼を探す。

 そこで、渡は馬車の護衛の依頼の紙を見つけてきた。


「うむ、リベルド君の実力ならこの依頼もこなせるだろうし、エレクシア殿の新武器を試すのにもピッタリだろう。だが――」


「?」


「これは三人じゃないと受けれない依頼だぞ」


「あ」


 よく見ると、依頼紙の端っこに「※三人用の依頼です」と書かれている。

 ……まぁ、忙しいであろうフェルを除いても三人いるんだけどね。


「なぁよ、お前等その依頼受けんのか?」


「ん?」


 依頼受注の条件人数が足りず、頭を抱えている渡たちに何者かが声をかけて来た。声が聞こえた方向を見ると、そこには金髪を刈り上げにしたチャラチャラした男が一人。


「いや、受けたくはあるんだが人数が足りなくて……」


「じゃあ、俺もその依頼に参加させてくれよ! ちなみに、俺の名前はテガイズ・レキエル。お前、名前は?」


「……俺はリベルド・アンクで、こっちの奴はエレクシア」


 話しかけてきたすごく元気で陽な感じの男の人、それに渡は自己紹介と他己紹介をする。


「で、さっきの言葉の意味なんだが・・・」


「その言葉のまんまだ! 俺もその依頼に参加させてくれ!」


「分かった。分かったから」


 何だか、渡が凄くウザそうだ。……自分も中学の時はこのくらいグイグイ来てた癖に……


「そう考えると、渡って結構変わったな…」


 暗くなったというか何というか……


「まぁ、時間は人を変えるみたいだし……」


 障子が見ない間に、渡にもなにかあったんだろう。



 そしてその後、渡たちは宿へと戻るのだった。



               △▼△▼△▼△▼△



「だから、僕もお兄さんみたいに強くなりたい!」


「―――」


 人搬馬車の中で少年に言われた言葉に、渡は軽くめを見開く。

 自分の強さに憧れる人がいないと思っていたのだろうか。


「ここにも、いるけどね」


 そんな届かない声を、渡は口に出す。


「僕ね、お父さんがいないの、だから・・・だから、僕がお母さんを守れるよう強くなりたいの!」


「そうか、頑張れよ」


 そんな少年の夢を聞いた渡が、少年に笑いかける。

 そのいつもは見ないような渡の顔に、エレクシアとテガイズ、そして少年は驚いた顔をした。だが、障子だけは、別の思いを抱いていた。


「――――渡…あの時と同じ顔だ」


 中学の時、渡が向けてくれた笑顔。障子を孤独から救ってくれたあの時の渡と同じ笑顔。

 時間は人を変える。―――でも、変わらないところもある。



               △▼△▼△▼△▼△



 「うおぉぉおぉぉぉぉぉおぉ―――」


 大木を抱えた渡が、雄叫びを上げながら向かう先は、全てを呑み込まんとする大きな津波だ。


「―――んらぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 そして手に持つ大木を、その津波に向けて振りかざす。


「うっそぉ」


 それに謎の女が驚きの声を上げる。流石に、それには障子も共感せざる負えなかった。

 一方渡はというと、エレクシアに上級回復薬―――いわゆるポーションを与えていた。戦闘中とは思えない談笑を交わし、渡は立ち上がる。



  ――――障子脳内メモ:渡には、戦闘の中でも余裕がある。



               △▼△▼△▼△▼△



 翌日、森の中でテガイズの手が吹き飛んだ。


「エレクシア! そいつに近づくな!」


 必死な面持ちで、渡はエレクシアに呼びかける。

 渡にそうさせたのは、目の前にいる長い髪を後ろにまとめた男性。


「あ、マジ? さっきの避けるかー」


 軽い調子で、テガイズの腕を消し飛ばしたなんてなんとも思っていないような声色で、男が頭をかく。


「お前……『無双の神判』の奴か?」


「……あ、マジ? おっかしいなぁ……その名前知ってるやつ、大体消されてるはずなんだが……」


「……『無双の神判』?」


 渡が口にした聞き覚えのない言葉に、障子は疑問を浮かべる。

 男の言葉から察するに、恐らく秘密の組織的なやつなのだろう。だが、渡はそんな組織とは全くもって関係のない日本の生まれ日本育ち。つまり、『無双の神判』というものを知ったのは異世界に来てからというわけだ。

 だが、障子はそんな組織に聞き覚えは――――


「―――ぁ」


 心当たりが、ある。

 男の命を何とも思っていないような態度、秘密厳守の活動見たらぶっころみたいな組織、残虐非道な、組織。


「――――」


 渡が出会ったことのあり、渡がここまで警戒する組織―――渡を、葬ったのが『無双の神判』だと、障子は結論付けた。


「リベルドぉ!! エレクシアぁ!! 走って逃げろぉぉおぉ!」


 テガイズが男の足元を泥沼にし、足を止める。

 そして渡たちに逃げるよう促すが、渡は躊躇ってしまう。


「――あ、マジ? 君がリベルドかー」


 その躊躇った渡に、男が話しかける。

 

「いやーそっかそっか……俺、実は君に見せたいものがあってさー」


 軽い口調を崩さずに、男が渡へと話しかける。

 そして身に着けたショルダーバッグから何かを取り出し、渡の方へと投げた。

 大きさはボーリング玉ぐらいで――――


「――――っ」


 それは前日、渡たちの乗った人搬馬車にいた少年だった。


「こ、れは―――」


「昨日会った子の頭ー。その子がよ、母親を殺した後「リベルドお兄ちゃん・・・」ってうるうるお目目で助けを求めるように言ってたんだよ。ほら、自分に危険が及びそうなときに助けを求める人って強いやつだろ? 最初は殺す気なかったけど、頭見せたらそいつの動揺を誘えるかなーって思ってよ。ホラ――」


「―――がっ」


「動揺した」


 その場の誰もが、予想だにしていない男の手札に動きが固まった隙を狙い、男が渡へ蹴りを与える。

 その攻撃に渡は吹き飛び、地面を転がった。


「―――――」


 渡は、喋らない。無言で、ただただそれを見つめている。


「―――俺が、殺した」


 渡が、低い声でそんなことを呟く。

 その言葉は、自分を責め立てるもので、悲痛に満ちている。


「―――俺が、殺した」


 渡が、まったく同じ言葉を口に出す。

 だが、今度のはなんだか、自分に呆れるような―――


「アァァァァァァアアァァァァァアァァァァァ―――――――――ッ!!」


 突然、渡が雄叫びを上げたかと思うと、渡の体から影のような何かがあふれ出る。

 それは一度大きくなり、渡の体を包みながら小さくなっていく。


「オイオイオイオイ! なんだよそれ! 面白すぎんだろ!」


 混乱、困惑、疑問。三人がそれぞれそんな感情を渦巻かせる中、一人だけが歓喜の声を上げる。


「リベルド! いきなりどうしたんだ!」


「――――危ない!」


「ぐおぁっ!?」


「い…ぁ…!」


 渡に近づこうとしたテガイズが、大きな影の手に薙ぎ払われ、その体が止めようとした障子にぶつかる。

 背中を強打し、呼吸の仕方を障子は一瞬忘れる。


「ア“ァァアアァァアアアアァァァァァア――――!」


 手を覆う影を大爪にし、それを男に乱暴に振るう。だが、そんな大振りな攻撃は、男に軽々よけられてしまう。


「ア“ア”ァッ! ア“ア”ァァアァッ!」


 避けた男を追って、爪を振るう。叫ぶような声を上げながら、ひたすらに、その大爪を振るう。

 その姿はまるで―――、


「獣、みたいだ…」


 飢えた猛獣に、渡を重ねる。いや、結局食うのが目的ではないので、もっとひどい、怪物のようだ。

 怒り狂い、殺すためだけに、ただただ武器を振り回す。


「ア“ア”ァァァァアアァァアァッ!」


「あー、マジか。最初は面白いと思ったけど……なんだろうな………」


 避け続けた男が、つまらなさそうに何かを伸ばす。


「―――――ガッ」


「単調すぎてつまらんわ」


 その伸びた何かにやられたのか、暴れまわっていた渡の動きが止まる。

 足を止めた渡の纏っていた影が小さくなり、消えていく。暴走が終わる。その代わりに―――


「あ、がぐ…ぅあ……っ!」


 渡が突然、体を抑えて苦しみ始めた。


「あーあ、折角面白いやつが出たと思ったけど、結局こんなもんかぁ……」


 失望を露わにし、男が溜め息をつく。そんな男には、蠍の尾が引っ付いていた。


「いつの間に……」


 いや、最初からあったんだろう。そしてそれなら、今渡が悶え苦しんでいる理由も納得だ。その尾で、渡を刺し、毒でも注入したのだろう。


「主様!」


 そんな渡のピンチに、テガイズの応急処置をしていたエレクシアが駆けつける。


「ぐ……あぅ…ぇ…くし…ぁ」


「コラコラ」


 弱弱しく、もうほとんど聞き取れない渡の呼びかけに、一瞬顔を向けて反応したエレクシアへ、男が急接近する。


「―――ぁ」


「きゃっ」


「敵から目を逸らしちゃダメでしょうが」


 一瞬、ほんの刹那の気の緩みに、男が蹴りをねじ込む。

 それにエレクシアは吹っ飛び、木に激突する。


「……おいおいまだ生きてんのかよ。毒も結構回ってきてるだろ。せめて、俺が楽にして―――」


 最早障子には聞き取れなかった渡の言葉に男は反応し、今にも死にかけな渡に介錯を施そうとする。


「ガルルルルァッ!」


 そこへ、獣モードとなったエレクシアが飛び込んだ。


「うおっ、お前どっからやってきた!? ……いや、お前さっきの侍女服の奴か!」


「ガルゥァッ!!」


 一瞬でその獣の招待を言い当てた男へ、エレクシアは周りの木々を利用して攻撃を仕掛ける。

 あまりの速さに男は対応しきれずダメージを少しだけ食らう。だが――、


「後ろを取ろうとしすぎだ」


 背後から噛みつこうとした雷獅子を、男が尾を使って叩いた。


「ガ……ゥ……」


 変身が解け、人間の姿となったエレクシアへ、男が向かっていく。


「やぇ……ろ……」


 渡は毒で動けない。だから、ここで助けられるのは障子しかいない。いないんだ。いないのに。


「足、が…」


 動かない。足がすくんで――いや、前の世界で擦りむいた足の怪我の瘡蓋が剥がれて、痛みを訴えてきている。だから、動けない。


「もしかして、最終的に裏切るつもりだったとか?」


「なに……をっ……!」


 ノンデリ発言に怒るエレクシアだが、体が痛み反撃できない。


「おーおー、怖い怖い。ま、大人しく……あ?」


 そんなエレクシアへ向かっていく男が、何かの異変を感じ取り、足を止める。

 そして振り向き、倒れる渡に目を向ける。


「生きてる……?」


 《起死回生》で生き返った渡。それを見て男が驚愕の声を出す。出して――、その口を歪めた。


「マジかよ――――アホほど面白いじゃねぇか」


 戦闘狂。それがその男への一番の印象だった。


「よし、ここはいったん見逃すか。なぁ、魔物。そいつが起きたらこう伝えろ。『明日、お前が死んだ時間ごろにまたレイブウィアに来る。それまでに何とかして騎兵団の奴らに住民を全員避難させろ。もし誰かいたらもろとも殺す』ってな」


 伝言をエレクシアに伝え、男はその場を去る。


「―――――」


 どこへ向かうのか、それが気になった障子が、去っていく男について行く。

 ゆっくり、ゆっくり、男は歩く。歩いて、歩いて、歩き続けて、歩いた先に、歩いた末に―――『レイブウィア』に、たどり着いた。

 そして―――、


《―――狩人の記憶ハンタリメイド其の六シックス


 そう唱えたと同時、大きな翼が、男の背中から生えた。そしてその翼を広げ、羽ばたいた。

 城壁を飛び越し『レイブウィア』の中心へと向かう男を、障子は急いで追いかける。


狩人の記憶ハンタリメンド其の七セブンズ


 そして空中で翼を閉じると同時に腕に鋼鉄の甲冑のようなものを纏わせる。そして―――、


「よっこらせっ!」


 着地と同時、家を一軒破壊した。


「みなさぁーん! 特に! 騎士団、冒険者の方々ぁー! 今より一日後! リベルドっつー冒険者と俺が決闘する! だから! 避難しろー! そうじゃねぇと―――」


 大声で、街の人々に呼びかける。先ほどの家の破壊の件もあり、辺りは混乱と恐怖で満ちていた。


「そぉれっ!! ……こんな風に、死んじまうかもしれねぇーからなぁあ!」


 その恐怖を煽るように、男がすぐ隣にいた女性の頭を弾き飛ばした。


「あ…ぁあ……」


 思い出される虐殺。それが人間のものとなると、より恐怖が増す。―――相変わらず、障子はその虐殺の範疇にいない。


「―――そこまでだ!」


 一人の、凛とした女性の声が、その場所に響く。

 声の方向を向くと、そこにはこの街の騎士団の騎兵隊長、フェル・ヴィザールがいた。


「ん? あー、もしかしてここの騎士団の団長さん? ちょうどよかった、さっきの話聞いてたろ? ってことで、よろしくできねぇか?」


「――――っ。ふざけてるのか……!」


「こえーこえー。まぁ、負けたら聞いてくれよ? ―――そうそう、俺の名前はスコック・オセ・サシスト。決闘には、必要だろ?」


 当然の怒りを適当に流し、男―――スコックはそう名乗る。


「―――私はフェル・ヴィザールだ」


 騎士としてなのか、フェルはそれに応えた。そしてすぐさま剣を抜く。


『偉大なる風の精霊よ。翔ける風のように軽快な其の御加護を、他を護る為の力を、我に分け与え給え! 風翔の加護ストリーム・ストロース


 そう言うと、風がフェルに集まっていく。


「―――精霊術か…!」


 精霊術、それがなにかは名前から察することはできるが、魔法と何が違うのかはわからない。だが、スコックの反応から珍しいものということはわかった。


『―――剣技・翔脚の剃薙ウィーディズ・シェイビンド


 風の力で加速しながら、スコックへ猛接近する。そして、その剣を振るい――――



               △▼△▼△▼△▼△



「ぐ………」


 ザックリと斬られた横腹を抑え、フェルは膝をつく。


「悪ぃな。今の俺、マジでキてるからよ。……で、わかったろ? さっさと逃げろよ」


「リベルドと…どういう関係だ?」


「あ? マジか、あんたもあいつと知り合いなんだな。そうだなぁ……あいつにとって、俺は倒すべき宿敵ってところか?」


 リベルド…もとい渡からの評価を、スコックは語る。


「ま、取り合えず、俺は明日あいつと決闘する。それだけ頭に入れといてくれよ」


 そう言い残し、スコックは飛び去って行った。


「団長! 大丈夫ですか!?」


 それを確認した団員が、フェルへと駆け寄る。


「づっ…大、丈夫だ。それよりも―――」


 痛みに顔を歪ませるも、フェルは周りに目をやる。

 そこにあるのは、建物の残骸。それと、人の残骸。


「早く、彼らを弔おう。―――そして決して、リベルドの目には入れるな」


 そうでないと、そうでもしないと、自分と決闘するために、スコックが人を傷つけ、殺したなどと知ってしまったとき、彼は壊れてしまうと、フェルはそう考えたのだ。


 ――――障子は、その考えが最善でしかないことを、わかっていた。



               △▼△▼△▼△▼△



「じゃあ……じゃあ! お前にはわかるってのかよ! 俺の気持ちが! まだ物心ついたばっかの時に親が死んで、『家族』を教えてくれた人が死んで、優しくしてくれた人達が死んでいって、そしてまた…死なせてしまった、俺の気持ちが……!」


 エレクシアに反論をしようと、渡は必死に口を開く。

 それは、渡が『死』を目の当たりしてきた歴史。その中にはきっと、マリア達も含まれているのだろう。


「―――っ。違う! いや、違わないんだ!」


 突如、渡が意味の分からないことを言う。その目は、何かに怯えるような目をしていた。


「―――役立たずは、俺だ」


 そしてポツリと、自虐の言葉を吐く。

 さっきまで、違うと訴えていたことを否定し、自分を責める。でも、何故そんなことをいきなり言ったのか、という疑問よりも、障子の心は締め付けられるような苦しみを感じる。


「――――ぁ」


 わかった。この胸の痛み、それは、渡が発する自虐が、障子に当てはまったからだ。


「何もしてないのも、戦力にならないのも、足手まといなのも、全部俺だ」


「違う。違うんだ。そう、じゃない。僕だ、僕なんだよ……!」


 最初の世界で、障子は自分の身だけを案じて走った恩知らずな奴だ。二つ目の世界で、障子は何もできずただ茫然としていた役立たずな奴だ。三つ目の世界で、障子はもう何もかも捨て去りたいと逃げた臆病な奴だ。

 何もしてないのも、戦力になってないのも、自分しかできないことから逃げた足手まといなのも、全部、全部全部全部、障子が犯した過ちだ。


「―――失うのが怖いんだ。優しい人が、自分のせいで死んじまうことが、嫌で、怖くて、苦しくて、仕方がないんだ。だから、だからもう、ほっといてくれよ……」


 悲痛の言葉を並べ、渡は人との関係を拒絶する。

 きっとその拒絶は、渡が今まで見た『死』が、そうさせたのだろう。


「―――私には、あの洞窟からの記憶しかありません」


「え?」


 エレクシアの突然の告白。それに渡同様、障子は呆気にとられる。


「気がついたらあの部屋で鎖に繋がれ、何年、何十年も一人で過ごしてました」


「………」


 あの狭い空間に何十年単位でいることには驚きだが、未だその意図を掴めない。


「でもそんなある日、貴方が来ました」


「………」


「貴方は、私を連れ出してくれた。そして一緒に戦って、地上に出た」


「………」


「そこで契約を繋いでもらって、この姿になって、『死導者』と戦って、守って貰って……」


 エレクシアが話すのは、渡がエレクシアにしてきたことだ。

 その話は、それを聞くだけで渡がどれだけ優しいのかというのがわかる。そんなものだった。そしてそれは――、


「貴方からしたら、当然のことなのかもしれない。でも、私は助けられて、沢山の物を得た。貴方のお陰で、知ることが出来た」


 エレクシアにとって、人生を変える歴史でもあった。

 そうだ、渡は強靭な精神を持っているはずだ。だから、そんなことができた。でも、今の渡は……


「――――」


 悲しみで顔を歪め、今にも子供のように泣きだしてしまいそうだ。とても、強い心を持っているようには見えない。

 なら、渡が強い理由は何なのだ。なら、渡が戦う理由は、何なのだ。


「貴方はきっと、過去の自分の罪ばかり見すぎているんです。勿論、駄目なわけではありません。ただ、貴方は今、その罪に耐えられずに押し潰されそうになってる。だから、嫌な事だけじゃなくて、いい事もちゃんと見てください。それでも…それでも、苦しくなったら―――その時は、私にもそれを分けてください」


「――――っ」


 エレクシアの言葉に感化され、渡の顔がより一層、泣きそうになる。だが今、渡が堪えている涙は先ほどまでの涙とは違い、確実にいいものであることは確かだ。


「――――なんでだ? なんで、お前はそうまでして俺と一緒にいようとする。俺がお前を助けたとはいえ、お前がこれからも一緒にいる義理は無いはずだ」


 渡が、問いを投げる。

 そしてそれを聞いたエレクシアは、少しの思案も入れずに答える。


「―――知りたいんです。貴方の事を」


「知りたい…?」


「私を助けてくれた人が、どんな人なのか、どんな物が好きで、どんな物が嫌いなのか。とにかく、知りたいんです」


 エレクシアが、泣きそうな渡の目を見つめていた。

 その切実な目から、エレクシアが本気だということはよくわかる。


「―――やっぱり、渡はすごいな」


 渡は、人に愛される。人間として、愛される。

 ―――もしかして、それが渡が戦い続けることができることに関係でもあるのだろうか。

 そうこう考えているうちにも、話は進んでいく。


「私を連れ出して、助けてくれて、温かさを教えてくれた貴方を、知りたいんです」


「でも……でもっ! 俺といたら、死んじまうかもしれないんだぞ…? そこまでして、知らなくてもいいじゃないか……。俺だって、もう誰かが目の前で死ぬところなんて、見たくないし……見て欲しく、ない」


「―――――ぁ」


 ―――あぁ、そうか、そういうことなのか。

 やっと、分かった気がする。


「見て欲しくない……か」


 ずっと、誤解してた気がする。いや、当たり前のこと過ぎて、頭から抜けていたんだ。

 「見て欲しくない」と、渡はそう言った。それは、自分が『死』を見たからこその願望だろう。―――あんな気持ち、味わないほうがいいに決まってる。

 渡は、強い心を持ってるとか、余裕があるとか、そんなんじゃないん。渡はただ――――優しいんだ。


 障子に話しかけてくれたのも、エレクシアを連れ出したのも、全部、全部、渡が優しいからだ。

 優しいから、誰かを守るために命を懸けたりできるのだ。

 だが―――、


「それじゃあ、僕はどうしたらいいんだろう」


 恐れおののいて逃げる奴が、誰かのために戦えるわけないのだ。優しいはずないんだ。

 だから、障子は一体、どうすればいいのかが、わからなかった。


「はぁ」


 なんだかもう、諦めがついた。やっぱり、障子が強くなろうなんて、無理だったんだ。


「僕は、いなくていいな」


 今からでも、どこかへ行こう。

 渡は…もう大丈夫だろう。渡には、もうエレクシアがいる。

 渡は心を開いて、エレクシアとともにスコックを倒してハッピーエンド。これでいいんだ。


「キトウ・ワタル。……それが、俺の本当の名前だ」


「―――辛かったんですね」


 ほら、今ちょうど、それが確定された。


「行こう」


 これでいい。そうだ。これでいいんだ。

 一度強くなろうとして、無理だってことがわかって、諦めた。だから、これは逃げじゃない。


「―――住民の避難、ほとんど完了したぞ」


 ふと聞こえた声に、障子は足を止める。


「フェル…か……?」


 その声の主を、渡は呼ぶ。


「あぁ、他に誰に見えるんだ?」


 大きな傷を受けたにもかかわらず、顔色を変えずに平然としていられるフェル。いや、そうであろうとするフェルに、障子は尊敬の意を持つ。


「……住民の避難に少しばかり手間取ったからな、聞いていたのは…まぁ、最後の方……だけだ……」


 嘘を見分ける能力を持っているせいで嘘かどうか疑うことを知らないフェルは、とてもわかりやすい嘘をつく。


「はぁ……捕まえるなら、せめて戦いの後にしてくれよ……?」


「捕まえるも何も、君名前が偽名なのは元から知っていたからな」


「へ?」


 衝撃的なフェルの言葉に、渡は間抜けな声を上げる。

 まぁ、よく考えたらそうだ。渡のときだけ、能力が偶然発動しないなんてことがあるはずがない。そしてフェルは、渡が名前を偽ったことを知った上で、その後ろの背景に目を向けたのだ。


 三人は、話しをしている。渡は二人に感謝し、エレクシアはこれからの事に期待し、フェルは二人の関係がよくなったことに安堵する。

 そして皆の中に、障子はいない。


「あぁ、もう! やめよう、そういうことを考えるのは」


 これが障子の能力の《不可知》なんだ。そういう、運命なんだ。

 それが渡みたいな優しくて強い善人が持ったのなら、誰かを守るために奮闘できるのかもしれない。だけど、障子みたいな普通の人間には無理だ。

 大体、日本でわかったろ。―――創作物ファンタジーのようには行かないと。


「だから、もう行こう」


 行けばいい。この場から、離れればいい。なのに、なのに―――、


「足……動けよ………!」


 動かない。スコックと渡が戦ってるときのように、足が動かない。

 戦えなくて、怖いから足が動かない。だから、去ろうとしているのに、足が動かない。


「なんでだよ……っ!」


 なんで、こうも自分の足が言うことを聞かないのだ。なんて、中途半端なやつなんだ。そんな悔しさのような感情に、拳を握り固める。


 障子なんて、いてもいなくても変わらない。意味のない存在なんだ。だから、この場から去ったって―――


「そうだ、これからヤツを倒し、旅立って行く君に言っておきたいことがある。―――引いても進んでも同じ結末になるのなら、進め」


 ――――背後から聞こえたフェルの声。それが、障子にもう一度戦うチャンスを与えたように思った。



               △▼△▼△▼△▼△



「―――疫病神は、死にたくない!!」


 渡の宣言と同時に放たれた一撃がスコックに直撃し、吹き飛ぶスコックが建物の壁を貫通した。

 そしてそれを追うように、渡は跳ぶ。


「〰〰〰〰っ! 速いって!」


 余りにもハイスピードな上に、あっちこっちと場所を変える戦いに、障子はついていくだけで精一杯だ。

 …というか、スコックが突っ込んだ建物、あれって確か騎士団じゃ……


 走って追いかけ、ようやく騎士団の前についたとき―――、


「―――――っ!?」


 スコックが穴をあけた壁の向かいから、壁を破壊しながら大きなタコ足が溢れてきた。

 落ちてくる瓦礫を何とか避け、もう一度そのタコ足を見上げ、それが表れた理由を考える―――――いや、必要ない。


「あそこ……」


 そのタコ足が、何かを掴んでいる。

 あのタコ足が渡の物ではないのがわかりきっている限り、あれはスコックのものと考えるが妥当。そして恐らく、あの掴まれているのは渡だ。


「それなら―――」


 抜け出せないのか、掴まれたままの渡。

 それを手助けするには、今、障子の持つ物――渡のダガーが必要を、投げる。


「届けぇ―――ッ!」


 体育のハンドボール投げの時よりも、もっと力を入れて、遠くに飛ばす。

 その思いが届いたのか、そのタコ足にダガーが突き刺さり―――、


「そら!」


 次の瞬間、ダガーを手に取った渡がタコ足を切り裂き、見事脱することができた。


「やっ…た……!」


 そのことに、障子は高揚を抑えられない。

 初めて、渡の役に立てた。だが―――、


「―――できたってか?」


 見覚えのある電流を迸らせ、それを受けて筋肉が硬直した渡に、追撃が放たれた。


「―――――っ」


「渡!!」


 抜け出せたはいいものの、スコックの余りの強さに渡は苦しむ。

 障子も、さっきのようなサポートはできるが、こういうゴリゴリの戦闘となると、成す術はない。障子があの輪に入るだけで一瞬で巻き込まれて終いだろう。

 だから、戦闘面では渡に完全シフトするしかないのだ。


「でも、お前なら……お前となら、こいつの力を引き出せるかもしれねぇ!」


 目を輝かせ、そんなことを言うスコックに、障子はゾッとする。

 だが、渡はそうではなかったのか、薄っすらと青筋を浮かべ―――


「無理だよ。奥の手で他の魔物の能力を使うやつが、極められるわけねーだろ。それに、どんなに力を引き出そうが、どんなにそいつを理解しようが――結局はただの、偽物だ」


 口角をグニャリと上げ、怖い目つきを感じないほど歪め、その顔を完全な嘲笑の顔にする。

 ぞくりと、悪寒が走る。それはその顔からか、はたまたスコックが初めて見せた怒りからか。


「――――そうかよ」


 声色から伝わってくる怒り、正直気味がいいが、戦闘では最悪だ。


「――――!?」


 現に、渡が攻撃を防げていない。怒りによってブーストがかかっているのだろう。


「なぁにぼーっとしてんだよぉ!」


「ちっ」


 飛ばされた渡へ、叫びながらスコックが接近する。それに悪態をつくも、渡は迎え撃つ。

 蠍の尾が降られると同時に、渡は手で防御し、受け止める。


「あめぇな」


 スコックがそう言うと、その手を渡の腹に密着させる。


狩人の記憶ハンタリメンド


「づっ!?」


 エレクシアを真似した電撃が流れ、渡が硬直する。それと同時、無防備な後頭部に追撃を食らわせようと、スコックが身を翻した。

 ―――これは間違いなく、渡は死ぬ。

 あんな一撃を頭にモロに食らえば、たとえ頑丈な渡でも死んでしまうだろう。だが、渡にはまだ《起死回生》がある。そうすれば、生き返って戦闘を再開可能だ。

 死ぬのは辛いだろうが、障子ではあの攻撃を受けて渡を守る、なんてことはできない。戦闘面で、障子にできることはない。

 なのに、そのはずだというのに―――


「なんで―――」


 何故、障子は二人めがけて走り出しているのだろうか。

 間に入っても、意味はない。だって、障子にできることはないのだから。それに《起死回生》だってある。障子がここで行こうが行かまいが、結果は変わらない。結末は―――


『そうだ、これからヤツを倒し、旅立って行く君に言っておきたいことがある。―――引いても進んでも同じ結末になるのなら、進め』


「―――――」


 その時、障子の頭にフェルの言葉が蘇る。

 それは本来、障子に向けられたものではない。だがその言葉は、障子の行動に意味を与えた。


『―――疫病神は、死にたくない!!』


「―――――」


 次に障子の頭に響いたのは、渡の願望。

 無駄死には嫌だ、そんな渡の決意の宣言。その言葉が、障子の行動に理由を与えた。

 足の傷なんて、もう痛くもなんともない。いや、今までも、痛かったことなんてない。渡が受けた傷に比べれば、こんなの痛くも痒くもない。

 だから、走れ、守れ、進め。


「うおぉおぉぉぉ―――――――っ!!」


 それと同時、困惑の足取りに力が入る。

 間に合えと、そう願いながら、雄たけびを上げながら、障子は走る。

 だが、気合いの籠った雄叫びの割に、することは簡単だ。―――ぐいっと、右手で押した。


「あ?」


 本来では、スコックにとってほんの、ほんの小さな力だった。

 だが、攻撃ではなく、空中ということも相まって、それは、大きな意義を出した。


 ―――――そしてようやく、本当にようやく、障子の異世界物語が始まった。



               △▼△▼△▼△▼△



「じゃあ、元気でな」


「あぁ、君もな」


「またあおーぜぇー!」


「さようならー!」


 戦いは一段落し、渡たちは『レイブウィア』を去る。

 障子は別れを告げる相手などいないので、レイブウィアの門とフェルに向かって一礼した。

 あの時、あの言葉がなければ、障子はきっと飛び出せなかった。


「そういえば、ワタル様の策略とはどんなものなんですの?」


「ん? あぁ、それはだな…」


 そういえば、ここに着いたときも悪役のような笑みを浮かべていたな……

 渡の顔をそうさせた理由は、障子も気になっていた。


「俺が今や世界での極悪人になってるのは知ってるだろ?」


「えぇ…ぎるどで聞きました。でも、あれが何か捻じ曲げられたものであることはわかっております」


「…あぁ、ありがとうな。俺は、あいつらに嵌められて、極悪人に仕立てられた。だから、俺はあいつらに一度会いたい。でも、それだと一つ問題があるんだ」


 問題……顔だとかだろうか? だがそれならフードだのなんだので顔を隠せばいいだけの話だ。


「それは…?」


 エレクシアがそう問うと、渡は人指し指を立ててその答えをいう。


「ズバリ、一般人ではあいつらに会えない」


「あぁ!」


 渡の言うことに、障子は納得したように声を上げる。

 そういえばそうだった。一応、あれは一国の王と王女と勇者だ。会うとなれば、渡の場合、それこそ自分の正体を明かすことで会えるかどうか半々、といったところだろう。


「勇者が召喚された理由、それは魔族と戦うためだ。でも、召喚され、この世界をあまり知らない勇者に魔族との闘いのすべてを任せるというのは少し心許ない。だから、あの王は戦闘の手練れを欲するだろうと俺は考えた。それも、圧倒的な」


「ぁ」


 エレクシア同様、障子も理解した。

 渡は見たのかわからないが、街の新聞で『傷心王女、勇者パーティー加入!』なんて見出しがあった。勇者パーティーに自分の娘がいるなら、あの親バカ国王はなおさら安心できる強者が欲しいはずだ。

 本来なら兵の中から選べばいいが、それにプラスで各地で街スケールで救った冒険者がいるのなら、安心できることこの上ない。

 まぁ、バレてしまえば全てオシャカになってしまうが、そこは渡の悪知恵が高速回転してくれるだろう。……というか、障子も加わればどうとでもなりそうだな。


「まぁともかく、俺はそのためにいろんなことをしようってわけだ。―――もちろん、お前と一緒にな」


「――――、はい」


「僕も、ついてくよ」


 この声は、渡には届かない。

 でも、これでいい。障子はもう、逃げない。自分が出来る全てを尽くそう。普通の人間が、身の丈に合わない夢を見る。身の程知らずも良い所だ。―――まぁ、もう一回くらいは、夢を見たって許されるだろう。


「これは恩返しじゃない。渡の役に、立ってやる」


 障子は、この世界にいない。誰からも認知されない、孤独で、何も持ってない、凡庸な人間。でも、孤独なら孤独なりに、凡夫なら凡夫なりに、必死にあがいて見せる。


 ――――そんな決意を胸に、障子たち三人は次の街へ向かった。




『夢を見るのは強欲か』


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


サブタイにもある主人公が今更登場する異常性








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