第一章 / 番外IF 『疫病神は出会いたい』


 レオーヌの覚醒と同刻―――、



「これを使えば、あいつに勝てるかもしれねぇ…」


 最初の世界からついていた能力の《器》、それは生物を除くあらゆる物を収納できるというもの。いわゆるアイテムボックスだ。ワタルは道中、使えそうなものなんかがあればちょくちょく収納しているが、その中にスコックを倒せるかもしれない物があったのを見つけたのだ。


「…なにブツクサ言ってんだ?」


「言うわけないだろ」


 スコックの追求を、ワタルは誤魔化す。


 そして、しばらくの沈黙が続く。いや、スコックは何かボソボソと言っているところから、なにか思考しているのは明らかだ。

 すると、突然スコックが翼を広げる。


「―――どこに行こうってんだ?」


「いや? ただ、場所変えようと思ってな。なんだ? まさか俺が尻尾巻いて逃げようとでも思ってんのか? なワケねぇだろ。ついて来いよ」


「……あぁ」


 それに、ワタルは承諾する。一度、気持ちと考えをまとめるため、間を置く必要があると考えたからだ。

 そして次の瞬間、スコックは翼をはためかせ、空に浮かぶ。そして―――、


「クハ」


 スコックはワタルを取り残し、一人飛んで行ってしまった。


「〰〰〰〰〰っ」


 まずい、まずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずいまずい。


 さっきスコックが飛んで行った方向は、門の方。―――つまり、エレクシアのいるほうだ。


「クソ…っ!」


 焦燥に駆られながら、ワタルは足に《力を生み出す能力ゼロ》を付与し、跳ぶ。だが、やはり翼の生えたスコックに追いつけるはずもなく、距離は離されるばかりだ。


「急がないと―――」


 速く、早くしないと――――――、











 ―――エレクシアが、死んでしまう。











「はぁっ、はぁっ」


 肩で息をしながら、ようやくたどり着いた門の前。そこにいたのはスコックと、知らない黒ローブ。そして――――、


「ぇれ…くしあ…」


 ―――エレクシアの、死体だった。


「隊長、助かったわ」


「あぁ、ぎりっぎり間に合ったみたいだな」


 左手を失ったマズドメントクスに、スコックが息を吐きながら笑う。


「あ…あぁ……」


 ―――何回目だ。もう、何回目だ。


 ―――何回目だ。ワタルが、殺してしまったのは。これで、何人目だ。


 ―――何回目だ。後悔するのは。これで、何回目だ。


「はぁ……」


 単純に考えて、ワタルが普通に生きるなんてことは無理だったんだ。

 普通に仲間を作って、普通に戦って、普通に稼いで生きていくことなんて、不可能だったのだ。

 だから―――、


「かふっ…」


 ワタルは、手に持ったダガーを胸に突き立てた。

 そして、ワタルは当然、死に至る。


 ――――《起死回生》、発動。


 それにより、死んだワタルは再び息を吸う。


「ちょっとヤダ…生き返った…?」


 黒ローブが驚いているが、関係などない。


「――――もう、やめよう」


 死なないだなんて、そんな理想を持つワタルは、もうやめよう。だから、今からは――


「新しい俺だ」


 それを聞いたスコックが、笑う。


「はっ、新しい? 大事に人が死んでおかしくなっちまったか――――――」



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――。



               △▼△▼△▼△▼△



 薄暗い夜、ワタルの足元には複数の死体が転がっている。

 それは、原形がわからないほどにぐちゃぐちゃの肉塊となっていた。


「―――――」


 ワタルは歩き、死体となったエレクシアに触れる。


「――――っ」


 冷たい。それに生気などは微塵もない、空っぽの肉体だけが残ってる。


「エレクシア……っ」


 もう、復讐も何も、どうだっていい。――――ただ、もう一度触れたい。


 あの柔らかい笑顔に、あの温かい肌に、あの思いやりに、包み込むような声に、触れたい。


 それだけでいい。本当に、それだけでいいから。


「エレクシアに…会いたい…」


 そう言ってワタルは、歩き出した。



               △▼△▼△▼△▼△


 ―――都市『フェンドラス』


「――――広い」


 レイブウィアからかなり歩いたところにある街、フェンドラスのギルドマスターとやらが住んでいる豪邸にお邪魔したところ、相当広かった。


「――私に、何か用?」


「あんたが呼んだんだろ?」


 ふと、ワタルに声をかけたドレスを身にまとった少女は、この街のギルドマスター、セナル・ミーシャ・フェンドラスだ。華奢な体…というより、幼女のような見た目だが、年齢は優に百歳をこえている。


「それで、本当なんだな―――俺の、望むものをなんでも与えるっていうのは」


「正確には、その知恵を授けると言ったのよ」


 つい昨日、ワタルはこの街を襲撃した魔族を殺し、その謝礼として望むものを与えると言われた。

 正確には知恵だったようだが、まぁそれでもいい。ワタルが望むものは――


「死者に会うには、どうすればいい」


「――――魂が肉体を形成し、記憶が人を形作る。そしてその魂は、輪廻する」


「あ?」


 突然、セナルがそう口にする。意味が分からない。何を言っているんだ、こいつは。―――まぁ、知りたいことが知れなければ殺せばいい。あ、そうか、こいつ不老不死だから殺せないのか。

 まぁ、やりようはあるか。


「いい? 魂というのは死ねば天に昇り、記憶を濾され、別の世界に送られる。そして、その別世界での肉体は、魂が形成する。つまり、姿形は変わらないということね」


「―――――」


 つまり、つまりそれは――――


「俺が死ねば、会えるのか」


「言ったでしょう? 記憶は濾されるって。それに、前の世界の記憶は――」


 セナルの言葉は、もうワタルの耳などに届いていない。

 ただ、ワタルはダガーを取り出し、自分の胸を突き刺した。


「――――!? あなた、何してるの!」


 ゆっくり、意識は深淵へと落ちた。



               △▼△▼△▼△▼△



 落ちていく、落ちていく、暗い、暗い、闇の中を。抵抗などしない。落ちていく。だが……なんだか、いつもより長く感じる。


 そんなワタルの前に、よく見る光が近づく。


『――――生きて』


 初めて、その声が五月蠅いと感じた。



               △▼△▼△▼△▼△



 都市、ガズドイル。



「あの、すいません」


「ん? どうし…ました?」


 ワタルは、目の前の一人の男性に声をかける。

 それを聞いて振り向いた男性が、少し驚きの表情を見せた。

 それもそのはずだ。今のワタルは目つきが悪いにプラスしてどっぺりとクマが染みついているのだ。不気味に思うのも仕方がない。だから、そういうのはもう慣れた。

 とにかく、ワタルはエレクシアの情報を聞こうとする。


「あのー、人を探してるんですけど…」


「えっと、それは誰…ですかね」


「金髪を腰あたりまで伸ばしてて、青い瞳孔をしている長身の女性なんですけど…」


「んー…心あたりは無いですね…」


「そうですか」


 ―――どうやら、この世界でも収穫はなしのようだ。


「ありがとうございます」


「えっ、ちょっ」


 一言お礼を言い、ワタルはダガーを首に押し当てて――、切った。



               △▼△▼△▼△▼△



「あのー、人を探してるんですけど…」


「すいません、人を探してて…」


「実は、探してる人がいて…」


「探してる人がいるんです。なにか心あたりとか…」



               △▼△▼△▼△▼△



「――――――」


 もう、どれほどの世界を歩き回っただろうか。

 どこの世界にも、エレクシアの情報はない。


「この世界でまだ聞いてないのは…この家だけか」


 そうしてワタルが足を運んだのは、村はずれの小さな家。

 この世界でも、手がかりはつかめそうになさそうだ。


「――――あの…うちになにか用でしょうか」


「―――っ」


 後ろから聞こえた声に、ワタルは体を貫かれるような衝撃が走った。

 それは決して、驚いたからではない。―――聞いたことのある、声だったのだ。


「――えっと、どうされましたか…?」


 振り返るとそこには、エレクシアがいた。

 あのころと変わらないままの、エレクシアがいた。


「はぁっ、はぁっ…!」


 ワタルは急いで駆け寄り、エレクシアに抱き着いた。


「きゃっ!」


「良かった…よかった…エレクシア…エレクシアだ…! よかった…!」


 ボロボロと、涙を流す。それにエレク■アは、困惑した様子だ。


「ちょっと、いきなり……え? 寝てる…?」


 ようやく会えたことで、今までの糸が切れたのか、ワタルは数十年ぶりの眠りについた。



               △▼△▼△▼△▼△



「大丈夫ですか?」


 気が付くと、ワタルはベッドで寝ていた。そして目を開けたワタルの顔を、エ■クシアは覗き込む。


「あぁ、もう大丈夫だ」


 その懐かしい声に涙が出そうになるも、ワタルは耐えた。


「それで、何があったんですか? すごくボロボロでしたけど…」


「ん? あぁいや、今までずっと色んなところを旅し続けていたからな…」


「そうなんですか…大変でしたね…」


 なんてことのないただの会話。それすらも、懐かしく思えてしょうがない。


「それで…旅は、終わりそうなんですか?」


「そう…だな…」


 エレクシアにそう言われ、ワタルは言葉がつまる。

 旅の目的は、もう終わった。無事、エレクシアの生まれ変わりを見つけ、その声を聴くことができたんだ。もう悔いはない。

 といっても、ワタルは死ぬことができない。どうしたものか……


「そろそろ、終わりそうだよ」


 取り敢えず、ワタルは適当に返す。それに対してエレクシアは――、


「そう…ですか……頑張ってください!」


「―――――は?」


 エレクシアのその言葉に反応し、ワタルはエレクシアの口を鷲掴みにする。


「んーっ、んーっ!?」


「いや、違うだろ。エレクシアはそんなこと言わない。エレクシアは「一緒に頑張りましょう」って言うにきまってんだろ。お前、なんだ? エレクシアじゃないのか? あぁ、そうかわかったぞ。お前、偽物だな? 『無双の神判』のやつだな? そうかそうかわかったよお前らはそう言う奴らだもんな! クソが。楽しいか? そんなふうに人の心を踏みにじって。楽しいか!?」


 ワタルは、静かに、狂ったように、エレクシアについて続ける。


「―――お前らみたいなやつが、俺の記憶を汚すな!」


「んーっ、まっ―――」


 ワタルが激昂したと同時、その掴む力が一気に強くなる。――――そして、■レ■■アの顔を握りつぶした。

 顎が砕け、脳髄と血がワタルの顔にかかる。「汚いな」と思いながら、ワタルはダガーを取り出し、首に当てる。


「―――――――行こう」


 そして、首を刎ねた。



               △▼△▼△▼△▼△



「あのー、実は人を探してるんですけど…聞いてもよろしいですかね……」


「え、あぁいいですよ」


 ワタルは、目の前の一人の男性に声をかける。

 それを聞いて振り向いた男性が、いつものように少し驚きの表情を見せた。

 それもそのはずだ。今のワタルは目つきが悪いにプラスしてどっぺりとクマが染みついているのだ。不気味に思うのも仕方がない。だから、そういうのはもう慣れた。

 とにかく、ワタルは■レ■■■の情報を聞こうとする。


「えっと、髪が長くて、そして…えーっと、えーっと……」


 優しくて、ワタルと一緒に来てくれて…それで、それで――――


「――――――――――――――――――――――――――――――なんだっけ」



 今日も、ワタルは歩き続ける。■■■■■を探すために、ただひたすらに歩き続ける。

 いつの日か、暗い闇を落ちる夢は見なくなった。

 そしてワタルは今日も、■■■■■という、虚構を追う。





 あぁ、それと一つ。彼はいずれ、自分の過ちに、勘違いに、気付く。ネタバレしてしまって申し訳ない気持ちは山々なのだが、生憎と彼が気付くまで数百年かかってしまうので、省略させてもらった次第だ。

 まぁとにかく、だ。



 ―――自分が誤ったことをしていたという自覚が、『傲慢』となってしまった彼への『罰』となるだろう。



『疫病神は出会いたい』


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 IFルートです。第一章13話で必要なさそうな場面、ワタルがスコックを引き留めるシーンがなかった場合のIFルートとなっております。

 解釈違いぜっころワタルです。

 推しに自分が望む虚構を被せる厄介オタクです

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