第一章 / 37話 『思考を巡らせ』
『まず、よく相手を見るんだ。目だとか、動きだとか、そこらへんをよく見て、とりあえず相手の行動を頭にいれる』
「――――」
父が言っていたことを思い出し、それを実践する。
こちらを見る彼女を真っ向から睨み、いろんなところに視線をくばる。それに、今回は範囲を広げて周囲の状況――目に入る全てを頭に入れる。
『そして次は、何をしようとしてるのか、何を考えているのか、それをよ~く考えるんだよ』
ステップ2を思い出し、ワタルは考えようとするが、それだけだと今までと同じなのでステップ3に移行する。
「せいっ!」
そこにベルが、大きな瓦礫を砕いて上方向に投げ、それが雨のように降り注ぐ。
―――ここだ。
『そして、これを何かしながらってのが肝なんだ。父さんの場合は話しながらとかね』
―――そう、何かしながら。
見て、どこにどう落ちるか予測して、その間にもベルは視界の端にとどめておいて、避ける。
いろんなことの並行処理をしながら、ワタルは落石を躱す―――まぁ、この落石に意味がないわけがないよな。
「――――見えてんだよ」
岩が降り、砂埃がまって視界が悪くなった地面をかけ、突っ込んできたベルをワタルは見逃さない。――して、ここからの対応だが…もう、迷わない。
《――カゲロウ》
「――――っ」
前傾姿勢のベル。確かに突進には最適な姿勢だが、やっぱりデメリットはある。
防ぐのはまず無理。避けようとするのもアリではあるが、やっぱりこれを機に攻撃もできたらおいしい。
というわけでワタルが選んだ選択は、迎撃だ。方法としては地面から《カゲロウ》を拳状にして伸ばし、アッパーのように無防備なベルの顎を下から打ち上げた。
「――――いくら頑丈だろうが、顎揺らすのはキツイだろ」
「な、ん……っ!」
ワタルからの不意の一撃に、ベルの足元はおぼつかない。
だが、ここで欲張って攻めるのはなし。
そもそも、ワタルがベルに敵わないのは、戦い方に原因がある。ワタルの基本的な戦い方は、パワーを使って押し通すというものだ。一方のベルもパワーでゴリ押すインファイト。
どちらもパワーを使ってるが、接近戦になった時に勝つのは間違いなくベルだ。ゴリ押し戦法とゴリ押し戦法が戦えば、必ず力の強い方が勝つ。――だからワタルは、自分が戦いたくない、もしくは戦いにくい相手を思い浮かべた。
力を込めた攻撃を様々な方法で躱し、かつ合間に攻撃はしっかりしてくるような、ヒットアンドアウェイを繰り返す相手――すなわち、『愉悦の道化』ことウェイルだ。
彼の戦いを参考にし、ワタルもじわじわとベルを削る。
「この、程度……」
「タフすぎだろ……」
完璧に顎を打ち抜いたはずだが、それでも立っているベルにワタルは脱帽する。
このタフさも恐らく彼女のベースとなっている魔物が関係しているのだろうが、その力の概要がどのようなものなのかわかるには余りにもデータが足りない。
まぁ、単純な超自己強化なだけの力かもしれないが、多分違うだろう。彼女の力や耐久力は彼女の身体ではなく、纏った魔力によるものだ。その底なしの魔力の源が、恐らくベルの魔物の力に関係している。…と、ワタルは予想している。
とはいへ、あくまでも予想。だから、確信に迫るために―――、
『魔力で満たす魔力で満たす魔力で満たす魔力で満たす――――……シャウト』
そんな馬鹿げた詠唱とともに、世界が暗転する。
セナルに教えて貰った初心者向け闇魔法『シャウト』。セナルからは「黒い魔力で周囲を充満させる感じ」と教えられていたため、しっかりイメージすればできた。
そして、ここからだ。
「――――」
シャウトで見えないのはワタルも変わらない。だが、ワタルは発動前に周囲を確認し、把握しておいた場所に走り、目を付けておいた一つの瓦礫の欠片を拾い上げる。
それをワタルは何も見えない黒い煙に向かってぶん投げた。
ベルが見えてるわけではない。ただ、この暗闇でベルの耐久力なら、留まっているほうが有利だろうと考えるはずだ。だから、さっきいた方向に投げると、思い通り直撃する。
「――――っ」
「うおぉぉおぉぉお!!」
その方向へ、ワタルは大声で叫びながら走る。
これは見えないというこの空間の特徴を捨てる最悪の愚行だ。こんなことをしてしまえば、ベルに居場所がばれる。
―――それを加味した上での、愚行だ。
「そこ……!」
「―――――っ」
声の方向にベルが拳を伸ばすが、それを予想していたワタルは低姿勢で避ける。
すぐ頭の上を超パワーの拳が通りながらも、ワタルはベルの懐をとった。
そしてすぐに腕への魔力込めと《
「っおら!」
「いっ…た……」
衝撃によろめきながら、ベルは一寸先も見えない暗闇を見る。
本当に何も見えない。このままだと多分、一方的にやられてしまうだろう。
なら、これを吹き飛ばす。
「――――」
一方、ワタルは次の策を練っていた。
あの位置から動かないべきと考えたのか、ベルは一向に動いていない。
なら攻撃するべきかというと、ベルが何か企んでいるかもしれないと考えると簡単に踏み込むのは躊躇われる。
その時、ベルがいる方向に、変化が訪れた。
「―――ん?」
黒い煙のその奥、彼女の存在が大きく感じられる。
視覚という五感の一つを超えて感じる彼女の存在、それがただ事ではないことに気付くのは簡単だ。
なんというか、力が一挙に集まっていっているというか、膨らんでいるというか―――、
「せいっ」
「〰〰〰〰〰〰っ!?」
そんな息が抜ける声とともに巻き起こったのは、途轍もない衝撃と爆風。
それが周囲の煙を吹き飛ばし、地面を割りながらワタルをも後ろに飛ばす。
「クッソが!」
ベルと向き合い、お互いがお互いを睨む。
そして、ベルが口を開いた。
「―――一応聞くけど、あなたは、さっき私を、殴った人?」
「………ぁ?」
なにを言っているのかわからず、ワタルは眉を寄せる。
その質問に何か意図があるのかワタルは思考を巡らすが、結局答えは見つからない。
「どうなの?」
「いやまぁ、そうだけと……」
重ねられた問いに、ワタルは渋々頷いた。
すると彼女はまた構え――、
「そ」
「うおっ」
ワタルの答えに本当に一息の言葉を返し、ベルは拳を握って距離を潰してくる。
本当は『シャウト』を使いたいところだが、ワタルの少ない魔力だともう一度『シャウト』を使えば『魔装』に使う分がなくなってしまう。
だからできるだけあの中で削り切る算段だったのだが、ベルのせいでそれがパーだ。でも、得られるモノは得られた。
「せい、やぁ」
「そっれぃ!」
腑抜けた声とともに放たれる強烈な拳を避け、攻撃を繰り返しながら、ワタルは思考を巡らせる……前に、だ。
『あと、なんか考える時のセリフみたいなのあったらいいんじゃないかい? ほら、言霊とか言うじゃないか「
その時はきっと、彼は場を和ませようとしていたのだろう。それは当時のワタルにもわかったから、心の中で感謝した。
そして、あの時は冗談だとしてとっておいたが、折角の父親からの言葉だ。
正直恥ずかしい言葉だが、今この場で、このことを馬鹿にする人なんていない。
「――――
――まず、今までのことを踏まえて考える。彼女の特徴として挙げると、馬鹿みたいに重たい攻撃、馬鹿みたいに頑丈な体…というより『魔装』によるアーマー、そして、シャウトを吹き飛ばしたあの爆風。馬鹿みたいに重たい攻撃に馬鹿みたいに頑丈なアーマーは『魔装』によるモノで、その魔力の大量貯蔵に彼女の魔物の力が関係しているということで説明がつく。しかし、シャウトを吹き飛ばしたあの爆風のことも考えるとただの魔力関係というのはいささか疑問に思うところがある。それならあの爆風な何なのだろうか。そのヒントになりそうなのは爆風発動前に感じた、彼女の存在の肥大化だ。暗煙の奥で感じた彼女におこった現象、それについて考えよう。そもそも、あのような現象はどんな時に起こるのだろう。実際にベルが大きくなっているのは考えにくいし、なら、もっと概念的な何かが大きくなったといった原理だろうか。概念的なものといえば、最近聞いたそれっぽいのだと『魔力』があてはまる。『魔力』は精命の力だとかセナルが言っていたし、それが大きくなったら存在が大きく感じるということもあり得る。しかし、問題なのはその方法だ。ワタルがこの世界に来た時に測定した魔力量だが、あれは恐らく変化しない。魔力量というステータス伸ばすことができないから、魔力量が少なかったワタルはクスクスと笑われたのだ。思い出すとムカついてきたが、それは取り敢えず隅に置いておこう。して、魔力量が変化できないという話だが、それならベルはどうやって魔力を増やしているのだろうか。自身の魔力量を変化するには、他からの供給が必要というわけになるため、彼女の力の源が気になる。ベルはいったいどこから魔力を供給しているのかが、次の議題になるわけだが。……それが正直まったくもってわからない。ぱっと考え付くところでいうと、空気中か? 漫画なんかでも、空気中にある魔力を体内に取り込んだり、そもそも空気中の魔力を利用して攻撃したりしていることがあったりするし。いや、そもそも空気中に魔力は存在するのだろうか、セナルに教えて貰ったのは体内に魔力が流れているっていうことだけだ。こんなことなら、もっと魔力について聞いておけばよかった……とはいへ、聞かなかったものはしょうがない。魔力に関しての追及は諦めるしか―――いや、待てよ。それなら、魔法を放出した時、それはどうなるんだ? ワタルのシャウトはベルに飛ばされた際に霧散して何も残らなかった。――魔法は、魔力を使って発動する。なら、その魔法が霧散すればそれに使われた魔力はどうなるのだろうか。魔法で作った炎が燃え尽きたら? 魔法で作った水が蒸発したら? それは魔法を発動した人にもどるのだろうか…いや、それなら魔力が尽きることがなくなることはないだろう。なら、魔力は空気中にとけるはずだ。というか、この世の現象を『魔法』で再現できていること自体違和感だ。今までは「そういうもの」だとしていたが、そもそも魔法が炎などの自然現象に変化することがどういう原理なのか、考えてみると浮かんでくる。――もしかしたら、人の体に魔力流れているように、そういった自然現象の中にも魔力は流れているのではないか? それなら、光魔法や闇魔法といったモノが例外のように言われるのも頷ける。光や闇は、他の属性とは違って存在がちょっと特殊だし。でも、今それはいい。今大切なのは、この世のあらゆるモノに魔力が流れているという点。それが本当なら、空気中にも、何ならこの地面にも、魔力は流れているということで、恐らくそれをベルは抽出して取り込んでいるんだ。彼女の能力はわかった。なら、次は彼女が何の魔物がベースとなっているかだ。能力がこんなすごいモノである以上、ベースとなっている魔物も相当なはず。しかし残念ながら、ワタルにそんな魔物知識はない。あるなら、元世にも神話的なので語り継がれていた動物程度で、それがこの異世界に通用するかと言えば、わからない。現に、ワタルの知識に当てはまる魔物に出会ったのは、キマイラとフェンリルのみ。……まぁ、どちらも本当の魔物だったわけではないが、どちらもこの世界に存在する魔物だ。しかも、その一匹のフェンリルは魔王軍の四天王みたいだし――――待てよ? ウェイルが狙っている魔物に、その二匹が当てはまっている。そして、ウェイルが表記した『狙ってる魔物リスト』に書かれていた魔物は、四匹。――ちょうど、四天王の数と一致する。キマイラとフェンリルの他に書かれていた魔物は、『ベヒモス』と、『カリュイン』。あいにくカリュインはわからないが、ベヒモスならしっている。確か、大地に関連してる牛の動物かなんかだったはずだ。牛の動物だと考えると、ベルと類似する点もある。彼女の突進、あれは闘牛だとかがよくしてそうな動きだ。そして、大地という点なら、ちょうどその大地にも魔力が流れているときた。なら、それを吸収している可能性が極大で、しかも彼女によって起こされた爆風の仕組みも、なんとなくわかった。ベルはまず地面から魔力をありったけ抽出し、自分の体内に魔力を溜める。それがあの魔力の膨張の正体。そして、そこから魔力を一気に逆に地面に送ることで、地面がパンクに近い状態で割れ、衝撃による爆風が生まれたのだ。いやまぁ、このすべてははただの推測にすぎないわけだが、ただ笑い飛ばすにしては点と点が繋がり過ぎている。
「―――お前、ベヒモスか?」
「うん、そうだよ。なんで、わかったの? 言ってない、はず、だったけど」
長い思考を終え、一つの可能性を得たワタルがベルに率直な質問をすると、返って来た答えは肯定。
そして、彼女がベヒモスという前提がつくと、ワタルの憶測に一気に説得力が上がる。ただ、ぶっちゃけわかったところで、だ。
「せいやっ」
「――――」
ベルの右フック、それを姿勢を低くして避け、アッパーを突き刺して反撃。
―――と、いった感じで避けてからの攻撃は、さっきの思考の間でもそれをできるくらいには慣れてきた。しかし、どれも決定打というにはほど遠い。
地面から魔力を受け取れるなら、彼女の『魔装』をいくら削ろうが意味はない。かろうじて本体に衝撃は与えれているが、それでも微々たるモノだ。
ならどうするか―――、
「――――――ぁ」
そうだ。すっかり忘れてしまってた。
あるじゃないか、防御を関係なく倒せる方法。
それを実行すべく、地面から石を拾い上げ、狙いを頭――いや、足に定める。そして―――、
「――
《不変》と《
「―――――っ!?」
「―――っしゃあ!」
思惑がうまくいき、ワタルは嬉々とした声を発する。一方のベルは突然の衝撃と激痛に目を剥いた。
先ほどの思考のほとんどを無駄にしてしまう攻略方法だが、この方法だ。この調子で彼女を削っていけば―――、
「――――おやおや、劣勢そうじゃないですか」
「――――――ぇ」
ワタルが方針を決めた時、一つの声がその状況に割り込んだ。声をたどると、そこにいたのはこの都市を襲撃しに来た魔族のもう一人――カーキス・オードリーだ。
アンディスとシルクが戦闘していたはずのカーキスがここにいることに、ワタルは驚きを隠せない。
アンディス達がどうなったのか聞くより先に、カーキスが口を開く。
「まったく……四天王とあろうお方が、人間程度に手こずるとは、四天王失格ですね」
「……ごめんなさい。あなた、誰、だっけ?」
魔族の四天王というと、相当立場が上のはずだ。そんなベルに対して敬いの気持ちが微塵もない言葉を発し、それに対してベルは何もわかっていないかのような顔で首を傾げた。
それに、ベルの反応もおかしい。一緒にここにやってきた相手だというのに、『誰』と問う事は違和感だ。しかし、カーキスは当たり前かのように溜息を吐いた。
「いつものですね……はぁ、カーキス・オードリーですよ」
「あぁ…! そういえば、そんな感じ、する。それで、四天王、失格って?」
カーキスの返答を受け、ベルは納得したような表情…といっても、彼女は表情が変わらないため眉を上げただけなわけだが、それをした後カーキスの言葉を追及する。
「―――単純に、あなたは魔王様にとって必要ないってことですよ」
「何、言ってるの? 魔王様が、そんなこと、思うはずが―――」
「はいはい」
まだ、混乱が場を埋めている中、さらに混乱が巻き起こる。―――カーキスが、ベルの首に何かを刺したからだ。
それは円柱で、恐らく注射とかなのだろう。何かがベルへ注入される。
「―――ァ、ぐ…なに……これ………―――」
それが苦しいのか、ベルは刺されたところを抑えながらふらついて―――肉体が、変化していく。
筋肉が隆起していき、肌は黒い薄毛で染まっていく、指先は硬化してひづめのような形に、さらに、頭から大きく立派な真っ白い角が二本生えてくる。そしてとうとう、手だったものを地面に付き、四足歩行になってしまった。
その姿はまるで―――、
「ブモォォオォ――――――ッ!!」
体長3メートル以上はあるであろう
「マジ、かよ……」
その光景に、ワタルは絶句した。絶句して、歯を食いしばる。
「クソ…『無双の神判』の奴ら、魔族側にいるのかよ……!」
と、まだ見ぬ怨敵に
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