第一章 / 38話 『危険排除の優先順位』



 ―――数分前。



「私を、舐めないでいただきたい!」


 体制を崩したカーキスに、アンディスが詰め寄り大剣を振り下ろそうとしたその時、カーキスは地面に手を付いてそこを軸にコマのように回り、足裏から出た刃でアンディスの顔を切り裂こうとする。


「――――ッ」


 まさかの体制からの攻撃に、アンディスは固まってしまう。

 そしてその顔面を、カーキスの刃が切り裂き―――、


「がァッ!!」


「な……っ!?」


 寸前、その刃を歯で受け止めたアンディスに、カーキスは目を見開いた。

 今まで、これを避ける輩はいようとも、歯で受け止めるなんてことをした相手は誰一人としていなかったからだ。

 しかも、アンディスはさらに顎に力を込め、その刃をかみ砕いてしまう。


「―――悪ィな。森で育ッたからよ。歯が固ェんだ」


「まず、嚙み砕くって選択肢自体おかしいんですよ」


 口を切らないように刃の破片を吐き出し、不敵な笑みを浮かべたアンディスがそう言った。


「ゴチャゴチャうるせェ!」


「悪いですが、貴方との斬り合いは後です」


 吠えながら振りかぶるアンディスを無視し、カーキスは当初の目的どおりに高台からこちらを狙っているシルクの方向へまた走り出した。

 当然、アンディスはもう一度背中を狙って魔力を大剣に纏わせ斬ろうとする。


「食らいやがれェ―――!!!」


「もう食らいませんよ」


 しかし、そんなものはもう食らうはずがない。

 カーキスは横に飛びのいて避けた。

 そしてその行き場を失った刃が地面を割り、その欠片がカーキスの頬を掠る。


「チッ……本当に……!」


「チクショウ! バカ速ェ! シルク、そッち行ッてるぞ!」


 カーキスはギリリと奥歯を噛み、アンディスを振り切ってシルクのいる高台に走り出す。


「でも、別のとこに行けばいいしぃー……」


 向かってくるカーキスを見て、シルクは風を足元に発生させ―――、


「―――だから、そんなことはさせませんよ」


「うそぉー!?」


 カーキスが、シルクの前に現れた。

 その状況にシルクは驚く。

 ―――恐らく、壁を登って来たのだ。足裏の鉄棘を使って。

 だが、それもカーキスの異常な足の力があってこそのもの、シルクが意表を突かれることも必然と言わざるをえない。


「さて、先に遠距離射手からですね」


「わわわ!? ウチ近距離には慣れてないんだけどぉー!?」


 そして、シルクに向かってカーキスは突撃し、足を振る。

 だがシルクもシルクだ。風を放ってカーキスをはじいた。

広範囲の風が巻き起こり、流石にこれは避けれないと悟ったのか、腕を前に交差させて防ぐ。

 軽く吹っ飛んでしまったが、シルクは弓を構えてない。よって空中で攻撃されることはないと考えたカーキスは地面に足が付くのを待って―――、


「お、ォォ―――――ッ!!」


 その時、そんな雄叫びが聞こえた。声の方向は、今いる場所の下。

 それがアンディスの声であることはわかるが、不思議なのはその声が近づいてきているということだ。

 そんなことに疑問を抱いていると、


「間に、会ッたァ――――ッ!」


「――――!?」


 下にいたはずのアンディスが、どういうわけか壁から這い上がって来たのだ。

 ――いや、そうか。カーキス自身が昇ったことによって開けられた穴を足場にして、這い上がって来たのだ。


「まさか仇になるとは」


 しかし、問題はない。

 カーキスの力なら、どんなことがあっても大丈夫だ。は、必ず当たらない。


「ぶッ殺す」


「やってみてくださいよ」


 アンディスが振り回す大剣。それは全て

 それにしてもこのアンディスとかいう人間、狙う場所が全て的確だ。しかも勘ではなく、しっかり狙っての攻撃のようだ。

 瞬間的に相手の死角を感じ取り、そこを通って攻撃してくる。だが、どんな鋭い攻撃であれ、カーキス相手には無意味だ。

 カーキスは彼女の攻撃を全て予知し、振り回される大剣を避けきる。


「こんのッ、キツネ野郎がァ――!」


 アンディスがいくら吠えようと、結果が変わることはない。

 彼女の振る大剣はくうを切ることしかできず、それを繰り返すうちに必然的にアンディスの体力は消費されていく。


「チク、ショウが……!」


 そう悪態を吐き捨て、アンディスは大剣を握る。

 ―――重い。

 今まで普通に持っていた大剣、それも骨でできた軽量型の大剣でさえ、疲労の重なったアンディスにとってはかなり重く感じる。

 そんな中でも、アンディスは必死に大剣を持ち上げ、逆袈裟けさの形で振るう。


「――――」


 ――シルクは今、距離を離そうとしている。そのため、恐らく風の矢が差し込まれることはない。

 そして勢いの緩い大剣を止めれると判断したカーキスは足裏を大剣へと合わせ―――、


「―――――っ!?」


 その予想外の威力に足を弾かれ、目を見開いた。

 おかしい。不自然だ。あの振り上げにはこれほどの威力を出す勢いがなかったはず。この大剣が軽い以上、見せられてきた大剣の威力は全てアンディスによるモノであるのは間違いない。だというのに、今の衝撃はおかしすぎる。

 ……いや、きっと、これが彼女の能力なのか。攻撃の威力を上げる能力という厄介な能力のお陰で、彼女はここまでの衝撃を生み出したのか。


「がらァッ!!」


 足を下から弾かれ、体制を崩したカーキスへ、アンディスの前蹴りが刺さる。

 疲労のこもった蹴りだが、それは彼との距離を離すには十分なモノだ。


「――あァ、そうかよ」


 距離を離し、体制を整える彼へ、アンディスは笑った。

それからアンディスは一つ深呼吸をして息を整え、重そうに大剣を持ち上げながら肩に担ぐ。

そして口から犬歯を覗かせながら、アンディスは口を動かす。


「アタシの能力は《剣奴》ッつッてよォ、攻撃の意志さえありゃァ、その攻撃の威力を倍以上に引き上げるッてモンなわけだ」


「それが、どうかされたんですか?」


 突然の告白にカーキスは訝し気にアンディスを睨み、それに動じず、彼女は続ける。


「それをテメェは今、馬鹿みてェに油断して食らッた。さッきのアタシの魔力で射程伸ばしてからの攻撃もそうだ。テメェは背中に受けちまッた」


「―――――」


「―――テメェよォ、本当は未来なんざ見えねェだろ?」


 挑発混じりのその言葉に、場の雰囲気が一気に剣呑なモノになる。

 その剣呑な雰囲気を全面に出すのは、カーキスだ。


「怖ェ顔すんなよ。図星か?」


「はぁ…何を言われてるのか、さっぱりですね」


「はッ、今さらとぼけたって無駄だよ」


 何もない振りをするカーキスを、アンディスはさらに煽る。

 その挑発にカーキスは長めに息を吐き――


「本当に、速めに殺しておきましょうか」


 そんな結論をだした。

 カーキスの能力の正体に気付く前に、アンディスは殺しておいた方がよさそうだ。

 だが、一方のアンディスは、


「――まァ、こッちはもうわかッてんだがな」


 カーキスに聞こえないように、アンディスはそう呟いた。

 ――奴の能力は未来を見るものじゃない。そして、能力の目星はなんとなくついている。言ってしまえばただの勘だが、カーキスの能力は相手の思考を読み取るものに近いのだろう。

 未来予知が能力でないとはいえ、カーキスがこちらの行動を先読みしていたのは事実だ。だから、相手の行動の先読みできる能力が他にあると考えると、アンディスには思考を読み取るくらいしか思いつかなかった。


「でも、そんだけわかッてりゃァ十分だ」


 そう呟いて、アンディスは大剣に魔力を込めて刀身を伸ばす。もちろん、ただ伸ばすだけでは今までと同じだ。だから、今回は趣向を変える。


「アタシの悪ィとこは、一辺倒……!」


 セナルの修行によって気付いた自身の弱点、そこを改善するべく、アンディスは大剣に込める魔力の形を変える。

 込めた魔力を、長くて柔軟なモノに変化させ――、


「―――キツネ用の特注だ。たァッぷり、味わいなァ」


 長く、鞭状の刀身――といっても、鋭さのない魔力の塊を伸ばした大剣の柄を握り、肩に担ぐ。

 そして腰を入れながらそれを振り回す。


「らァァ―――ッ!!」


「――――っ」


 振り回した魔力の鞭が、カーキスの体に打ち付けられる。

 鞭の手練れなら、鞭を思い通りの場所に充てたり巻き付けたりできるのだろう。しかしアンディスに鞭を扱った覚えなんて一つもない。――でも、それでいい。それが、いい。


「わかるか!? アタシの攻撃がよォ!」


「く……!」


「アタシも、わッかんねェ!!」


 カーキスが相手のしようとしていることを思考を読み取ることでわかるというなら、攻撃がアンディスにとっても予測不可能であれば、彼が攻撃を詠むことなどできない。

 しなりくねる魔力の太い鞭が、カーキスの体を打ち付ける。


「これは、少々まずいですね……っ」


 痛みに眉を寄せ、苦い顔をしながらカーキスは後ろへ強く跳び、とにかくアンディスの射程から逃れる。―――その時の対処は、簡単だ。


「シルクゥ! 弓無しで撃てェ―――――ッ!」


「えぇー!? なんで―――……いや、了解だよぉー!」


 アンディスからの指示に疑問を持ちながらも、それを彼女への信頼を納得材料にシルクは指示通りに風の弾を五つ生成する。

 そしてそれを、カーキスのもっとも厄介な部分である足に狙いを定めて発射する。


「そんなもの―――」


 どこを狙っているのかわかっているのなら、心を読むカーキスには避けることができる。

 ――だが、そんなこと、アンディスにもわかっていた。だから、シルクだ。


「なに……!?」


 回避したはずの風の弾、その二つがカーキスの左足と脇腹に直撃する。

 なぜだ。シルクとやらの狙いは、カーキスの足のみだったはず。まさか、追尾弾…? いや、いくら追尾弾だろうと、そうしようと企んだならば、それはカーキスには見えるはず……


「なんか当たっちゃったぁー。ごめんねぇー、ウチ不器用なんだぁー」


 カーキスの思考を、シルクの口にした馬鹿げた突破方法で無駄にする。

 それどころか――。


「……にしてもよォ。やッぱテメェ、見てるヤツが次何しようとしてるかしか見えねェな?」


「――僕は少々、貴女のことを侮っていたようです」


 アンディスが言い当てたことに対するカーキスの返答、それはアンディスの仮説を確定させるものになった。


「……ですが、いくつか訂正しましょう」


 かなりの傷を負った状態で、カーキスはそんなことを言いながら人差し指と中指を立てる。


「一つは、効果範囲。僕が思考を詠むのは、一定範囲内にいる生物全てです。そして、視線を向けるともっと詳しい行動がわかります」


「あァ……?」


 突然始まった彼の能力についての説明。それにアンディスは訝し気に眉を寄せる。


「そしてもう一つは…僕が読み取れるモノの内容。僕が詠めるのは、貴女が言い当てた『人の次しようとしている行動』―――それと、感情です」


「……何言ってるのぉー?」


 その疑念を持つのは、シルクも同じだ。

 シルクの問いかけにカーキスは「あぁ、それはですね」と、前置きをして――、


「ずっと、この高台に来てから、ずっと、聞こえてたんですよ」


「―――――……まさかッ!」


 カーキスが言わんとしていることに気づいたアンディスが、ハッとする。

 彼が長ったらしく説明していたこと、それは―――、


「――『怖い。逃げたい。嫌だ。死にたくない』…そんな絶望と、恐怖の感情がね」


「――――っ」


 首を傾け、薄ら笑いを浮かべた次の瞬間、彼の足の筋肉が隆起する。そして、屋根を壊して穴を開けた。

 その穴に落ちるカーキスを負い、アンディスも穴に飛びこむ。そこには―――、


「おやおや、やはりいましたか」


「ひ」


 降りついた先には、一人の女性がいた。見たところ、足が悪くて逃げ遅れてしまったのだろう。

 女性はカーキスから逃げようと、小さな悲鳴を上げながら這いつくばって何でもいいから何かを掴もうとする。――その腕を、カーキスが踏みつけにした。


「きゃあぁ―――っ!!」


 靴裏の棘が腕に突き刺さり、その激痛に女性は悲痛な叫びで鼓膜を震わす。


「テメェ…! 何しやがッて―――」


「おっと、動かないでくださいね。――僕が少し足を捻るだけで、彼女は四肢の内の三本が使えなくなってしまうのですよ?」


「こんのッ、糞ギツネが…!」


「怖い怖い…ということで、僕は今から逃げます。……追ってきてもいいですが、止血くらいは、してあげましょうね」


「ちィッ!」


 そう言い残し、カーキスは窓を飛び出してどこかへ走り去る―――いや、どこかではない。恐らく、場所はワタル達のところだろう。

 追いたいところだが、追うとその女性が出血で死んでしまうかもしれない。……というか、


「…アタシも、ちッとやべェ」


 血を出し過ぎた。目が少しチカチカしてふらついてしまう。

 とはいえ、カーキスもかなり傷を受けたし、相当な量の血を流しただろうから、ワタルのもとへ行っても脅威にはなりえないハズだ。…多分。


「アンディスちゃん! 大丈夫ぅー!?」


「おォ、シルク。とりあえず止血できるなんかはねェか?」


「えぇーっと、ちょっと待ってねぇー……」


 急いで降りてきたシルクに問いかけると、彼女が懐をごそごそと漁りだした。


「なァ、おい。アンタ大丈夫か?」


「う、ひぐ」


 腕から血を流す女性に呼びかけるが、彼女はとても受け答えできる状態ではないようだ。

 ともかく、早く止血をしなくては…


「糞…ワタルの奴、大丈夫かよォ…」


 と、不安を口にしたのだった。



△▼△▼△▼△▼△



「……少々、痛手でしたね」


 回復薬を飲みながら、カーキスが苦い顔で呟いた。


「まさかあそこまで冷静とは、少々予想外でした」


 あのアンディスだとかいう人間、ベルと一緒で何も考えずに攻撃する性格かと思ったが、それは誤算だった。

 実際の彼女は冷静に相手の動きを見て、カーキスの能力の嘘を見抜くまでに至った。

 しかもそこから完璧な方法でカーキスの能力を封じてみせた。正直一般人の女がいなければカーキスは負けていた可能性が高い。

 それもあって逃亡したのと、理由はもう一つある。


「あの人間に愚図を暴走させてぶつけましょうかね」


 いずれ魔王となるあの方から貰った『暴走させる薬』とやら、これを使えばベルを暴走させ、キトウ・ワタルを潰すことができる、

 ベルに関してはずっと目障りに思っていたが、キトウ・ワタルに関しては別に何かうらみがあるというわけではない。ただ、カーキスは人間界の情報もしっかり収集しているため知っているが、キトウ・ワタルは確か少し前に人間界の王女を襲った罪で死刑として魔界の一部でもある『奈落』に落とされてたはずだ。

 つまり、彼は魔界から生還した人間ということになる。そんな危険な人間、早く処理してしまうべきだろう。

 というわけで、カーキスはこうして逃亡を選んだのだ。


「派手にやってますね…目立ってくださり感謝です」


 そして、ベルのものと思われる爆発を見据え―――、



「まさに『一矢で二人を射抜く』というやつですね」



 そう呟きながら、もう少し彼女らが削りあうよう、傷を癒しながら向かったのだった。



『危険排除の優先順位』


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