第一章 / 39話 『足掻いて縋ってでも護るモノ』



「――オイ、オメェ」


「僕ですか? なんの御用でしょう、魔王様」


 フェンドラス襲撃へ向かう少し前、真の魔王である方に、カーキスは呼び止められた。


「確か、今から襲撃に行くんだったか? そん時にオメェと一緒に行く……なんつったっけか…まぁいい。あの馬鹿力に見計らってコレを刺せ」


 そう言い、彼が差し出したのは円柱状の物体で、中に何か液体が入っているものだ、その液体の中身が何かは知らないが、危険なものであるのはわかった。

 そして、それを刺す相手はカーキスが同行する馬鹿力――ベル。彼女は相当な耐久力の見えない鎧を体に纏っていて、魔王の言葉を遂行しようとしても失敗する可能性が高い。だが…ベルも常に鎧を張っているわけではない。維持するのにも集中がいるはずだ。

 戦いの中での一瞬の区切りや間なら、一度その鎧を解いているだろう。そこを狙うならあるいは……


「オイ、聞いてんのか?」


「あ、申し訳ございません。それで、これは…?」


「あぁ? 知らねぇよ。糞眼鏡野郎に強化薬の試作品で、暴走しちまうとかなんとか言われたが…まぁそういうこったろ。ともかく、やれ」


「……承知しました」


 その相手が何故ベルなのか、それにはなんとなく納得できる。

 次期魔王と裏で支持されている眼前の彼、そんな彼が魔王となるのに、ベル含む現魔王に酔狂な者達が邪魔なのだろう。

 それなら、いずれあのデリヘドルとも敵対することになりそうだ……ともかく、カーキスのすることは変わらない。

 元より、ベルは個人的な理由で嫌いだった。


「必ずや、期待に応えてみせます」


「……やっぱり、こっちのが楽だな、糞」


 カーキスの誠意の礼に、次期魔王はそんな風に愚痴を呟いた。



△▼△▼△▼△▼△



 そして、時は進み現在。


「クソ…! 『無双の神判』の奴ら、魔族側にいるのかよ…!」


 肥大化し、牛の怪物となったベルを見て、ワタルはかつて戦った『無双の神判』のスコックの最後を思い出していた。

 しかし、何らかの薬を刺され、暴走したといっても、ベルのは少し違う気がする。

 スコックの時は暴走状態になっただけでなく、蠍の殻から肉がはみ出ていたり、とにかく生物として形や様子がおかしかった。一方のベルは生物としての形を保っている。

 ただ単に変貌前の怪我具合の話かもしれないが、それで片付けるには少し疑念を残す――いや、それよりも今気になるのは…


「なんでお前は、そいつを裏切りやがった…!」


 仲間であるはずのベルを裏切り、こんな姿にしたカーキスにワタルは不思議な気持ちを湧かせながら、彼を睨んだ。

 その視線と言葉を受け、カーキスは肩をすくめる。


「そうですね、そもそも『裏切る』という言葉自体間違えてます。僕は彼女を仲間だと思ってませんので」


 悪気がないように、カーキスはそう言う。

 その言葉にワタルが拳を握った時、気付いた。今ワタルの中に湧く気持ちが何なのか。そう、これは――怒りだ。


「……そういうことじゃねぇだろうが。仲間のフリしていきなり手のひら返すのが、裏切るってことだろうがよ」


 期待や信頼を打ち砕かれ、騙されていたという事実で相手を打ちのめすのが、裏切るという行為。

 ワタルがクソ勇者とカス王女に騙されてはめられたのだって、ワタルにとっては立派な裏切りだ。だからきっと、今ワタルはこんなにも怒りが湧き出ているのだろう。だから――、


「あぁクソ、決めた。―――俺は、そいつを助ける」


「……そうですか。まぁ、勝手になさってください。僕はさっさと立ち去らせてもらいますから」


「お前はお前で、後で覚えてやがれ。俺の体にクソみたいに穴あけやがったんだから」


「それはそれは…怖いことで」


 ワタルの言葉を軽く流し、カーキスはどこかへ走り去っていった。

 追いたいが、それは多分無理だろう。今目の前にいる血走った目で息巻くベヒモスを野放しにしてカーキスを追うのは、余りにも無謀だ。

 アンディス達のことは心配だが……彼女らは二人だ。きっと大丈夫だろう。


「そういうことだ。だからお前もさっさと目を覚ましやが―――」


 どうするべきかはわからないが、ともかくさっきのベル同様、ヒットアンドアウェイをしようとする―――その次の瞬間、ベヒモスの魔力が、爆発的に大きく膨れた。


「ブモォォ―――――――ッ!!!」


「――――――っ!?」


 雄叫びが聞こえた時――いや、それよりもコンマ一秒早く、ワタルは本能的に真横へ跳躍した。

 その判断は正しく、ワタルが先ほど…コンマ一秒前いた場所とその一直線上にあった家屋の二つほどが消し飛んだ。


「なんつー…!」


 その原因がベヒモスのものというのはわかりきったものだが、その威力がベルの時とは段違い。

 余りに強力すぎるが故に、突進前の魔力溜めが離れた場所からも確認できるお陰で、直前の直前に避けることができるが、それでも避け続けるのには限界がある。


「でも、今!」


 今なら後ろから攻撃できると、ワタルが拳を振り切る。

 それはしっかりとベヒモスを打ち付けるが、やはり魔装のアーマーが厚い。でも何度も打ち付ければ―――、


「あ?」


 攻略法を見つけ、あとはヒットアンドアウェイを繰り返そうとするその時、ワタルは違和感を感じた。

 殴った魔装が、ワタルの拳を押し戻した。

 まさか、アーマーがさらに厚くなったのか……?

 というかこれ…削れたアーマーの補強じゃない。元よりも厚くなってる。


「なら…クソまずい!」


 もし本当にそうならば、ベヒモスの纏う魔装はどんどん分厚くなっていくことになってしまう。―――それは、短期決戦をしないといけなくなる、強制一択を迫られるということだ。


「ほっとけば、どうにもできなくなっちまう……!」


 少し距離を離してワタルはそう呟く。

 まぁ『超えて行けゴー・ヒンドゥレス』を使ってしまえば、いくら魔装を積み重ねていようと一挙に貫いていくことができる。それを使ってベヒモスを止めるなら、普通に足を貫けばいいかもしれないが、目に血を走らせるほど興奮状態のベヒモスが、足に怪我を負った程度で止まるなんて考えにくい。

 かといって体のどこかを貫くとしても、牛の体内構造を知らないワタルが、変なところを貫くとベヒモスは死んでしまうかもしれない。それはワタルがしたいことに反する。


「どうする……って、一択しかねぇなクソ」


 魔装ごと砕く強大な一撃で、沈めるしかない。

 しかし、そうするにしてもやっぱり短期決戦が先決―――、


「ブモォォオォ―――――ッ!!!」


 けたたましい声を上げながら、大きな両角を地面に突き刺したベヒモスがその首を振り上げた。

 すると、地面を抉りながら、巨大な瓦礫の弾幕が飛んでくる、


「うっそだろ!?」


 ワタルの半身はありそうな岩が複数個、しかもベルがやってたような山なりに降らすのではなく、真っすぐワタルに向かって飛んでくる弾道だ。


「ぐ……!」


 豪速の瓦礫の弾幕を、ワタルは避けることができずに直撃――だが、寸前でワタルは腕で受け止めるような形でなんとかクッション替わりとして威力を軽減する。

 それでもやっぱり勢いは抑えきれず、ワタルは吹き飛ばされてしまう。


「クソ、がぁ……!」


 体の上にのっかった瓦礫をどかし、ワタルは起き上がる。

 ――その視界に、足元の地面の瓦礫くずを払い、地面をならすベヒモスの姿が映った。


「間髪いれろよ馬鹿野郎!」


 間違いなく、突進の準備をしているベヒモスに怒鳴るも、当然あちら側にワタルの要求を呑む義理なんてない。


「クソ…っ!」


 直ちに突進の直線上からどこうとするワタルの足に、激痛が走る。どうやら変なところを打ってしまったらしい。

 痛みに顔をしかめるのも束の間、ベヒモスの魔力が一気に肥大化した。

 助走距離は十分にある、無くても一撃でワタルを葬れる威力。どうしようもないと、ワタルの目の前を死が埋め尽くし――、


「―――さっさと、動かぬかぁ!!!!」


 横からの怒号と蹴られる衝撃が、それを打ち砕いた。


「ゲルニス……!?」


 その声の主と衝撃の原因の名前をワタルが呼ぶが、それはベヒモスの爆発のような踏み込みにかき消される。

 そしてそのまま、右半身だけ前に出し防御の構えをとるゲルニスへ、ベヒモスの頭突きが激突した。


「ゲルニス――――――っ!!」


 必死な防御も虚しく、ゲルニスは突進の威力に軽々と吹き飛ばされてしまった。

 そして転がり、転がったゲルニスは、肘から先がおかしな方向へ曲がってしまっている。

 ――まただ。また、ワタルを庇って人が……!!


「―――キトウ・ワタル!!!」


「な……っ!?」


 吹っ飛ばされて、仰向けのまま血塊とともにワタルの名前をゲルニスは叫ぶ。

 まさかの生存、さらにはここまでの大声をだせたことにワタルは驚く。


「生きてたのか、よかった…ってか、なんで俺を助けやがった!」


 驚きのあとに安堵を口にして、ワタルはそこから疑問を投げかけた。

 それもそのはずだ。ゲルニスにとってワタルは護る人間を襲った、憎むべき相手なのだから。

 その問いには答えず、ゲルニスは大きく息を吸う。


「私の身のことも、貴様の…貴殿のやったことも、今はどうでもいい!! それよりもだ!! キトウ・ワタルよ!! ――護れ!!!」




 ―――かつてのゲルニス・アルフェーは、全てを護りたかった。


 自分のできることを全力でこなし、自分の目に映る全てを助け、護ろうと…守ることができると、そう信じていたのが、若かりしきころのゲルニスだ。

 そして、恵まれた体格を生かして兵士となり、それから数日も経たないうちに、気付いた。

 ―――ゲルニスには、無理だ。

 とある街が魔物に襲われ、それを助けることになった時、ゲルニスは絶望した。

 いくら力が強くても、ゲルニスがいくら頑丈でも、ゲルニスには救えない。一人を護っても、他の人は救えない。


「助けて!」「来ないで!」「嫌だ!」「死にたくない!」


 耳をつんざくような高くて痛々しい悲鳴が、あちらこちらから聞こえてくる。

 悲痛がゲルニスの鼓膜に爪をたてるも、ゲルニスはそれに応えられない。その事実がゲルニスを打ちのめし、信念を粉々にし……結果、ゲルニスの考えは『一つのものを全力で護る』というものに変わった。―――自分にはできないという、挫折の形で。

 要は、やっとのことで自覚したのだ。ゲルニスが、特別ではないということに。

 そしてそれは―――、


『俺は、特別じゃないから』


 それは、キトウ・ワタルも同じだった。

 王家という存在を、全力で護って来たゲルニスが、その内の一人を侵した者と同じだったのだ。いや、正確には同じではない。


『あぁクソ、決めた。――――俺は、そいつを助ける』


 ――彼は、自分が特別でないことをわかっていながら、かつてのゲルニスと同じように敵含めた全てを助ける気でいたのだから。


 言ってしまえば、弱者の『傲慢』で『強欲』な願望だ。

 でも、違う。彼はそれを実現しようと足掻いている。諦めたゲルニスとは違い、燃え尽きぬまいと、縋っている。


 ――――そんな彼に、極悪人に、キトウ・ワタルに、自分は憧れてしまったのだ。



「護る…?」


「あぁ! そうだ!!」


 ワタルが聞き返すと、彼はなおも大きな声でそう答えた。

 護る? 誰を? 何を?


 ……いや、それはもうわかっている。最初っから、決まってる。そういうことを、ゲルニスは言いたいのだろう。


「――…はっ。言われなくても、わかってるよ」


「……伝わったのなら、それでいい」


 それしかない。

 そうすることが、その為に全力を尽くすことがキトウ・ワタルの幸せなのだと、ゲルニスはわかっていた。だって、ゲルニスもそうだったから、

 だから、かつてのゲルニスと同じように、キトウ・ワタルは―――、


「全部、だな。わかってる。無理だとしても、やるだけやってやるよ」


「ブルルル……」


 ゲルニスからのメッセージを受け止め、噛み締め、ワタルは鼻を鳴らすベヒモスと向き合う。

 このまま激闘を始めるのもいいが、まだだ。もう一手間加える。

 能力の規則ルールを広げろ。解釈を変えるんだ。変えて―――、


「ベヒモス…いや、ベル。「契約」をしよう。簡単な話だ。勝った方が負けた方の主人になるって契約ヤツだ。――そっから一歩でも前にでれば、これに同意したとする」


 本来、ワタルの『契約者』の力はお互いの同意のもと契約を完了させるものだ。――正確には、させるものだと、思っていた。

 そこで、ワタルはその規則ルールの解釈を変えた。

 条件付きの契約――要は、戦いの勝者への賞品的なモノにしたのだ。さらには相手の行動による許諾か拒否かの設定により、さらに能力の幅を広げる。


「でもまぁ、それで暴走解けるかっていえば、わからないけど」


 ベルの暴走は薬によるモノだ。シルクの時のように操られているわけではないので、契約することで上書き、何てことは多分できない。

 だからといって、ベルの暴走を止める術がないかと言われると、そうではないのだ。

 恐らく、ベルに注入されたのは、スコックを暴走させたモノよりも性能が良い。

 その考えに至った理由として、まずは見た目だ。スコックの歪な見た目より、ベルの姿は随分理性的である点。ここからワタルが感じ取ったのは、この薬が作られた目的は別のあるのではないかというものだ。スコックやベルに注射されたのは、何らかの薬を作るうえでできた副産物…あるいは失敗作とも言っていいそれを、彼女らは注射されたのだ。

 ならそれはなにか? これに関してはただの推測の範疇を超えないが、ワタルが思うにそれは強化薬ではないだろうか。

 もしそうなら、前回より性能が上がっているのも納得がいくし、何より悪の組織が強化薬を求めるというのは、ワタル的にとても筋が通る。


「つーわけで、まずはお前をとっちめる。『契約』は、そのあとお前が起きたとき暴れないようにするためだ」


 言葉が通じているのかはわからないが、ワタルはベヒモスに向かってそう話しかける。

 そして、そのベヒモスはというと、もう突進の用意をしていた。だが、もう問題はない。


「――やり方はできてる…ってヤツだ」


 そう呟き、ワタルは左手を開いて前に突き出し、がっしりと構える。

 ―――そして、目を閉じた。

 突き出した左手に意識を全て収束し――、


「ブモォォォ――――!!」


 ベヒモスの雄叫びが聞こえ、ワタルはさらに掌に意識を込める。

 そして―――、


「――――――ゼロぉぉぉぉっ!!」


 ベヒモスの頭の存在を掌に感じたその瞬間、ワタルはそう叫びながら《ゼロ》を付与する。その付与先は、ワタルの腕ではなく、ベヒモスだ。


「――――ッ!?」


 《ゼロ》を付与した次の瞬間、ベヒモスの体が宙に浮きあがった。


 ―――ワタルの脳力の《力を生み出す能力ゼロ》には、力の付与の仕方が二種類ある。


 とはいえ、この二種類目セナルとの修行中に見つけたものなのだが……とにかく一つ目は、衝撃としての力だ。殴るときなどに拳から衝撃を放ち、威力を上乗せするのがこの一種類目。

二つ目は移動としての力だ。これは衝撃を与えるわけではなく、指定した方向へモノを動かす力だ。


 そして今回、ベヒモスを宙へ打ち上げたのは後者だ。これをすることで、まず地面からの供給を断ち、魔装が今以上に厚くならないようにする。

 そして、本命はここからだ。


「そぉらよぉぉ!!」


 ワタルもベヒモスのもとへ飛び上がり、まずは一発殴る。これでアーマーを少し削るが、まだまだ分厚い。――なら、もう一発殴ればいい話。

 肘から《ゼロ》を衝撃波として噴射し一発。そこで《器》から木の板を取り出し、それを《不変》で固定することで足場として利用しもう一発殴りを入れる。

 そして、残ったアーマーは後一発で割れるほどの厚さまで削り切った。

 ―――その時だ。


「ブモォオォッ!!」


「なっ!?」


 ベヒモスが吠えたかと思うと、突然纏われたアーマーが炸裂し、接近していたワタルを弾いた。


「クソッたれ……!」


 しかも、弾かれた後の態勢が悪すぎる。

 そんなワタルは背中を向けてひっくり返った状態で落ちるという最悪すぎる態勢だ。


 ―――《ゼロ》による態勢の持ち直し、無理。そんな細かい操作はできない。


 ―――《ゼロ》を使った投石、無理。背中越しだと狙えないし、威力が足りない。


 ―――《不変》での足場確保、無理。足場用の木の板はさっきの攻撃で使ってしまった。


 ―――《カゲロウ》でベヒモスを受け止める、無理。直接操らないカゲロウにそんな力はない。


 魔装のアーマーを炸裂させたということは、恐らくベヒモスは既に魔装を纏えていないのだろう。一発でもしっかりしたのを食らえば効くはずだ。

 しかし、無理だ。余りにも態勢が悪すぎる。いくら必死に方法を考えても、ベヒモスをなんとかする方法は思いつかない。

ただ、それも今回に限ってはの話だ。次は違う。ベヒモスの魔装の破り方はもうわかった。次だ。次。次こそは――――――、




『―――護れ!!』




 ―――あぁ、クソ。馬鹿か俺は。『次こそは』じゃ、ねぇだろうが。


 ゲルニスは言ったのだ、『全てを護れ』と。それは、ベルを助けると決めた意思だとかそういうのもあるが、その『全て』には、きっとワタルの信念もある。

 全てを護るという信念を、ワタルは護る。

 縋って、足掻いて、抗って…醜くても、みっともなくても、必死になって掴み取る。そのためだけに、脳を巡らせろ。できるできないじゃない。やるのだ。

 地面につくまであと一秒も満たない。その間にできることを、考えろ。



 巡脳じゅんのう開始、ストラテジー再構築――――、



「―――人間弾丸! 背面アタ――――ック!!」


 思考を巡りに巡らせ、出た結論が態勢の悪い状態からの、そんな態勢の有無を言わせない捨て身と言ってもいいほどの、《ゼロ》による反動がどうとかを度外視した危険なタックル。

 ―――それが、無防備なベヒモスの体を打ち付けた。


「モ…ォ……」


 ふざけた名前だが、その衝撃はかなりのものだ。

 ワタルにもかなりな反動がくるが、その分衝撃は一級品。見事一撃でベヒモスを撃沈した。


「あぁ…クソ……馬鹿みたいに痛ぇ……」


 不細工な着地をし、仰向けになったワタルがそう顔をしかめた。

 初めての試みなため、あまりの痛みにワタルは骨が折れたのかと錯覚してしまう。


「でも、ギリ動ける……」


 痛みに耐えながらゆっくり起き上がり、ベヒモスの方向を見ると―――、


「……こうなると、人間と変わらないように見えるな」


 いつの間にか人型へと戻り、気絶しているベルがそこにいた。


「ってより、今は…!」


 取り敢えずベルは放っておき、今はとにかくボロボロのゲルニスにワタルは駆け寄る。


「おい! 大丈夫か!?」


「……安心するがいい。持参していた回復薬を飲んだ。安静にしておけば治るだろう」


「そう、か……」


 ゲルニスの職業は近衛兵だ。王族直属なため、きっといい回復薬を持っていたのだろう。

 だとしても、彼の元気のない声にワタルは渋々頷いた。


「それよりもだ…今は、あの魔族の方が問題であろう。一応、セナル殿のもと向かうがいい」


「あ、あぁ、わかった。お前は……」


「私はここにいる。傷が少々酷いからな。さっきも言ったように、安静にしておくとしよう」


「そうか……あと、ありがとう」


「ふん……」


 まだ伝えていなかった礼を口にするも、彼は鼻を鳴らすだけだ。まぁしょうがないとワタルは苦笑する。


「……そんなことより、見ろ。貴殿の仲間が来たぞ」


「え?」


 ゲルニスが顎で指した方向を見ると、向こうから走ってくるアンディスとシルクの姿が見えた。

 すぐに駆け寄り、ワタルは諸々の事情を説明。すると、二人からはかなり呆れたような視線を向けられた。


「それじゃあ、俺らはセナルのとこに行ってくるよ」


 ベルを背負いながら、ワタルがゲルニスにそう告げると、彼は「そうか」の一つ返事で答えた。それにまた苦笑し、頬を掻きながらワタルはその場を去る――。


「―――…キトウ・ワタルよ」


「ん?」


「……見事だった」


「……そうかよ」


 彼からの一言の称賛に、ワタルは笑みを浮かべ、今度こそその場を去った。



△▼△▼△▼△▼△



 セナルのもとへ向かうべく、ワタル達は走っていく。



「……さッきまでバチボコに戦ッてたんだろうが。背負うの代わッぞ」


 アンディスが心配するような声色でワタルにそう言う。確かに、戦闘後に人を一人担いで走るというのは辛い。できれば任せたいというのが本音だが……


「……いんや、いい。これは、俺が決めて、背負ったんだ」


「――…へッ、そうかよ」


 ワタルの返答に、アンディスは少し口角を上げる。それをすぐに真剣な表情に変え、ワタルに続くという意思を固める―――その次の刹那、


「――――っ!?!?」


 凄まじい爆発音が聞こえ、ワタル達は身を固める。

 その轟音の方向を見るとそこには―――、


「―――セナル!?」



 ―――セナルを中心に展開された半透明で巨大な球体が、辺りの街を押しつぶしながら肥大化していた。



『足掻いて縋ってでも護るモノ』


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