第一章 / 36話 『特別と正義の結末』
――――
「なぁなぁ! 今日サッカーしようぜ!」
「オッケー。じゃあ、わたるとてつで『とりまい』な!」
「どっちもサッカーうめぇもんなぁ!」
小学校の教室、当時五年生のワタルの言葉で、教室のみんなの昼休みの予定はサッカーに決まった。
明るく元気で、勉強は普通だけど運動がよくできてクラスの中心人物が、その頃のワタルだ。
――――
幼いころのワタルは、そんな自尊心で満ちていた。
「わたる! じゃあな!」
「うん、ばいばい!」
その日の学校が終わり、ワタルは家に帰る。
そしてしばらく歩き、二階建ての平凡な一軒家の扉を開いた。
「ただいまー!」
「はいおかえり、冷蔵庫におやつあるわよー」
「やったー!」
家全体に響くくらいの声を出すと、ワタルの義母がそれに答えた。
その彼女からの朗報に、ワタルは急いでキッチンへと駆け、冷蔵庫の中のプリンへと手を伸ばした。
「ただいまー」
その時、聞きなれた声が家に響く。
彼女はワタルの中学生の義姉で、名前は
「姉ちゃんおかえりー」
「あー! あんたまた私のプリン食ってる!」
「いやこれ俺のだから!」
「いいから渡せ!」
「やだよ!」
小学生のワタルのプリンを、中学生の明音は大人気もなく奪おうとしてくる。それをワタルは逃げながら手に持つプリンをたいらげる。
「あ! 全部食べやがった!」
「姉ちゃんがプリン食ってまた太るのを阻止したんだから感謝しな!」
「このクソガキ!!」
明音が歯をギリギリとし、ワタルが挑発すると、明音の怒りが爆発――。
「はい、そこまで」
その喧嘩勃発の空気を打ち破る声と手を叩く音がリビングに響き、視線がそちらへ向く。そこには、義母の
「はい、明音の分のプリン、今買ってきたから」
「いつの間に!? さっきまで家にいたよね!?」
「そうよ。喧嘩してたから買ってきたの」
「なにはともあれありがと!」
そう礼を言って、明音はプリンを食べた。
―――時はたち、夜。
「ただいま」
「あ、おとーさんおかえりー!」
疲れた声が聞こえ、それがすぐ義父のものだと気付く。
彼――
「いやー、今日も疲れた…」
「お父さん、お仕事大変だった?」
「あぁ、うん。まぁね…でも、僕が稼がないとだからね。渡も、いつか大きくなったら稼げるようになるんだよ」
「お仕事お疲れ様。でも、渡にお仕事の話はまだ早いんじゃない?」
「はは……」
義母の彩里の言葉を受け、弱腰な聡一郎は苦笑いしながら頬を掻いた。
ワタルには、正直難しい話だった。
―――でもワタルは、この家族が、この日常が、大好きだった。
△▼△▼△▼△▼△
「―――俺の名前は鬼頭・渡です! 一年間よろしくお願いします!」
中学生に入ってからも、ワタルの立場は変わらなかった。
常にクラスの中心におり、ただとにかく明るい人間としてワタルは友人がたくさんできた。
―――鬼頭・渡は、特別だ。
その自信は、中学に入っても変わらずだった。
それとワタルの苗字は、ワタルの親子の苗字とは違う。それは、ワタルの産みの親がワタルの幼いころに死んでしまい、そのワタルを今の義母義父が引き取ってくれたからだ。
――そして、ワタルの自信はそこが発端だった。
ワタルのよく見るアニメの主人公は、すごい。強くて、誰にでも優しくて、明るい。そんな主人公の過去は、悲惨なものだった。そう、酷い過去を持っているのだ。――ちょうど、ワタルのように。
その主人公を、ワタルは自分と重ねた。そして、自分が特別な存在という絶対的な自信を、ワタルは持ったのだ。
ちなみに、引き取ったのにワタルの苗字が変わっていないのは、義父がそうしたのだ。とはいえ、ワタルを家族として受け入れていないという意味ではない。「元の家族のことも忘れないように」という意図だそうだ。
―――鬼頭・渡は、特別だ。
そう思う日が、続いた。
「私、上田・
ちょっとした恋をして。
「なぁなぁ聞いた? 上田と
「マジ? まぁ切狩親金持ちでイケメンだもんなー」
ちょっとした失恋もして。
そんな日々が続いて、続いて――中学三年の、ある日のことだ。
「―――えー、学級費が、誰かに盗まれました」
そんな事件が、クラスで起こった。
先生からの言葉に、クラスが騒然とする。
「そういうことなので、今から一人ずつ個別に話を聞きます」
そう言って、出席番号の一番の人から先生に連れていかれた。
「にしても、誰が一体…」
「えー、やばくね?」
―――鬼頭・渡は、特別だ。
正義感の溢れた存在が、あの主人公だ。
主人公がそうなら、ワタルもそうしなければいけない。そうしたい。
「―――――」
目を輝かせ、周りをみる。
動揺してる人がいないか、何かおかしいところはないか―――、
「――――ぁ」
今、クラスメイトの吉村・
「――おい、大翔」
「えっ? な、なんだよ」
ワタルは立ち上がって大翔に近づき、その手を掴む。そんなワタルの行動に、大翔は動揺した様子だ。そしてワタルは、彼の机に手を突っ込んでその『押し込んだモノ』を引っ張り出す。それは―――
「お前が盗んだんだな!」
「いやっ、ちがっ」
「じゃあ何でお前の机からこれが出てきたんだよ!」
お金が入った封筒だ。
そしてこれを持ってる理由を、ワタルは大きな声で聴き、それに彼は必死に否定するも、それをさらに大きな否定の意をこめてワタルは問いただす。
クラスの視点は一気にそこへ集まり、全員の疑いが大翔へ向く。
「こっ、これはいつの間にか入ってて、それで……!」
「そんな話信じられるわけないだろ!」
「え、マジ? アイツがやったの?」
「だとしたらやばくね?」
「そんな、吉村くん、なんで……」
「おい! なんの騒ぎだ!」
騒ぎを聞きつけて戻って来た担任によってクラスはなだめられ、大翔は先生に連れていかれて、結局早退した。
△▼△▼△▼△▼△
――――鬼頭・渡は、特別だ。
その日の放課後の靴箱で、ワタルは先ほどの事を思い出していた。
「――――」
大翔のあんな小さな動きに、よくワタルは気付けたなと、自身のやったことに高揚していた。
あぁ、やっぱり――
――――俺は、特別だ。
「―――あ、いっけね。忘れ物…」
急に今日持って帰るべきものを思い出し、ワタルは急いで教室に戻る。
――――鬼頭・渡は、特別だ。
三年生の教室は三階のため、教室に行くのには苦労する。
――――鬼頭・渡は、特別だ。
完全下校も近いため、校内に人はほとんどいない。
――――鬼頭・渡は、特別だ。
静かな階段に、速足で上がるワタルの小さな足音が響く。
――――鬼頭・渡は、特別だ。
そして三階まで行き、教室へ……鬼頭・渡は、特別―――、
「―――いやー、それにしても、吉村いい表情してたなー」
「――――」
教室の寸前で、そんな声が聞こえた。
明らかな悪意が含まれていたその内容と声色に、ワタルは足を止めて聞き耳を立てる。
「あいつの机に盗んだ封筒いれたの僕なのに、見事に犯人ってことになって可哀想だよ、本当に」
へらへらとした声で、誰かがそんなことを言っている。
人数は一人だろうか? だとしたら何に向かってしゃべっているんだ?
いや、そこじゃない。今最も気になるべき点は―――
「……おい、今の話…本当なのか?」
「―――――」
「さっきの、盗んだ封筒を大翔の机に入れたのがお前って話……」
思わず飛び出したワタルが、その声の主――
「……えっと…何のことだい? なんか聞き間違いでもしちゃったのかな?」
その問いに、月宮は笑って肩をすくめる。
そして、目線をワタルから逸らした。
「誤魔化すなよ。俺は、確かに聞いたんだ」
そんな仕草をした月宮を、ワタルは睨みながらそう言う。
すると、彼の態度が急変した。
「はぁ…最悪だよ。しかもよりにもよってバレた相手が鬼頭か……」
月宮・光は、学年でも『善人』の部類に入る。
それこそ、顔もよければ頭もよく、親が会社の社長をやってるとかで家柄もいいという、完璧人間だ。
そんな完璧人間の言葉は、ワタルが聞いたことを肯定している。
「ふざけやがって……!」
つまり、大翔はありもしない罪を着せられ、クラス中から犯人扱いされたということだ。
「お前のせいで大翔は―――」
「――いや、それは違うだろ」
「あ?」
予想外の否定に、ワタルは思わず眉をひそめる。
彼は今、自身のしたことを肯定したはずだ。だが、今ワタルの言ったことは否定した。あまりに矛盾しているといわんばかりのワタルの顔を見て、月宮が肩をすくめる。
「……吉村の机にあのお金入りの封筒を入れたのは僕さ。それは否定しない。でも、吉村を犯人にしたのは、僕じゃない」
「お前、何言って……」
矛盾した彼の言葉に、ワタルはますます意味が分からなくなっていく。そして、月宮はワタルを指さし―――
「彼を犯人にしたのは、君だろう?」
「は?」
「吉村には、選択肢があった。自分の机の中の封筒に気付いて、先生と話す時にそれについて言うか、それともそのまま隠したままでいるかの、二つ」
「――――」
「それを君はあろうことか、その選択肢を無理やり潰したんだ」
「―――――――――ぁ」
――――鬼頭・渡は、特別だ。
月宮の言っていることがようやく理解でき、ワタルは掠れた声を漏らす。
彼は、続ける。
「学級費が盗まれるなんて事件の、一種の証言者的存在になれた可能性があった彼を、犯人にしたのは…彼が封筒持っていることを『素晴らしい観察眼』で見抜き、晒上げた君なんだよ!」
――――鬼頭・渡は、特別だ。
壊れていく。
ワタルの自尊心が、正義が、特別が、壊れていく。
「彼を犯人だとわかった時、君はきっと喜んだろうね。自分はすごい発見をしたぞって、自分のことで頭がいっぱいになったんだろうね。自己愛と自尊心の塊だよ、君は」
――――鬼頭・渡は、特別だ。
――――鬼頭・渡は……
「―――――」
月宮の言葉に、納得させられる。――納得、できてしまう。
ワタルの自尊心は粉々に砕かれ、絶望と罪悪感が、体を押しつぶす。背中からは脂汗が浮き出て、頬を冷や汗が伝う。そして、ワタルの頭はごちゃごちゃだ。
そんなワタルなどお構いなしに、月宮は―――、
「―――そういえば、君の親と君の苗字って、違うよね」
「――――ぇ?」
「きっと複雑な家庭なんだろうけど…あれだよね。こんな自分勝手な人間を育てるなんて、その親もろくでも――――」
「―――――」
――――鬼頭・渡は、特別だ。
鬼頭・渡は、特別だ。鬼頭・渡は、特別だ。鬼頭・渡は、特別だ。鬼頭・渡は、特別だ。鬼頭・渡は、特別だ。鬼頭・渡は、特別だ。鬼頭・渡は、特別だ。鬼頭・渡は、特別だ。鬼頭・渡は、特別だ。鬼頭・渡は、特別だ。鬼頭・渡は、特別だ。鬼頭・渡は、特別だ。鬼頭・渡は、特別だ。鬼頭・渡は、特別だ。鬼頭・渡は、特別だ。鬼頭・渡は、特別だ。
――――鬼頭・渡は、■■だ。
自分の正義が間違ったものだと諭され、自尊心を粉々にされて、ワタルの心と頭はぐちゃぐちゃだった。
なんだかもう、わからなくて。でも、月宮が言ったワタルの『家族』を愚弄する言葉は許せなくて。
怒りと、混乱と、困惑と、絶望と、罪悪感が、溶け合い混ざり合ってしまって。ワタルは、混濁した頭で思いついたたった一つのことを、行動に移した。
「――黙れぇぇぇ!!」
「――――っ」
拳を握り、激情の言葉と同時にそれを月宮の頬に思いっきり叩きつけた。
ワタルの強烈なパンチをもらった月宮は軽くよろめき尻もちをついてしまう。
「はぁ……はぁ……」
自分のしたことにまだ頭が追いついていないワタルを、月宮はまた視線から外し、殴打された頬を手で押さえながら―――
「―――痛い…! なんでさ! 鬼頭くん!」
「……は?」
声色をおどおどしたものに変え、そう叫んだ。
自分の行動の理解も追いついていないのに、さらに月宮からの理解不能な発言に、ワタルも足元がふらつく。
「君が吉村くんの机に学級費の封筒を入れたってことを僕が言い当てたからって、殴るなんて……!!」
やけに説明口調で、それでいて中身はでたらめな彼の言葉に、ワタルが理解できないまま――背後から、何かが落ちる音がした。
「――――ぁ」
「ウソ…光…渡君……」
―――そこには、ワタルの初恋相手ともいえる、上田・沙羅が、茫然と立ち尽くしていた。
「わたし…先生呼んでくる!」
「待っ……!」
彼女の行動を制止しようとしても、もう遅い。
上田は走り出していた。
「―――はは…はっははは!」
「――何、笑ってるんだ」
「こんなにもうまくいくとは思わなかったからだよ! 君が怒って、なにかしてくれるだろうとは予想してたけど、こんな完璧なタイミングで、考える限り
高笑いの理由を、月宮は嬉々として語り、その言葉にワタルは後ずさる。
「はめたって、ことなのかよ」
「そういうことだよ! 偶然、上田が来るのを待ってる時間に君が現れてくれて、それで僕は時間と君の行動とあわせて衝撃的な言葉を吐く。その言葉を聞いた彼女は先生へ報告―――一瞬で、君は人を殴った不良だ」
「――――……っ」
月宮の丁寧な説明に、ワタルの理解がようやく追いつき、息が荒くなる。
ワタルは、やらかしてしまった。その事実が、重くワタルにのしかかり、冷や汗が滝のように流れていく。
手は震え、口も震えながら、ワタルは声を必死にだす。
「で、もっ、お前が言ったことを、俺が言えば……」
「あぁ、いいとも。だけど、僕らは証言者が二人。――そして君は、確実な『証拠』を残してしまった」
そう言って彼は、赤くなった自分の頬を見せた。きっと、口の中も出血しているから、それさえ見せてしまえばもう、ワタルが犯人というのは覆らない。
「―――僕とお前、みんなどっちを選ぶと思う?」
「―――――」
気付けば、ワタルは後ずさっていた。
それは、恐怖からくるものだ。
目の前の人間に恐怖を抱き、ワタルは後ろに下がる。
「なんで、そんなことを……」
「―――ムカつくんだよ」
「え…?」
「何にも持ってないクセに、自分が特別だと思い込んで、『キラキラ』だと勘違いしたヤツが…お前が、ずっとずっとムカついてたんだ!」
彼の暴露に、ワタルはもう何も声がでない。
心音がうるさい。なにもできない。やりようがないワタルを見て、月宮は最後の一撃を発する。
「そういえばなんだけど……君のお父さん――世田・聡一郎さんだっけ? あの人のこと、僕のお父さんも褒めてたよ。「いい社員」だって。ほら、僕のお父さん社長だからさ」
「―――――」
月宮のその言葉がなにを言いたいのか、ワタルは察した。
察して、ワタルが本当になんにもできないことに打ちのめされる。
「―――君は、なにもできない」
そんなこと、言われなくてもわかってる。
だけどその言葉は、完全にワタルの心を修復不可能にした。
「―――こっちです! こっちで…」
声が、聞こえる。上田の声だ。
きっと、先生を呼んできたのだろう。
――――鬼頭・渡は、特別なんかじゃ、ない。
△▼△▼△▼△▼△
「―――――」
薄暗い部屋で、ワタルはうずくまる。
――あの日から二日がたち、ワタルは学校へ行くことを禁止されている。
当然のことだ。そして、犯罪まがいのことをしたワタルだが、それはワタルと月宮と上田、大翔とそれらの家族、そして先生しか知らない。
他の人にこのことを知らせないように、なぜか月宮がお願いしたそうだが、先生方は元よりこういうことについて広めるつもりはないそうだ。
―――結局、犯人を晒し上げるなんてことをするのは、ワタルだけだった。
「――渡…いいか?」
「………」
ワタルの部屋のドアがノックされ、父の聡一郎が入ってくる。
「今日、話しがあるからリビングに来なさい」
「………」
「待ってるからな」
ワタルの返事も聞かず、聡一郎は出て行ってしまった。
彼が行った後で、ワタルは起き上がる。
「行くか」
ボソリと呟き、ワタルはリビングに向かった。
△▼△▼△▼△▼△
「あ、来たわね」
リビングには、父、母、姉と、一家勢ぞろいだった。
「そこに座りなさい」
いつも弱腰な聡一郎だが、真面目な表情でワタルにそう言い、ワタルもそれに従う。
「渡がやったことについて、渡以外のみんなで話し合ったんだが……」
「――――っ」
神妙な彼の話の入りに、ワタルは息をつめて覚悟する。ズボンを握りしめ、目をつむり、今にも涙をこぼしそうにしながら、どんな罵倒、叱咤が飛んでくるのか予想しながら――――
「―――満場一致で、渡がそんなことをするわけないってことになったよ」
「―――…え?」
父の一言に、絶句した。
いや、彼だけじゃない。母や姉も、相槌を打っている。
「いや、な、なんで……」
彼らの結論に、ワタルは動揺を隠しきれなかった。
意味が分からない。
月宮の暴露とは違った意味で、ワタルは理解できないことに目を回す。
「なんでもなにも、私たちはずっとあんたと過ごしてきたんだよ? 生意気だけど、渡が優しい心を持ってることくらい、いやでもわかるに決まってるでしょ」
「それがいきなり、お金を盗んで人に罪なすりつけて、ばれたら殴るなんて……先生からその話を聞いた時、笑い飛ばしたかったくらいよ」
姉、続いて母からの言葉に、ワタルは理解が追いつかない。
なんで、そんなさも当然の事かのように信じられるんだ。
『家族』だから、なんて根拠で信じるなんて、それはもう一種の狂信とも言えてしまう。
そんな簡単に信じてるなんて言われ、ワタルからは激情があふれた。
――――鬼頭・渡は、特別なんかじゃない。
「―――っ。ふざけないでよ! そんな風に信じられたって…! 俺は……!」
「そんなこと言ったって、ワタルはなんにも話してくれないから、しょうがないだろ?」
「だって、それは……」
父の言葉に、ワタルはなにも返せなかった。
しょうがないことだったから、言ったら、父がどうなるか、わからないから、言えないから……
「きっと、社長の息子さんとなんかあったんだろう? じゃ、そこについて追及はしないよ。――だから、信じさせてくれ」
本当に、意味がわからない。
対価になってない。
なんで、こんなに信じようとするんだ。結局のところ、ワタル達は血の繋がった家族ですら――――、
「――――僕たちは、家族なんだからさ」
「――――」
言葉を失った。失って、ワタルは自分の考えを恥じた。
あぁそうだ。ワタル達は、家族なんだ。
行き場を失って、引き取ってくれて、そこから始まった、家族なんだ。
どんな形であろうと、たとえ誰に否定されようと、『家族』であることに、変わりなんてないんだ。
――――鬼頭・渡は、特別なんかじゃない。
「―――ぅ、ぐ…っ!」
嗚咽し、涙を流すワタルを、鬼頭・渡を、みんなが抱きしめた。
――誰にも信じてもらえないって、思っていた。特別だと思っていたけど、特別でもなんでもなかったワタルのことなんて、誰も信じてくれないって、思っていた。
だけど、そうじゃなかった。
『家族』だけは、ワタルがどうであろうと、いつもと変わらず、受け入れてくれた。それがただ嬉しくて――、
――――鬼頭・渡は、特別なんかじゃなくていい。
そう、思えた。
「…それと、もし渡がはめられちゃったなら、いいことを教えようか」
「いいこと…?」
彼のいきなりのことに、ワタルは晴れた目で彼を見ながら首を傾げた。
「サラリーマンをやって十年ちょっと、取引先だとかと話す上で身に着けた――人の、見方だよ」
△▼△▼△▼△▼△
――――現在。
「―――懐かしい、夢だ」
起死回生で目覚め、ワタルは昔の思い出にふっと笑った。
まぁ、普通に笑い話ではないのだが、当時の自分の馬鹿さ加減に笑った感じだ。
でもそうか、ワタルがエレクシアに信じられたことが嬉しかったのは、ワタルにとって『信じられる』ということ自体が、本当に特別だったのもあったんだろう。
かなり濃ゆい思い出だったはずだが、なんで今更思い出すなんて……いや、
「……きっと、忘れたかったんだな」
こんなことを言ってくれた家族だが、いずれワタルのせいで死んでしまう。
人間は、嫌なことを忘れようとする。
だから、その嫌な事を忘れるために、家族に対しての色んな思い出を忘れようとしてしまったんだろう。
確かあの後、形だけって感じで月宮の家に行き、それからちゃんと大翔の家に謝りに言ったんだっけ。父は「どうしても謝りたくなくても、形だけすまちゃえば、後は楽なんだよ」なんて、悪い笑顔で言って母に頭を叩かれていた。
「――にしても、『見方』か」
あの時、なんて言ってたんだっけ。
……あぁそうだ。確かあんなこと言ってたな。
「…つっても、まさかこんなゴリゴリの戦闘に使われるなんて思ってなかっただろうけど」
そんなことを言いながら、ワタルは笑った。
「―――生き、返った?」
「あぁ、そうだよ。俺再誕だ」
息を吹き返した渡に警戒したベルが、訝し気な目でワタルを見る。
そしてワタルは彼女の問いに、軽口で返した。
「でも、また、殺すだけ」
それを飲み込み、ベルは戦闘態勢をとる。
一方のワタルは――、
「まぁそうだよな……」
「キトウ・ワタル……! 貴様は下がれ…! どうやって生き返ったかはわからんが、無理だ! 奴は…!」
ボロボロのゲルニスが、ワタルにそう呼びかける。
……なんて優しい奴だろうか、本来ワタルは彼が敬愛する人間を襲った悪人だ。そんな人間を心配しているという彼の優しさに、ワタルは答える。
「嫌だよ。俺は逃げない」
「な、ぜ…! 貴様や私では、奴に勝てん!」
確かにそうだ。ワタルもそう思ってるし、勝てるイメージは今でも浮かばない。
でも、
「今までだって、そうなんだよ」
「何…?」
「今までの戦いも、俺は勝てるなんて思ってなかった。ただ、何かために戦って、ひたすらに
「………」
そう、そうだ。
スコックの時も、シルクの時も、そうやって勝ってきた。
最初から勝てると思って戦ったことはない。勝つために戦うのではなく、別の何かのために戦って、それで最終的に勝っていたというだけだ。
かっこいい人間なら、そんな行き当たりばったりの勝利なんかじゃなく、真っ向からその勝利をつかみ取るだろう。でも、ワタルはそうじゃない。
だって―――
「―――俺は、特別じゃないから」
「―――――」
「特別じゃないから、俺はひたすらに戦うんだ。特別じゃない俺は、そうやって縋らないと何もできない。縋って縋って、守り続けることが、俺にできることだから」
―――鬼頭・渡は、特別なんかじゃない。
月宮とのいざこざで気付いたそのことだけは、ワタルはずっと頭に置いている。でも、それでいい。それでも、ワタルはワタルで、特別だとか特別じゃないとか、極悪人とか極悪人じゃないとか、そんなことも関係なしに接してくれる人は、日本でも異世界でも変わらずいてくれて……
「……あぁクソ、あいつらにしないといけない話、増えちまったな」
このことは、あいつらにも話そう。
カーキスと戦っているアンディスやシルク、そして未だ寝たきりのエレクシア。
なんというか、これは話しておかないといけない気がしたんだ。
「そのために、戦うぜ、俺は」
「キトウ・ワタル…貴様は……」
そうやってゲルニスに笑いかけ、頷きかけ、それからベルの方向を向いた。
それから髪をたくし上げ、髪をオールバックにして視界を完全にクリアにする。
そして、鋭い目でベルを見ながら―――、
「―――世田・聡一郎直伝の
そう言い、笑った。
『特別と正義の結末』
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