第一章 / 35話 『力の差を歴然と』



「そらッ! どらァ!」


 アンディスがカーキスへ全力で骨の大剣を振り回す。

 だが、その攻撃は全て見切られたようにカーキスに躱される。


「―――しっ」


「食らうかよォ!」


 振り回す大剣の合間を縫って入れられる足技、しかしこれをアンディスは防ぐ。

 互いに攻撃を食らわない、まさに攻防一体の駆け引き。そしてそれを崩すように――、


「―――――」


 シルクの風の矢が差し込められる。

 それはアンディスの首スレスレを通りながらカーキスを確実に狙ってくる。

 そして首をほぼ掠めたと言っていいほどの距離を通過した風の矢など気にも留めず、攻撃を続ける。


「……チッ」


 そんなアンディスから、カーキスは一度距離を取った。


「厄介ですね」


 脊髄で動いてるようなアンディスの猛攻に、それに加えて放たれる見難い風の矢。しかもその矢はアンディスにほぼ当たるか当たらないかのところを攻めてくる。そしてアンディスはその矢を気にせず猛攻を続ける。

 それは、彼女らの信頼を表しての連携なのだろう……


「ッて、今めッちゃ当たりそうだッたぞ!!」


「ごめぇーん!! 許してよぉー!」


 ………いや、案外そういうわけではなさそうだ。


「ともかく、距離とッても意味ねェぞ!」


 一度離れたカーキスに、アンディスが急接近して振り上げた大剣を落とす。


「ッしゃらァあァァァ!」


 まるで雷の如き大剣が落ちるも、それをカーキスは横跳びで避けた。

 斬るものを失った大剣は地面を割りその破片がカーキスの頬を削る。

 そして、意識を一瞬でもアンディスへと向けたとき、丁度よくシルクが矢を放つ。


「―――――っ」


 致し方ないとカーキスは腕を犠牲にしてその矢を防ぐ。

 しかし当然、それだけでは終わらない。


「隙、見せたなァァァ!」


「それは、見えてますよ」


「―――ッ!?」


 雄叫びとともに振るわれる横薙ぎ、その大剣をカーキスは下から蹴り上げ、無理やり自分を剣の軌道から外す。

 無論、アンディスは全力で振るっている。《剣奴》の力もある大剣をはじくのは、カーキスの規格外の足の筋肉を物語っていた。


「そぉれっ!」


 今度もアンディスに意識が向いたと思ったシルクが矢を放つ。だが――、


「今度はしっかり、見てます」


 迫る風の矢、それをカーキスは首の動き一つで軽々避けた。

 だが見ていれば避けれるとはいえ、戦闘の最中もシルクに集中を割くことはできない。ならば――、


「先に、あちらの方からがよさそうですね」


 スパイクを使った凄まじい踏み込みを見せ、カーキスは走り出す。


「―――ッ! シルクゥ! そッち行ッた!」


「ちょ、聞いてないってぇー!」


 それにアンディスも続く。―――前にだ。


「―――一発、貰ッとけよ」


 奴は、背後をアンディスに取られた。

 未来が見れるとか、そんなもの関係ない。不可視の刃なら、あてられるだろうよ。


「死ィィねェえェェ――――ッ!!」


「―――――?」


 距離はもう離した。アンディスの大剣が届くわけのない距離まで離した。

 ―――ならば、なにをしてる? なにをしようとしてる?


 そんな疑問を胸中に抱きながら、とりあえずカーキスは速度を上げた。

 幸か不幸か、その速度を上げたおかげで背中の傷を浅くもないが深くもないほどに収められた。しかし、体に与えられた傷より、心への衝撃は大きく……


「何、が…?」


「―――今ァあァァァ!!」


 混乱するカーキスに、アンディスが飛び掛かる。

 カーキスはつまづき態勢を崩して前のめりに倒れていく。つまり、今が好機。


 ――――の、ハズだった。


「私を、舐めないでいただきたい!」


 前のめりになり、地面についた手を軸にカーキスが回り、足から飛び出す刃が、アンディスが防げない顔横にまで―――――。



△▼△▼△▼△▼△



「――貴様は迂回しろ!! 私が正面から叩く!!!」


「了解!」


 ゲルニスの指示に従い、ワタルは左側から攻める。


「ぬうん!!」


「うわ」


 そしてゲルニスによる真正面からの渾身の一振りを、なんとベルは両手、しかも素手で受け止めた。


「―――!?」


 ゲルニスのパワーで繰り出される物体を受け止めること自体すごいが、そもそもゲルニスが振るうのは刃だ。それを素手で受け止めるということ自体、常軌を逸している。

 原理はよくわからないが、恐らく『魔装』を使ったのだろう。

 とはいえ、いくら魔装とはいえ防げるのは、彼女がどれだけ強いのかがよくわかる。


「でも!」


 『魔装』は、魔力を一極に集中させる。

 ゲルニスの攻撃を防いだということは、そこに魔力を相当集中させているハズだ。今なら、刺さる。


「らぁ!!」


 左側に潜り込んだワタルが、ベルの横腹へ肘を差し込む。

 だが、それは直撃してもベルに効いてる様子はない。


「そんなの、私には、効かない」


「うっそだろ!?」


 ただの魔装だと思っていたが、これは違う。

 これは……


「全身を、魔力で纏ってるんだ……!」


 シルクが自分の体を風で纏っていたように、ベルは自分を強い魔力で覆っているのだ。だが、シルクの時とはワケが違う。

 シルクは任意発動型な上、防ぐたびに魔力を消費する。だが、ベルは恐らく魔力の膜を鎧のように纏ってるだけであるため、恐らく魔力消費がない。魔力消費がないということは、時間稼ぎでバリア解除を待つという戦法が取れないのだ。


「だったら、だ」


 ベルは、ゲルニスの怪力を警戒し、今の肘突きでワタルの力量を察したのか、まったくもって警戒をしていない。――なら一発、かましてやろう。


「ぬおおおおおお!!!」


「―――『魔装』」


 受け止められた大剣を、ゲルニスは押し込む。それを、ベルは抑える。

 こちらが眼中にないということは、攻撃される心配がないということ。

 ワタルは全ての魔力を万全な右手に収束させる。そしてさらに《ゼロ》を腕が壊れない程度に付与し―――、


「―――おらぁぁぁ!」


「――――っ!?」


 身を捻り、横腹へバフを込めまくった豪拳を突き刺した。

 魔装を超えて腕にはしる反動による痛み。だが、その甲斐はあった。


「――――」


 ワタルの強烈な拳を受け、最初のワタルの助走パンチより吹っ飛んだベルが、こちらをみている。

 それは、今のパンチが効いたことを表しているのだろう。――これで、意識分散だ。


「……」


 こちらを見るベルから少し目を逸らし、ゲルニスの方を見ると、彼は肩で息をしている。まぁ、ベルの規格外のパワーと耐久力を相手にしていたのだ。息を荒げるのも仕方ない。

 そして、これで意識分散が光る。

 ワタルがゲルニスのサポートをすることで、ベルをうまいこと倒せるハズだ。


「―――あなたが、先かも」


「とはいえこっちに来るか!」


 こちらを見ていたベルが、そのまま突っ込んでくる。

 それにワタルは驚きながらも迎撃態勢を取る。


「おらぁ!!」


 そして突っ込んでくるベルの顎にアッパーを食らわせようと拳を上げる。

 だが、それよりも速く、ワタルの胴体にベルが拳を入れた。


「ご、ぇ」


 重い。

 強いだとか、そういう感じではない。重い一撃が、ワタルに呼吸の仕方を忘れさせる。

 なるほど、ゲルニスがあそこまでボロボロになるわけだ。このパワーはワタルも、ゲルニスも、敵わない。


「まだ」


「―――っ」


 彼女との差に打ちのめされるワタルに、ベルがさらに追撃をしようと拳を振り上げる。それをワタルの顔目掛けて伸ばした。

 流石にマズいとワタルは腕を顔の前でクロスする。

 だが、ベルはワタルの防御に対し、握っていた拳を広げてクロスした腕の一本を掴むそしてもう一方の手で腕のもう一本を掴んだ。


「うっそだろ………!?」


 そのまま防御を無理やり広げ、ワタルの顔が露出する。

 しかし、たとえワタルの顔が露出しようと、ベルの両手もふさがっている以上意味はない。


「―――ふんっ」


「か」


 なんと、そこからベルの頭突きが繰り出された。

 岩のような物が頭に直撃し、脳が揺れる感覚をそのまま味わう。

 そんな衝撃を頭で受け、そこから血が噴き出る。


「ぁ、う……ッソが…ぁ……!」


 脳が揺れ、視界がブレる。

 まったく足元がおぼつかないワタルは、何とか足を上げて前蹴りを繰り出し、とにかくベルから距離をおいた。

 そして震える膝を叩き、無理矢理震えを押さえる。


「あいつは―――」


 震えを抑え、次にワタルはベルの行方を見ようと顔を上げた。

 その視界に映ったのは、軽く足を上げるベルの姿。次の瞬間―――、


「せいやっ」


 そんな一呼吸の声と共に、ベルが足で地面を踏む。

 ただ、その威力はすさまじかった。


「うおおお!?」


 ベルを中心に、レンガで舗装された地面が割れ、跳ねる。

 それにより当たりの家は一通り壊れてしまった。しかも、その瓦礫が降り注ぐ。


「クソ!」


 馬鹿げた力に、ワタルは一言罵声を上げ、ベルを注視しながら降ってくる瓦礫の回避に専念―――、


「―――あ?」


 注視していたベルの奇妙な行動に、ワタルは眉をひそめた。その『奇妙な行動』を言語化すると、ベルが地面に両手と片膝をついたのだ。

 流石のパワーでも、ここまでのことをすると反動が来るのか? と、そんな仮説を立てたその時、ベルが両手をついたまま片膝をあげる。

 ―――それはまるで…いや、まぎれもなく、元世で言う『クラウチングスタート』という走る前の姿勢だった。


「まさか―――」


 ベルの思惑を察した時には、もう彼女は爆ぜるような踏み込みをして前傾姿勢で走り出していた。

 そこで、ワタルは迷った。防御か、回避か、迎撃か。迷って、しまった。


「クッソ!」


 異常な速度での接近に、ワタルは腕で防御しよとするが、間に合わない。

 前のめりな彼女の頭が、ワタルの腹にめりこむ。そして、ことごとく吹き飛ばした。


「ぉ、が」


 吹き飛んだ先にあった石壁に、今度はワタルがめり込む。

 そして、苦しく掠れた声を出した。


「―――キトウ・ワタル!!」


 こちらを見て名前を呼んだゲルニスだが、体が痛むのか、動けない。

 ――というか、これはマズイ。

 息がまったくうまくできない。初めての感覚だが、わかる。――多分、割れちゃいけない物が割れた。

 いや、だからなんだ。《起死回生》がある。そうすれば、まだ戦え―――、


「――――」


 戦って、どうなる。

 ワタルがいくら攻撃しようとダメージのない相手が、ワタルを一撃で殺せるのだ。

 そんなの――――、



 ―――――勝ち目なんて、無いのではないだろうか。



『力の差を歴然と』


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