第一章 / 34話 『見てない過去か、眼前の今か』
「――お前らは、魔族でいいんだよな?」
今しがた、この街に張られた結界を破った眼前の男女に、ワタルはそう問いを投げると、細目の男――カーキスが口を開いた。
「それはそうですが……あなたは、どちら様でしょう? ただの冒険者ですか?」
「あぁそうだよ。人間界ではちょっとだけ有名な冒険者だ」
相手から魔族である肯定が出たところで、ワタルは警戒し――
「何でもいいけど、邪魔」
「いきなりかよ!」
藍色髪の女――ベルの方が、突然痺れを切らしたようにワタルへ飛びかかる。
唐突の接近、それにワタルは反応が遅れてしまった。
―――その時だ。
「―――ぬぅぅん!」
飛びかかるベルを、横から飛び出した巨体が弾き飛ばした。
その巨体は――、
「ゲルニス!?」
「何やらおかしな様子で駆けつけてみれば! また魔族か! おのれ!!」
たった今駆けつけたゲルニスは怒号を上げる一方で、飛ばされたベルが起き上がる。
相当な速度であの全身鎧の巨体に体当たりされて、何事もなかったかのように立ち上がるその仕草。それが、彼女の強さを証明していた。
「…痛い」
「リベルド殿! 向こうの魔族は私に任せてもらおう! 貴殿はそちらを頼む!」
「了解!」
といっても、少しすればシルクとアンディスが到着するはずだ。
ゲルニスが相手しているのは四天王らしいし、理想はワタルがこの男をアンディス達の到着前に倒し、それから追いついたアンディス達と四天王とやらに四対一の数の暴力で制圧、といったところだろう。
「つーわけで、お前をさっさと片付ける」
「どういうわけかはわかりませんが、邪魔されると面倒なのもまた事実……速戦即決ですね」
そうして、カーキスが細い目を伏せた次の瞬間だ。
「―――しっ!」
「速ぁ!?」
カーキスが両足ジャンプで接近してくる。しかも、その両足裏をこちらに向けながらだ。
そして、その両足が蹴りとしてワタルに突き刺さる。――そう、文字通り、突き刺さったのだ。
「――があ……っ!」
彼の履いた靴の裏は、鋭い棘が無数に取り付けられたスパイクになっていたのだ。
そんなスパイクが、ワタルの腹にいくつもの穴を開けた。
「クッソ、が……!」
歯を食いしばり、ワタルは痛みを全力で耐える。
腹に開いた無数の穴から、血が噴き出て服に滲む。
「こん、のぉ!」
「ふ」
痛みを全力で堪え、ワタルは拳をカーキスへ向ける。
その拳を、カーキスは鼻につく笑いを浮かべながら体を横にずらし、それをいとも容易く避けた。だが、それは誘いだ。
カーキスが体をずらした方向に、ワタルは右膝を振りあげる。
だが――、
「残念ですね」
予想外を突いたはずのその攻撃。だが、カーキスは動じず体を左に捻り、ワタルの脇腹を突き刺しながら蹴り飛ばした。
「なんっ……!」
痛みもあるが、それよりもさっきの膝蹴りを読まれたことにワタルは驚きを隠せない。膝蹴りという下の位置からの攻撃は、視覚的にもかなり見にくい攻撃だ。
「―――不思議そうな顔をしていますね」
「……いや? んな細ぇ目でよく見えるなって思っただけだぜ?」
痛みで汗を伝わせながら、ワタルは皮肉を込めた軽口を吐き肩をすくめる。
「いいですよ、虚勢。これは、僕の中に混ざっている魔物の血の能力で――未来を、見れるんです」
「―――は?」
意味が、わからなかった。
情報と疑問が混雑している。
まず、何故話した? 何か狙いが? いや、そもそも未来を見る魔物なんているのか? もしくは嘘か? 何のために?
「あれこれ考えてる暇は、ありませんよ?」
「――――っ」
思考を巡らせるワタルに、そんな隙は与えまいとカーキスが急接近しながら足を左斜め上に振り上げる。
細身な体に見合わない凄まじい勢いの蹴りだが、これなら体を反るだけで避けれる。
いくら未来が見えようとも、それに体が対応できるかは別。避けた後にカウンターを仕掛ける。
しかし、その思惑は外される。
「いっ!?」
体を反らし、その蹴りを避けた。避けた、つもりだった。
その棘が生えそろった足裏が眼前を通る時、その足裏から刃が飛び出し、スケート靴のブレードのような刃が目のすぐ下を掠った。恐らく、遠心力で刃がでてくる仕組みなのだろう。
そして、その予想外の痛みで体が固まるワタルに、カーキスは体を捻って空中を回りながらワタルを足裏で蹴り飛ばした。
「づぁあっ」
今度はギリギリ左腕を入れて受けたものの、当然その左腕には穴が開き、それがワタルの思考を痛みで埋める。
「クソ、駄目だ…!」
ワタルの行動を全て知っているかのようなカーキスの動き。それは、彼の言った『未来を見ることができる』という宣言を着実に裏付けている。
そして馬鹿みたいに空中で身を捻り繰り出す足技に、その殺傷力を馬鹿みたいに上げる靴。こっちの行動は予知され、向こうから一方的に削がれる。
「どうしろってんだよ……!」
打開策がない。
せめて、その未来を見る条件だとか、範囲だとかを知れれば、まだやりようはある。
「大丈夫そうですか?」
優しい声を発しながら、全然優しくない靴でカーキスが蹴りかかる。
防御をするにも、それすら予知されては防御をすり抜けられる。ならば―――、
「あんま使いたくないけど……!」
「――――!?」
足を防ぐべく、カゲロウで壁を作る。
当然、それだけで受けられる蹴りではないため、それをクッションにして減速した足をワタルは掴んだ。
「―――捕まえたぁ!」
ついに自分のターンが来たと言わんばかりに、ワタルは掴んだ足をしっかり握り、カーキスの体を地面に叩きつける。
「かっ…!」
「家の人ごめんなさぁぁい!」
その衝撃にカーキスは目を剥く。そして、そのカーキスを更に振り、ワタルは近くの家の壁に投げた。
石壁に叩きつけられ、体の固まるカーキスに追撃をとワタルが接近し拳を握り固める。
「おらぁ!」
オマケに《ゼロ》を付与したそれを、容赦なくカーキスに向ける。だが、
「―――クソ、がぁ!」
カーキスはその追撃を間一髪で避け、足を畳みながら壁にぶつかったワタルの腕に手を置き、その一点で体を支えながら足裏をこちらに向けてその畳んだ足を伸ばす。そして、その足裏の棘が、ワタルの顔に直撃―――、
「ワタル!」
足裏の棘がワタルの顔に穴をあける直前、聞きなれた声が聞こえたと同時にワタルは引っ張られ、カーキスの足は空を切った。
「……アンディス、マジで助かった」
「こッちこそ、遅れちまッたみてェで悪かッた」
そして立て直したワタルは、聞きなれた声の主――アンディスに礼を述べる。
「そういや、シルクは?」
「あァ、シルクのヤツなら―――」
「また増えましたか…ですが、それも未来を予知できる僕にとって関係な―――」
見当たらないシルクの場所を問い、それにアンディスが答えようとすると、姿勢を直したカーキスが襲いにかかってきた、その時だ。
「――――っ!?」
カーキスの顔の横を、風の何かが横切った。それにカーキスの足は止まり、ワタルはその風が飛んできた方向を向くと、少し離れた家の上に、弓を構えたシルクがいた。
「シルクなら、あそこからの狙撃役だ」
「なるほどな」
…ならば、今カーキスにこの三人の戦力は不必要だろう。むしろ、ワタルがあの『四天王』のベルとかいう奴と戦っているゲルニスに加勢しに行く方がよさそうだ。
――カーキスの力の『予知』の得体はまだよく知れないが…多分、大丈夫だ。
アンディスがワタルを助けたときや、丁度今シルクが風の矢を飛ばした時、カーキスは驚いたような顔をした。
きっと、『予知』にも条件があるのだ。一人が何をするかしかわからないみたいな感じのものが。
それなら、近距離からのアンディスの猛攻に、遠距離からのシルクの狙撃で、必ずなんとかできるはずだ。――だから、任せる。
「アンディス、俺はもう一人のところに行ってくる。だから、あいつはお前らがやってくれ」
「おう、任せろッてんだ!」
「あと、あいつは『予知』ができるらしい」
「はァ!?」
「つっても、多分条件だったりはある。だから、そこを突け。シルクとも情報共有しとけよ」
「りょォかい!」
アンディスに伝えるべきことを伝え、ワタルはゲルニス達のいる方向へ走り出す。
しかし、それをカーキスは見逃さない。
「見えてるんですよ」
「あぁ、知ってる!」
ジャンプしながら接近し、カーキスは右足を振るって刃でワタルを切りつけようとする。
そこでワタルは姿勢を低くし、《ゼロ》で急加速。なんとかカーキスの攻撃から逃れてゲルニスの元へ向かった。。
「……逃げられましたか。まぁ、あの愚図でも人間二人などどうってことないでしょう」
「どこ、見てんだ!」
ワタルの背中を見つめるカーキスに、アンディスは大剣を振るが、それは簡単によけられてしまう。
そして、離れていくワタルの背を見ながら―――、
「―――それに、『布石』は作れたましたしね」
と、笑みを浮かべた。
△▼△▼△▼△▼△
「あぁクソ、痛ぇ!」
全力で走りながら、ワタルは痛みに顔をしかめる。
というか、ゲルニスの助太刀に走り出したはいいものの、方向は感覚で実際どこにいるのかは……
「――ぬおおおおおおおおおおお!!!! 負けるかあああああああ!!!!!」
「………」
どうやら、方向は彼の声が教えてくれるようだ。
とにもかくにも方向は定まった。ならばと、ワタルは足に《ゼロ》を付与して加速する。大幅な一歩進み、そしてもう一歩をさらに《ゼロ》を付与して加速。
その方法で加速を繰り返し、ゲルニス達が見えてくる。
状況は、恐らく劣勢。鎧をボロボロにされたゲルニスが咆哮を挙げていたのだ。
そして、そのボロボロのゲルニスから距離を置いて佇むベルという四天王に狙いを定める。
「うおらぁぁあぁ!!」
「――――!?」
加速し、威力の上げた左拳をベルに叩きこんだ。
「〰〰〰〰っいってぇ!」
そのワタルの全体重と勢いを乗せた攻撃を放ち、ワタルの腕がビキビキと悲鳴を上げる。
多分、骨にもヒビが入っただろう。とはいえ、それももう既にカーキスによって穴ぼこだらけにされた左腕だ。痛みはあれど、それで倒せれば万々歳。
……だったのだが――――、
「……すごい、痛い」
「ほぼ無傷とか、クソだな…」
多少吹っ飛び、腹をさするだけのベルを見てワタルは眉を寄せる。
「ゲルニス! 大丈夫か!」
「――――」
あの攻撃を食らって平気な顔しているベルも変だが、ゲルニスも何か変だ。予想だと「おお! リベルド殿! 助太刀に来てくれたのか! 誠に感謝!!」といった感じでうるさく感謝してくるんだと思っていたが、無言だ。
さっきまでは、ワタルが遠くからどこにいるのかわかるほどには大声を上げていたが……
「―――――」
「ともかくだ! 協力して―――」
「貴、様ぁぁあぁぁああぁぁぁぁぁ!!」
「――――なっ!?」
ゲルニスに共闘を頼んだその時、ゲルニスが大きな声で怒鳴りながら、大剣をワタルへ振るった。
その巨躯が振るうあまりに巨大な鉄塊を、ワタルはギリギリで避けるが、未だ脳は混乱の最中だ。
「おい! なにやってんだ!」
「何をやっている…? それはこちらの台詞だ!! ―――キトウ・ワタル! 何故貴様がここにいる!!」
「――なん、で」
突然、ワタルの本名を言い当てられ、ワタルは固まる。
顔はフードで隠してたハズだ。今も、脱げて―――、
「――――クソが」
丁度、左側のフードが切れてめくれてワタルの顔が見えてしまっていた。多分、あの時だ。カーキスから逃げる時、斬られてしまったのだろう。
新聞には、ワタルの顔が載せられたりはしていなかった。だから、今までは顔を晒していても問題なかった。だが、国王の近衛兵ともなると話は別だ。
会って間もないでもわかる忠義心を持つ彼は、ワタルの写真を見て怒り心頭していただろう。
だから、バレたのだ。
「死ねぇぇい!!!!」
「クッソが!」
暴風を巻き起こすかのような勢いで、ゲルニスが大剣を振りまわす。鉄の塊を振り回しているとは信じられないほどの速度に圧倒されながらも、ワタルは必死によける。
だが当然、今はそんなことをしている暇はない。
「待てゲルニス! 気持ちはわかるが今は……!」
「黙れぃ! 貴様はここで切り伏せる!!! 極悪人の言葉など聞くか!!!!」
ワタルは必死に説得を試みるが彼は全く聞く耳を持たない。
「貴様だけは許せるか! 王女様を襲い、死刑になったはずの極悪人めが!! 生きていることが罪の貴様を!!! 私は殺す!!!!」
「―――ふざけやがって」
怒号とともに唾をまき散らしながら迫るゲルニス。その彼の言葉に、あの王女の言葉がでたからだろう。ワタルはイラついた。
「ふざけんじゃねぇよ。近衛兵様」
「む」
振りかぶったところで、ワタルはゲルニスの腕を掴む。
そして、ゲルニスを真正面から睨みつけた。
「なに私情に振り回されてんだよ。それが今大事なことかよ! 今、もし俺らがこいつをやり損ねたら、今度は内部に向かうだろうな! そしたらきっと、何人も人が死ぬ!!」
「――――極悪人が、なにを…!」
「お前が俺を許せねぇって気持ちはわかるよ! 正直クッソムカつくけどな! でも、俺をぶっ殺して大惨事になるかもしれねぇ可能性を高めるか、そこ飲み込んでこの戦いを死者無しでおさめるか! どっちがいいか、考えろよ!!」
必死で。それこそ、さっきのゲルニスに負けないくらいの剣幕で、ワタルは怒鳴る。
これは、ゲルニスがそこらへんをわかってくれる人間だと信じての言葉だった。そして、そのワタルの本気さを、ゲルニスは受けとり―――、
「―――今、だけだ。ただし、もし裏切るような素振りを見せれば、即叩き切る」
ワタルへの殺意を一時止め、ベルの方向を見た。
「―――そりゃ助かる」
「……あ、終わった?」
「待っててくれるとは、優しいんだな」
「いや、そこに混じったら、面倒くさそう、だった、から」
皮肉を交えたワタルの言葉に、彼女はペースの遅い言葉で返す。
目も眠そうというかダルというか…ともかくそんな彼女だが、ゲルニスを鎧が破壊されるまでボロボロにしたのだ。『四天王』という立場は伊達じゃない。
「――ここでこいつをぶっ倒せば、結構魔族に被害与えられるよな?」
「ふん! そうであろうな!」
つれない彼の返事を受けながら、二人は構える。
そして、それに応じるようにベルも構え、戦いが勃発する。
『見てない過去か、眼前の今か』
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
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