第一章 / 33話 『生きているからこその今』


「シルクー? 大丈夫かー?」


 街を探し、シルク見つけて彼女をワタルは呼ぶ。

 その声に釣られて勢いよく振り返ったシルクが、首を傾げた。


「あれぇー? どうしたのぉー?」


「エレクシアがちょっとヤバめな敵と遭遇してな。セナルのとこで治療してもらってるから、一応ってことでお前らも回収しに来たんだ」


「治療って…エーちゃんは大丈夫なのぉー…?」


「あぁ。峠は越えたらしいが…まだ眠ってる」


 シルクのそんな問いにワタルは事実を述べると、彼女は「そっかぁ……」と青い目を伏せた。


「そんで、アンディスはどっかにいるか?」


「確かギルドに向かったきりあってないけどぉ……まさか!」


「クソ!」


 なんとなく察したワタルは、歯噛みしながらひとまずギルドへと走り出す――。



△▼△▼△▼△▼△



「すまん! アンディスって奴は見なかったか!? 朱色髪の女の人なんだが……!」


 ギルドの扉を突き破る勢いで開け、中に飛び入る。

 そして、誰でもいいから教えてくれと言わんばかりに大声でそのギルド内の全員に――、


「ガッハハ! アンディス、おめぇ面白れぇな! それで、その後どうなったんだ?!」


「おう! その後ワ…リベルドが間違えてよォ…ん? おォ! ワ…リベルドにシルクじゃねェか!!」


「………」

「………」


 超真昼間。

 アンディスはギルドで飲み友を作っていましたとさ。



△▼△▼△▼△▼△




「あァー…やッぱヒエルカの実は酔いが覚めるな……」


「それはそうと、真昼間から飲むなよ…もう酒カスって呼ぶぞコラ」


「悪かッたよ…でも、この都市の仕組みだとかもよく知れたぞ」


 そう言うと、彼女は飲み友から聞いたことを話した。


「この円形の都市は、外部と内部にわかれてるらしい。んで、外部がアタシらが今いる外周で、ここには強ェヤツとか前科モンとかが住んでて、都市の中心の内部には普通の人たちが住んでるッてことだとよ」


「なるほど、道理でここに来た時寂れてるって思ったけど…外と内で組み分けされてんのか……」


 それとどうやら、ワタルが向かおうとしているあの少年の祖母の家は、地図を見たところ内部らしい。


「あ、そうだ。お前らは来るか? あの子のおばあちゃんに会いに行くんだが…」


「あぁー、例の子かぁー…そうだねぇ、ウチは行こっかなぁー」


「アタシも行くことにするァ。気になッしな」


「そか…じゃあ行こうぜ」


 そして、ワタルはこの都市――フェンドラスの『内部』に向かう。



△▼△▼△▼△▼△



「それではなにか身分を証明できるものはありますか? 冒険者証でもいいです」


「えっと確か…あった。これでどうだ?」


「リベルド・アンク……!? あっ、いやなんでも、そのお仲間のアンディスさんとシルクさんですね。はい、通ってどうぞ」


 内部の入口には衛兵がおり、彼に事前に発行しておいた冒険者証を見せると、衛兵は少し驚きはしつつも平静を取り保ち、内部へ入ることを許可してくれた。


「ここが内部…確かに、外部とは違う空気だな」


 初めて入った内部は、外部とは違って空気が美味しい…気がする。

 人の顔にも明るさがあるし。


「んじゃァ行こうぜ」


「お前道知らないんだから先導するんじゃないよ」



 ―――そして、ワタルは目的の場所についた。


「すいませーん」


 コンコンと、ワタルは普通の一軒家の扉を叩く。

 すると、その扉が開き、中から優しそうな目の老婆が出てきた。


「おやおや、うちに金目のもんはないよ?」


「強盗に見えんのか、俺…ってそういう話じゃなくてだな…婆さんの、お孫さんについてなんだ」


「………そうかい…じゃあ、うちに入りなさいな」


 ワタルが要件を伝えると、目を伏せたお婆さんに連れられて、中に入ることになった。


「さ、そっちにかけていいよ。ちょっとまってねぇ、今お茶を出すから……」


「あァいや、んな気遣いはいらねェぞ。いきなり来ちまッたのはアタシらだからな」


「それ本来俺が言うべきセリフ……まぁいいか」


 意外にも礼儀正しいアンディスにワタルはそう言うが、すぐ本題に戻る。


「そんで、婆さんのお孫さんの話なんすけど……」


「……あの子――キャニーは、もう死んじまったんだろう?」


「ぇ」


 初めてあの少年の名前を聞いたこともそうだが、お婆さんにワタルの言いにくくて喉に突っかかっていた言葉を代わりに言われ、ワタルは面食らう。

 間違ってはいない。間違ってはいないのだが……


「……なんで、わかったんです?」


「…あの子は私の娘…シースが連れて行った。キャニーの父親に会いに行くためにねぇ……でも、そうかい。やっぱり、死んじまったんだねぇ……」


 そう言いながら、お婆さんは目を伏せた。

 その表情にワタルも目を伏せながら、


「……俺の、せいなんです。あの子は、俺を殺すために利用されて……」


「いいんだよ。そんな話はねぇ…別に、いいのさ」


 ワタルはキャニーという彼が死んだ経緯を話し、謝罪を述べようとすると、お婆さんはその言葉を遮った。

 見上げて顔を見ると、その目に寂しさのような感情はあれど、悲しみがないように感じた。


「悲しく、ないんですか…?」


「……人はいつか、誰だって死ぬからねぇ…なんて、言えばよかったんだが…そうはいかないさね…でも、いいんだよ」


「……?」


 お婆さんの言葉が分からず、その疑問がそのまま出たワタルの表情を見て、お婆さんは口を開いた。


「この都市は子供が少ないから、キャニーは友達なんていなかったんだよ…でも、そんなあの子のことをこんなにも思って、わたしのとこまでわざわざ話に来てくれた人が…そこまでしてくれる人が、あの子にできた……そのことは、喜んであげなくちゃだろう?」


「でも…あの子は……」


 いくら喜んでも、あの子にはもう届かない。

 リアリストみたいなことを言うが、事実なのだ。ワタルのせいで死んでしまったあの子のことを、いくら喜んであげたって、いくら祝ってあげたって、もう、意味はないのだ。


「言いたいことはわかるさ。いくら喜んでも、これはわたしらだけの自己満足になっちまう。……だからって、あの子のことでずっとわたしらが悲しむのも、あの子は望んじゃないと思うよ」


 確かに、そうかもしれない。だが、それは、このお婆さんたちへの話だ。助けられなかったワタルのことを恨んでいないかと言われると、わからない。

 そんなワタルの思いを顔を見て察したのか、お婆さんは、


「…悲しい思い出より、いい思い出の方を強く覚えてる方が、ずっといいよ」


「―――――」


「生きていれば、何かを成せる。死んじまった人の分まで、なにかできる。……実際に、お前さんはわたしんところに来てくれただろう?」


「………そう、ですね」


 まだ、モヤモヤは晴れない。だけど、お婆さんの言葉に、ワタルはどこか納得していた。



△▼△▼△▼△▼△



 お婆さんのとの話を終え、ワタルは内部の街を歩いていた。


「………なァ、大丈夫か?」


「ん? あぁ、大丈夫だよ。大丈夫……」


「絶対大丈夫じゃないでしょそれぇー…」


 アンディスの問いに上の空で返したワタルを、シルクが指摘する。

 確かにモヤモヤはするが、本当に大丈夫なのだ。一応。


「なんていうか…あれだ。納得したからっていうか、そういう感じ」


「よくわッかんねェけど……アタシらは、アンタと一緒だ」


 アンディスがワタルに向ける下手くそな慰めにワタルは微笑み――、


「あぁ…ありが―――――」


 その慰めに返事をしようと、彼女の方向を見たとき、異変が訪れた。それは、アンディスにではない。その奥だ。

 空に―――否、この都市を守るために張られた結界に亀裂が生まれ、割れた。


「あァ!?」


「ちょ、なになにぃー!?」


「何で……いや」


 どうやって結界が壊したのかはわからないが、結界を壊した犯人がどんな奴なのかは、なんとなく予想できる。


「魔族の、襲撃……!」


 フェンドラスが位置する場所は、人間界の中で一番魔界に近いと聞く。

 ならば、魔族以外に結界を壊す者などいないだろう。


「ワタル! どォする!」


「クソ……! シルク! 俺を飛ばせるか!?」


「え!? できなくはないけど、ウチの魔力操作がへたっぴなの知ってるでしょぉー!?」


 ワタルの突如の提案に、シルクも驚く。

 しかし、今はやり方で話し合ってるヒマはない。もしこの現象が魔族のせいなのならば、きっと大変なことになる。何せ、セナルの張っていた結界を破壊したのだ。敵は恐らく相当の強者つわものだ。


「あぁーもぉー! 方向はできる限り合わせるから、着地はちゃんとねぇー!」


「まかせろぉうぉぉおぉ―――!?」


 シルクの注意喚起に返事している途中で風に空へと飛ばされ、ワタルは目を回しながら放物線を描き、ヒビの発信地に落ちた。


「だっ、どっ、おっ!」


 《ゼロ》と《カゲロウ》を上手く使いながら、ワタルは着地する。

 そして―――、


「―――ドンピシャって感じっぽいな」


 結界の中へと入ってくる、二人の人物を睨む。

 片方は女性で、ボロ布のマントを羽織り少し癖毛の長い紫髪を腰まで伸ばしている。もう片方は、糸目が特徴的な黄緑髪を肩まで伸ばした男だ。

 位置からして、この二人が結界の破壊の原因と見ていいだろう。


「あれ、なんか、飛んできた」


「随分駆け付けるのが速いですねぇ…悪いのですが、そこを少々どいて貰えませんか? 正直、人間一人如きどうでもいいんですよ」


「そりゃ残念だったな。――俺から目ぇ離せなくなるくらい、釘付けにしてやんよ」


 ワタルの役目は、足止めだ。

 アンディスやシルク、そして異変を嗅ぎつけた増援が来るまで、ワタルはここで二人を相手する。


「―――いっぱしの駆け出し冒険者、リベルド・アンク」

「――…魔王軍特務執行官、カーキス・グアンブルです」

「――――魔王軍、『四天王』の、一角。ベル」



 都市、フェンドラスへの襲撃者の魔族が一人、二人。そして―――、




△▼△▼△▼△▼△



 セナルの屋敷―――、


「……隠れていても無駄よ」


「……隠密完璧なつもりだったんだけど、バレるか」


「私を見くびらないことね。それで、魔族が何の用かしら」


「―――未来の魔王様からの命令でな、言えねぇんすわ」


 ――――三人。



生きている死なせてしまったからこその今』


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