第零章 / 3話 『続くべき平穏』
「器?」
そうつぶやいたワタルの声と表情は、とても間抜けなものだった。それも無理はない、なぜならワタルの見たスキルが《器》という、意味の分からないスキルだったのだから。
「うつわ、ウツワ、器? 器ってあの? えっと、セリカさん、なんかわかりますか?」
ワタルは画面に映るスキルについてなにかわからないか、赤髪の受付嬢――セリカに問いかける。
そのワタルの問いかけに、同じく顔に疑問を浮かべているセリカは、
「え、えっと、その画面のスキルのところを指で触れてみてください。キトウさんのスキルの説明書きが出てくるハズ・・・です。・・・・・多分」
セリカは自信なさげにそう答え、ワタルは言われたとおりにする。
すると画面が切り替わり、説明書きがあらわれ・・・なかった。そこ書かれていたのは、説明書きなどではなく・・・・
「あれ!? 説明書きじゃない!? えっと、何々…《
そう、そこに書かれていたのは、箇条書きで現世でも見たことのある、四字熟語の《起死回生》の文字とが書かれていて、次の欄は、真っ黒に塗りつぶされていた。
それがとても不気味に思えて、でもどこか懐かしくて・・・・・・・・。
「さ、さぁ。私にも・・・・ちょっと先輩呼んできます!」
それから、セリカは走って何処かへ行ったかと思うと、しばらくしてから、1人の女の人と一緒に戻ってきた。
「こんにちは。私はマキと言います。少し確認させてくださいませんか?」
そしてマキと名乗った茶髪の女性は、画面をのぞいて、
「う~ん、壊れ・・・てはなさそうですね。誠に申し訳ございませんが、明日また、来てください」
△▼△▼△▼△▼△
「はぁぁぁ・・・」
おおきな溜息をつきながら、ワタルは歩く。それにしても、
「今日することがなくなっちまった。スキルが分かったら、色々実験したかったんだけどなぁ」
適当に街を歩き回りながら、ワタルはぼやく、そして
「ま、とりあえず帰っか!」
そう決意し、宿屋の帰路へとつくのだった
△▼△▼△▼△▼△
「あら? おかえり! ずいぶんと早かったねぇ」
宿屋の扉を開けると、カウンターにいたマリアが話しかけてきた。
「ああ、鑑定機に表示された俺のスキル表示がバグってたとか何とかで、結局見られなかったんですよ。」
「『ばぐ』?」
「あぁ、まぁ、表示が壊れてたみたいなことっす。実は―――」
ワタルはあったことを、そのままマリアに話す。それを聞いてマリアは、
「アッハハハハ! それは災難だったねぇ」
と、笑いながら言った。
「はぁ、ほんとですよ・・・。少し、部屋で休もうかと」
「そうかい・・・あ! そうだ、これ!」
マリアがポケットから、袋を取り出し、ワタルに投げつけてきた。
「おっと」
それをキャッチ右手でキャッチする。それはずっしりと重くて、ジャラジャラと音を立てている。
「マリアさん、これって・・・」
「あぁ、金貨1枚、銀貨10枚。無一文だと、色々大変だろう?」
「そんな、悪いですよ。いりません! 返します!」
マリアの厚意を、ワタルはキッパリと断る。
そのワタルの物言いにマリアは少し驚く。
「お、おぉ、遠慮はすると思ってたけど、ここまでハッキリ断れるとは思わなかったよ・・・。まぁ、前金だよ、前金、働いてもらわないと困るからねぇ」
「いや、でも、働く対価ってここに住まわせてもらうことじゃ・・・」
「あぁ! もう! ゴチャゴチャ言ってないで、黙って受け取りな!」
ワタルが反対すると、マリアは半ば強引に話を終わらせた。
「あぁでも隠しておきなよ。一応それも大金だから、盗まれるかもだしね」
「はい。・・・って、盗まれる!?」
「? 当たり前だろ? こんな大金持ってたら盗むに決まってるじゃないか。まぁ、アンタは目つきが悪いから、周りも怖がって盗らないかもだけど」
マリアは冗談のように言うが、当然と言えば当然のことだ。
ワタルの元世とは違うのだ。しかも、魔物までいる殺生のあふれる世界。盗みや殺人、誘拐なんかは犯罪だが、バレなきゃいいみたいな認識なのだろう。
「『ばれなければ犯罪じゃない』か。そんなのがたくさんいるんだな」
「またブツブツと・・・」
「あはは・・・」
ワタルの独り言にうんざりした顔でマリアは言い、それに苦笑して、ワタルは自分の部屋へと戻るり、部屋の隅のベッドに倒れこむ。
「にしても俺、今日女の人としゃべりすぎじゃね?こんな喋れたっけ・・・」
これも転移特典なのか。などと考えていると、ワタルは右手に違和感を覚える。
「ん?」
ワタルは違和感を感じた右手に視線を移す。
「・・・は?」
ワタルは、間抜け声をだす。それもその筈だ、なぜなら―――――――
「なん、で」
―――――――ワタルがさっきまで袋を握っていた手には、何も握られていなかったからだ。
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「な、なんで、ど、どこいった? あれ? 俺、さっきまで持ってたのに」
おかしい。と、ワタルは起き上がってお金の入った袋を必死で探す。
「ど、どうしよう。あぁぁぁ! 最悪だぁぁぁ!」
普通ではありえないことだった。
そう、ワタルの元世での常識なら。
「まさか・・・!」
この世界には、スキルがある。ものを浮かして操るスキルがあるくらいだ、誰かのものを盗るスキルがあってもおかしくない。
「それに、さっきマリアさんから盗みの話を聞いたばかりだからな。はぁ・・・」
頭を抱えて深いため息を吐く。当然だ、誰かに盗られたということは、もう戻ってくることはないということなのだから。そしてそれはつまり、マリアの厚意を無駄にしてしまったということだ。それのせいか、なんだか体が少し重い。
「ちょっと! ドタドタ五月蠅いよ!」
「ヒィッ!!」
「な、そんな驚くこともないだろう?」
急に入ってきたマリアに驚いたワタルに、マリアは心配した目を向ける。
「あ、い、いやっ! 何でもありりせりっ!」
マリアの心配に、噛みまくりながら答える。
そのワタルの焦りように少し疑問に思いながらも続ける。
「? ま、まぁいいけど、アンタ、さっきはああ言ったけど、ずっと部屋にいるんじゃないよ!」
「は、はい! わかりました!」
「そ、そうかい」
オカンみたいなことを言う人だな、と思いながらもワタルは返事をするとマリアは部屋をでていき、ワタルは安堵して腰をおろす。
「ふ、ふぅ、あっぶねぇ。でもどうしよ、盗られたんならもう犯人逃げてるだろうなぁ・・・。あぁ、もう外出て考えよ」
こうしてワタルは、二度目の外出へと赴いた。
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「はぁ・・・。せっかくのマリアさんからの厚意、無駄にしちまったなぁ・・・」
金袋をなくしてしまった罪悪感で、胸が苦しくなる。
「はぁ、憂鬱だぁ・・・」
トボトボとうつむきながらワタルは街を歩く。
「あーあ、今日はもう犯人捜しついでに街探検とするか・・・」
ワタルはそう今日することを決めて、盗人探し兼街探検へと赴くのだった。
△▼△▼△▼△▼△
そしてしばらく街を歩いて日が暮れたころ、ワタルは帰路につき、宿屋に到着した。
「ふぅ、ただいま戻りました!」
そう言ってワタルは宿屋のドアを開けて中に入る。
「あ! おかえり! ずいぶん外に出てたねぇ、軽く6時間ぐらい外にいたよ?」
「あっはは・・・。街を見てて気がついたら・・・」
頬をかきながら苦笑する。
「あ! そうだ、アンタに紹介したい子がいてねぇ。ほれ、来な!」
そう言ってマリアは店の奥から人を呼ぶ。女性だ。
その女性は小柄で赤毛の、丸眼鏡をかけた美少女・・・
「セリカさん!?」
「キトウさん!?」
そう、セリカだ。あの受付嬢のセリカ、それがなぜここに・・・
「ん? なんだい、あんた達知り合いかい?」
「え、えぇ、今日ギルドで・・・」
「そう、ならちょうどよかった。この子はアタシの子供のセリカ。まぁ、アタシの夫は冒険者で死んじまったんだけどね・・・」
普段明るい表情をしているのに、この時、少しだけマリアの表情が暗くなるのをワタルは見逃さなかったが、ここは深く追求しないように黙っておいた。
「まぁ、知り合いなら働き安いだろ? 明日、ギルドから帰ったら働いておくれよ」
「はい!」
温かい夕食を食べ、部屋のベッドに横になる。
「見たところ、マリアさんって35歳ぐらいで、セリカさんは20歳くらい、その差・・・15歳!?」
2人の親子なのかと思うほどの複雑そうな年の差に、ワタルは驚きながらも、
「…まぁ、異世界だし?」
と、自分に言い聞かせるように割り切り、眠りについたのだった。
『続くべき平穏』
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