第一章 / 5話 『ナカマガイレバコワクナイ』
「きゃあぁぁ――――!!」
早朝の宿に、ワタルの悲鳴が響き渡る。
すると、どたどたと足音が鳴り、ワタルの部屋の扉が開かれる。
「どうした! 何があった! って、リベルド君!?」
どうやら、足音の正体はフェルだったようだ。フェルは慌てた様子で部屋に入ってきて、目線をワタルに向ける。そして次にワタルの横にいる美女に目を向ける。
「あ、ふぇ、フェルさん・・・」
「あ、い、いや、邪魔して悪かったな。そうだよな。君も男だものな・・・どうやら、部屋を間違えてしまったようだ・・・」
そう言って、フェルは気まずそうに部屋を出ていこうとする。そのフェルにワタルは縋りつき、
「待ってくださいぃ! 俺です。俺の悲鳴ですぅ! 助けてくださいぃ!」
「わ、分かった。というかリベルド君。き、君はそんな感じだったか・・・?」
――閑話休題
「つまり、お前はあの雷獅子なのか!?」
一旦落ち着いて状況を確認すると、その美女は雷獅子だということを知り、ワタル達は仰天する。
「ええ、そうですわ。何故このような姿になったかは、私にもわからないのですが・・・」
その人間化はワタルの『契約者』の能力の一環だと思うが、それよりも気になることがある。
「・・・お前、ホントにあいつなのか?」
それは、こいつが本当に雷獅子なのか、だ。もちろん、見た目的な意味でもだが、一番は雰囲気だ。
魔獣の時だと、無邪気で可愛い子供感があったが、今の雷獅子は落ち着いていて、とても大人びている。
「はい、そうですが・・・何かおかしかったでしょうか?」
「いや、なんかな、その・・・・話しにくいんだよ」
「話しにくい・・・?」
「ほら、魔獣の時と雰囲気が全然違うだろ? だから何か調子狂うんだよ」
「・・・それを言うなら、先程の君も大分違ったように思えたが・・・」
「うっ・・・それはいいんだよ。一応聞くが、それが素だったりするのか?」
横からフェルが口を出してくるが、ワタルはそれを受け流し話を戻す。そしてそのワタルの質問に、雷獅子は「えぇ」と答え、ワタルは小さく唸る。
「ふむ。まぁそれはともかく、リベルド君、気になることがあるのだが。いいか?」
「あ? なんだよ」
「君はその方のことを魔獣の姿の時から『お前』だのと呼んでいたが、名前はないのか?」
そのフェルの指摘に、ワタルは「あ」と、雷獅子の方を見る。
「なぁ、お前って名前とか無いのか?」
「はい、私には名前を付けてくれるような人はいなかったので・・・」
ワタルの質問に、雷獅子はしゅんとした表情をした。それを見て、ワタルは名前を考える。
「うーん・・・そうだな・・・・電気、エレキ、エレクシア・・・エレクシア! これはどうだ?」
「ふむ。私もいいと思うが、なんだか即席すぎないか? 彼女の一生に関わる問題だ。もう少し考えても・・・」
「――いえ、これでいいです」
「おいおい、本当にいいのか? フェルの言ってた通り、俺、結構思いつきで言っちまったぞ」
「いいんです。これで。それに、主様が最初に思い浮かんだ名ならば、私にとって初めてつけてもらえた名。私はこれがいいんです」
膨らんだ胸に手を置き、目を閉じながら雷獅子――エレクシアはそう言った。
「・・・・そうか。それは余計なことを言ったな。それにしても、やはり君はたらしのようだな」
「だから、なんだよたらしって・・・」
またもやフェルが意味不明なことを言ってきたので、ワタルはジト目でフェルを見て、それからエレクシアの方を見た。
「あと、これはちょっと疑問なんだが・・・エレクシア。お前って、魔獣の状態に戻れたりするか?」
「はい。恐らくですが、できます。ですが・・・」
「ですが、何だ?」
「恐らく、今の私の体は人型の方が元体となってます」
『元体』・・・それは元々の体、ということだろうか。それは、
「魔獣の姿になるのに条件があるとか、時間制限があるとか、そんな感じか?」
「はい。正確には、魔獣の状態になると魔力を使うので、あまり多用は出来ないということです」
なるほど・・・それなら、今後は人間の姿で行動していくということになるのか・・・それは中々、コミュ障のワタルにとっては苦なことだ。
そのハズなのに、なぜかワタルは何も感じない。フェル相手でも、エルミス相手にも、エレクシア相手でも、ワタルは緊張しない。何故なのだろうか・・・・
「それほどあいつ等に対して怒ってるのか?」
「?」
「あぁいや、なんでもない。それで、これからの話なんだが・・・」
すると、その部屋に「ぐるる~・・・」という音が響き渡った。ワタルの腹の音だ。
横を見てみると、顔を真っ赤にしたエレクシアがいる。どうやら、エレクシアの腹も鳴っていたようだ。
「そういや俺ら、昨日は何も食わずに寝ちまってたな・・・・金貨はいくらでもあるし、飯でも食いに行くか」
「す、すみません・・・」
「別に大丈夫だ」
△▼△▼△▼△▼△
「ふぅ、食った食った」
「すまないな。私までごちそうになってしまって」
「大丈夫だ。さっきも言ったけど、俺は金が有り余ってるからな。それはそうと、これからの話なんだが・・・」
「はい」
「これから、俺は街をまわって装備品なんかを揃える。エレクシア、お前の武器もな」
「私の武器・・・ですか?」
「あぁ、戦闘中ずっと魔獣の姿って訳にもいかないだろ? なんか武器のリクエスト・・・希望があれば言えよ」
「そう・・・ですね・・・爪のような武器があれば・・・」
爪・・・それは恐らく魔獣の時の攻撃の名残だろうか。そうだな、それなら魔力を使った鉤爪的な武器でいいだろう。まぁ、あればの話だが・・・
「なるほど・・・分かった。そんで、お前はお前の気に入る防具を買え。悪いけど、フェル。お前ついてってくれないか?」
「うむ。承知した。だが、私おススメの店は特注専門の店でな。資金は多めに出しておいた方がいいだろう」
「あいあい、分かったよ」
そう言って、ワタルは金貨を取り出し、フェルに渡す。フェルのことだ、盗まれるというのはない・・・ハズだ。
「それじゃ」
△▼△▼△▼△▼△
「えーっと、ここか」
適当に街をブラついてそれらしい店を見つけたので、その扉をワタルは開ける。
「へい! らっしゅい!」
「寿司屋かっての・・・」
へいらっしゃいだなんて言葉、元世でも中々聞かないレベルの言葉だぞ。
そんな言葉を発したのは背の高い中年男性。
「おう! あんちゃん! ・・・あっはは! 目付きが悪いなぁ! で、ウチになんかようか!?」
「あー・・・」
押しが強い。勢いが凄い。余りに勢いが強すぎて、ワタルは気圧される。
苦手なタイプだ。これはさっさと話しを終わらせるに限る。
「えっとだな。防具と武器の修繕を頼みたくてな。あと、武器を買いに来た」
「おお! そうか。それじゃあそれを見せろ!」
「分かった。分かったから・・・」
ワタルはゲルダルクに改造してもらったパーカーとズボンを脱ぎ、ゲルダルクにもらった服に着替える。そして次は『器』からダガーを取り出し、その男性に見せる。
それを男性はまじまじと見て、
「ほう、こりゃすげぇ品じゃねぇか! 相当言い作り手だったんだろうな」
「あぁ、すげぇ作り手だ」
その男の感想に、ワタルは同意する。
「と、話がずれたな。そんで、これで足りるか?」
「おお! 全然足りるぞ! あんちゃん、結構金持ってんだな!」
「あぁそうだよ。それはさて置き、武器の件なんだが・・・・」
そしてワタルは、男にエレクシア希望の武器の特徴を伝える。
「なるほどな・・・・要は『魔形剣』の鉤爪版ってとこだな」
「『魔形剣』・・・?」
「ん? おお、魔力を流すと剣の形を形作る特別な剣なんだ」
なるほど、まさに『魔形剣』の名に相応しい武器だな。
「それで、それはここに売ってるのか?」
「残念だが、それはここに売ってねぇな。まぁ、特注って形なら作ってやるぜ!」
「じゃあ、それで頼む」
「おう、任せろ! ただなぁ、それには材料がいるんだ」
「あぁ・・・つまり材料を取ってこいと」
「おお! 話が早くて助かるぜ! それじゃあよろしくな!」
「俺の意思は!? まぁ、行くけどさぁ・・・・」
こうして、ワタルは男に教えられた場所へ、武器の材料となる物を探しに行ったのだった。
△▼△▼△▼△▼△
「ここが『カイズラの森』か・・・なんか、薄暗いとこだな」
確かこの先の洞窟に、材料の『魔石』があるらしい。あと、この森には魔物がうじゃうじゃいるだとか。
「あー、クソ。なんで今日の昨日で戦闘をしないといけないんだよ」
ワタルはそんな風に愚痴を言いつつも、森の奥に向かった。
△▼△▼△▼△▼△
「・・・・どうしよう」
さてさて、これは非常にまずいことになった。
「迷った」
あたりが薄暗いせいか。はたまた、周りの景色が全部一緒だからか、いや、きっとどちらもだろう。迷った。
「マジでどうしよう・・・」
まぁとにかく、この辺りを歩きまわるしか無いだろう。
「更に迷わなければ良いんだが・・・」
そしてワタルは歩きだそうとするが、足を止めた。何かおかしい。
ここがそんな場所なら、あの鍛冶屋の男が教えてくれるハズだ。更に、周りには魔物はおろか、虫一匹すらいない。こういう現象は、異世界モノだと―――、
「・・・・《
ワタルはそう呟くと、腕に《
「あーあー、まさか俺の能力が見破られるなんてよ」
すぐ傍から、やつれた色白の茶髪の男が出て来た。
「お前・・・いや、お前らか、何時から俺に幻覚をかけてた?」
「・・・・何のことだ? 俺は一人でお前を嵌めたんだぜ?」
「無駄だ」
「・・・・はぁ、どうやらお前さんを騙すのは無理なようだ」
色白な男がそう言うと、周りからぞろぞろと屈強な男が出て来た。その中で一際目立つのは、背の高い赤髪の男。
「はっ、やっぱり居やがったか。カマかけてみて正解だったな」
「おいおい、マジか。お前さん、結構疑り深いんだなぁ・・・・すっかり騙されちまったぜ」
まったく、どいつもこいつも抜け目がない。まぁ、カマをかけたワタルが言えることではないが。
「それで? こんな俺を嵌めようとしたお前等は誰だっての」
「ハハハ! まさか俺らを知らないとはなぁ! 俺はガルヴァイズ・ホルテム。そして、俺らは悪名高いウォルg―――」
「ぶべっ!」
赤髪の男、ガルヴァイズがそのチーム名を声高々に叫んでる最中、その横にいた男が汚い悲鳴のような声が聞こえた。
ガルヴァイズが喋るのをやめ、その声が聞こえた方向を見る。そこには、
「《
「なっ・・・!? お前! 今俺が話してる途中だろうが!」
手に《
「お前等だって、俺にいつの間にか幻覚の魔法かなんかかけてたろうが」
「クソッ! お前等! やっちまえ!」
「うおぉぉ――――っ!」
ガルヴァイズの合図に、周りの男達は一気にワタルにけしかけて来た。
「この数、結構キツイな・・・」
右手に大きく《
「ふぅ・・・さすがに《
すっかり伸びてしまった男達を見て、ワタルはため息をついて『カゲロウ』をしまう。
そして男が持っていた縄でその男達を近くの木に括り付ける。
「こいつらは後で兵隊達に突き出すとして・・・気を取り直して、行くか」
今度こそ洞窟へ向かおうと前を向く。そこには、
「・・・・」
そこには、ワタルが目指していたであろう洞窟があった。
「あー・・・まぁ・・・ラッキーではあるか」
そうして、ワタルは洞窟の中へと足を運んだ。
△▼△▼△▼△▼△
「ギャアァァァァッ!」
「のわぁぁ―――っ!?」
洞窟内を歩いていると、壁からいきなり悲鳴が聞こえて、ワタルも悲鳴をあげる。
「な、なんだ?」
恐る恐るその悲鳴が聞こえた壁を見てみると、そこにはワタルの親指と同じくらいの小さな虫がいた。どうやら、この虫が悲鳴の原因だ。そして、ワタルはこの虫を知っている。
「なんだよ・・・ただの悲鳴虫か・・・」
この悲鳴虫は『奈落』にもいた虫で、危険が近づくと悲鳴をあげるという虫だ。しかも焼けばまぁまぁうまい。『奈落』でもお世話になった虫だ。
いたら危険が近づいたときに教えてくれるし、さっきも言った通りまぁまぁうまい。非常時、ホントのホントの非常時に助かった。
「せっかくだし捕まえていくか・・・・あれ?」
そういえば、こいつは自分が死ぬ可能性がないと悲鳴はあげなかったハズだ。それなら・・・
「後ろっ!?」
「グオォォッ!」
後ろから迫って来た攻撃を、間一髪で避け、その存在を確かめる。そこには、蜘蛛のように足が多く、腰から上がゴリラのような生物だ。そのゴリラは手に槍を持っていて、天井に張り付いている。
「ったく、この世界キメラ系のヤツ多すぎだろ・・・」
ワタルは顔をしかめ、そのゴリラを見る。
「ゴォォォッ!」
「その姿、結構キモイって言うかなんて言うか・・・まぁとにかく、《
「グオォッ!?」
よっわ。《
「まぁ、それならアイツは放っておいてもいいだろ」
それほど強いわけでもないし、放っておいても害はないハズだ。
そして、ワタルは洞窟の奥へと進んだ。そして―――、
「鍛冶屋のオッサンから貰った地図によると、多分ここをもう少し先にいった所が『魔鉄』がある場所か」
いざ『魔鉄』のある場所へと足を運ぶ。そこで、
「・・・・んだよ、これ」
ワタルは、あり得ない物を見たような顔と声で、そう言った。
△▼△▼△▼△▼△
「・・・・・」
「? フェルさん、考え事ですか?」
防具の予約をし、街をブラついていたところ、難しい顔をして黙っているフェルにそう問いかけた。
「いや、実は最近気になることがあってな」
「フェル様のお仕事で、でしょうか?」
「あぁ―――スパイルコングという下半身は蜘蛛のようで、上半身は野人のような魔物がいてな。そいつ等が最近、見回りの時にあまり見かけなくてな」
「見かけないということはいいことなのでは・・・?」
そんなフェルの悩み事に、エレクシアは当然の疑問を投げかける。
その質問にフェルは答える。
「確かにそれもそうではあるが、実はそう簡単な話ではないのだ」
「というと・・・?」
「スパイルコングは群れで行動する魔物でな。個々の戦闘力は並程度だが、群れになると連携で小隊一つを滅ぼしかねない危険な魔物なんだ。そして、最近そのスパイルコングを見かけない。つまり―――、」
「つまり、どこかで群れが大きくなっている可能性があると?」
「あぁ、五匹程度の群れですら小隊を滅ぼすと言われているからな。数十匹もいると、街一つ壊滅させるのも苦ではないかもな」
「・・・・そう、なんですね・・・・」
心配そうな顔をしたエレクシアを見て、フェルは森の方向を見る。そして――、
「私の杞憂だといいのだがな・・・・」
―――そう、願うように言ったのだった。
『ナカマガイレバコワクナイ』
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
ゴリラアラクネみたいなもんです
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