第一章 / 23話 『取引の代価』
「――ウェイル!? 何でここに!?」
唐突のウェイルの参戦に、ワタルは驚きを隠すことができない。
そんなワタルの疑問に、ウェイルは笑いながらそれに答えた。
「先日、貴方達がフェンリル討伐に向かうということを聞いたんですよ。――これでも私、情報屋なもんでして」
「
情報屋といっても、あの一部屋からどうやって情報を手に入れたのやら……
まぁ、こいつに関して詮索しても、多分何も出ないだろうから、追及はしないが…
「……でだ、お前は俺らを助けてくれるのか?」
「そうですねぇ……どうしましょう?」
まぁ、単純に「なんかいいモン寄越せ」ってことだろう。
「はぁあぁぁ……わかったよ。後でお金払うから、それで奢ってくれよ」
「それ私に利益ありませんよねぇ!?」
「あ、三人分な」
「大損!」
場に合わない元気なやり取りをした後、ワタルは今にも襲い掛かってきそうな炎狼二匹と再び向き合った。
「その話は後で、だ。今は手伝ってくれねぇか? 見合うモンは後で渡すから……」
「はぁ、わかりましたよ。―――『見合うモノ』は、この戦いで山ほど出そうですしね」
「ん? 今なんか言ったか?」
「いいえ? 何でもありませんよぅ」
ワタルが聞き返すと、ウェイルは笑みを浮かべた。
明らかな営業スマイルだが、これもまた、追及しても何も出ないだろうから無視することにした。
「さっさと倒して、エレクシアんとこに行くぞ!」
「……おォ!」
「そうですねぇ。ささっと終わらせてしまいましょう」
ワタルは《
―――ウェイルが現れた時から、戦いが再び始まる現在、アンディスはウェイルの顔をジロジロと
△▼△▼△▼△▼△
『―――――っ』
風の刃が、迫ってくる。
背後、しかも空中という最悪の場所にいるときに。
これでは避けようがない――と、フェンリルは思っていたのだろう。
「わたくし、今はこの姿が元体ですもの」
エレクシアが、人間の姿へと戻る。
魔物もぉどの状態に合うように放たれた風の刃、的が縮めば外れる。
「今度こそ、お返しを―――」
「――――」
エレクシが雷の爪を顕現させたその時、フェンリルはまた、逃げ出した。
「―――っ! なんなんですの!?」
戦っては逃げ、戦っては逃げ、何がしたいのかまったくわからないフェンリルの行動に、エレクシアは不満を吐き出さずにいられない。
ともかく、エレクシアはフェンリルを追いかける。そして―――、
「まずい、ですわね……!」
街が、マーケストが、遠目に見えた。
それは、その街のぴんちを表している。
「せっかく、ワタル様に頼まれたことですのに……!」
食い止めてくれと、頼まれた。だというのに、それを成し遂げられないのは、ワタルに合わせる顔がないというものだ。
「〰〰〰っ」
速い。木と木の間を飛び移るフェンリルの動きは、エレクシアでも追いつけなかった。その理由は多分、魔物もぉどでいすぎたせいだ。
あの状態だと、魔力を消費し続ける。だから、エレクシアの魔力残量はもうカツカツだ。
―――じゃあ、諦めるのか?
「……ワタル様なら、絶対そんなことはしませんわ!」
カツカツとなった魔力、それを存分に捻りだして、振り絞って、速さへと発展させる。
「はぁあぁぁ―――!」
地面を強く蹴り、残りの雷の力をふる稼働させ、今までとは比べ物にならない速度でフェンリルに接近する。そして、その横腹を切り裂いた。
「やっっっっっと、傷を付けられましたわよ……!」
「ヴ…ゥ……!」
「―――――?」
横腹を綺麗に裂かれたフェンリルの顔――それも、目に変化が起きる。
真っ赤な、血の色を思わせるほどの真っ赤な瞳孔が、一瞬だけ黄色くなった。それに疑問を覚えるも、深く考える間もなく―――、
「――――!」
「くっ……!」
赤い瞳へと戻ったフェンリルが、後ろ足でエレクシアを蹴る。それを腕で受け、エレクシアは地面に衝突する。
そして、自分に傷をつけたエレクシアを危険視したのか、地面に降り立ち、立ち上がったエレクシアに近づいていく。―――今度こそ、本当の闘いといわんばかりに。
「―――まったく、つくづく自分の不甲斐なさにはウンザリしますわ…でもまぁ、『ぎりぎりせぇふ』ってやつですわね」
「――――?」
マーケストギリギリの所で、今まで戦おうと追って来ていたエレクシアは、そんなことを言って、笑った。その時――、
《ゼロッ!》
「ぶッた切れろ――ッ!」
『ウィード!』
エレクシアの背後から、三つの声が現れ、声色から攻撃を仕掛けてくるのがわかったフェンリルが、ギロリとその声の主を睨むと風が巻き起こった。
「ヴォォ――――ゥッ!」
「づっ……!」
暴風に見舞われ、四人は吹き飛ぶ。
「あッぶねェ……!」
「……しかしどうやら、お相手さんのおもてなしは、まだまだこれからのようですよ」
その突風になんとか耐え忍んだところに、ウェイルが何かを見てそんな不吉なことを言った。ワタルも、ウェイルが見るものを見て、眉を
「――――」
フェンリルの体の周りに、風が小さく渦巻き、塊のようになっている。しかも、それが複数個。
「………っ!」
そして、そんな空気の弾丸が放たれ、ワタルの腕に着弾した。――痛い、そして重い。その威力は直撃したワタルの腕が軋み、悲鳴を上げる程だ。
痛みで苦しむ暇もなく、フェンリルはその
「皆さん! 私の後ろへ!」
「クッソ!!」
『――ウィード・ヲルド!』
ウェイルに言われた通り彼の後ろへ飛び込むと、ウェイルの詠唱により風の壁が現れ、風弾を防ぐ。
「ナイスだウェイル! 早口商人なだけあって、詠唱が早いな!」
「怪しくて胡散臭くてヤバい変なだけの人かと思ってましたわ!」
「ねぇ! 私泣いていいですか!?」
「つーか、無詠唱たァ随分な」
「――ヴゥ……ヴォ―――ッ!」
それを見たフェンリルは、風の使い方をシフトチェンジして、風の渦をビームのような形状にしてぶつけた。
「ぐ…うぅ……お客さん…これは少し、追加で料金を払ってほしいのですが…」
「おう、ここに置いとけばいいか?」
「ホントに泣きますよ!?」
「冗談だよ冗談」
「私の扱い、ホントに酷くないですかねぇ……」
ウェイルが自分の扱いに悲しそうな顔をしているが、今はそんなことはどうでもいい。
「まずはこの状況をなんとかしないといけない…ですわよね?」
「あぁ。ウェイルの悲しそうな顔は置いておいて、だ」
「そういうのは心の中に留めておいてくれると嬉しいんですけどねぇ!」
「つッてもよォ、どうすんだ?」
そう、それが問題なのだ。
この状況をどうにかできる手段が、今のところ見当たらない。
「あ、エレクシア、魔獣モードになれるか?」
「それが、フェンリルに傷をつける時に使い切ってしまいまして……」
「じゃあ、アンディスの……なんか、剣の当たり判定が伸びるみたいなやつは?」
「アタシも、あそこまで伸ばすほどの魔力は残ッてねェな……」
「ウェ…どうすっか……」
「せめて聞くくらいはしてくれませんか!?」
「なんか、なんかないか……」
「まさかの無視!?」
やかましいウェイルはさて置いて、ワタルは思考を巡らせる。
―――今、ワタルが切れるカードは二枚。
一つ目は《
二つ目は《カゲロウ》による攻撃。だが、ここからフェンリルまでカゲロウを伸ばすとなれば、ワタルの『酷使しない』というルールに反する。勿論、本当の本当にピンチとなった時には、最終手段として使うつもりだ。
この二つの他は、もう使えなかったり、使っても何も意味のないものばかりで――。
「……待てよ」
使っても意味のないもの……それは《不変》なわけだが、よく考えれば使い物になるかもしれない。
「あー、なんだ。もしかしたら、もしかしたら、本当に賭けにもほどがある作戦ではあるんだが……」
「何か、思いついたんですのね?」
「おう…まぁ、マジで賭けと言うにも怪しいレベルだけどな……」
「……それでも、ワタル様の判断ならば、その『賭け』が成功するよう願うことくらいはできますわ」
「アタシも、アンタの考えなら否定しねェよ。それに、アタシじゃ代案なんざ思い浮かばねェからなァ」
「私は…っ、この状況を何とかしてくださったら、何も文句はありませんよ…っ!」
「そうか……わかった」
そう言って、ワタルはウェイルの風の壁を挟んで、フェンリルの方を向いた。そして、《器》から石を取り出し、それをフェンリルへ向ける。
そしてその石に、ワタルは二つのものを付与する。
《
物体を動かす力を与える《
そもそも、この《不変》という能力は、ワタルがつけた名前ではない。
前の街でのエレクシアとの対談の後、スコック戦に備えるべく《器》の中を整理していた時だ。
その中に、前世でのギルドカードがあったのだ。そして、それだけでも驚いたというのに、更に驚いたのはその内容で、スキルが書かれている欄に、見覚えのない《不変》の二文字が追加されてたのだ。
不思議に思ってそれをタップすると、説明として『物体を変化させず、固定する能力』と書かれていたのだ。
試してみればその通り、物を空中で固定出来たのだ。
そして、ワタルは思ったのだ。何故、《不変》という名前なのかと。
物体を動かさないようにするのなら、《不動》だとか《固定》だとかの能力名にすればよかったのに、何故わざわざ《不変》なのか……当然、そんなのただの神様の気まぐれかもしれない。
―――だがワタルは、それをこの能力の適応範囲に関係していると考えた。
ワタルが今まで使ってきたのは、物が存在する位置を《不変》にする、これだけなら先ほど挙げた能力名でいいのでは? と思えるが、もし、『固定』ではなく、《不変》にするものが他にあるとするならば――状態である。
丸いボールを転がせば、摩擦だとか空気抵抗だとかでいずれ止まる。それこそ、進行方向に手なんかを置けば、それにぶつかって止まる。なら、その『物体の移動』という状態を《不変》にしたら?
―――それ即ち、どんな邪魔が働こうと速度を維持する物体……《不変》が続く限りの、永遠の『等速直線運動』である。
同じ速度で、防御や邪魔など関係なしに進み続ける石弾――。
《
一直線に、風など物ともせずに、進んでいく。狙うは、フェンリルの眉間、少しずれても、口の中だ。
だが、キツい。
「……っ、ぐ……!」
《不変》には、限度がある。
限度というのは、物体に付与した《不変》が耐えられる力の事で、特に何もしなくとも、数秒だけなら成人男性が乗るくらいの力でも耐えられる。
そしてその限度は、ワタルの体から離れるほど小さくなる。その限度を高める方法として、ワタルは『踏ん張る』という方法を見つけた。
踏ん張れば、ある程度遠くとも至近距離なみの限度を見せてくれる。そして至近距離で踏ん張れば、限度は更に跳ね上がる。
だが、今回の《不変》は、見えないモノを対象としているせいで、『踏ん張り』の効果が発揮しにくい分、より強くイメージを固めながら、踏ん張る必要がある。
だが――、
「――――っ」
飛んできた砂が、ワタルの目に入り、その《不変》が解けてしまった。
そのせいで、風の影響を受けた石弾が、軌道を変える。しかし、不幸中の幸いか、軌道を変えただけで、勢いはあまり衰えずにフェンリルの足を貫いた。
「ヴウ……ッ!?」
その痛みにフェンリルは目を揺らし、風の放出を止めた。
思ってたのと違うが、無理も言ってられない。――するべきは、今、攻める事。
「うおぉぉぉおぉ――――!」
声を張り上げながら、ワタルはフェンリルへと接近する。
そして、その拳を握り固め、《
「喰らい、やがれぇ―――!」
意識が足元へと行ったフェンリルの横っ面を殴った。
「―――――ッッ!」
打撃の衝撃は凄まじく、フェンリルを大きく吹っ飛ばした。
そして、フェンリルは木に背中からぶつかり、勢いが止まったかと思うと、ピクリとも動かなくなった。
「――――――勝っ…た?」
疑問符を浮かべながら、ワタルはこれが勝利であるところを確かめる。
「おォ―――! やッたなァ! ワタル!」
「流石ですわ!」
「お、おぉ……お前らのお陰だ」
アンディス、続いてエレクシアにもそう言われ、ワタルの中で、勝利が確信となって固まっていく。
――勝った。ワタルは、勝ったのだ。マーケストと王都の道を塞いだ元凶を倒したのだ。
「ふぅ―――……」
そのことをようやく噛みしめ、ワタルはフェンリルを殴った手を見て、一つ息を吐いた。
そして、フェンリルへと歩を進める。死んでいるのかの確認だ。
その時だった、
「――いやぁ、まさかまさか、あのフェンリルを倒すとは…驚きの一言ですねぇ」
ウェイルが、そんなことを言った。
それは、魔王軍幹部のフェンリルを倒したワタルへの、称賛の言葉。だが、エレクシアやアンディスの言葉とは、どこかニュアンスというか、含まれた意味というか…ともかく、根本が違った。
不気味で、怪しくて、背筋を撫でられる様な、全てが、彼の掌の上なのではと錯覚させる様な、声だった。
そんな不気味なウェイルの声に、ワタルは振り返ろうとすると―――、
「ぐぇ」
背後から、ワタルの襟が掴まれ、引っ張られた。
それにより、ワタルは宙を舞う感覚を味わった後、地面と背中が激しく擦れる。
「ウェイル…何を……」
そう問いを投げかけると、ウェイルは振り返って笑みを怪しく深めた。
声だけでも感じ取れた不気味さが、その笑顔とその目で、更に増す。
「貴方がフェンリルを倒してくれたお陰で、随分と助かりました。あ、これが報酬ってことでいいですよぅ?」
「テメェ…最初ッから怪しい奴だとは思ッてたがよォ……」
「……一体、何をするつもりですの?」
「それは企業秘密ですので…そうですね、何かそれに見合う情報があるなら…教えてもいいですよ?」
険しい顔のアンディスとエレクシアの問いに、ウェイルは肩をすくめてそう言った。その仕草は、ワタル含む三人を全く脅威としていないような、変な余裕ぶりを見せていた。
「……あくまで、話すつもりはないってか」
「ん~…まぁ、少しくらいはいいですか。私は、このフェンリルに用があってですねぇ……」
「貴方のような怪しい方に、魔王軍幹部を引き渡すとお思いで?」
「おやおや、まさか―――戦闘するつもりですか?」
ウェイルの一言で、その場の緊迫感が一気に上がる。
表情は変わらない。不気味で、怪しくて、全てが見透かされている。
フェンリルだとかの魔物には出せない、人間にしか出せないような…それも、スコックだとかと同じような恐怖を、感じさせる。
「……お前のすることによっては、しないといけねぇ」
「そうですか」
ワタルの返答に、ウェイルは目を細め、どこからかナイフ――形状から、ククリナイフと思われる物を二本取り出す。
それは、ワタル…そしてアンディスにも、見覚えのある武器で――、
「それ、は……」
「おや? もしかして、見覚えがありましたか? それなら――…これも?」
目を見開いたワタルに、ウェイルは笑いかける。
そしてその次に、問いかけと共にウェイルが取り出したのは―――、
「嘘、だろ……?」
「ちッ……どこか気配が似てると思ッたら、やッぱりか」
ワタルは信じられない目で、アンディスはどこか納得したような目で、ウェイルを見る。そうなるのも無理はない。だって、彼が取り出したのは、あの『仮面怪奇』のつけていた、口が裂けてるのかと思わせるほどの笑みを張り付けた、仮面だったのだから。そして、それが表すことはただ一つ――。
「お前が、『仮面怪奇』……!」
ワタルの部屋に忍び込み、その後戦闘を繰り広げた、賞金首である『仮面怪奇』の正体は、ウェイル・ポースドだったのだ。
確かにそれなら、あの戦闘の時に声を全く出さなかったのか納得いく。
「ちょっと、前から言いたかったのですが…『仮面怪奇』などと呼ぶのはやめていただけませんか? あれは、私のことを見た方々が勝手に名付けたものなんですよね」
「―――――」
仮面の裏のくぐもった声で、ウェイルはそう言う。
なら、なんて呼べばいいのか、そんなことを聞くよりも先に、ウェイルは仮面に隠れた口を開いて、
「―――私のことは『愉悦の道化』と、そう呼んでください」
そう、礼儀正しく一礼しながら、『愉悦の道化』はその不気味な仮面をワタルへと向けたのだった。
『取引の代価』
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